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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

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第二の試練 無我の試練


 扉を抜けた次の試練の間は、一直線に長く薄暗い部屋だった。幅のある通路と言ってもいい。
 明かりといえば壁に掛けられたランプのみ。
 通路の奥にあるはずの第三の試練へ通じる扉は、薄暗さのせいで見えない。
「これはまた奇妙なところですね。エキーオンさんの話では何千体ものスパルトイを全て倒さないと次へ進めないということでしたが……」
 スパルトイはおろか、虫一匹いそうにないそこを不思議に思い、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)が一歩、二歩と踏み出した時。
 カタッと小さな物音がしたかと思うと、何もなかったように見えた通路から次々とスパルトイが湧いて出てきた。
 思わず後ずさるラムズの目の前は、あっという間にスパルトイに埋め尽くされる。
「まるで通勤ラッシュの車内のようじゃのう」
「ヘンな例えですが、似ていますね」
 シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)の言葉に苦笑するラムズ。
 『手記』はラムズの手に紙切れを握らせる。
 このスパルトイの群を見た時のちょっとした思い付きが書かれている。
 『手記』は臨戦態勢をとる学生達に言った。
「恐れてはならぬ。しっかりと立ち、今日、主等のために行われる彼のものの救いを見るがよい。主等は今日見る髑髏の異形を、もはや永久に見ることはできないのじゃ。彼のものが主等のために戦われる。主等は黙っていなければならない」
 もし、旧約聖書を知っている人がいたら、このセリフはモーセの奇跡を書かれた章のパロディだと気づいただろう。
 この場合の彼のもの、はラムズを指し、主等は学生達を指している。そして『手記』がモーセだ。
 『手記』に目配せされたラムズが渡されたメモのセリフを読み上げる。
「えーっと……『何故貴方は私に向かって叫ぶのですか? 契約者に前進するように言いなさい。貴方は貴方の杖を大地へと突き刺し、貴方の手を天へと指し伸ばし、敵を分けて、契約者が骨一つない地を進み行くようにしなさい』」
 もの凄い棒読みだったがラムズは大真面目であったし、『手記』も気にしていない。
 『手記』は筆記具としては妙に細長い黄のスタイラスを床に突き立てると、スパルトイの群を真ん中から一直線に割るように天の炎を落とした。
「さぁ、行くのじゃ!」
 『手記』が開かれた道を力強く指し示す。
 この先の試練のために力を温存しておきたい学生達が一気に突き進んだ。
 天の炎に焼かれたスパルトイは、溶けるように石の床に沈んでいった。
 そしてそこを埋めるように両脇に残ったスパルトイが、留まった『手記』の前に立ちふさがる。
「なかなかおもしろいことをなさいますのね」
 品良く微笑みながら『手記』の横に進み出るイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)
「先の試練を受けるつもりのみんなは先に行かせて、あなたはここで残りの相手をするのでしょう? わたくし、やるからには徹底的にやりたいので、あなたと一緒に残ることにしましたの。扉の前で待っている彼らのためにも、本当に骨一つない通路にしましょう」
「なかなか過激なことを言うお嬢様じゃの」
「あら、それがここの試練でしょう?」
 可憐な微笑みで答えたイングリットに、『手記』もかすかな笑みを返し再び黄のスタイラスを掲げる。
 そこに、元気の良すぎる声が混じってきた。
「オイ! そこのイングリット・ネルソンこのヤロー!」
 どこからか高く飛んできたのはプロレスマスクの女の子。
 イングリットは敵かと思い、警戒の色を見せる。
 女の子は彼女を指差して勝負を挑んできた。
「やるからには徹底的にという心意気や良し! この第二の試練であたしと勝負しろ! スパルトイをより多く倒したほうが勝ちだ。勝ったほうは負けたほうに一つだけ言うことを聞かせることができる。名付けて『スパルトイ無双勝負』!」
「おもしろそうですわね。受けて立ちましょう。ですが、その前にあなたのことを何とお呼びすればいいのかしら?」
 挑戦的な笑みで尋ねたイングリットに、プロレスマスクの女の子は胸を張って答えた。
「あたしは、謎の覆面レスラー結城奈津だ!」
 フルネームを名乗っている時点で謎でも何でもなくなっているのだが、イングリットはその点には何も言わなかった。
 それよりも気になることがあったからだ。
「それで、ありえないことですが、あなたが勝ったらわたくしに何を望みますの?」
 結城 奈津(ゆうき・なつ)はフッと笑う。
「ありえないことなどありえないが、あたしが勝ったら──あたしと付き合ってもらう!
