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四季の彩り・冬~X’mas遊戯~

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四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~ 四季の彩り・冬~X’mas遊戯~

リアクション

 25−5

「プレゼントとかは用意できてなくて、これくらいしか持ってこれなかったけど」
 ケーキと料理の並んだテーブルに、風祭 隼人(かざまつり・はやと)がローストチキンを並べていく。これで全てが揃い、ジュースやシャンメリーなどの飲み物がそれぞれの手に行き渡ったところで、聖者の格好をしたエースがそれらしい口調でその場の全員に向けて祝福を授ける。
「皆に、これからも沢山の幸福が訪れますように――メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
 隼人もルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)と一緒にグラスを掲げる。
 そして、クリスマスパーティーは幕を開けた。

「ファーシーさん、パーティーにご招待ありがとうございます」
「ううん、わたしこそ、来てくれてありがとう! 予定は大丈夫だった?」
「はい。昨日は色々と出かけたんですが、今日はちょうど空いていたので」
「昨日……そうよね、イブだもんね!」
 歓談が始まり、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)御神楽 環菜(みかぐら・かんな)と窓際に近いテーブルにいたファーシー達に挨拶をしようと声を掛けた。イブに出かけた、とデートの匂いに目を輝かせるファーシーに、陽太はにこやかな笑顔を返す。
「はい。最近は時間が出来れば2人で遠出することもあるんですよ。今年の春頃には夫婦で温泉行ったりもしましたし。ラブラブな時間を過ごせました」
「ちょ、ちょっと、恥ずかしいこと言わないの」
 慌てた声で、少し赤面して環菜は陽太の袖を摘む。「すみません」と苦笑する彼の前で、ファーシーは「?」と首を傾げた。
「恥ずかしいの? どの辺が?」
「ど、どの辺って……」
 環菜は明らかに狼狽えた。袖を摘んだまま、陽太の背に気持ち隠れて小声で言う。
「ら、ラブラブあたりが……」
「え? 何?」
「だ、だから、ら、ラブラブとか……も、もういいでしょ!」
 恥ずかしさ極まれりという感じに、環菜はファーシーから目を逸らした。視線を下方に向けたからだろうか、陽太達を見上げていたイディアのつぶらな瞳と目が合った。
「ぶ」
「…………」
 陽太とファーシーが話を続ける中、環菜はついイディアを注視してしまう。無言でじっと見つめられてもイディアは動じず、きょとんとした表情を浮かべている。環菜の様子を見て、陽太も微笑ましそうにイディアを見下ろした。
「こうして母娘揃ったファーシーさん達と会うのは、2回目ですね」
「ええ。夏祭りの時に会ったし初めてではないんだけど……でも、何だかまだ実感が湧かないのよね。ファーシーの子供なんだって……」
 大廃都で施術を行った後、彼女が子を宿したと頭では解っていても実感を得るまでには至らなくて。子供の顔を見るまではそんなものかもしれないと思ったのを覚えている。だがこうしてイディアを前にしてもファーシーの子だというはっきりとした認識は生まれず、環菜はついあどけない顔を見つめてしまう。表面にあまり機械っぽさが無いからだろうか。それとも――
「ファーシーが此処で生活を始めてそんなに経ってないからかしら」
 ファーシーが“生まれ直して”から3年位。僅かな期間で子供まで持ったことに、環菜の中の従来の生物学的知識が馴染みきれていないのかもしれない。
「生まれたって聞いた時はほっとしたし、元気と聞くと安心するのは確かなんだけど」
 何とも、ふわふわとした茫漠な感覚に捉われる。
「不思議なものね。もう少し時間が掛かるものなのかしら……」
 見えない答えを見つけようとするようにイディアとにらめっこを続ける環菜をフォローするように、陽太が言う。
「俺達夫婦とも、ファーシーさん達には幸せに暮らしてほしいと思ってるんですよ。これからもそして来年も、ずっと幸せでいてくださいね」
