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エデンのゴッドファーザー(後編)

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エデンのゴッドファーザー(後編)

リアクション

★最終章【エデンのゴッドファーザー】



 ホテルに残ってるはわずか数人といったところであろうか。
 ベレッタは屋上へ上がる際で、部下に獣の駆逐が終わり次第、交戦を避けてホテルからの撤退を指示した。
 オールドはラルクを失い、キアラはそもそも本隊と共に活動をしていなかったので散り散りとなり、カーズはそもそもほとんどが契約者でしかなかった。
 ニューフェイスに至っては人材を様々な力のある契約者にとられ、それでも残った数少ないシェリー派が突入したぐらいだ。
 終わってみればロンドの圧勝と言ってもいいが、そもそも何を勝利とするかは人それぞれで、それは屋上での最後にかかっているのだろう。

「フハハハ、よくぞきた、ミス・ベレッタッ! 我々の招待状は見てくれた、た、ヘクシッ――! 俺がゴッドファーザーになった暁にはこのホテルの屋上をドームで覆う所から始めなければな」
「……フ……。ところでミスター・ハデス。座るものは何かないかな? パーティーにしては少々寂しすぎる」
「これは失礼――。しかし! ミス・ベレッタ、我々は貴女から鍵を奪うために招待したのだ! 泡が美味しいビールよりも銃弾で出迎えるべきではないかね」
「私はビールは好かんよ。ウォッカがいい」

 ベレッタが葉巻を咥え、屋上の縁に腰を下ろした。
 余裕なのか諦めているのか、ハデスには見当がつかなかったが、十六凪が特戦隊の10人を展開して彼女を囲んだ。

「ベレッタさん、鍵を頂けますか?」

 十六凪が恭しく腰を折り、徐々に特戦隊でプレッシャーをかけていく。
 が、彼女は特戦隊の圧力など気にもせず、屋上へ続いてくるドアの方を見た。

「レディに対する扱いがなっていませんな」

 アルクラントがベレー帽を被り直しながら、屋上に立つ3つ目のマフィアになった。

「おや――。俺は既存のマフィアにしか招待状を送っていないが」
「これは失礼――。確かオリュンポス・ファミリーのハデスだね。私はアルクラント。マフィア・ファンタスティックのボスだ」

 マスケットの銃身で肩をトントンと叩きながら、ベレッタとは反対側の縁に立った。
 そして銃を構え、ハデス、ベレッタとその銃口を向け――バンッと口で発砲音を言いながら、今自分が上ってきたドアを撃つ演技をした。

「死人の蘇りといったところだね」
「おお、これは失礼! 生きていたならミスター・シェリーにも招待状を送るべきだった! ……ところでアドレスはどう書けばいいかな?」
「むしろ僕に教えてくれればいい。地獄といってもいろいろ番地があるのだろう? 君たちの落ちる先がイマイチわからないからね」
「フハハハ、威勢がいいな、シェリー」

 こうしてカジノのように再び、4つのマフィアが一同に会した。
 違うのは、最古の歴史を持つオールドと、最大資金を持つカーズがいないことだった。
 新たに2つの契約者マフィアがこの場にいることが、悪の街と言えどその力を誇示したことになる。

「さて、今日は自慢話が煩いロッソも、臭くて下品な豚もいないパーティーだ。誰が仕切ってくれるのか――」

 ベレッタは煙を吐きながら、愉快そうに3人を見た。

「フハハハ、ここは俺しかいないだろう。このオリュンポスのドクター。ハデスが仕切らせてもらうぞ、諸君」

 アルクラントは苦笑いで、シェリーは真剣な表情で彼を見た。
 兎に角、異議はないらしい。

「十六凪! 招待状のストックがまだあっただろう? それをミスター・アルクラントとミスター・シェリーに見せてやってくれ」
「わかりました」

 十六凪は一旦ベレッタから離れ、招待状を2人に渡した。

「成る程。ハデス、君が何故そんなにも高笑いをしていたのかよくわかったよ。やるなあ」
「……チッ、だからラズィーヤの部屋になかったのか。所詮、僕の駒にはなれない女だったということか」
「――ッ、ハハッ、言うね、シェリー。君のセーフティー・ハウスで会った時から思っていたが、君の周りには美人が多い。ロメロの息子はロメオなんだね。いっそのこと女衒にでもなればその道を極められたんんじゃないかッ!?」
「黙れ、裏切り者」
「最初に裏切ったのは君さ。どうして私に内緒で偽装死なんて演じたんだい? つまり、私を始めから信用に足る人物と思っていなかったんだろう? ブラザーだと言ったのに」
「生憎、人を見る目だけは確かさ。大した力をもっていないロッソとマルコがここに残れず、僕が残っていることこそが証明だろう?」

 確かに間違いではなかったが、もう味方はいない。
 計らずしも、必然的にハデスの条件を満たしていたシェリーは、彼に問う。

「僕は君の条件を幸運にも満たしたらしい。1人で来た、鍵もある――。で、金庫はどこかな? そもそも金庫が何か君はわかったのかな?」
「フハハ、もちろんだとも――! 金庫はえーと、なんだ、あれだ、さあ、十六凪、答えるチャンスをやろう」

 アキュート達は金庫の正体を知っているが、ハデスに連絡を入れる前に倒れた。
 だから実際オリュンポスの人間で今、金庫がなんだったのか知る人物が1人もいないのだが、十六凪は直感を信じて答えた。

