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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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第12章


『アニーは強化人間の実験に成功しました……その成功を収めるまでに、何人の犠牲があったのかは、私は知りません。
 そうして、私はアニーと『契約』を交わし……パラミタへと渡ったのです』


「……つまり、もとより父親がパラミタに渡るための先導として、娘と契約させるためだけにアニーという娘を買ってきたってことか……。
 ひどい話だな」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は施設内の放送を聞いて呟く。
 彼もまた恋歌のメール受けて、施設に侵入していた。
 女性には礼を失さない彼が恋歌の依頼を断る理由はない。
 しかし、風森 巽(かぜもり・たつみ)の考えは違った。

「いいや……俺は四葉 恋歌の依頼を受ける気はない」

 エヴァルトはしかし、その矛盾を口にした。
「いやしかし……こうして施設に乗り込んで戦闘し、アニー救出に向かっているじゃないか?」
 それでも、巽は首を横に振った。
「いや、俺は彼女の依頼を受けてここにいるわけじゃない。
 依頼を受けるということは、彼女の条件を飲むということだ」

「……ああ、なるほど」
 エヴァルトは納得した。巽は恋歌のメールについて不服があるのだろう。
「パートナーは当然助けるさ……だが、『自分の身についてガードは必要ない』なんて依頼を受ける気はない……。
 どっちも助けるさ、当然だろ」
 通路を走り進む、目的の部屋は近い。
 多数のコントラクターが戦いを続けている。あの部屋だ。

「良かろう、その話に乗った!!」
 エヴァルトはいち早く部屋へと駆け込み、戦闘に参加した。アクセルギアを全開にして、攻撃を加えていく。

「よし……変身!!」
 巽もまた、戦闘用の姿に変身した。
「蒼い空からやって来て、少女の願いを遂げる者! 仮面ツァンダーソークー1!!」
 そのまま両手に雷を纏わせて、敵陣に突っ込んでいく。

「チェンジ、轟雷ハンド!! ……電磁……エェンド!!!」
 必殺の閻魔の掌が炸裂した。
 声すら発せずに倒される敵。
 流されていく恋歌の声を聞きながら、巽はアニー目指して戦った。

「誰かを想い、助けを求めたその手を掴むのなら……その人のことも助けなきゃ意味がないだろ!!」


『アニーとは、その時以来会っていません。幸輝とアニーの約束は、そこまでと私は聞いていました。
 強化人間の手術を受け、私と契約することができたなら、アニーは地球の家族の下へと帰れるという約束だったのです』


「けれど、実際にはパートナーさんは地下施設に幽閉されている……と、だんだん彼女の父親の人となりが見えてきたねぇ」
 と、永井 託(ながい・たく)は呟く。
 目の前には、未来からの使者 フューチャーXの姿。
「それで……お前さんはどこまで儂についてくる気かな?」
 特に攻撃をしかけるでもない託に、フューチャーXはニヤリと笑う。
「いやぁ別に? 僕はただ、何が起ころうとしているのか、知りたいだけだからねぇ」
 フューチャーXは託の隙をついて振り切ろうと、施設内を走る。
「おっと、待ってくれないかなぁ。こっちもスピードだけは自信があるんだよね」
 そこにゴッドスピードを駆使して追いつく託。先ほどからこの繰り返しだった。

「まったくしつこい奴だ……それに、さっきから隠れてついてくる奴……貴様もだ」

 その言葉を受けて現れたのは、アトゥ・ブランノワール(あとぅ・ぶらんのわーる)
「いやはや、これでも隠れ身には自信があったのだがね」
 ふわりとした身の軽さを活かして、しかし油断なくフューチャーXと託に近づくアトゥ。
「そもそも恋歌くんのパートナー救出に関しては、こんなおばさんの出る幕はないだろうからね。
 ……最初から若い人に任せるつもりだったんだが……どうも、イレギュラーが発生したようじゃないか?」
 アトゥはびっと、フューチャーXを指差す。
「そうそう、僕もまずは気楽な傍観を決め込むつもりだったんだけどねぇ」
 託もまた、フューチャーXに興味が出た人間の一人のようだ。

「……それで?」
 身の軽さと、スピードが信条の二人に挟まれたフューチャーX。即座に振り切ることは困難と判断したようだ。

「うむ、我々は間違いなくこの事件に関して外野だということさ。そして、本来キミもまた外野である筈だよ、フューチャーX君。
 ならば外野同士、少々お付き合いいただこうじゃないか?」
 少しずつ間合いを詰まるアトゥ。彼女らの目的はあくまでフューチャーXの目的を探ることにある。
 仮に腕利きのコントラクターが相手でも、こちらから攻撃する気がないならば、フューチャーXにとってはやっかいな相手になるだろう。

「そういうことさ……おじいさんは、一体何をしているんだい?」
 託も同様。油断なくフューチャーXの背後に立ち、すぐに逃げられないように間合いを計っている。

「儂とて、嘘は一言も言っておらんよ……四葉 恋歌に頼まれてパートナーであるアニー・サントアルクの命を助けに来た、それだけだ」
 しかし、託はその言葉に疑問を投げかける。
「そうかい? しかし、恋歌はおじいさんのような協力者がいるとは一言も言っていない。それに……警備のバイトを装って仲間を侵入させるような慎重さなのに……おじいさんのやっていることはまるで派手じゃないか? 矛盾しているよ」