「うん、陽太さん達もね!」
 ファーシーはぱっ、と元気いっぱいの笑顔を浮かべる。そこで、近くにいたエースが皿を持って近付いてきた。
「ファーシーさん、何が食べたい?」
「え? そうねー、じゃあケーキが多めに欲しいかな。2つくらい」
 エースはリクエストを聞きながら器用にケーキを皿に移し、料理を取り分ける。ファーシーは既に、立派に1人前といえる量のパスタやら料理やらを食べているのだが、まだまだ余裕があるらしい。ラスはフォークを口に咥えたまま、機械の身体のどこにそんなに入るスペースがあるのかと不思議に思いながらそれを眺める。つい忘れがちになるが、ファーシーやイディアは機晶姫だ。モーナ辺りに訊いても、何となく『機晶石の神秘』という答えが返ってきそうな気がするし別段機晶姫の何たるかを学ぶつもりも無いのだが。
 持参してきたチョコレートたっぷりのケーキを崩さずに乗せ、エースは皿をファーシーに渡す。
「はい、どうぞ。洋酒は抜いてあるから安心して食べてね」
「うん、ありがとう!」
 笑顔でお礼を言う彼女と視線を一度交し合ってから、エースは周囲を見回した。
「煙草を吸う人は……いないみたいだな」
 彼は副流煙による子供達やファーシーへの影響を考えていて、もし愛煙家がいたら外で吸ってもらおうと思っていたのだが。
 それにしても、これだけの人数が集まって灰皿が要らない、というのは時代が進んだ証拠だろうか。パラミタには“煙草的なもの”しかなく、地球での値段が高騰した結果なのかもしれない。
 そして、ファーシーの方へ目を戻すと、彼女は既に渡した料理の半分以上を平らげていて、感心しつつも「もう少しいる?」と彼女に聞く。「うん!」と迷わず頷かれたので、彼は再び皿を取った。バランスよく料理を選び、それを綺麗に盛り付けて行く。
「お母さんは子供のミルクの分もしっかり食べなきゃな」
 この場では哺乳瓶でも家ではそうではないだろう、と思いながらエースはにこやかに追加皿を渡した。フォークを本来の用途として使いかけていたラスはその言葉に少し驚いて手を止める。
「お前、よくそういう事を平然と言えるよな……」
「? だってほら、実際にそうだし。イディアちゃんには元気に育ってもらいたいからね」
「……まあ、そうかもしれねーけどよ……」
 母親が栄養を摂った分がミルクになり、そのミルクをイディアがどこから摂取するかと考えると、脳裏に浮かぶものは1つ……いや2つであり、自然とファーシーの貧乳に目が行ってしまう。
「下心の塊ですね……」
 アクアが何だか侮蔑の視線を寄越してきて、あえて否定せずに貧乳から目を逸らす。その先では、ヒラニィレン持参のアップルパイを機嫌良く食べていた。
「うむ! 美味いぞ! なかなかいい腕をしておるな!」
 鳳明がアクアに誘われ、『鳳明だけに美味しい思いはさせん!』とついてきたヒラニィなだけに、美味しいものを食べる勢いには目を瞠るものがある。既にカットされたケーキを幾つも平らげていて、持ち寄られたケーキの数を減らすのに確実な貢献をしていた。
 そして、鳳明も生クリームたっぷりのケーキを食べて感極まった表情をしていた。もう、涙を流さんばかりだ。
「甘い……」
 甘さに浸った笑顔のままに1カットを完食し、今度はチョコレートケーキを取って一口食べ、また幸せそうに身を震わせる。その様子を見て、アクアは言った。
「鳳明はケーキが余程好物なのですね……」
 細身の彼女だが、見ていて気持ちがいい程の食べっぷりだ。1つ1つを美味しそうに味わい、綺麗に食べ切っていく。
 若干驚嘆したようなアクアの言葉に、鳳明は少し照れくさそうに苦笑した。
「あーいや、アイドルとかそういうの始めてからはご飯も色々気にしてて……。ケーキとか控えてたんだよね。社長さんや相方さんからは、余計なお肉付いてはいけないけどあんまり筋肉質でもいけない! って言われたから。けど今日はいいんだー。食べちゃうんだー」
 えへへー、ととろけるような笑顔で、鳳明はケーキを頬張っていく。アクアも彼女に続いて食べかけのケーキを口に運ぶ。同じものなのに、先程よりも殊のほか美味に感じた。
「…………」
「でも本当、これ美味しいね」
 そして、アクアが何となくケーキを見下ろす一方では、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)がアップルパイを食べながらレンと会話を交わしていた。パイの数は、かなり少なくなっている。
