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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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♯7


 ルバートに振舞われた茶をそれぞれ口にしたり、ただ手にして持つだけに留めたりと反応はそれぞれだった。
 そんな中、最初に口を開いたのは丈二達で、二日の間連絡が取れなかった事を詫びたのだが、アルベリッヒ達は彼らとは昨日の仕事で同行しており、会話がいまいちかみ合わなかった。
「つまり、我々にとっての今日、観光をしていたあなた方は何故かこちらの一昨日に先回りしており、黒血騎士団と名乗る彼らに確保されていた、というわけですね」
「奇妙な話だ」
 日本に存在するアナザーとの道も、当初は行き来に何らかの時間差があったという報告がある。この場の何人かは実際にそれを体験してもいる。
 アルベリッヒ達は迂回路を、二人は直通通路を、本人の意思に関わらず通ってきたのだろう。実情はもっと複雑かもしれないが、現状ではその部分を詳しく精査する意味はあまり感じられない。
「この目で見るまでは信じられなかったがな。まさか旧友と、こうして生きているなどというのは―――もっとも、話を聞く限り、同一人物とも言えぬのだろう」
 まだ若干落ち着きの無いアルベリッヒに対して、ルバートは落ち着いた様子を見せていた。事前に、ある程度の話を丈二らか聞いてはいたのだろう。
「彼らの言葉が狂言でなかったのであれば、私は聞いておかねばならぬ事がある。君達の知る、私についての話をな」
 この厄介な役割を買って出たのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の三人だった。
 話自体は三十分程度かかったろうか。
 本人ではないとはいえ、自分と同じ名の人物の話を、ルバートは話し手が思った以上に冷静に、淡々と聞き入れた。
 三人が話し終えると、ルバートは既に飲み干されたり冷えたカップを片付けながら、
「まぁ、そんなところだろうな」
 と冷めた一言を零した。
「随分と、あっさりと受け入れるのですね」
 ベアトリーチェは、その背中に問いかけた。
「その古き友、であったか、そやつにとって我々は、バックアップの一つ、あるいはある種の興味本位の実験、その程度の扱いだったのだろう。思い入れが無ければ、玩具であろうと部下であろうと、適当なところで捨てられるものさ」
「何かを、知っているんだね?」
 コハクの言葉に振り返ったルバートは、左腕を胸の前に持ち上げる。その左腕は、黒く脈打つと、瞬く間に怪物のそれへと変貌した。
 途端に室内に剣呑な空気が満ちる。
 部屋を目だけで見回したルバートは、その腕を元の人間のものへと戻した。
「いや、冗談が過ぎたな。しかしなるほど、インテグラルの力か、呪われた血と言えど、蓋を開いてみれば案外つまらぬ名や由来があるものだな」
「呪い……」
「君たちの知る私は、その呪いに飲み込まれたのだろう。最も、世界は違くとも、私は私である以上、運命に刻まれた道を踏み外す事などできなかったに違いない。ここに居る私とて、定められた役割を全うする事しかできない、所詮は単なる駒の一つだ」
 美羽にそう返して、ルバートは背中を壁に預けた。
「さて、何から話すべきか迷うな。そうだな、私と私の違いについてが一番話しておくべき事柄か。私たちの祖先は、あるお方にこの呪いの対処法と、それを力を変える手段を得る事ができた。おかげで、我々の間ではこの呪いの発端を古き友などではなく、怨敵と呼ぶに至っているがな。ともあれ、この力のおかげで絶えること無い戦乱の世を、我々は名家のまま生き残る事ができた。辿った道筋は、君たちの知る私とさほど変わらないのだろう」
「あるお方って?」
「マレーナ・サエフ様だ。我々とは違う、悠久を生きる者であり、君たちの知るシャンバラと呼ばれる場所からやってきたと語っていたそうだ」
 わずかなざわめきが起こった。
 その名を知る者も、本人と面識がある者もいたのだ。
「姫君は、ああ、我々はマレーナ様をそう呼ぶようにしているのだが、我々に呪いに対処する術を与える代わりに、帰郷の日まで守護する役目を賜った。黒き呪いの血を受けた騎士、というわけだな。主家である私の家系を中心に、いくつかの分家と呪いの影響を強く受けた者を集めた、ほんの僅かな者で構成されている。少なくとも、君たちの言うブラッディ・ディヴァインとやらほど、大きな組織ではないな」
 ルバートの言い様から、マレーナとの邂逅は彼の代ではなく、かなり古いことが伺えた。
