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【四州島記 外伝】 ~ひとひらの花に、『希望』を乗せて~

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【四州島記 外伝】 ~ひとひらの花に、『希望』を乗せて~

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第四章  第四日目 〜 ミヤマヒメユキソウ、発見 〜

「あそこが、アタックキャンプですね」

 【歴戦の飛翔術】でペースキャンプから飛んで来た東 朱鷺(あずま・とき)は、眼下に居並ぶテントを確認すると、音もなく地面に降り立った。

 空からやってきた朱鷺を、先発隊のメンバーが出迎える。

「ご苦労様、東さん」

 そう声をかけたのは、リーダーの源 鉄心(みなもと・てっしん)だ。

「皆さんこそ、お疲れ様です。こんなに早くアタックキャンプが出来るなんて、思っても見ませんでした」
「この辺りは、思ってたよりもずっと雪が少なくてね。お陰で楽ができたよ」
「もうテントは全部張り終えたのですか?」
「うーん、まだ全部とは言えないな」
「そうですか。困ったな……」
「何か問題でも?」
「ええ。このキャンプに【結界】を張るには、キャンプの四隅の意味がわからないとダメなのです」
「ああ、それなら問題ないと思うよ。テントを張る範囲は、予め決めてあるから」
「そうですか。なら、問題ないです」

 ホッとした顔をする朱鷺。
 朱鷺は、このアタックキャンプに結界を張るためにやって来たのだった。
 先日御上 真之介(みかみ・しんのすけ)が【呪詛】に倒れた事からも、敵が呪術を使う事は明らかである。
 犠牲者を二度と出さないためにも、結界はしっかり張っておく必要があった。

 朱鷺は鉄心からベースキャンプの範囲を聞きだすと、その全体をすっぽりと覆えるように、結界を張った。  
 敵が結界を物理的に破壊する事も想定して、結界の楔となる御幣(ごへい)に【インビジブルトラップ】を施す事も忘れない。

「これでよし……と。後は、敵の術者と朱鷺の力次第……。山の神の御加護があるといいのですが……」

 口ではそう言いながらも、朱鷺は、自分の勝利を疑ってはいなかった。
 



「みんな、そのまま、まっすぐ進んで!花のありそうなトコは、その先だよ」

 《聖邪龍ケイオスブレードドラゴン》の背から、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は、地上の仲間たちに向かって無線で呼びかけた。

 地上を行く隊員から『了解!』という返事が返ってくる。

 ミリアは、先発隊による登山道開設が行われていた昨日のうちから、標高2700〜3000メートル付近の上空を繰り返し偵察し、「開けて風通しの良い、水はけと日当たりの良い場所」という、ミヤマヒメユキソウの好む場所に当てはまる場所を探しつづけていた。
 今彼女が案内しているのは、そんな場所の一つである。

 ミヤマヒメユキソウの生息条件に当てはまる場所には、雪はほとんど残っていないので、ラッセルする必要もなく、比較的楽に回る事が出来る。
 地上班は程なく、その場所に到達した。

「どう、ノーンさん。この場所は?」

 地上班に合流したミリアは、真っ先にノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)に訊ねた。
 彼女は、以前マレンツ山でのミヤマヒメユキソウの群生地を見たことがある。

「うーん、ちょっとイメージと合わないかなぁ……」
「イメージって……なにそれ?」
「ワタシが見た所はね、もっとこう山の傾斜がきつくなくて、風もこんなにキツく無かったよ。ここには、ないんじゃないかなぁ〜」

 見た目のイメージ以外に、ノーンの【野生の勘】も、ここにはミヤマヒメユキソウは無いと告げていた。 

「でも、ミヤマヒメユキソウは風通しの良い場所に生えるんでしょ?」
「風通しの良い場所と、風の強い場所は違うの!」
「空からじゃ、そこまではわからないよ〜」

「言い争っていても仕方がない。まずは、少し探してみよう」

 リーダーのギュンター・ビュッヘル(ぎゅんたー・びゅっへる)に促され、一行は取り敢えず捜索してみることにした。

「うーん、やっぱり無いなぁ……」

 ミヤマヒメユキソウを探して、方々歩き回るノーン。
 その足取りは、山の上とは思えないほど軽い。
 それもそのはず、他のメンバーがガッチリと防寒着を着込んでいるのに対し、氷の精霊であるノーンはほとんど寒さが気にならないため、地上と全くかわらない服装をしているのだ。
 