「以前、冒険屋の報酬で料理が得意な女の子に作り方を教わったことがあってな。それで、今もよく作るんだ」
 なるべく皆に味わってもらえたら、と自身はケーキを皿に取り分け、レンは破顔する。
「喜んでもらえたみたいで良かったよ」
「へえ、昨日言ってたことも案外伊達じゃないのね……」
 同じくアップルパイを食べつつ、フリューネはレンの『男も家事や育児が出来ないとな』という言葉を思い返していた。パーティー開始前に摘んだクッキーも悪い出来ではなかったし、確かに料理下手ではないらしい。
「だから何、てわけじゃないけど」
 それから一応、そう付け加えておく。
「あ、昨日と言えば……」
 ケイラがパイの皿から顔を上げて、改めてという感じでレンに言う。
「レンさん、昨日はごめんね。バシュモが迷惑掛けたみたいで」
「気にするな。そんなに迷惑でもなかったしな」
「てかあんた、私が見た限りだと殆ど相手してなかったわよね……」
「昨日……? ああ、あのちっこいやつのことか。着ぐるみにへばりついてた……」
 フリューネを含めた3人の話に、ラスもバシュモの事を思い出す。レンと合流した時には既に居なくなっていて、ケイラが迎えに来たと言っていた。
「うん、自分のパートナーなんだ。あ、それでねラスさん、自分、髪切ったんだけど……」
「……みたいだな」
 向き直ってきたケイラに対し、ラスはそれだけ応えた。ケイラは肩にかかる程度の長さの髪を結わえずにそのまま下ろしていて、単純に短くした、という感想しか持っていなかった彼はこれ以上の言葉を持ち合わせていなかった。アフロとかになって来たのならツッコミでも入れられたのだが。
 しかし、そっけない態度を取られても、ケイラは特に気にしなかったようだ。
「でね、夏に紹介してもらった所に行ってみたんだ。美容師さんの腕がよかったし、お礼言っておこうかなって。ありがとう、ラスさん」
「……どういたしまして」
 思ってもいなかった礼に、何となく面映い気分を感じる。ラスは店名を告げただけで、大したことはしていない訳で。
「安くない所だ……って、ちょっとびくびくしたけど」
「……まあ、相場よりは高いかもな」
「おにいちゃんって、服は適当なのにそういうとこお金掛けるよね。自分ではそのつもりないみたいだけど」
 ケーキを頬張りながら、ピノがそこで口を出した。理由は判らないが、何故か少し動揺する。
「……別に、そういうつもりは……」
「……そうなんですか?」
 何かを期待するような、それでいて親近感を得たような目で諒が見てくる。ラスはつい、苦々しい表情になった。
「違うから。そんな目で見るな。バイト先から近いっつーだけで面倒臭いから……」
「でも、家の近くにもっと安いとこあるよね」
「…………」
 ラスは反論する言葉を失った。完全敗北したらしい彼を見て「まあまあ」とケイラは苦笑する。
「今年はお世話になりました……来年もよろしくね。って、まだクリスマスだよね」
 ツリーや手元のケーキ、料理等を見回して訂正する。何となく、もう年末のような気がするのだけれど。
「うーん、でも、今年は本当に今日が最後かもしれないし……ラスさん達さえよかったら、年が明けたら皆で初詣とか一緒に行かない?」
「初詣? ……いいけど」
「行きたい行きたい! 一緒に行こうケイラちゃん! 諒くん達も!」
 飛び上がらんばかりの乗り気さで、ピノも賛成する。諒も、嬉々として頷いた。
「うん、行こう、ピノちゃん! ラスさん、その時にカッコいいカットのお店教えてください!」
「知るか! ……格好良くなりたいならまず髪を短く……いや無理だな」
 ますます女子らしくなりそうだ。
「童顔の宿命だ。諦めろ」
「そ、そんなあ……」
「シーラさんも来るよね! 大地さんも!」
 諒ががっくりする中、ピノは大地やシーラに期待を込めた目を向ける。
「そうですね、行きましょうか〜」
「皆でお参りするのもいいですね」
「やったあ! 初詣楽しみだね!」
 色よい返事を貰えて、彼女は心から嬉しそうな声を上げた。そこで、ケイラはちらりと窓の外に目を遣ってからピノに言った。
「そうだピノさん、この前、リュー・リュウ・ラウンに行ったんだよね。その時……」
「むぐむぐ、むむむー」
 その時、大きめのケーキを口いっぱいに入れていたヒラニィが何か言いたそうに近づいてきた。「ごくん」とケーキを飲み込み、空になった皿を片手にびしっとピノに指を突き出す。