 オリジンにおける彼女は、シャンバラの接近まで封印がされていたが、アナザーにおいてはその辺りに差異があるらしい。
 シャンバラが再び接近するまで身を寄せる場所としてアナザー・マレーナは彼らの庇護を受ける代わりに、彼女は彼らの子孫が受けたインテグラル因子に対して処置を行った。
 大本を辿れば、アナザー・マレーナがシャンバラに帰るまでの協力関係であり、何かを成す為に組織されたものではないとルバートは語った。力の制御方法も、化け物として人に狩られるのを防ぐためであり、戦うためにあるわけではないという。最も、完璧に守られたわけではなく、伝承される化け物の中には、自分たちが由来となるものもあるらしいが。
「と、こんなところだろう。最も、現在はただ帰郷の日を待つというわけにもいかなくてな」
 空から飛来した怪物、ダエーヴァは、アナザー・マレーナの命が目的であるようだった。まさか自分に代に、遠い先祖の約束を果たす役割が回ってくるとは思いもよらなかったとルバートは苦笑する。
「さて、これだけ話せば十分か」
「あの、質問いいでしょうか」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)はアルベリッヒ少し伺ってから、
「ここがもう一つの世界であれば、こちらのアルベリッヒさんについてお伺いしたいのです」
 と口にした。
「ふむ、そうか……ふむ、彼は、死んだよ。自殺、だったそうだ」
「自殺……ですか。あの、その黒血騎士団と彼は?」
「彼は血縁者ではないよ。我々は人員を募集するような組織でもないからな、彼と私はよく社交界で顔を合わせる友人だったよ。熱意のある若者だと思っていたが、その報を最初に聞いた時は耳を疑ったよ」
「私も、ルバート氏とであったのは騎士の称号を受けてすぐでしたね、よくパーティで顔を合わしていたんですよ。元々私は普通の庶民の出でしたから、色々とお世話になったんですよ。彼は私の研究に大変興味を持っていたようで、まぁ、馴れ初めはそんな感じですね」
 少し懐かしむように、アルベリッヒが語る。
「あの失礼な質問だとはわかっているのですが、本当に、自殺を?」
「私はその場に立ち会ったわけではないし、それから彼に関わったのは葬儀の時が最後だったが……少し、待ちたまえ」
 そう言ってルバートは奥の部屋に引っ込み、一分と立たずに戻ってきた。手には、少し汚れた週刊誌がある。
 それをマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が受け取り、中を確認すると、片面一ページの記事を見つけた。
「天才の苦悩、若くして騎士の称号を得た青年の突然の自殺」
 マリエッタが読み上げた見出しは、まさしくこの世界のアルベリッヒの自殺についての記事だった。アルベリッヒの簡単な来歴から、死の原因と思われる内容などが、面白おかしく綴られている。
「このページのまわりだけ、へたってるわ」
 手に持っているマリエッタがそう言うように、そのページだけは何度も読み込まれたようだった。
「私も、気になっていてね……」
 偶然出会った自分たちを騙すために、このような小道具は用意しないだろう。他のページをぺらぺらとめくると、内容からダエーヴァがまだ出現していない時期に発行されたのだろうというのがわかる。
 週刊誌の発行日を確認すると、一年ほど前のものであった。
「あと一つ、いいですが」
「何でも聞きたまえ、時間はまだまだ余裕があるからな」
 マリエッタは、呪いの力の扱い方について尋ねた。この世界にはシャンバラは接近していないのに、何故彼らはその力を扱えるのだろうか。
「詳しくはわからんが……姫君が言うには、もともとわれわれの一族は魔力というものを多く保有しているらしい。我らを呪った者もそれに目をつけたのだろう、との事だ。あくまで原因そのものは我らの中にあり、それに外から干渉するか、内から干渉するか、という話ではないのかね?」
 彼らは古くから、呪いを認知し、その制御法を改良しながら伝えてきたのである。自分の代になってから唐突にその事実を突きつけられたオリジンの彼とは根本的に違っているのだ。
 マリエッタ達は、彼の語り口調や態度から、彼個人は呪いや立場に対して、忌避しているわけでも、怒りを覚えているわけでも、あるいは異形の力を得た喜びを感じているわけでもなく、単にその事実を中庸に受けとめているのだろうと感じる事ができた。
「その様子では、今日泊まる宿も無いのだろう。幸い、この町は今は人は一人としていない無人の有様だ。機能している宿もないが、雨風凌ぐ程度の場所としてなら、元の住民もそう怒りはしないだろうな」
 まだ昼過ぎだというのに、町の喧騒は一切聞こえていない。
 通り過ぎていく風の音だけが、野外から聞こえる唯一の物音だった。