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【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?

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【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?
【2021修学旅行】ギリシャの英雄!? 【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?

リアクション

 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)とすっかり荷物持ちになっているコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)
 を従えた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はバンドメンバーの服を買うため店を訪れていた。
「ベアトリーチェ! これ、すっごく可愛いよ!」
 試着したマイクロミニスカートを履いた美羽が鏡の前で、正面、横、斜めと色々なポーズをとっている。
「はい、とても似あっています、美羽さん」
「でしょ? これなら制服の下にも合わせられるよね? あ、でもベアトリーチェのそのニットも可愛いよ!」
「ありがとうございます。やはりファッションの本場は生地が良いですね。あ、職人さんの腕でしょうか?」
 そう言うベアトリーチェが、試着したカシミアで出来たロングニットカーディガンを見て微笑む。
「本場だからか、値段も結構するけどね」
「ですが、これらをパラミタで買えばおおよそ二倍……とまではいきませんが、それなりの値段になりますよ?」
「うん! だからジャンジャン買おうよ! ……て、既にベアトリーチェは実行してるけど」
「あ……ははは。そ、そうですね」
 真面目な性格のベアトリーチェ、でも、やはりそこは女の子なので……美羽と一緒にショッピングしていても目の前に素敵な服があったら、どうしても気になってしまうのは仕方ない。
 普段から露出の少ない地味目な服を着ている彼女でも、隠しているスタイルの良さは本場の店員達の目を誤魔化せなかった。
 次々と色々な服を薦められるウチに、気がつくとこんなに……という勢いで、大量に服を購入していた。
 そして、二人の購入した衣服の荷物持ちを担当するのがコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど) である。
「(僕はファッションよりも、どちらかというとイタリアンジェラートのほうに興味があるんだけどな……)」
 そんなコハクはキャーキャーと年頃の女の子らしく楽しそうに買い物する美羽とベアトリーチェを店の隅で大量の荷物と一緒に見守っていたのだった。
 コハクが店の外をジェラート片手に歩く観光客を見ていると、ふと、美羽がやって来る。
「ねぇねぇ、コハク?」
「はい?」
 顔を向けると美羽がマイクロミニスカートを履いて立っている。
「ね、これ。どうかな?」
「……ど、どうって。似あっていますよ、とても」
「あれ? 何で顔を背けるの?」
 コハクは美羽の履いたマイクロミニスカートがあまりにも短いので、目のやり場に困ったのである。
「いえ……べ、別に!」
「よく見てよ。ホラ?」
 美羽がコハクの前でスカートを指で摘む。
「そ、そんなの……だ、第一! それで学校に通うってさっき聞こえましたけど!?」
「うん! そうだよ!」
「間もなく冬ですよ?」
「大丈夫よ。コート着るし……あぁ! タイツやニーソックスも有りかな?」
 自分をからかっているという認識が無い自然体の美羽にコハクが戸惑っていると、ベアトリーチェが声をかける。
「美羽さん! このマフラー、ちょっと見て下さい。チェック柄がとっても可愛いんですよ」
「えー!? どれどれー?」
 ベアトリーチェに呼ばれた美羽が立ち去り、コハクはホッと胸を撫で下ろす。
 ……と。
「プシュー……美羽たん……」
「ん?」
 コハクが見ると、窓の外に、褐色の肌をした口髭の中年が、ウィンドゥに顔をピタリと貼りつけて美羽を見ていた。時折、鼻息がガラスを白くしている。
「……」
 コハクが近くにあった荷物を男の前に出すと、男が素早く移動する。そんな動きを何度か繰り返す二人。
「(この人は、以前、海でライブをした時なんかに居た……)」
 ハッと何かを思い出すコハクが、荷物の一つを手に取る。
「そうだ! 今でこそ高級ブティックにいる僕達だけど、元々はバンドメンバーの衣装も買っていたんだ」
 様々なファッションが溢れているイタリア。レザーウェアから下着まで様々な有名ブランドがそろっているが、中でもイタリアはデニムの加工にも定評があるということで、バンドメンバーの衣装をデニムで統一し、購入したのであった。
