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人魚姫と魔女の短刀

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人魚姫と魔女の短刀

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【攻防・1】


「骨が折れる音って、外にも聞こえるものなんですのね……」
 チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)が感心しながら見ているのは、パートナー白波 理沙(しらなみ・りさ)の戦いぶりだ。
 飛び上がって顔面に蹴りをかました時は流石に危なかったが、此処へ辿り着くまで理沙は警備員達を一切殺害せずに倒している。
 如何に肉弾戦であれ、それが百戦錬磨の武闘家であれば、拳一つ蹴り一つで敵を殺害する事など簡単なのだが、理沙はそれをギリギリのところで見事に押し止めている。
 しかし――ギリギリは、ギリギリだ。
「まぁ、大人しく受け入れてくれなかったから多少ボコってもいいわよね。
 『動けなくするだけ」ってのは同じだし……ね? ね?」
 『ボッコボコ』という言葉が相応しい程にボロ雑巾と化した警備員を足下に同意を求めてくる理沙の大きな瞳に、美麗・ハーヴェル(めいりー・はーう゛ぇる)は氷術を放ちつつ苦笑している。
 パートナー達のやりとりを背中に、白波 舞(しらなみ・まい)だけは遠距離の警備員の胸へ向かって銃弾を撃ち込んだ。何も好き好んで殺人をしている訳では無い。
 ただ敵は銃を持っていて、こちらを撃とうと照準を合わせていた。舞が撃たなければこちらが殺されていたのだ。
 自分の命を犠牲にしてまで、奴等を許してやるつもりは全く無い。
「命のかかって無い戦いなんて戦闘じゃなくてスポーツでしょ、有り得ないわ」
 そう呟く彼女の考えは、此処に居る軍人達のものに近いのだろう。
 この場で一番幼いトゥリンが舞に頷いていると、倒れた警備員達を回収しながらレフ一等軍曹が現れる。
「それでも助けられるものは助けるけどな」
「当たり前よ、こっちだって楽しくてやってるんじゃないわ」
「メディック!」
 舞の言葉に頷いたレフが衛生を呼ぶのに、チェルシーも「わたくしも手伝いますわ」と続く。
 チェルシーに回復されている男は、警備員の戦いの巻き添えを喰らった施設の研究員だったようだ。自分がしてきた所業を思い出しながら、研究員は苦々しい顔をしている。
「何故ボク達まで助ける……」
「幾ら胸糞悪くてもアンタ等を助けなかったらアンタ等と同じになる。
 アタシはそこまで堕ちたく無いだけ」
 舌打ち混じりに言い捨てて、トゥリンは一等軍曹へ向き直った。
「中はもう片付いてる。
 機器関係は真が確認してくれてて――」
 ソランとニーナ提案する火炎弾を使用したダイナミックエントリーは中の精密機器に害を及ぼす恐れが有る為、お断りした。
 結局あの時はこんなだったかと、トゥリンは此処へ突入したときの事を思い出している。

