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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第16章


「『外で待て』って言われてもねー……」
 風森 巽(かぜもり・たつみ)のパートナー、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)は呟いた。
 恋歌の依頼でアニーの救出に向かった巽であったが、万が一のことを考えてビルの外にティアを待機させていたのだ。
「とか言いながら数時間……タツミからの定期連絡は来なくなるし、ビルは燃え出すし、ネットには怪しい情報……」

 『御宣託』でおおまかな情報を得ながら、炎と煙を上げるビルへと一直線に向かい始める。

「コックリさん、コックリさん、タツミは今、どこにいますかー?」


                    ☆


 一方、パーティ会場では。


「……邪魔ですよ……っ!!」

 ルイ・フリード(るい・ふりーど)のパートナーであるシュリュズベリィ著 セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)がノア・レイユェイの作り出した氷の壁を砕こうとしていた。

「……」

 そのセラを、ノアのパートナーであるニクラス・エアデマトカが妨害する。
 強大な魔法で氷の壁を吹き飛ばそうとしたセラだが、二クラスが接近戦を挑んでくるので集中できない。
「……邪魔、しないでください。セラはあいつを殺さないといけないんだから」
 妨害する二クラスを、杖で牽制する。
 だが、ノアがまだ氷の壁の中で四葉 幸輝と話をしている。それがノアの望みらば、その時間を邪魔させるわけにはいかない。

 琳 鳳明が叫ぶ。

「二人ともやめてください! 今はこんなことをしている場合じゃない筈です!!」

 しかし鳳明の叫びは届かない。特にセラの瞳からは光が失われ、恋歌の亡霊に憑依されているであろうことが想像できた。

「……駄目だ……正気を失ってる……この氷を砕いて……幸輝さんを助けるにはどうしたら……」


                    ☆


「……幸薄い中年男、ですか。まぁ、いい年なのは自覚していますが」
 その氷の壁の中では、ノアと幸輝の会話が続いていた。外の騒動は壁の中にも聞こえてきている。この邂逅のタイムリミットが近いことも理解しつつ、ノアは薄く笑った。

「そうさ、いくら『幸運』とやらを振りかざしても、自分にはお前さんがちぃっとも幸せそうにぁあ見えないのさね。
 そりゃあ確かに『幸運』と『幸福』は違うものさ。けどそんなのはただの言葉遊びに過ぎないね。
 だってそうだろう? 誰だって『幸運』があれば自分の望みを叶えるために使うものさね」
 それに対し、幸輝の頬には薄笑いが張り付いたままだ、ノアの問いかけに対し、低く答える。
「……そうですね。私も自らの『幸運』を目的のために使っていますからね」

 そこに、ノアのパートナーである平賀 源内(ひらが・げんない)伊礼 權兵衛(いらい・ひょうのえ)が現れた。いや、正確には最初から壁の中にいたのだが。

「……おやどうしたい、伊礼のじーさん……それは」
 二人の様子がおかしいことに気付いたノアは、軽く失笑しそうになるのを堪える。
 權兵衛はともかく、源内の様子がおかしくてたまらない。
 何しろ、首だけ出してあとは全身をすっぽり氷で固められて動けなくされているのだから。

「いやなに……他の連中と同じように源内の奴が変なモノに取り憑かれたようでのう……。そこの男に襲いかかろうとするんで、とりあえず動けなくしたワケじゃ」
 軽く語る權兵衛だが、恋歌の亡霊に憑依されたうえに氷づけにされた源内はたまったものではあるまい。
 とはいえ、今は源内の意識は亡霊の強烈な自我によって無意識の奥底に封じられてしまっていた。源内の身体を動かしているのは、あくまで恋歌の亡霊の一体である。
『……んん、ふぅ……』
 氷づけにされながらも、源内に憑依した恋歌の亡霊は幸輝を鋭く睨みつけた。
 源内の身体は辛うじて窒息しない程度に顎の辺りまで凍らされていて、言葉を発することはできない。
「……」
 幸輝はというと、その源内に冷笑とも取れるような張り付いた微笑みを向けるだけで、言葉を発しない。
 その両者の様子を存分に楽しんだあと、ノアが口を開いた。

