葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

雪花滾々。

リアクション公開中!

雪花滾々。
雪花滾々。 雪花滾々。

リアクション



7


 雪自体は、それほど珍しくないかもしれない。
 けれど、これほど積もるとなると、浮かれてしまうのも仕方のないこと。
 せっかくだから雪景色を堪能しよう。そう思って、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は家を出た。寒いのは苦手だから、コートにマフラー手袋帽子となんやかんやで重装備。ともあれ、浮かれた心はそれくらいじゃ鈍らない。
 ふらり、ふらりと街を歩いて見て回る。
 ふと、目に付いたのは雑貨屋さんに並んだ手袋。
 可愛いなあ、と思った時には買っていた。しかも、ラッピングまでしてもらって。
 綺麗にラッピングされたそれを持ち、足が向かうのは人形工房。
 ――クロエさん、何してるかなあ?
 急に会いたくなったので。
 手土産もあるし、行ってみようか。


 工房の前まで来たら、まっさきにクロエの姿が目に飛び込んできた。
 雪まみれになりながら、せっせと雪だるまを作っている。
「精が出るねえ」
「あ。ケイラおねぇちゃん!」
「こんにちは。遊びにきたよー」
 髪や服についた雪を払い落としてあげながら、にこり、微笑みかける。へにゃりとクロエの表情も緩んだ。
「あとね、これ、お土産」
 買ってきた手袋を渡す。
「素手で雪に触ってたら、冷えちゃうよー」
「ひえちゃうの?」
「……あ。そっか」
 クロエは人形なのだから、冷えるなんて、ないのか。
 と思ったら、なんだか寂しかったので。
 彼女の手を取り、両手できゅっと包み込んだ。
「うん。冷たい、冷たい。冷えてるよー」
「たいへんね!」
「大変だよー。暖めなくちゃ」
 息をかけたりしてみると、なにやらくすぐったそうにクロエは笑い声を上げた。
「ありがと! さむくなくなってきたわ!」
「なら良かった」
「これ、つけてもいい?」
「着けてもらうために買ってきたんだしね。喜んで」
 そうして手袋を着けたら、雪だるま作りの再開だ。
「大きいのも小さいのもたくさん作ろうね」
「うん! いっぱいいっぱい、つくるわ!」
「あ。これ、クロエさんとリンスさん? すごいなあ、クロエさんが作ったの?」
「そうよ。がんばったの」
「すごいすごい。自分も作りたいなあ。クロエさん、コツとか教えて?」
「えっとね、まずはね――」


*...***...*


 いろいろあって、クロス・クロノス(くろす・くろのす)は長いこと人形工房へ出向いていなかった。
 久しぶりにクロエに会いたかったし、それに。
「香。人形工房へ行ってみない?」
 月下 香(つきのした・こう)と、クロエを会わせてみたくて。
 ヴァイシャリーの大通りを歩きながら話しかけると、香は「?」と疑問符を浮かべた。
「にんぎょう、こうぼう?」
「そう。お人形さんを作っているところよ」
「おにんぎょうさんをかうの?」
「ううん。工房の人たちは知り合いの人でね。長いこと会いに行けなかったから、久しぶりに会いに行くの」
「ままのおともだちなの?」
「うーん。私はそう思っているけど、相手がどう思っているかはわからないなー」
 やり取りの最中、香は迷うような顔をした。視線をさ迷わせている。
 大方、自分が一緒に行ってもいいのか悩んでいるのだろう。
「ままひとりじゃなくて、あたしもいっしょにこうぼう? にいっていいの?」
 あたりだった。くす、と小さく笑んで、香の頭を撫でる。
「工房に香と同じくらいの子がいてね。香に会わせてみたいなーと思って」
「おなじくらいの?」
「そう。だから、香と一緒に行くことに意味があるの」
 一緒に行ってくれる? と再度問いかける。香は、こくりと頷いた。
「そのことおともだちになれるといいなー」
 クロスも、なってくれたらいいなと思う。
 それで、二人で遊んだりしてくれたら、と。
「そうだ! 香、雪は初めて?」
「ゆき? ゆきってなあに?」
「いま歩いている道にある白いやつや、ポストの上に積もっている白いの。あれが雪っていうの」
「へぇー。ねぇ、まま。さわってもいい?」
「うーん、」
 道端の雪を見る。端に除けられ、やや汚れた硬い雪。
 対してポストの雪は何者かに浸食されることなく綺麗なままで柔らかそう。けれど香の身長では届かない。
「これを持ってごらん?」
 ので、クロスはポストに積もった雪を掬った。香の手に乗せる。
「つめたーい。……ふぇ? なくなっちゃった」
「雪はね、暖かいとなくなっちゃうの」
「そうなんだあー」
 面白そうに、溶けて水になった雪を香は見る。
「まま、もっと」
「手が冷たくなっちゃうよ?」
「あとちょっとだけ」
「はいはい」