「ふん、それも推測にすぎんな。それに、恋歌が全てのことを話していたわけじゃないことは、今この瞬間に証明されている」


『ですから、私はずっとアニーは地球の家族の下へ帰ったのだと、そう思っていました』


 恋歌の放送は続いている。なるほど、メールで簡単に説明できる内容でないことは確かだが、恋歌自身が頼った人間相手に説明をしてこなかったこともまた事実だった。

「しかしね……仮にそうだとしても、キミの言っていることが本当だという証明にならないことも、また真なりだよね」
 アトゥはフューチャーXの言葉に誤魔化されず、食い下がった。フューチャーXもまた、動じずに言葉を返す。
「ああ、その通りだな。儂も自分の言葉が真実であることを証明する術がないことは自覚している。
 それに、今の恋歌に儂のことを尋ねても知らないと言うだろう。
 だが、儂は儂の正義を通すしかない。儂は四葉 恋歌に頼まれてアニー・サントアルクの命を救いに来た。
 なぜならば……このまま契約者による救出が成功してしまうと……」
「……してしまうと……?」
「恋歌のパートナー、アニーが死ぬことになるからだ」
「……なんだって?」
 託とアトゥは思わず聞き返す。
 それでは恋歌の言っている依頼内容と全く異なるではないか。

 戸惑う二人に、フューチャーXは背を向けた。
「疑うのも自由。到底信じられる話ではないからな。
 しかし、儂は本当のことしか言わない。儂はこれからアニーを助けに行く。
 邪魔するなら排除する……それだけだ」
 そう言って、フューチャーXはさらに地下階層を目指して、床を破壊した。

「……どうする?」
 残された託は、何とはなしにアトゥに話しかけた。
「ふむ、面白いじゃないか。彼の言うことが真実か否か、我々の眼でしっかりと見極める必要があるようだね」
 その言葉に託は頷き、二人はフューチャーXの後を追う。

 フューチャーXの目的……彼の真実へと向かって。


『ですが、幸輝は私を騙していたんです。アニーは家族の下へは帰っていませんでした。
 恐らく強化人間の手術の影響でアニーは意識不明に陥り……ずっと地球で幽閉されていたんです。
 地球とパラミタに離れたパートナーは互いに感知することはできません。ですから、私はしばらくそのことを知ることができませんでした。
 私は許せなかった。私のことはいいんです、私は社長令嬢としての恩恵も受けてきた。でもアニーは違う』


 地下施設へと侵入した恋歌だったが、いよいよ最後の部屋の前にたどり着いていた。
 その部屋の向こうでは、幾多のコントラクターたちが戦闘を繰り広げている。

 幸輝に雇われた白津 竜造や松岡 徹雄、そしてアユナ・レッケス。そして奥の部屋から出てきた斎藤 ハツネと大石 鍬次郎、天神山 葛葉という強力な殺人者達だ。
 更に、奥の部屋ではアニーを守るためにゼブル・ナウレィージや天神山 清明がいる。

 恋歌がたどり着いただけでは、事態は好転しない。
 恋歌本人にいかなる勝算があるのか。それとも。

「さぁ、しなければいけないことを……しに行こう」
 樹月 刀真が恋歌の肩に手を置いた。
「うん……アニーが一瞬でも目を覚ましてくれれば……きっと大丈夫」
 そこに、後ろから恋歌に追いついて来た一行がいた。


「恋歌!!」
 ぎくりと、恋歌の身体が硬直した。

「ル、ルーツさん……?」
 恋歌に声をかけたのは、ルーツ・アトマイス。師王 アスカと共に施設に侵入してきた彼らは、施設の内部を探りながら恋歌を探していたのだ。
「探したぞ、恋歌」
「……うん」
 恋歌はうつむいた。今まで知り合った友人とは深い関わりを避けてきた恋歌。友人とは広く浅く、知り合い程度の関係を保って来た彼女だったが、ただ一人例外がいた。

 それが、彼だった。

「来てたんだ……そうだよね……メール、くれたもんね……」
「……ああ。約束は、必ず守る」
 恋歌は自分の携帯を、所在なげにもてあそんだ。『わかった、必ず助けるよ』というだけの、短い返信。

 その言葉に、ここ数日――押し潰されそうな自分の心が、どれだけ助けられていたことか恋歌は自覚していた。

 だからこそ、ルーツには頼りたくなかったのかもしれない。
 けれど、恋歌はメールを送っていた。
 きっと、彼ならそう言ってくれると分かっていたから。

「ねぇ……あのメール……本気なの?」
「……ああ、必ず助ける……報酬も、何でもいいのなら」
「……」
 恋歌は、改めてメールを開いた。
『わかった、必ず助けるよ』と短い返信の後で。


『報酬が何でもいいのなら、君の隣にいられる資格を貰いたい』と続いていた。


「……そのメールのとおりだ。もちろん、恋歌が嫌なら……」
「嫌なわけ……ないよ」
「……」
「うん……アニーを助けてくれるなら……」
 恋歌ははっきりと、ルーツの瞳を見つめて――言った。


「アニーを助けてくれるなら、私の一生を捧げます……どうぞ一生お傍に……好きに使ってください。奴隷でも、召使いでも……」


「……え?」