「ねぇねえ、ここでの暮らしって、どう?」
「ん?」

 突然の声に、ノーンが声のした方を向くと、ちょうど浜田 鬼麿(はまだ・おにまろ)が一輪の花に話しかけているところだった。

「……何してるの?」
「うん。『ミヤマヒメユキソウ知らない?』って、この花に聞いてたの」

 【人の心、草の心】を持つ鬼麿は、植物と意思疎通を図ることが出来る。

「それでなんだって?」
「うん、わかんないって!それよりこの花大変なんだよ!あんまり風が強いから、飛ばされそうなんだって!仲間の花もいくつかとばされちゃったんだってさ!可哀想だよね……」
「ふーん。やっぱり、ここは風が強いんだなぁ……。他の場所探した方がいいのかしら……」
「あっ!あんなトコにも花がある!ねぇキミ、ソコに咲いてるのって、大変じゃない?」

 ノーンが考え事をしている間も、あれやこれやと花と話を続ける鬼麿。

「ねぇ鬼麿ちゃん、そろそろ、他の場所探さない?ここには、ミヤマヒメユキソウ無いみたいだし……」
「えー、でもまだこの花に聞きたいことが――」

「おい、鬼麿。ノーンの言う通りだぞ。ここに何しに来たと思ってるんだ。ちゃんとミヤマヒメユキソウを探さないとダメだろう?」

 二人のやり取りを見かけたギュンター・ビュッヘル(ぎゅんたー・びゅっへる)が、鬼麿を叱る。
 彼は、鬼麿のパートナーのシャレン・ヴィッツメッサー(しゃれん・う゛ぃっつめっさー)から、鬼麿から目を離さないよう頼まれているだ。

「ギュンター……。チェッ、わかったよ。なんだよ、オレだって別に遊んでる訳じゃないのにさ!」
「あっ!鬼麿ちゃん!」

 鬼麿は叱られた事に腹を立て、その場から走り去っていく。

「悪い。鬼麿も遊んでいるつもりは無いんだろうが、初めての雪山で見る物聞く物全て物珍しいらしくて……」
「仕方ないですよ、まだ子供ですもの」

 そう言いなから、自分の子供時代を思い出すノーン。
 今の鬼麿と、大差なかったように思う。


「ダメだー。ノーンの言うとおり、ここには無いみたいだよー」
「そろそろ、違う場所に移動したほうが良さそうですね」

 向こう側を探していた、ミリアとサミュエル・ユンク(さみゅえる・ゆんく)が戻って来た。
 ちょうどその時、ミリアのケータイの着信音が鳴り響いた。

『ミリア!ちょっとこっち来てみてよ!花の有りそうな場所を見つけたんだ!』

 電話の向こうから、スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)の弾んだ声が聞こえてきた。 


「ここなの?その花の有りそうな場所っていうのは?」
「そうですぅ〜」

 ミリアの問いに、スノゥは自信満々に答える。

「確かにあまり傾斜もキツくないし、それに風も穏やかね」

 ノーンから見ても、以前見た群生地とよく似た場所のように見える。

「私の【ダウジング】に、ここが反応したんですぅ」

 スノゥは昨日からずっと、《炎雷龍スパーキングブレードドラゴン》で花の有りそうな場所を一つ一つ回っては、ダウジングを繰り返していたのだ。

「ダウジングって……本当に大丈夫なの?」
「信用してくださぁい!」

 今ひとつ半信半疑という様子のミリア。

「うん、でもワタシもなんとなくだけど、ココにありそうな気がする!探してみようよ!」

 ノーンの【野生の勘】も、ここに花があると告げていた。

「よし、手分けして探すぞ!」

 ギュンターの号令一過、一行は四方に散った。


「ねぇねぇ、ミヤマヒメユキソウって花、知らない?…………そう。アリガト」
「どうだった?」

 山肌にへばりつくようにして生えている灌木に質問をしていた浜田 鬼麿(はまだ・おにまろ)に、ミリアが訊ねる。

「ダメ。『わかんない』って……」
「そっか……」
「どの木に聞いても、みんなわかんないっていうんだよね!みんな自分のコトばっかりじゃなくて、もっと周りの花のコト気にしようよ!」