 工房付近にやってくると、クロエが雪遊びをしているのが見えた。
「クロエちゃん」
「あ。クロスおねぇちゃん!」
 手を振ると、彼女はすぐに気付いてクロスの傍へと走り寄る。相変わらず、元気なようだ。
「お久しぶりです。忙しくて会えなかったので心配だったんですが、お元気そうでよかったです」
 柔らかく挨拶をしてから、自分の後ろに隠れてしまった香へと振り向き、
「香。この子が香に会わせたい子のクロエちゃん」
「こう?」
 話しかけていると、聞き慣れない名前にクロエがきょとんとクロスを見上げた。
「ええ。私のパートナーの、」
「つきのしたこうです……」
 おずおずと顔を出した香が自己紹介をする。
「年齢の近い子がいなくて……仲良くしてもらえますか?」
「もちろん! こうちゃん、ゆきあそび、たのしいのよ。いっしょにあそぼ?」
「! うん。くろえさん、いっしょにあそんで?」
 二言三言しかやり取りをしていないのに、二人はあっさりと打ち解けたようだった。
 ――やっぱり、子供の相手は子供が一番なんでしょうね。
 クロスの視線の先、香とクロエは並んで座り、雪を握ったり転がしたりと遊び始める。
「こうするとね、ゆきだるまになるの!」
「ゆきだるま。かわいいね」
「そうなの。かわいいから、いっぱいつくってるのよ」
「あたしも、つくる」
「うんっ。いっしょー」
「……えへへ」
「えへー♪」
 どうやら仲良くできているようだ。
 和やかな気持ちになったので、もう少し寒くなるまでここで見ていよう。
 そう決めて、クロスは二人を見守った。


*...***...*


 工房前で、雪にぺたぺたと触れながら。
「そろそろクロエちゃんとこに遊びに行きたいな〜って思ってたら、ちょうど雪がふってつもったですよ!」
「すごい! グッドタイミング、ね!」
「なのですよ〜♪ だからクロエちゃん、ボクと一緒に雪だるまちゃんを作りませんか?」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、クロエに誘いかけてみた。
 クロエはもう、随分と雪だるまを作っているみたいだったから、断られたりしないかな? と少し心配だったけど。
「うん! つくるー♪」
 まだまだ作り足りないようで、嬉しそうに楽しそうに頷いた。
 隣同士、ころころと雪を転がす。歪だったり、大きすぎたり、最初は苦戦したけれど、これがなかなか楽しくて。
「じょうずにできてきたですよ〜」
「ほんと。ヴァーナーおねぇちゃん、じょうずっ」
「クロエちゃんやリンスおねえちゃん、紺侍おにいちゃんに似せて作るのです♪」
「にぎやかね!」
「はいです♪ ここは楽しい場所ですけど、もっともっと楽しい場所になるですよ。ね♪」
 同意を求めると、クロエは力強く首を縦に振った。顔を上げたとき、やる気で目が輝いていた。
「あはは。クロエちゃん、やるきい〜っぱい、ですね!」
「うんっ。だって、きっとすてきだもの!」


 しばらく、集中して作っていたけれど。
 完成を目前に、ふと思いついて手を止めた。立ち上がる。
 工房のドアをノックして、「どうぞ」という声にお邪魔しますと上がりこみ。
「雪だるまちゃんができたのですよ〜」
「作ってたんだ」
「はいです。リンスおねえちゃんやクロエちゃんに似た雪だるまちゃんなのです」
 ほらほらあっち、と窓から指差す。リンスが見ていることに気付いたクロエが、ぱたぱたと手を振った。
 振り返しながら、リンスがクロエの足元にある雪だるまを見た。ふっと笑う。
「ほんとだ。似てるね」
「ですよね♪ それでね、雪だるまちゃんが動いたら楽しいだろうなって思ったですよ」
「俺が作れば動くと思うけど」
「作らないです?」
「うん。止めておくよ」
「そうですか〜……」
 きっと、可愛いし楽しいし、クロエも喜ぶだろうな、と思ったのだけど。
 リンスにはリンスの考えがあるのだろうな、と食い下がることは止めた。別に、動かなくても可愛いし、楽しいから。
「リンスおねえちゃん、後で見に来てくださいです。絶対ですよー」
「わかった。今の作業が一段落したら行くね」
「約束ですよ〜。じゃ、ボクはまたクロエちゃんと遊んできます〜♪」
 ぱたぱた、駆けていく。
「おかえり!」
「ただいまです〜。あ、これって」
 クロエは四つ目の雪だるまを作っていた。
 ヴァーナーによく似た、笑顔の雪だるまだった。