「おぬし、ドルイドになりたそうな目をしておる!」
「……ほえ?」
 突然の指摘に、ピノはヒラニィの指と対面したまま目をまんまるくした。
「あ、それ、自分も言おうと思ってたんだ。ピノさん、ドルイドになりたいっていう話を聞いたんだけど……ヒラニィさんも知ってたんだ」
「ふっふっふ、わしには判るのさ」
 ケイラの言葉に、ヒラニィは自慢気に胸を張る。だが、驚きから復活したピノは「んー……」と記憶を思い起こす。その告白をした時はヒラニィも同じ場所に居て、眠ってはいたけれどもしかしたらそこで聞いたのかもしれない。睡眠学習的な何かで。
「そうだよ! あたし、ドルイドになりたいんだ。何となく、前から気になってたんだけど……。もっと、動物さん達のこと知りたいから」
「よしよし、では現役バリバリドルイドのわしが色々教授してやろうではないか!」
「あ、じゃあまたあのライオンさんに会えるかな? 可愛かったよね」
「……ん? とら? あやつは拳聖専用のペットで……」
 鳳明の飼う七殺の獅子を思い浮かべ、ヒラニィは冷や汗を掻いた。この前、邪険にされまくった理由は多分その辺りにもあるわけで。
 その様子を見たピノは、鳳明の方を振り返った。
「……やっぱり、鳳明ちゃんに頼んだ方がいいのかな?」
「い、いや!」
 ヒラニィは何かを打ち消すように、ぶんぶんと首を振る。
「いける! ドルイドならあやつも思いのままよ! 今度また連れてくるから期待しとれよ、いいな!?」
 そして自信満々の口調で、そう言い切った。
「…………」
 ピノはじーーっ、とヒラニィを見つめ、居丈高なポーズを取る彼女が同じ姿勢を保つのが難しくなってきた頃になって元気よく笑った。
「いいよ! その時は、鳳明ちゃんと一緒に来てね!」
「うむ、心して待っておるのだぞ!」
 ヒラニィもそれを聞いて、ぱっ、と明るい笑顔になる。
「ピノさん、外に自分が乗ってきたヒポグリフがいるから見てみる?」
 ケイラがそこで、ピノに声を掛けた。ドルイドになりたいと聞いて連れてきた幻獣だ。
「ヒポグリフ? うん、見るよ見るよ!」
 食器を置いて、ピノは跳ねるように玄関へと向かっていく。聞いたことはあるけれど、実際に見るのは初めてだ。
(どんな感じなんだろ……? 大きさはどのくらいなのかな?)
 そう考えるとわくわくとした気持ちが膨らんでくる。玄関を開けようと手を掛けた時、大地が加えて彼女に言った。
「ピノちゃん、シーラさんの白虎と戯れてみます? おとなしくて人懐っこいですよ」
「びゃっこ……本物のトラさんだね! 遊んでいいの?」
「もちろんですよ〜、ピノちゃん」
「トラだと!? わしも行くぞ!」
 シーラも玄関の方に歩き出し、続いてヒラニィも、楽しそうに2人の後をついていった。大地が彼女達を見送った後に残っているのは何だか不景気な顔をした男2人で、ラスは大地に向けて抗議めいた半眼に、諒はどこか愕然とした表情になっている。
「……大地、白虎って……」
「心配しなくても大丈夫ですよ。“シーラさんの前では”本当におとなしいですから」
「また条件付きかよ!」
 ラスは思わずツッコミを入れる。相手が猛獣の類である以上は当然なのだろうが。
「何か、危なっかしいんだよな……」
 猛獣だし。何よりも猛獣だし。
「そうですか? ピノちゃんは、割とちゃんと見ていると思いますよ」
「…………」
 そこは否定出来ないのか、ラスはそこで大地に対して恨めしげな視線を送りつつ口を閉じた。一方で諒は、閉じたドアを見つめながら驚き露わに呟いている。
「ぴ、ピノちゃんがドルイド……!?」
「立派なドルイドさんになったら……可愛い服を着て欲しい、と言われたら断れないかもしれませんね」
 その彼に、大地はにこにことした笑顔で言う。諒はシーラが大好きで、同時に、ビーストマスターからドルイドになった彼女に本能が発動して逆らえない。もし、ピノもドルイドになったら――
「えっ……、えっ」
 諒は大地の言葉にうろたえた。カッコよくなりたいのにそれでは何だか真逆である。
「ところで諒くん、昨日ピノちゃんにプレゼントは渡せましたか?」
「あ、はい渡せました!」
 涙目だった顔が、明るくなる。
「お返しにハグぐらいいただいちゃいましたか?」
「そ……それはもらってません……」
 明るかった顔が、涙目になる。
「そうですか。では行きましょう」
 大地は、何だか楽しそうだ。
「お前、マジで鬼畜だな……」
 そうして、彼らもまた外へと出て行った。