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【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?

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【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?
【2021修学旅行】ギリシャの英雄!? 【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?

リアクション

「村を出るとき、おとーさんに『クレタ島にだけは行くな』と言われたッス。なんでもご先祖サマが寝てるとか」
「ふぅん。ご先祖様はいつ起きるの?」
「さ、さぁ……? でもでも行ったら何かショックを受けたりするとか言ってたッス。自分の誕生日から十月十日を逆算するより辛いとか……」
 ルシオンの父親は、姿こそクレタ島のミノタウロスと一緒だが、ベジタリアンである。
 今、ルシオンはコウと共に、ローマ市街を歩いていた。
「トレヴィの泉にいるんじゃないか?」
 コウが街中に立つ標識を見つめて呟くと、ルシオンが慌てて、
「コウさん。そこは無いッス。うん、絶対無いッス! 大さん、そう言う観光名所には行かないって言ってたッスから!」
「いや、大助もそうだけど、雅羅が……」
「もっとあり得ないッス。昔、何者かが塗料を投げ込んで噴水が赤く染まった事件があったッスけど、雅羅さんが行くと今度は本気で真っ赤になるッスから、うん!」
 ルシオンはコウの前に立ちふさがるようにして、必死で言い訳をする。
 それには理由があった。
 今回の修学旅行では大助達に同行して盛り上げたり、気を利かせたりと大助のフォローに回っていたルシオン。
 例えば、皆でナポリからローマに移動して高級ブティックに入った時。
 冬に向けてマフラーを見ていたコウを持ち上げた。
「おおー……大さん輝いてるッス! 紳士ッス!」
 ルシオンの声に、コウと靴を見ていた雅羅が振り返る。
「雅羅さん、見るッス。大さん、カッコイイッスよね? ね?」
「どうかな? 雅羅?」
「あら。いいじゃない! 素敵よ」
 大助が首に巻いているマフラーは、繊維の宝石と呼ばれるビクーニャの毛で作られた青色の最高級マフラーであり、お値段は10万Gである。
 雅羅に褒められた大助は、傍に合った色違いの赤いマフラーを見る。
「(これを雅羅にプレゼントしたら……ペアルックに……)」
 しかしながら、その赤いマフラーも10万G。流石の大助も二つ買う様な資金はない。
 そんな大助の悩みを知らず、傍に来た雅羅が赤いマフラーを首に巻いてみる。
「わぁ、軽くて暖かいわね……でも,これ以上荷物が増えたら……」
 既に大量のお買い物をしていた雅羅が困っていると、ルシオンが言う、
「大さんはこの日のために色々準備してたッスから。雅羅さんも遠慮しないで頼ってあげるといいッスよ! あたしもジャンジャン買うッスから」
「お前は別だ、ルシオン。自分の荷物は自分で持てよ」
「ガーン!! 大さん、酷いッス……」
 そこに、店員が二人を見て声をかける。
「そちらの商品は当店のオススメです。カップルで巻かれてもお似合いですよ?」
 イタリア語の分からない雅羅はコウにその意味を尋ねる。
「カップルで巻いてもいいってさ」
 コウが訳すと、大助が思わず頬を赤くして俯く。
「(ヤバい……今、オレと雅羅が映ってる鏡をみたら、ルシオンを質に入れてでも買うって言ってしまいそうだ……)」
 そんな大助にルシオンが耳打ちする。
「ヒソヒソ(大さん!これはチャンスッスよ、雅羅さんに何かプレゼントするッス!)」
 目を瞑った後、大助が「コレ、二つ買います」と言おうとする……が。
「コウ、このアクセサリー綺麗じゃない? 足首につけるんだって」
「そりゃ合うだろうけど、オレはスカートが似合わないからいいよ」
「……あれ?」
 大助が鏡を見ると、雅羅にマフラーを預けられたルシオンが傍に立っている。
「大さん……似合うッスか?」
 勿論、大助は購入を見送った。

 そんなルシオンの紆余曲折な気配りの最後の締めとして、大助が雅羅とトレビの泉へ向かう際にコウを相手に時間稼ぎをして、その隙にこっそり二人を抜け出させたのである。
「おお、コウさん。何だか、コロッセオが凄い人だかりらしいッスよ? コレは見にいくッス!!」
「え? ……ああ、ちょっと、ルシオン? コラ、引っ張るな!」
 ルシオンがコウを引っ張ってコロッセオへと向かっていく。