 派手に暴れる左之助を囮にし腰を落とした姿勢で突進しながら突入した真が、リカインとシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)と共に中に居た警備員を一気にドアの方へ向かって投げ飛ばし機器の前を陣取ると、
投げ飛ばされた警備員達の横っ面をへ飛び込んできたソランが引っ掻いていく。
 混乱の中機器を護る為に動いていたのは太陽で、トゥリンの目からはただ観測しているようにもみえたが、一応――。
「ばっちり」
 サムズアップするトゥリンに頷いて、
「応。じゃあそこはとりゃーず協力者の皆さんにお任せすっか」
 と、レフは格好良く踵を返そうとしてドアストッパーとして床に転がされていたウェイン・エヴァーアージェ(うぇいん・えう゛ぁーあーじぇ)に「うおっ!!」と良い反応で驚きつつ、顔面から倒れてしまった。
「ドジっこめ――」
 上官に向かって吐き捨てて、トゥリンは警備室の中へ入る。
 出た時と同じ様にリカインとシーサイド・ムーンが機器を前に『制圧』作業を行っていた。
 天御柱学院でイコン戦のオペレーターをしているというリカインだ。
 大きく見開かれた瞳は鼠一匹逃さないという勢いで、トゥリンの口からも感嘆の声が漏れてしまう。
「真、どんなかんじ?」
「収容室にはニーナさんがテレパシーで連絡してくれた。
 俺は予定通り偽の指示を送ったところだよ、ほら」
 真が示すモニターでは、彼が内線を使って送った出鱈目の情報で混乱する現場が映されている。
「ぷ。ザマァ」
 唇をにやりと歪ませる素直なトゥリンの反応に真が苦笑していると、一番上のモニターに妙なものが映っている。
「煙?」
 モニターが何処を映しているか素早くチェックしたトゥリンは「ああ」と声を漏らした。
「アレクだ」
「アレクさん!?」
「あん中に居るよ。多分砂とか舞ってて分かんないだけで――」
 話の途中で煙を吹き飛ばす爆発が起こると、その中心に本当にアレクが立っていた。
 直後徐にこちらを向いたアレクが、カメラに向かって中指を立てるのが映る。
「くっそ腹立つなあれ。誰か早く警備室制圧したってあのバカに連絡しろよ!」
「よ、陽動だから、仕方ないよ、ね」
(アレクさんの事だから、もうこっちが制圧済みだって知っててあれをやってる可能性も……いやいや、何考えてるんだ俺は)
 真に宥められたトゥリンが、横で同じ様にモニターを切り替え確認しているオルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)を見て眉をあげた。
「そっちはー、何してんの?」
「オルフェは――」
 オルフェリアは言う。『お友達のミリツァを探している』のだと。
「映像で見つけたら、皆に連絡するのです。その為に行く前に皆に挨拶してテレパシーも送れるようにしたのですよ。
 一番近いところに居る人が助けるのが一番早くて確実なのです!
 早くしないと、助けられなくなってしまうかもしれないのですよ。
 オルフェはそんなこと絶対許さないのですよー!」
「お友達……って。
 あんたさ、ミリツァに結構キツいこと言われたんでしょ。許すの?」
 モニター前の回転椅子に腰を下ろしてクルクルと回るトゥリンにぞんざいに質問されて、オルフェリアは微笑んで答えた。
「……オルフェは思うのですよ。
 どんな状況になってるかなんて判りませんし、本当は相手も望んでないかもですが……
 それでも、オルフェはミリツァさんを迎えに行きたいと思ってるですよ。
 オルフェは誰も置いてかないカムパネルラになるって決めてるのです!」
「カムパネルラってケンジ・ミヤザワの『銀河鉄道の夜』か。
 読んだ事あるよ」
 と言ったが、正確には日本語の教材として読んで貰った事がある、だ。
 物語の中で、友達のジョバンニを不思議な旅へ導いたカムパネルラはジョバンニを残し、何時の間にか居なくなってしまう。
 『誰も置いてかないカムパネルラ』というのなら、オルフェリアは友人達の導き手になりながらも、決してその手を放しはしないのだろう。
 そういうのを人は『情が深い』とか『いい奴』だと評価するのだろうと、トゥリンは思っていた。
「悪い気はしない。そういうの、いいと思う」
「はい。嫌って言っても、オルフェが友達だと思ってる人はオルフェが絶対に迎えに行くのです。

 ミリツァさんは、もうオルフェのお友達なのです♪
 だから、絶対に助けるですよ? ミリオン!」
 オルフェリアに振り向かれて、ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)はミリツァがこの付近に居たかどうか痕跡を探す為のサイコメトリを行いながら、くすくすと忍ぶような笑い声を漏らした。
「……えぇ、そうこなくてはオルフェリア様ではありませんね」
「我も、同じ強化人間としてこの状況は見過ごせないですし……、
 何よりも、親友が、こんなにも張り切っているのですから、
 カムパネルラが頑張ってるのにジョバンニがさぼっていては仕方ありませんね」
 そんな彼等の会話を遮ったのは、左之助の啖呵だった。
「残念だったな、もうここは満員なんだ……よっ!」
「伍長、T部隊です」
 二等兵がトゥリンに伝えている横で、入り口から躍り出たミリオンが、強力なサイコキネシスを荒れ狂わせて部隊を混乱させる。
 その中へトゥリンと左之助の槍が同時に突っ込んでいくと、ぐずぐずになった陣形の中から一人飛び出した警備兵が居た。
「ヤバッ!」
 このままで警備室に入られてしまうとトゥリンが振り返る。
 と、その瞬間。
(私の弓矢で……どうか、戦う意志を収めて――!)
 京子の祈りが込められた矢が、警備兵へと突き刺さった。