 ふくれっ面で、木に当たり散らす鬼麿。

「『わかんない』か――」
「どうしたの?」
「ねぇ鬼麿君。ミヤマヒメユキソウっていうのは、人間の間での呼び名だから、その名前で聞いてもわからないんじゃないかな?花の色とか形とかで聞いてみたら、わかるんじゃない?」
「そっか!もう一回、聞いてみるよ!」

 改めて、木に話しかける鬼麿。
 ミリアの読み通り、帰ってきた答えは、さっきとは違ったものだった。

「その花なら、仲間の木が知ってるって!あっちの方にいけばあるってよ!」
「ホントに!?」

 二人はすぐに仲間を呼ぶと、木の教えてくれた方に向かった。


「うわ〜!すご〜い!」
「キレイですぅ〜」

 一面に広がるミヤマヒメユキソウに、ミリアとスノゥは、感嘆の声を上げた。
 白いスミレのような花が、一面に生えている。

「そうそう、コレだよこれ!やっぱりキレイだなー!」

 ノーンは、花に顔を近づけてみた。
 高さ約10センチほど。
 正三角形の葉が互い違いに7、8枚生えたその先に、4枚の花びらを持つ直径3センチほどの花が一輪、咲いている。
 円華が術をかけると、この花の一つ一つが、砂糖菓子のように変わるのだ。

「麿が、この場所を木から聞いたんだよ!」
「よくやったな、鬼麿」
「えへへ……」

 ギュンターに褒められ、鬼麿は得意げに笑う。

「こりゃあ、空からわからないはずだぜ。こんな木に囲まれた所に生えてりゃあな」

 サミュエルは、周りを見回して言った。
 ミヤマヒメユキソウは、木立と木立の間の、ほんの数メートル四方の小さな空き地いっぱいに生えていた。
 この程度の大きさでは、空からでは木の陰に隠れて見えなくても仕方ない。

(でも、この量じゃあとても足りないな……)

 サミュエルが、そう思った時だ。

「え……?ちょっと待って!?」
「どうした、鬼麿?」
「向こうにも、花が生えてるところがあるって!」
「お、おい鬼麿!」

 いきなりかけ出した鬼麿の後を、慌てて追うサミュエル。

「あった!ここにもあるよ!」

 歓声を上げるサミュエルに続いて、低い灌木の向こうに出る。

「おお……スゲェな、こりゃ……」

 鬼麿とサミュエルの目の前の山肌を、狭く浅い谷が斜めに横切っている。
 そして、その谷を埋め尽くすように、何百何千というミヤマヒメユキソウが、びっしりと生い茂っていた。


「えっ!見つかったんですか!!ハイ……。ハイ、ハイ……。わかりました、お疲れ様です!!」

 テントに響くティー・ティー(てぃー・てぃー)の声に、皆が一斉に彼女の方を見る。

「ミヤマヒメユキソウが、見つかりました!マレンツ山の時よりももっとスゴい、大群落だそうです!」
「ホントですか!ティーさん!?」
「「「やったー!」」」

 円華を始め、テント内にいる全員が、歓声を上げる。

「オレ、四州の人たちに知らせてきます!!」

 一人が、外に向かって駆け出していく。
 東野藩からやって来た一般参加者たちが、ついさっきベースキャンプに到着したばかりなのだ。
 「ミヤマヒメユキソウの大群落発見」の報は、あっという間にベースキャンプ中に広がった。
 抱き合って喜ぶ者あり、万歳三唱して喜ぶ者ありと、人々はしばしの間、調査団、四州島人の別なく、皆そろって喜び合ったのだった。