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帝国の新帝 蝕む者と救う者

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帝国の新帝 蝕む者と救う者

リアクション





会戦


 ウィスタリアの一撃を号令に、弾かれるようにしてまず飛び出したのは、近接型のイコン数機だった。

 清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)の二人が駆るルドュテは、その中でも攻撃開始は慎重だった。あえて我が身を晒す形で滑空するルドュテは、ユグドラシルとの距離を測りながら、機動性を活かしてアールキングの枝を巧みに避け、ソウルブレードで斬り付けながら疾駆する。そして距離が開いたところで再度接近し、今度は同じコースをウィッチクラフトピストルで繰り返した。
「ダメージは?」
「樹皮がかなり硬いようですね。傷はつきますが、斬撃では浅いです」
 データを取りながら、クナイが眉を寄せた。
「探知方法は、視認に近い感じですが……確定できません」
 熱源や殺気といったもので感じ取っているのでは無さそうだが、攻撃への反射行動にしては接近の際、攻撃に転じてくるタイミングがまちまちだ。一応は植物であるアールキングがどのように”視て”いるのかは判らないが、触覚や視覚と見て良いようだ。
「反応はそこそこ早いね。枝って言うより、こうなってくると触手みたいだよ」
 眉を寄せる北都にクナイが「後方2時」と警告の声を上げた。死角から伸びて来た枝を回避し、その回転の動きと共にブレードで切りつけてカウンターを入れたが、縦に裂けた枝はそのままベキベキと割れながら再生し、一方が更に追撃してくる。
「その上この再生力か……これはちょっと、時間がかかるかもしれないね」
 ぼやくように言って、北都はその戦闘データをクナイを通じて味方へと流していく。
「情報収集なら、手は多いほうがいいよな」
 それを受けて北都達とは逆サイドからアールキングに接近したのはシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)両名が乗るシュヴェルト13だ。木の根を避けながら、その攻撃パターンと同時こちらの攻撃によるダメージを計測しつつ「マシンガンじゃ浅いか……まぁ予想通りだな」と呟いて機体を旋回させたシリウスは、一旦距離を開いて全景を捉えると、パイロット席のサビクに、にやりと不敵に笑って見せた。
「サビク、ナパームで石器時代に戻してやれ!」
「パラミタに石器時代はないから。っていうか、それ言いたかっただけでしょ!?」
 振られたセリフに文句を言いつつ、砲門を開いたサビクは、シリウスが再接近するのにあわせてナパームを発射させた。その着弾地点へと一気に機体を接近させたシリウスは、デュランダルを抉れたばかりの傷口を斬り付けた。超高出力ビームサーベルに抉られて樹皮の奥が僅かに露出したが、全体から考えればダメージは低い。続けて剣を振り上げたシリウスに、サビクが「それより」と口を開いた。
「突き刺しっぱなしの方が、継続でダメージを与えられそうだけど」
「後で回収するの面倒しそうだけど……ま、言ってらんねえか」
 呟き、エナジーバーストの加速を乗せて、シリウスは深々と傷口に向けてデュランダルを突きたて、そのまま離脱した。その一連のデータをエカエリーナのイコンへ転送させ、シリウスは通信を開く。
「エカテリーナ、分析を頼めるか」
 その間も襲い掛かってくるアールキングの枝を回避しながら、シリウスは続ける。
「なんとか効率的に潰す手立てを考えてくれ。はめ技でもチートでも何でもいい!」
『了解。任せて欲しいのだぜ』
 テキストリーダーの合成音声ではあるが、頼もしいセリフと共に、エカテリーナがぐっと親指を立てたのに、シリウスは同じように指を向けて応え、富永 佐那(とみなが・さな)もまたザーヴィスチのコクピット内で、海音☆シャナの格好で不敵に笑みを浮かべていた。
「エカテリーナさん、あなたが居たから、私も最後までアイドルとして戦えました☆感謝してもしきれません☆」
 そう言って操縦桿を握った佐那は、アールキングへ向けて一気に機体を接近させた。
「その恩、ここでお返ししますッ☆」
 ザーヴィスチの機動力を活かした急接近に、当然接近を阻むよう枝は伸びたが、その到達よりも早くそれをすり抜けると、伸びた枝の根元へと、大型超高周波ブレードの一撃を叩き込んだ。硬い樹皮とブレードのぶつかる鈍い音がしたのと同時に、機体は全速で離脱し、既に枝の圏外へと出ている。
「さすが、硬いですわね」
 ダメージ状況を確認してエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)が言ったが、佐那の不敵な表情は変わらない。
「元々、一撃で済むとは思ってませんよ」
 言いながら、すでにザーヴィスチは再度の加速に入っている。急接近と同時の一撃は、斬撃の弾丸のようだ。同じ箇所を抉った一撃と共に離脱し、そしてまた急降下とを繰り返す佐那は、力強い意思でアールキングを睨みすえた。
「どれだけ硬くとも、破れるまで攻撃あるのみですッ☆」