「ふぅん……なかなか面白いことになっているじゃあないか……ま、源内は放ってけば治るだろうさ。
 それより、源内に取り付いたその『変なモノ』……。ま、自分らは傍観者さね――正直、事の行き先がどうなろうと知ったことじゃない――だが興味はある……」
「じゃろう」
 權兵衛はニヤリと口の端を吊り上げた。
「どうじゃなノア、こいつに喋らせてみては。まぁまぁ面白い話が聞けると思うんじゃがな」
「……ふぅん……個人的には興味はあるが……ま、そちらの御仁次第かねぇ?」
 ノアは懐から銀の煙管を取り出して、火をつけた。
 形のいい唇から、この場にそぐわないゆるやかな紫煙が漏れる。

「……ふむ?」
 權兵衛は幸輝を横目で見た。この亡霊達が幸輝に対して害意を持っているのは明らかで、この場で自由に喋らせることは、当然ながら幸輝にとって不利益な状況を作り出す可能性がある。
 ゆえに、權兵衛は幸輝がその行動を妨害するかもしれないと思ったのだが――。

「……」
 その意に反して、幸輝は『どうぞ』とでも言うように片手を權兵衛に差し出して見せた。

「……ふむ」
 とりあえず幸輝に妨害の意志がないことを認め、權兵衛は氷づけにされた源内の口の部分の氷を軽く割る。

『……幸輝……お父……さん……』
 幸輝の頬がぴくりと震えた。源内の口から源内本人の声ではない、若い女性の声が漏れた。おそらく、『恋歌』と呼ばれたうちの一人なのだろう。
 そして語り始めた。

 幸輝と16人の『恋歌』にまつわる物語を。


                    ☆


『許さない……っ、四葉 幸輝!!』
 その頃、氷の壁の外ではシュリュズベリィ著 セラエノ断章が源内と同じように『恋歌』の言葉を発していた。
「待って、幸輝さんを殺したって何も解決しないよ!!」
 その前に立ちはだかる琳 鳳明。
『許さない、許さない!! 私達を利用して、そして殺したあの男を許さない!!』
 だが、意識を亡霊に乗っ取られているセラに鳳明の言葉は届かなかった。
 召喚獣である不滅兵団を呼び出し、氷の壁に向かわせる。ノアのパートナーであるニクラス・エアデマトカはノアと幸輝との会談を守るのが目的だから、鳳明は放っておいて不滅兵団の対応をせざるを得ない。

 その間に、セラは魔力を溜める。
 不滅兵団だけでは氷の壁を破壊するのは難しいかもしれない。だが時間は稼げる。
 自分を止めようとしている目の前の娘は攻撃してくる気配はない、ならば気を狙って一撃必殺の準備をするべきなのだ。

 セラを支配している意識はあくまで過去の『恋歌』のものだが、戦闘行為を行っている身体はセラのものだ。
 その身体に染み付いた歴戦の記憶は、セラの意識が暴走している今でも、皮肉なことに的確に状況を把握していた。

 場所はパーティ会場だ。氷の壁の中には標的である四葉 幸輝と数人のコントラクターがいる。その中には仲間である『恋歌』の亡霊がいるが、動けないようだ。
 周囲には自分と同じように『恋歌』の亡霊に憑依されたコントラクター数人がいるが、まだ動けないでいる。
 それぞれの母体であるコントラクターが亡霊に抵抗しているため、自分で動きを封じてしまったためだ。
 このままでは氷の壁は破壊できず、いずれセラも鳳明に動きを封じられてしまうかもしれない。

 だが、それでもセラに憑依した『恋歌』の亡霊には勝算があった。
 仲間だ。
 仲間が近づいてくるのを感じたのだ。

 自分と同じように、強い能力を持つコントラクターを支配した『恋歌』の亡霊。

 もうすぐだ。
 もうすぐ来る。