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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め

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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め
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第1章 巡る巡るよ、時は回る 2

「シャムスさま。着物のときはそんなに大股で歩いてはいけませんわ。着物の場合、おしとやかなんです。あまり動くと乱れますので、激しく動かない方が良いですわ」
「む…………そういうものなのか?」
「そういうものです」
 子どもっぽい仏頂面を見せる着物姿のシャムスに、同じく着物を着ている美鈴がきっぱりと答えた。
 ところは、アムトーシスの街である。
 実はシャムス、街へ繰り出したのはいいものの、やはりというか予想通りというか、着物と草履で歩くことに苦戦していた。美鈴はそれに手ほどきしていた最中なのだった。
 シャムスに対して、妹のエンヘドゥは比較的早く着物に順応していた。元々、性格的なものや動作そのものがおしとやかで着物的なのだろう。最初こそ戸惑いはあったものの、街を形作るらせん状の街路を3分の1ほど過ぎれば、すでに着物美人のできあがりだった。
 そんなエンヘドゥが店を見て回っている背中を見つめながら、シャムスは愚痴を口にする。
「動く時に動けないというのは……困るのだがな」
「あら、そんなことありませんわ。確かに着物の基本は大人しくなんですけど、私みたいに慣れていれば、走ったりすることも平気ですよ」
「そうなのか?」
 疑惑の目を向けたシャムスにニコッと笑いかけて、美鈴は走りながらその場をくるりと一周して見せた。
 衝撃を受けたのか、目をぱちくりとさせているシャムス。
「ね?」
 美鈴は悪戯な笑みを浮かべてみせた。
 直にお手本を見せられては、それ以上言い訳をするわけにもいかず、シャムスはあきらめたようにため息をついて再び草履による歩行を進めた。心なしかその表情が『美鈴にやれて自分にできないことはない』といったような負けん気に満ちているのは、勘違いではなさそうだった。
 そんなシャムスと、エンヘドゥが目的の場所に向けて歩いているその後ろで。
「ねえ……」
「なんだ」
「あの二人……どうにかならない?」
 そう言ってセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)は、前方にいる二人の軍人を見ながら苦い笑みを浮かべた。彼に相談されたスティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)もまた厄介そうに前を見て、本日何度目かになるため息をつく。
 二人の軍人の名はクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)董 蓮華(ただす・れんげ)。同じ教導団所属にして、この度、南カナンの領主姉妹の警護を請け負った契約者である。クローラはシャムス、蓮華はエンヘドゥと、お互いに役割分担して任に着いた。
 と、それまでは良かったのだが。
「クローラ少尉……少し離れて歩いてもらえませんか? エンヘドゥ様をお守りするために、私は視界を広げておきたいんです」
「俺はシャムス様の護衛だが、あくまでそれは主要任務に過ぎない。エンヘドゥ様の危機にも対応するためには、この距離を保つのが最も最善なのだ。それも分からないのか、蓮華候補生」
「わ、私は……っ。自分の任務を全うしようと意見を述べたまでです!」
「ならば、任務を全うするため、最善の距離と視界は自分で確保したまえ。己のことは己で成す。軍人にとっては最低限の心得だ」
「く……」
 階級的には自分よりも下に位置する後輩の蓮華に対して、きわめて冷静かつ平然と接するクローラ。その発言は見る者によってはかなりドライなものである。おかげで、蓮華は自分の鼻をがっつりと折られて喉の奥で声を詰まらせた。
 むろん、蓮華とて本来はそれほど感情的になるタイプではない。喜怒哀楽はハッキリした素直な娘だが、教導団に入った自分の使命と役割といったものもしっかりと認識し、思慮深くあろうと普段から自分に言い聞かせている。『感じの良い娘』という印象が、彼女と出会った大概の人物の意見だった。だからこそ、彼女のパートナーであるスティンガーはため息を禁じ得ないのだ。
「あの二人は、あんなに仲悪かったのか? 蓮華のあんな姿は初めて見るぞ」
「うーん、ほら……やっぱりお互いに軍人でスペシャリストだしさ。同族嫌悪的なところもあるんじゃない? ほら、ちょっとプライドとかもあるし、ライバル心的な」
「そんなものか……」
 護衛の対象であるエンヘドゥとは、先日行われた万博のことやもうすぐ開催される冬季ろくりんぴっくのことなどを話し、近しい世代と言うこともあって会話に華を開かせて良好な関係を築いているのだが――いかんせん、上官とは不協和音である。もっとも、それはクローラにとっては蓮華が一方的に突っかかってきているだけに過ぎないのだが……それを上手くいなせないのは、あまりにも軍規や任務に忠実過ぎる彼の欠点であった。
 いずれにしても、二人のパートナーは苦労しているようである。
 蓮華は、少しずつ改善されてはきたが不器用に歩くシャムスを前方に見て、これみよがしに言った。
「あら……クローラ少尉。護衛対象が苦労しているのを助けてあげないのは、ひどいんじゃありませんこと?」
「そちらこそ、エンヘドゥ様が溝にハマりかけているようだが?」
「へ……」
 クローラとしてみれば、シャムスは自分ひとりで『日本女性の仕草』というものをマスターしたいところであろうし、助けることは逆に彼女にとって不本意なことで、彼は平然と蓮華の嫌みを受け流していた。対して蓮華は、蝶々を追いかけて、いつの間にか溝にハマりそうになっているエンヘドゥを慌てて助けに向かった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「なるほど、実に的確だな。護衛の対象を守る代わりに、自分が溝にハマるのが本来の警護のあり方ということか。いやいや、実に勉強になる」
 泥水まみれになって肩で息をつく蓮華を見ながら、上から告げるクローラ。蓮華は悔しそうに歯を食いしばった。
 だが、そんな二人の姿を見ながらセリオスは驚きに目を見開いていた。なにせ、クローラがあんなあからさまな嫌みを言うのは、めったにないことだったからだ。
(……もしかして、楽しんでる?)
 その心中は分からぬが、心なしか微笑を浮かべているようにも見えるクローラの表情。
 セリオスはそんな彼の珍しい姿に、軽く口笛を吹いて、しばらくは二人を放っておくことにした。