「あの幹……中から伸びてるのね。流石に引き剥がすのは難しいかな……」
 そうして、正面から接近していく彼らとは対照的に、スモークディスチャージャーの煙に紛れて接近したのは、遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)の愛機アンシャールだ。接近と同時にマジックカノンを幹をめがけて数度撃ち込むと、それに反応して襲い掛かってくる枝の隙間を、加速を駆けて一気にすり抜けて更に急速接近すると、暁と宵の双槍で爆撃した箇所へと突撃をかけた。
「……っ、浅い。さすが世界樹、魔法のダメージは低そうだ」
 槍の威力は十分だが、それ以上に樹皮は硬い。槍でのダメージの方が稼げそうだと言う羽純の言葉に、更に離脱と接近を繰り返しては、同じ箇所へと集中的に攻撃を行った。蓄積ダメージで樹皮は破れそうではあったが、当然、アールキング側もそれを黙って見過ごすはずが無い。
「四方から来るぞ……!」
 羽純の声が緊張を孕んだが、歌菜はその槍を左右に突き出すように構えて機体を急旋回させると、その回転によって接近した根を叩き落とし、残る枝の伸びて来るのと逆方向へと加速をかけて離脱した。
「厄介そうな相手だな」
 羽純の言葉に頷きながらも、歌菜は「でも」と力強く敵を見据えて、衰えない戦意で双槍を構え直す。
「どんなに不利でも傷付いても、諦めたりするもんか!」
 そのセリフを通信の合間に聞いて、ゴスホークコクピットの柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が負けていられない、とでも言うように軽く目を細めた。そんな真司にヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が機体データをスキャンして口を開いた。
「同調状態良好。問題ありません」
「了解――発進」
 頷いて、ウィスタリアから発進したゴスホークは、パイロキネシスによって炎を纏わせて赤熱化したブレードでアールキングの手近な幹に向かって斬りかかった。高熱を纏う刃は樹皮を焦がし、ずぐりと内部を抉っていく。内部まで食い込むダメージは重く、アールキングの警戒が強まったのか、周囲の枝が一斉にゴスホークめがけて襲い掛かってきた。取り囲むようにして伸ばされた枝に、ブレードを引いて内蔵のプラズマライフルで連射しながら、ヴェルリアが展開させたレーザービットが残る方位をフォローするのに一旦密集を抜けると、枝の動きに沿うようにして機体を旋回させ、最低限の動きでそれをかわしながら再接近とすると同時、枝の根元を斬り落としていった。
「攻撃の有効性を確認。しかし……」
「きりが無いな」
 軽く眉を寄せるヴェルリアに、真司も難しい顔だ。
「だが、今はとりあえず攻撃を継続させるぞ。他に手が見つかるまでは、な」
「了解」
 躊躇う様子の無い真司の声に頷いて、ヴァルリアはビットの操作と機体制御に意識を集中させた。


