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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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第2章 漆黒の翼と獣の刃 3

 敵の指揮系統が乱れ始めたことを、〈漆黒の翼〉騎士団長のアムドは見逃さなかった。
「どうやら、ライズが上手くやったようだな」
「指揮官を討伐しに行った小隊か」
 アムドに答えたのは、彼の戦友であり同じ部隊の仲間である綺雲 菜織(あやくも・なおり)だった。彼女は長巻の刀を構え、敵兵をなぎ払いながら会話する。
 アムドもまた、愛用の巨大な大剣を振るって、敵を叩くように切り倒し続けていた。
「向こうには有能な契約者をつけたからな。ライズも、今頃は活躍の場を奪われて歯がゆい思いだろう」
「小夜子のことか? 確かに……私もたまに嫉妬を覚えるな」
 菜織は苦笑しながら言った。
「お前がか?」
 小夜子はお嬢様育ちの淑女だが、その強さと好戦的な気性には誰もが一目を置く。ライズの部隊にさほど多くの兵を編成しなかったのも、彼女の強さを信じてのことだった。
 しかし、菜織が嫉妬を覚えるということはよっぽどである。
 アムドは、彼女にそんな感情があるということを、驚いていた。彼女はそんなことを気にしないと思っていたのだ。
「私とて、嫉妬ぐらいは覚えるさ。戦いや、それに…………恋愛、とかな」
「なに……?」
 アムドは最後の言葉に顔をしかめるようにして聞き返す。
「なんでもないさ」
 だが、菜織はそれをからかうような笑みではぐらかすと、先行してその場を離れた。
「私は、綺雲菜織だ! ここで一番の強い奴! 前に出よ!」
 それまでのアムドとの会話を吹っ切るように、彼女はゲルバドル兵たちに対して鶴の一声を発した。
 その明瞭かつ真摯な声に、思わず敵兵たちは動きを止める。アムド率いる騎士団のメンバーと一般兵たちも、同じく立ち止まり、彼女に視線を集中させていた。
 と、菜織の前に、ひとりのゲルバドル兵が木の上から降り立った。
 その装備は、他のゲルバドル兵と同じく民族風の衣装を基調しているが、その上に金属で出来た部分鎧を纏っていた。装備の格式も、帯びている雰囲気も、他のゲルバドル兵とは違う。
 彼が、菜織たちの戦う小隊の部隊長であることが如実に分かった。
 両手の手甲の巨大な爪が、カチカチと打ち鳴らされる。
(かかってこい、ということか)
 リーダーの戦いを、部下たちは見守るつもりらしい。
(そちらのほうが好都合だ)
 そう思って、菜織は唇の形を不敵な笑みに変えた。
 そして次の瞬間――巨大な爪と刀は肉薄してぶつかり合った。
 力の計り合いが行われた後で、部隊長はいったん後退する。だが、それは決して逃げるためではなかった。背後の木の枝に飛び乗ると、そこから跳躍する。木々の反動を利用して、徐々に敵はスピードを上げていった。
 菜織とすれ違うその際に、捉え切れない速度で菜織の身体が切り裂かれる。足を止めた彼女は、その速さをなんとか捉えてギリギリでかわし続けた。
「菜織!」
「下がってろ、アムド! これは私の戦いだ!」
 踏み込もうとしたアムドを、菜織は一喝した。
 ぐっと唸り声を飲み込んだアムドは、彼女の真剣な表情に足を止めるしかなかった。本音を言えば、彼女を守りたい。しかし、それが戦士であり剣士たる彼女のプライドを傷つけることを、彼は知っていたのだった。
「大丈夫です。菜織さまは……きっと勝ちます」
 アムドの横で控えていた、菜織のパートナーである有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)が言った。
 そして、その通り。
 戦いの決着はほどなく着いた。
「…………ッ!」
 時間はかかったが、相手の動きを菜織は完璧に捉えた。
 そして一瞬。
 ほんの一瞬の空気の乱れが相手が攻撃の軌道を変えたことを悟る。その直後には、刀の峰側が、飛びかかってきた相手の肩をカウンターのように叩いていたのだった。
 次の瞬間、菜織の拳は部隊長の頭を殴っていた。
「動かないであろう。『壊す』とは……そういう事だ」
 冷たい瞳が部隊長を射抜く。
 しかし、それを見ていたアムドは、そこに彼らを思う温かな感情があることを感じ取っていた。

 部隊長の肩に美幸がヒールをかけた。
 それを、敵のゲルバドル兵や味方の兵士たちが見守っている。
 リーダーである部隊長がやられて、戦意が落ち込んでいるのだった。普通の兵であれば逃走して体制を立て直すところだが、獣の本能で動いているゲルバドル兵たちは、部隊長の敗北は自分たちの敗北であると感じている。
 彼らにとっては、戸惑いのほうが大きいのだった。
「なにか、この森で違和感を感じるようなことはなかったか?」
「違和感?」
 部隊長は菜織の問いかけに怪訝そうな顔をした。
「ああ、そうだ。例えば、この“生きる森”とかな」
「……さあな。普段と大して変わらんさ」
 負けた悔しさからか、部隊長は憮然とした顔で答えた。拗ねた子供のように顔を背ける。
 アムドはその態度に怒りを覚え、拳を握ったが、菜織に止められてなんとか怒りを鎮めた。
 相手の態度は決して褒められたものではないが、菜織はそれを咎めようとは思わない。
 そういう者の気持ちも、理解できるからだ。この部隊長はおそらく、一騎打ちで初めて負けたのだろう。その人生を考えれば、女の、それも他国の国の者に負けたということが、ひどく自分を情けなく思わせるのも仕方のないことだった。
 と――
「……強いてあげれば」
 菜織の思いに気づいたのかはわからないが、部隊長は、それまでへの字に曲げていた口からぼそりと言った。
「バルバトス様から、使いがやって来たってぐらいか。それから少し……森の元気がなくなってるように思う」
「使いだと?」
 それは初耳だった。
 驚きの声をあげて目を見張ったアムドと菜織は顔を見合わせる。
 その表情に、部隊長も何事かといった不思議そうな顔になった。
「痛みは必要です。でも、繰り返したくはありません」
 そう言ったのは美幸だ。
(……別に、あの穀潰しのためじゃありませんから)
 そんな風に、誰ともなく心のなかで弁解してから、彼女は自分たちの意図を部隊長に伝えた。それまで不機嫌そうだった部隊長は、美幸の説明を聞いて徐々に神妙な表情になっていった。
「手伝って……くれますか?」
 そのとき。
 空を覆った影があった。
 頭上を見上げた菜織たちの目に映ったのは、空を飛ぶ小型飛空艇の部隊だった。