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海の都で逢いましょう

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●海の大蛇(3)

「こんの野郎!」
 和希の学ランがマントのようにはためいた。今、和希は船からサーペントの体へ飛び移り、水に落ちないよう気をつけつつ、海獣の体の上を走ったり飛んだりしながら攻撃を繰り返していた。翻る学ランの下は水着だ。漢気あふれる和希だが、発達途上の少女特有の柔らかそうな肢体をしている。(そんなことを指摘したら和希は怒るだろうが……)
 その和希を追うようにして、船を巧みに操りながらカレンは言う。
「うーん……やっぱり知能はほとんどないみたいだね」
 ビーストマスターの能力で、彼女はシーサーペントとコミュニケーションを取ろうとしたのである。だが判ったのは、怪物がひどく空腹なのと、平和的交渉などというものを一切受け付けないということだけだった。
 仕方がない、とジュレールがレールガンのトリガーを引きつつ言う。
「話して和解できれば一番だったが、そういつも話せば判る相手ばかりとは限らん」
 レールガンの弾は効いてはいるようだが、どうも決定打になってはいないようだ。サーペントの動きは衰えない。なおジュレールはレールガン射出の反動で転倒しないように、下半身はしっかりと船の天板に固定させていた。
「この人数だと厳しい相手だった……?」
 生駒は言いながら船を幅寄せし、なんとかサーペントの行動範囲を狭めようとしている。
 ほとんど潜らないのがこの怪物の特徴だった。潜水もできるとは思われるが、戦闘時は海面付近で暴れるのが好みらしい。全般的に攻撃力はあるようだが、とりわけ尾の一撃は強烈無比、すでにこれを二度浴びた水上バイクは粉砕……とまではいかずとも中破状態で転覆させられていた。カレンの船も一度船体を殴られ、窓ガラスはすべて割れた上に機動力が落ちている。
 決して多い人数ではないものの、彼らには絶対的に有利な点があった。それは常に、地上最強のサイキックであるコリマ・ユカギールが、テレパシーで彼らに情報を共有させまた適切な指示を与えているという事実である。
「聞こえた!? サーペントから離れろ、って」
 カレンが声を大にして、斐や秋穂に確認を取る。
 サーペントの暴れる音で声は聞こえないが、確かに秋穂が手を振るのが見えた。
「俺も聞こえ……」
 和希も返答しようとしたものの、
「っと!」
 蛇の背を蹴った足が滑り、さらには空中でバランスを崩してしまう。さっと和希の血の気が引いた。このままだと海に真っ逆さまだ。
「……そうは行かねえっ!」
 心を無に、呼吸を整えて軽身功、拳法の秘中の秘たる技を発動して和希は、水面を疾走した。浅い水たまりを駆け抜けるような音が立つ。右の足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右脚を出す――理論的には難しいものではない。できるかできないかと問われれば『できる』それだけのことだ。
 和希がカレンの船にたどり着くのとほぼ同時だった。
 シーサーペントの顎の下で爆発が起こったのは。
 水柱とともに熱波が、垂直方向に立ち昇る。その爆風に乗って水平に飛ぶは、潜水し隠密行動をはかりながら、大蛇の真下まで入り込んだマーツェカ・ヴェーツの姿だった。
「機晶姫爆弾の束だ! 我からの馳走、たっぷり味わったよな!?」
 マーツェカの口元には会心の笑みがある。
「やったじゃない、マーちゃん」
 今は千鶴もクルーザーの舳先に立ち、両腕を拡げてマーツェカの帰還を迎えていた。
 爆発で起こった水飛沫を、静玖はまともに浴びて濡れ鼠だ。しかしそのことはまるで気にせず、
「よくよく見ると確かにウナギっぽいな。まあウナギだろうが蛇だろうが、あとは一斉攻撃で退治するだけだ!」
 と雨泉に呼びかけ、兄妹そろってカタクリズムを発動する。
 念動力の発生はこれにとどまらない。
「おまえなんか、おいしく食べられちゃえー!」
 ユメミは砕けた水上バイクの破片を、サイコキネシスで拾い集めてぶつけ、
「悪いけど、倒させてもらうわ!」
 セレナイトは広げた両手に真っ赤な火炎を宿し、次々これを投げつける。
「海は広大なのだから、お互いが干渉せぬよう生きて行くこともできたであろうに……残念だ」
 ジュレールのレールガンも、バチバチと電磁加速した弾丸を射出しつづけるのだ。
「ちょっと可哀想ではあるけれど、さんざ海を荒らした怪物だからね。容赦はしないよ」
 カレンは攻撃を歴戦の魔術に切り替え、凝集した魔力を炸裂させ、さらに、
「すみませんが……これも、皆のためなんです……!」
 念動力の高まりで髪のほうぼうを、静電気を帯びたように浮き上がらせながら秋穂がサイコキネシスを喰らわせたとき、サーペントは体勢を崩して頭部を横倒しにした、ここに、
「殺生は避けたかったが……せめて苦しまないように手短に終わらせてやるぜ!」
 ゼロ距離から和希が、ドラゴンアーツの力込めた蹴りを放った。

 海の大蛇は、当初倒れかかった側と反対側に倒れ、これまでで最大範囲の水柱を上げた。
 さっとパラソルの下に駆け戻った千鶴以外は皆、潮味の雨を頭から被ることになったが、勝利の味はその塩辛さを忘れさせてくれた。