 そうして、上空で激しいイコンの空中戦の行われている中、巻き添えと阻害を防ぐために、そのやや下方を飛行していたのは国頭 武尊(くにがみ・たける)クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)のドラゴン達だ。枝が密集しているのは上部付近だが、こちら側も決して甘くなっているわけではない。隙あらば地上へ、あるいはイコンたちの足元から攻撃を突き上げていこうとする根を、動き回るクリストファーの水雷龍ハイドロルクスブレードドラゴンとドンネルケーファーが攻撃して抑え、崩壊する空から降る霰のような攻撃が纏めてダメージを与えたところへ、地上でリンが操るドージェロボのソニックブラスターから、プリムの演奏に乗せて放たれたクリスティーと二人の叫びが音波の刃となってべきべきと細い枝枝をへし折っていき、武尊のイレイザーキャノンが更にそれを一掃した。勿論、折れたところから再生をし始めるのできりの無い印象があるが、だからといって手を休めるわけには行かなかった。
「アイリスに無理をさせるわけにはいかないし……ここでけりをつけないとね」
 頷くクリスティーの横を、武尊の乗った聖邪龍ケイオスブレードドラゴンが急旋回して直進した。それを追ってくる枝をちらりと振り返って確認し、武尊は更にその速度を上げる。
「いい塩梅について来てるな……さて、上手くいくかね?」
 呟き、振り切らない程度の速度を維持したドラゴンを更に旋回させ、手近な枝の下をすれすれで潜り、更にその注意を集めながら、意図的に細かく細かく旋回を繰り返し、樹皮に沿って最小限の回避行動をとって隙間を潜ること暫く。最後に枝の密集地点をぎりぎりですり抜けると、そこには伸ばした枝同士が絡み合って身動きを失っているところだった。
「うし、狙い通り……!」
 そうし密集した場所にアブソリュート・ゼロを叩き込んだ武尊は、クリストファー達の叫びに合わせてイレイザーキャノンの一撃を放ったのだった。


「やってるやってる。アニメかなんかみてぇだな、ありゃ」
 上空の様子を観察しながら、猫井 又吉(ねこい・またきち)が思わず漏らしたのに、傍らのエカテリーナが『ムネアツなのだぜ』とぼそりと呟いた。その合間も、送られて来るデータを分析してマップデータや情報を更新していきながら、ふと、と言った様子でジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)恐竜要塞グリムロックへとデータと共に通信を投げた。
『そこも相応に危険だと思うのだぜ?』
 その言葉に軽く肩を竦めるだけで、ジャジラッドはアールキングと、その浸食を受けるユグドラシルを眺めた。彼がここに居るのは、万が一失敗した際の脱出手段の一つとしてだ。故に、攻撃を控えて待機しており、それについての氏無の判断は「いいんじゃないの? 必要な用意ではあるわけだしね」ということなので、前線と後方の丁度中間地点で事の成り行きを泰然と構えているのである。これもセルウスの試練であるなら、本当にあの少年が皇帝として相応しいかどうか見極めるのにも良いだろう、というの、静観に徹する理由の一つだ。
「しかし、ユグドラシルが侵食されている今こそ、上位に立とうとする世界樹が出て来る可能性はないのだろうか?」
 独り言のように漏らされた言葉に「それは無いだろうねぇ」とのんびりとした声の氏無が答えた。
「今はパラミタそれ自体の危機が迫ってるわけだからね。自分達が争ってる場合じゃないってことが判らないような残念な存在じゃあないよ」
 勿論、内心どう思っているかどうかは知らないけど、と付け加えるのに、ジャジラッドは肩を竦めると、再び戦況へと視線を戻した。