 元々、タフな作業着として開発されたデニム生地は、ファッションの本場で洗練されていた。
 コハクが開いた荷物の中には、おそろいのデニムジャケットの他にも、美羽とベアトリーチェ用のデニムスカート。そしてコハクと、以前ドラムを叩いて貰った『彼』用のジーンズがある。ミノタウロス退治に行くセルシウスのことを心配していた美羽が、「まあ、帰ってきたらセルシウスにも素敵な衣装をプレゼントしてあげようよ」と、高級ブランド店での買い物に勤しむ前に立ち寄った店で買ったのである。
「(セルシウスさんはクレタ島に行ったみたいだけど……どうしているのかな?)」
 ぼんやりとコハクが考えている間に、窓に張り付いていた髭の男は、妻に引きづられて姿を消していた。
「(同じバンドのセルシウスには、後でステージ衣装を渡さなきゃ! これを着て、またドラムを叩いて貰おう!)」
 一方、美羽とベアトリーチェは、コハクがずっと目を背けていたコーナーに向かっていた。
「うわ……高い!」
 美羽が手に取った品物の値段を見て驚く。
「ええ、日常使うのでしたら、コレほどの値段は……」
 そう言うベアトリーチェの顔はやや赤い。
「だよね。いくら高いのを買っても、サイズが変わるわけでもないし……別に誰かに見せるわけでもないし……ベアトリーチェなら似合うけど」
「え? えぇぇ!? 私、似合いませんよ!」
「そう? 例えば……これとか?」
「み、美羽さん!? こ、これ、殆どヒモですよ!」
「うん、隠す気あるのかな?」
「……ですけど売っているという事は誰か買う方がいらっしゃるんですね」
「コハクー? どう思う?」
「し、知らない!!」
 美羽がヒモに小さな布切れが二枚着いた物を見せると、真っ赤な顔でコハクがそっぽを向く。
 美羽とベアトリーチェがいる一角はブティックの中の下着コーナーであった。この店舗は、セレクトされた高級下着を扱う店としても有名だったのである。
 そんな下着コーナーの一角の試着室から何やら声が聞こえてくる。
「あ……そ、そこは……うぅん……」
「ちょっと姉様、変な声出さないでよ。何もいかがわしいことをしてる訳じゃないんだしさぁ? あんまり動くとメジャーでグルグル巻きにしちゃうよ!」
「マールの言う通りですわ。でも、服の上からじゃちゃんとしたサイズを測れないわね。綾乃の服を脱がせて、しっかりと準備しないといけませんわね」
「え? 脱ぐんですか? ……あっ……先が……擦れて……ぅあっ」
「マール! ちょっと退いて? 俺が固定するよ」
「え?……ムゴォ!? ムガ……フガッ……」
 口を布で塞がれた様な声にベアトリーチェが呟く。
「ひょっとして……犯罪でしょうか?」
 美羽が見ると、試着室前に女物と思われる三人分の靴が並んでいる。
「違うと思うけど……何してるんだろう?」
 美羽が考えていると、また試着室から声が上がる。
「あ!? コラ、今出たら!?」
「ウワァァァンッ!! 私は下着が欲しいだけなのにぃー!!」
 半べそで試着室のカーテンから飛び出してくる志方 綾乃(しかた・あやの)
 問題はその姿である。
「……え!?」
 ベアトリーチェが口元を押さえ、小さく悲鳴をあげると同時に、美羽が店内で唯一の男性であるコハクに鋭く叫ぶ。
「コハク! 向こうを見てて!」
「は? ……あ、あぁぁ!? 了解了解!!」
 綾乃は上半身裸であり、その豊満なバストには採寸用のメジャーがグルグル巻かれただけである。
 店内を逃げる綾乃をマール・レギンレイヴ(まーる・れぎんれいぶ)が確保する。
「ちょっと姉様!? そんな格好でウロウロしない!」
「だ、だってぇぇーー!?」
「甘いぜ、マール? こういう時は大人しくさせるんだ」
 グズつく綾乃に、ラグナ・レギンレイヴ(らぐな・れぎんれいぶ)が近づき、ハンカチを綾乃の口に当てる。
「ムゴッ……」
 抵抗していた綾乃が、暫くすると気の抜けた様に無抵抗になる。
「いいの? そんな事して?」
 美羽が聞くと、ラグナが笑う。
「心配ないさ。抵抗するから【しびれ粉】を含ませたハンカチで大人しくしただけだ」
「そこまでして下着を買うんですか……」
 キョトンとしたベアトリーチェに話かけたのは、リオ・レギンレイヴ(りお・れぎんれいぶ)である。
「ええ、綾乃サイズの既製品下着は本当に致命的ですからね」
 美羽がメジャーでグルグル巻きにされた綾乃の胸を見る。確かに、大きい。
 マールと共に綾乃の両脇を支えて試着室に戻るラグナが美羽に言う。
「悪いね。おまえ達のショッピングの邪魔をして……」
「いいえ……別に」
「ハハハ、そうドン引きするなよ? この店で高級下着を買うってのは、綾乃の願いでもあるんだ」
 ラグナの話は本当であった。
「私、胸が大きくて背が高いから、なかなか既製品の下着がないんです。あったらあったで見た目がダッサいのばっか」
 イタリアへ向かう飛行機の機内で、綾乃はそうラグナ達に話をしていた。そんな彼女の手には、ローマのブティックを事細かに解説したガイドブックが握られている。
「だから、この修学旅行の際に、この世でただ一つ、私だけのために作られた超高級下着をオーダーしちゃいます!」