「貴方の父、ロメロの棺です。そうでしょう?」
「……で、何処に?」

 シェリーが歯を見せ薄く笑い、再び場所を聞いてきたのだから正解なのだろう。

「フハハハハ、それは未だ教えられんなッ! ハハ……ハァ……良かった、十六凪の頭がキレキレで九死に一生だった……」

 後半は聞こえないようにホッと肩を撫で下ろした。

「まずは諸君の鍵を見せてもらおう。それが交渉が始まる合図だ」

 ベレッタは既にこれが鍵を奪うための罠だとハッキリ聞かされていたが、ハデスは仕切り直すように言った。
 そうしなければならない――。
 直感的にまずベレッタからは奪えないとわかった。
 だから狙いをシェリーかアルクラントに定めなければならない。

「ダイヤの鍵だ――」

 シェリーは胸ポケットから鍵のマークが見える様に引き抜き、すぐさま仕舞い込んだ。
 これに参ったのがアルクラントだ。
 結果的に彼は何も手にしていないまま、この場に来ていたのだ。

「フフ……」
「――ッ!」

 ベレッタと目が合うと、彼女は何もかも見透かしているようで今にも笑い落ちそうなくらいの顔だった。
 ここまで仲間に支えられて来たのに、失敗してたまるかと、アルクラントは一度ポケットに手を入れると勢いよく人差し指と中指を立て、屋上の外に手を突きだした。

「マルコの鍵だ。だが、ハデス、いきなり鍵を見せろだなんていう君を信じるに至れなくてね。変な動きを見せればここから私は手を離して落とさなくてはならなくなる。できれば早く話を進めて欲しい――。腕がね、震えてくるんだ――。わかるだろう、引き金を引く気がなく脅しで構えた銃も、うっかり力が入って相手を撃ってしまう。まさに――」
「わかった、ミスター・アルクラント。仕舞ってくれて構わない」

 アルクラントは賭けに勝った。
 外の景色ならもしかすると銀色の鍵のフォルムを隠すように見えるのではないかと、少々強引で雑な演技だったが、言葉も相まって騙しきれた。
 しかしすぐさま、彼はやめろと叫びたい気持ちをベレッタから与えられる。
 彼女は素晴らしい興行でも見たかのような調子で拍手をし始めたのだ。

「素晴らしい――素晴らしい出し物だった。お礼に私から諸君に褒美を与えよう。どけッ」

 特戦隊達を言葉と手の動き1つで一瞬に退かせると、ベレッタはハデス、アルクラント、シェリーが丁度同じ距離になるような位置に立ち、なびく自分の髪を後ろで手で束ねてから、胸の谷間が垣間見えるスーツの、その双丘の間からハートの鍵を取り出し――置いた。

「さて、私はこれで権利がなくなったことだからお暇させていただく。さようなら、愉快な契約者諸君、シェリー。もしもこの中からロメロの遺産を手にし、街に干渉できるようになったのなら――落ち着き次第、是非『祭り』をしようではないか。我々は総力をあげて愉しませてもらうわ」

 いやらしい厚みのある唇が少し尖って上下を一瞬だけ離し、ウィンクをした。
 そうしてベレッタが屋上を後にしようとドアの方向へ向かっていく時だった。
 屋上にいる4人のマフィア・ボスと従事する11人の身体に異変が起きた。
 弱い者から順に身体が重く、次第に鈍さと視界不良が起き始める。

「ふふ――踊りましょう」

 マスクを被ったリナリエッタが気付かれぬように悪疫のフラワシをドアがある部分の上から放ち、その場にいる全員の動きを封じようとした。
 そうして全員が虚ろになった頃に、全ての鍵を奪って破壊しようと練っていたのだが、こと屋上に限って言えば、誰よりも早くここに来ていたのはオリュパスなのである。
 どう足掻いても屋上で主導権をとれるはずはなかった。

「ぐっ――アッ、ハッ!」
「ふっふーん。この手裏剣が掠りでもしたら、もう動けないんだからねー。というか背中に直撃だね。ここはもうボスの神聖な会合の場だよ。余計な事はしないであとは死ぬまでそこで寝てなさい」

 このまま世界からも消えてしまうのではないかと思うくらいに姿を消していたデメテールがリナリエッタにしびれ粉を塗った手裏剣を突き刺した。

「おーい、ボスー、ハデスー! ベレッタもやっちゃう!? デメテール本気出しちゃうよ」

 フラワシから解放され、ようやく身体の調子が戻りつつあったハデスは、デメテールの言葉に首を横に振った。

「えー、なんでー!?」
「フハハハ、俺にキッスとウィンクをしてくれたミス・ベレッタを殺すなんてもったいないッ!」
「うわ、キモッ、キショッ!」

 それは本当に冗談である。
 屋上では圧倒的な力の差がない限り、間違いなくオリュンポスが主導権を握れる――はずだった。
 それがベレッタ1人、全く相手にできないのである。
 彼女の戦いを見た者はこの場に1人もいないが、十分に最も困難な障害であると容易に想像できた。
 今乗り越えずともよい――。
 ゴッドファーザーになった後、着実に乗り越えれる準備をすればいい。
 その時、

 ――尻尾男、ロメロの棺がホテルの外に堕ちたぞ。

 ンガイが最後の最後でアルクラントにそうテレパシーを飛ばし、状況は一気に加速し、変化していった。

「ハデス――。君達のマフィアは……ロメロの棺の確保に失敗したな――?」
「――ッ!? な、何を――!?」
「ふふ、私の仲間からテレパシーが飛んできたよ。ロメロの棺が――外へ落ちたと――」

 アルクラントがそう言い、シェリーとベレッタの視線がハデスに集まった直後――何かの落下音が聞こえた。
 もう誰かを窺う必要はなかった。
 全てを薙ぎ倒し、奪えばそれでいい簡単な図式が出来上がると、アルクラントは合図を送った。