「流石に自動迎撃ではありませんか……まあ、だいたい予想の通りですね」
 同じ頃、彼らよりも更にやや後方。前線の状況を観察しながら、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、パートナーのリース・バーロット(りーす・ばーろっと)と共に駆る龍王丸のコクピットで呟いた。その動きから考えるに、ユグドラシルを突き破っているアールキングの幹とそれから枝分かれする枝葉たちは、ある程度の意思を持っている。
 だが、意思はあるが思考できるか、というと、恐らくそうではないだろう、と小次郎は推測した。いわば人間の手足のようなものだ。それぞれ、脳から指令が出て意志で動いているが、四肢で同時に電卓を叩いて計算するのは至難の業だ。植物と人間を同列に語るのは難しいが、実際、武尊の動きにつられて枝を混線させてしまったりしているところを見ると、全てが繊細な制御が出来ているわけではないのは確かなようである。なまじ力が強い分、内外の調整が難しいのかもしれない。
「そうなると、条件反射的な行動は引き出せそうでありますな」
 その推論を受けて「陽動の効果が見込めるでありましょう」とマリーが言ったが「ただ、問題は」と口を挟んだのは、前線の情報基地のごとく桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)と共に{ICN0001025#マリア}でデータをひっくり返していた裏椿 理王(うらつばき・りおう)だ。
「それでも尚、アールキングが有利だってことだよ」
 ルドュテから、そしてエカテリーナ経由でシュヴェルト13から入ってくる最前線の戦闘データ、エカテリーナや氏無達後方から入ってくる広域データなどから割り出した、アールキングの持つ高い回復力を示して、モニター上のアバターが表情を難しいものに変えた。
「ダメージは通っているけど、蓄積してない。致命傷に到達しないんだよ」
 言いながら、選帝の間でアールキングが復活した折、そして超獣事件で撮影されていた幾つかの映像とを呼び出して検証したデータを表示させながら、理王は続ける。
「恐らく、召喚されたのは一部だけど、アールキング本体とのリンクは切れていない」
 構造はわからないが、十中八九魔法陣が本体と繋がっており、そこからエネルギーの供給がなされている可能性がある、と告げると、マリーは眉を寄せた。
「そうなると、厄介ですな……こちらで幾ら削っても、エネルギーの底が何処まであるのか見当もつかんでありますぞ」
『だけど、効果が無いわけじゃないのだぜ』
 エカテリーナが口を挟んだ。
『お前らの言う通り、枝と根を同時に動かしているためか、レスポンスが単純なのだぜ。こちらの攻撃が激しくなれば成る程、ダメージが深くなれば成る程、対応をせざるを得なくなる……とすれば必然、内部に集中して対応できなくなるわけだが』
 言いながら、シリウスから入ってきたデータをモニターに表示させつつ、エカテリーナは続ける。
『シュヴェルト13のサーベルなのだぜ。樹皮に食い込んだまま抜けてないというか、埋まってるのだぜ』
 そこから考えられるのは、アールキングは傷に対して傷口を閉じる修復方法ではなく、再生と言う形を取っているのではないか、ということだ。それを裏付けるように、丈二からも樹隷たちからの情報が入った。
『世界樹それぞれに特徴があるため、一概には言えないそうではありますが……恐らくアールキングには、再生でしか傷を塞ぐ手段がないのではないか、とのことであります』
 例えばユグドラシルには、彼ら樹隷と言う存在があり、人間と同じように傷口を癒す方法を持っているが、アールキングにはそれはない。傷ついた部分を、再生した自身で蓋をするような方法でしか塞ぐ手段がないのだ。
『あるいは、痛んだ場所を落として新しく枝を生やすか……いずれにしろ、その分エネルギーを消費するであります』
 そして、その再生のためのエネルギーを必要な場所に必要な量、伝達するためのポイントとなる箇所が複数あるはずだ、と言う。その場所を潰すことが出来れば、再生を滞らせることもでき、エネルギーの消費も増やすことができるはずだ。
『ボクと理王氏は、ポイントの割り出しに回った方が良さそうなのだぜ?』
「そうですね、頼みます。こちらは……」
 無言で問いかけるような小次郎に、マリーは頷いた。
「データの収集も兼ねて、効果的に波状攻撃をかけられるよう、動いてみるであります」
 各人ばらばらに動いていても、各個撃破される危険が高い。それよりは、それぞれの特性を生かす形で、攻撃のパターンを作った方が効率的だ。アーグラから借りた飛行龍に乗り込みならのマリーの視線を受けて、氏無が指揮車の通信機を手に取ったのを見て、小次郎も視線を戦場へと戻した。
「サポートします。モニター」
「はい」
 応えて、リーズが龍王丸のモニターに立体マップと各自の配置状況などを表示させた。めまぐるしい戦場の動きに目を細めながら、とん、とコンソールを叩いて小次郎は口の端を僅かにだけ上げた。

「さて……害草ならぬ害樹の剪定と参りますか」