 思ってもみなかった申し出に、イングリットはぽかんとした。
 その表情に、奈津はすぐに言い間違いに気づく。
「ま、待った! 今の無しわんすもあ! ……あたし『に』付き合ってもらう」
「……どういうことですの?」
「リングに上がって、あたしと1マッチやってもらうって話だ。あんたとなら、いい興行ができそうだからね」
「興行? わたくしの技はプロレスとは違うのですけれど……」
「その辺はまあいいんだ。とにかく頼んだよ!」
「ちょっと待ちなさい。まるでもう勝負がついたかのようにおっしゃるのね」
「おっと失礼。そんじゃ、始めようか!」
 奈津の掛け声と同時に二人はスパルトイの群に突っ込んで行く。
 奈津はグローブに爆炎波を纏わせ、スパルトイの顔面を掴むと力任せにぶん投げた。
 数体が巻き込まれ、倒されていく。
 少し離れたところではイングリットが連撃を食らわせ地に沈めていた。
 おもしろい勝負になりそうだ、とニヤリとした奈津はスパルトイと距離をとったかと思うと、助走をつけドロップキックをお見舞いする。
 着地した時、振り下ろされたスパルトイの剣に気づき、素早く転がってよけた。
 ドロップキックではまだ倒されずもがいているスパルトイの足を両脇に抱え込むと、豪快に振り回して周囲のスパルトイ達を薙ぎ倒していく。
「おりゃあああ! このまま全員KOであたしの勝ちだぁ!」
「そんなに飛ばして体力がもちますかしら?」
 対抗心からかイングリットもスパルトイを盛大に投げ飛ばした。
 もっとも、彼女に言われなくてもいつまでもジャイアントスイングはできないので、奈津は適当なところでスパルトイにヴォルテックファイアをかけて火だるますると、密集地点に放り投げる。
 よけ損ねて巻き込まれたスパルトイも火の渦の餌食となった。
 大きく息をついた奈津の目に、イングリットの鋭い蹴りがスパルトイの頭を砕いた姿が映る。
「スパルトイはまだまだ大勢……でも、勝つのはあたしだ!」
「わたくしですわ」
「無理無理」
「無理はあなたです。今のうちにハンカチを用意することをお勧めしますわ」
「それならあんたはリングネームと衣装でも用意しとくんだな」
 終わらない言い合いを続けながら、二人は確実にスパルトイの数を減らしていった。
 もう一組、勝負をしている二人がいる。
 遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)の夫妻だ。
「羽純くん、どっちがたくさん倒せるか……競争だよ」
 そう聞いた時、羽純は耳を疑った。
 だがすぐに歌菜らしい、と笑みを浮かべてしまう。
「俺が勝ったら……報酬はあるんだろうな?」
 背中合わせになった相手からの答えはなく、代わりに歌菜の口からは鍛えた喉を使った咆哮。
 全身から発するようなその声に、スパルトイが怯んだのがわかる。
 狭まりつつあった包囲に動揺による乱れが見えた。
 二人はそれぞれの両手に握った槍でなぎ払い、あるいは突き、包囲を崩していく。
 しかし相手は数千体もいる。多少動きが弱々しくなっても、咆哮の影響範囲外にいたスパルトイが挑戦者を試そうと後から後から押し寄せてきた。
「さすがに、多いな……っ」
 脇から突いてきた剣の切っ先をかわし、逆に槍の石突で突き飛ばした羽純が表情を渋くさせた。
 小さな声で呟かれたそれを、歌菜は聞き逃さずからかうように返す。
「もうギブアップ? じゃあ勝負は私の──」
「現状を言っただけだ。歌菜こそ、よそ見して転ぶなよ」
「アイドルはそんなドジもかわいい魅力の一つなんだよ。知らないの?」
 羽純は槍を一薙ぎした後、クスッと笑った。
 と、その時、スパルトイの気配が変わった。
 急に数がふくらんだかと思うと、二人を押し潰すように一斉に襲いかかってきたのだ。
 これには敵わず、二人は数の波に押し流され離れ離れになってしまった。
 一人になってしまっては、どうしても対応しきれない箇所が生まれてしまう。
 何より、やられるとは思っていないが離れた片割れは無事かと気になって仕方がない。
 歌菜はグッと槍を握る手に力を込め足を踏ん張ると、羽純がいるだろう方向への道を切り開くため力強く地を蹴った。
 多少の怪我はものともせずにひたすら羽純を目指して縦横に槍を振るう。
 一方の羽純も歌菜がいると感じたほうへ悪疫のフラワシを飛ばし、スパルトイを弱らせていった。
 けれどやはり心配は口に出てしまう。
「歌菜!」
 彼女の名前を呼んだ時、弱らせたスパルトイの一団が宙に吹き飛ばされ、その向こうから求めた人が現れた。
「誰も私達の絆は引き裂けない!」
 バーストダッシュの勢いの名残で歌菜は羽純の胸に飛び込んだ。
「なーんてね」
 と、おどけたふうに顔を上げて言うも、何となく頬が赤いのは自分で言って照れてしまったせいだ。
 つられて照れた羽純は、歌菜の少し乱れた髪を直すことでそれをごまかした。
 くすぐったそうに微笑んだ歌菜は、羽純から離れると再び槍を構えた。
「さて、魔法少女アイドル マジカル☆カナはまだまだ戦闘モードです! みんな、一緒に踊る準備はOKですか? 最後まで楽しみましょう!」
 応えるようにスパルトイが剣を掲げた。