 綾乃がラグナに開いて見せたページには、『超高級下着オーダー可能』と書かれた店舗の写真が載っていたのだった。
「にしても、綾乃サイズの既製品下着は本当に致命的ですわね。10万G積んででも欲しい理由が分かりますわ……」
 試着室に戻る綾乃を見てシミジミとリオが話すと、騒ぎを聞きつけてか、店の裏からエプロンを来た中年の女性が出てくる。
「下着をお探しだとお聞きしましたが?」
「はい。でも採寸だけはわたくし達が行いますので、もう少々待っていて下さいますか?」
 リオが職人の女性の頭を下げ、綾乃を運び込んだ試着室のカーテンをサッと閉める。
「……下着は、命がけだね」
「はい、美羽さん」
「まだまだ僕の知らない世界があるんだなぁ」
 美羽達は、綾乃の無事を祈りつつ店を後にするのであった。
「……て!? 美羽さん、それ着たままなの!?」
「ん? そうだよ! 可愛いもん!」
 大量の荷物持ちを担うコハクが抗議したのは、美羽が先ほどの店で買ったマイクロミニスカートである。
「……」
 スタスタスタとコハクが美羽の前を歩く。
「あー、どうして先に歩いて行くのよ? 待ってよぉ!」
「美羽さん? コハクさんは甘い物、ジェラートが食べたいんじゃないでしょうか?」
「もう、コハクったら!」
 笑う美羽をコハクがジト目で振り返り、一つ溜息をつく。
 似合っているとは思いつつも、美羽のマイクロミニスカートを手放しで褒める事は難しい純情なコハクであった。


 店内の試着室は乙女たちの禁断の園と化していた。
「って何よこの胸は! やっぱり蛮族は胸ばっかり栄養溜まって、頭に回らないから愚かなのかしら!? こんなけしからん胸、ワシワシしてやりますわ!」
 リオが綾乃の胸にジェラシーを大いに燃やすと、メジャーで採寸していたマールが苦笑する。
「姉様、そんなにしたら、また綾乃のが大きくなるかも」
 リオの手が止まる。
「羨ましいんだ?」
「べっ、別にうらやましくなんかないんですからね! ほっ、本当よ!!」
 リオの戸惑いの、綾乃を背後から抱きかかえるように拘束していたラグナも苦笑する。
「ほらほら、おまえら、サッサと採寸済まそうぜ? 職人も待たせてる事だし」
 ラグナの言葉にメジャーを持ち直したマールが綾乃の採寸を再開する。
「まるでスライムだね……よく動くよ」
 ラグナがそう呟きつつ、綾乃の胸にメジャーを当てて、ミリ単位までしっかり測定していく。
「あ……ラグナ……どうして、そう何度も、計るのです……んぁっ!」
 意識はあるものの、しびれ粉の影響で首から下が動かせない綾乃が抗議の声をあげる。
「姉様、変な声出さないでよ。念のため同じ箇所を数回測って、確実な数値を出さないとね?」
 そうして、綾乃の採寸を終えたラグナは、ふとポケットからカメラを取り出す。
 訝しげにそれを見る綾乃。
「何……する気です?」
「え? 綾乃姉様の体をいじり倒した記念――ゲフン、ジャストフィットな下着作りの参考のため写真も取らないとね?」
「はぁ!?」
 綾乃が素っ頓狂な悲鳴をあげる。
「ほら、ラグナ姉様も、マール姉様も記念に写っておこうよ?」
「そうですわね。記念ですものね」
「おまえも考えるようになったな……」
「違うでしょおぉぉぉがぁッ!?」
 綾乃の声は笑顔の姉妹の前に無抵抗であった。
「いくよー! ハイ、チーズ!!」
―――カチャリ。
 一応、大事な部分はラグナのピースサインの手と、マールの髪に隠れたものの、この写真は綾乃の修学旅行の黒歴史として残るのであった。
 暫し後……。
「えぅ……えぐっ……そ、それで私が作って欲しい下着は……」
「お客様? 私も長い間下着のオーダーを受け付けてきましたが、泣き笑いで注文される方は初めてです。一体何が……?」
「な、何でもないです!」
 職人に採寸表を渡してオーダーする綾乃。その背後では、ひと仕事終えた充実感を漂わせたマール、リオ、ラグナの三姉妹が優雅に自分たちの下着を物色している。
「と、とにかくですね! 下着のタイプはビスチェで、かの竜狩り伝説において、麗しき女王や伝説の魔法使いの子孫も愛用し、伝説の鎧を超える防御力を持つ、究極の下着。かの南カナンの姫君・エンヘドゥ様もアウタウェアとして……」
「お客様?」
「はい?」
「お言葉ではございますが、当店では伝説級の下着はお作りできません。あくまで、普通の下着です」
「あ……そ、それでもいいです! イメージとしてはエンヘドゥ様のもので……素材は最高級の絹糸や金銀糸を使用して、淡いピンク色に黄金のレース刺繍を施して……」
「お客様? エンヘドゥ様というのは、どういった御方でしょうか?」
「……エンヘドゥ様っていうのは……と、とにかく、大きい人なんです!!」
「……大きい、ですか」
 中年の職人が銀縁眼鏡を光らせて静かに頷き、手元にメモをとっていく。
 こうして職人に身振り手振りでオーダーした綾乃は、キャッシュで用意してきた10万G相当のユーロの札束をドンと机に積んで、帰っていくのであった。
 後日、綾乃の元には、彼女がオーダーした下着がキチンと届き、綾乃はその出来の良さに一着しか買わなかった事を少し後悔したという。