× × ×


 トレヴィの泉では、雅羅と大助がコインを三枚握って、後ろ向きに立っていた。
 後ろ向きにコインを投げ入れると願いが叶うという言い伝えがあるトレヴィの泉。
 願いは投げるコインの枚数によって異なり、コイン1枚だと再びローマに来ることができ、2枚では大切な人と永遠に一緒にいることができ、3枚になると恋人や夫・妻と別れることができるのだ。
 他の観光客達が次々とコインを投げていく中、大助はルシオンが気を使ってコウとどこかへ行った後、雅羅と話した会話を思い出していた。
「クリスマス、二人で何処か遊びに行こう」
「ごめんなさい。私、クリスマスはアメリカに居る時からずっと教会に行ってたの」
「……じゃ、正月は初詣に行こう、夏はまた海に、他にも沢山遊ぼう!……オレが、雅羅と一緒に居た……」
 雅羅は苦笑して大助が必死で紡ぐ言葉を遮る。
「大助。焦らないで? 今から夏の話なんて気が早過ぎるわ……それに来年の夏なんて私達がどうなってるかなんて、まだわからないじゃない……パラミタの情勢も……」
 いつもはここで引き下がる大助だが、今回は強気で行こうと決めていたので、必死になって続ける。
「雅羅も、オレ自身も、オレ達の幸せも、全部守れるくらい強くなる。約束する」
 大助が言うと、雅羅は首を横に振る。
「駄目よ」
「えっ……だ、駄目って、どういう事?」
 トレヴィの泉を眺める雅羅。その横顔には人知れぬ寂しさがある。
「私は、私に関わるとみんな不幸になるわ」
「そんな事ない! 今日だって、コウさんは無事に服を買っていたじゃないか!」
「でも、今は行方不明よ?」
「それはル……!?」
「え?」
 大助は「ルシオンがオレ達に気を使って連れて行ってくれた」と言おうとしたが、これを打ち明ければ「自分の心が彼女にどう映るか?」……それが不安だった。
 確かに、大助は雅羅に片想い中だが、今はまだ雅羅の為を想って、今彼女に一番必要な『支えてくれる友達・親友』で在ろうと思っていた。性別は違えどコウもまた雅羅にとっては友人だろう。
 友人を友人が出し抜く……という行為は、そこからの脱却を目的とした行動であり、大助が心に決めていた『支えてくれる友達・親友』という誓いに反するものだ。
 言いかけた言葉をグッと飲み込んだ大助は、ポケットからコインを出し、雅羅に渡す。
「もし……もしもこの世界のどこにも雅羅の幸福が無いなら……誰よりも強くなって、オレが雅羅の居場所になるよ」
 ……だから雅羅も、オレを受け入れて欲しい、という後の言葉を心に閉まった大助は、雅羅に笑ってトレヴィの泉の言い伝えを教える。
 雅羅は掌の3枚のコインを握り、「大助は何枚投げるの?」と聞くが、大助は雅羅に背を向けてトレヴィの泉の近くへ歩いていく。
「(オレが投げる枚数なんて決まってる。どのみち、ポケットに入ってたコインは5枚しかないんだ)」
 大助は隣に立つ雅羅を見る。
「それじゃ、投げようか?」
「……ええ」
 目の前にかざす大助のコインが、今まさにローマの街へと沈んで行こうとする太陽と重なって輝いている。
「いくよ?」
「ええ!」
 二人は同時にコインを投げる。
 目を閉じた大助が全神経を耳に集中していると、まず、雅羅より少し早く投げた大助のコインが着水する音がする。
―――ポチャン……ポチャン!
「(雅羅は……!?)」
―――ポチャン……。
一枚のコインが落ちる音。
「(二枚目は……?)」
 大助が耳を澄ますも……二枚目が落ちた音は聞こえない。
 何やら背後で銃声や「きゃあー」という女性の声が聞こえた気がしたが、今の大助には些細な事でしかない。
「(コイン一枚は、またローマに来る事が出来るか……今は友達だし、それもいいかな)」
 納得した大助が目を開けると、雅羅の姿がない。
「あ……あれ? 雅羅?」
 周囲を見渡すと、黒塗りの車が急発進していくのが見える。
「あれは……?」
そこに、樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)玉藻 前(たまもの・まえ)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)を従え、買い物袋を手に走ってくる。
「おい! 大助!!」
「え……と、刀真さん!? 何でここに?」
「ここに? じゃないぞ!? 偶然通りかかったら、おまえ……何をしているんだ?」
「何って雅羅と……」
 言葉を濁す大助を見た刀真が、猛スピードで去っていく黒塗りの車を見る。
「チッ……やはりか!」
 ワインを飲んでいたため顔の赤い月夜が刀真に言う。
「刀真ー。あれ、雅羅だよね?」
「月夜さんは飲んでいるので、アテになりませんが……私もそう見えました」
 白花に同意した前も月夜を見て「全く、月夜は酔うとろくな事にならんな」と呟く。
「そんな事今はいい!! 追うぞ!!」
 刀真が叫んで走りだす。
「ど、どういう事ですか!?」
 大助が慌てて刀真の後を自分と雅羅の荷物を持って追う。
「俺が見かけた光景は、雅羅が投げたコインの一枚がジェラートを食べていたマフィアの頭にぶつかった。怒ったマフィアは銃で周囲の観光客を追い払った後雅羅を拉致った。以上だ!!」
「(じゃ、じゃあ……雅羅が投げたコインの枚数は!?)……って、それ、大変じゃないですか!?」
「同感だ。俺達も今回の旅行で雅羅と一緒に行動していて、いつもの不幸属性が控えめだとは思ったが……まさか、借りた金を返そうと思った途端、マフィアに拉致されるとはな!」
「あの車、どこへ行くんでしょうか!?」
「知るか! 車を停めてから考えるんだ!」
 大助にそう叫んだ刀真は、頭上にある『コロッセオ、こちら』と描かれた標識を見て、「(食事前の運動……前とは逆だな)と舌打ちするのであった。