校長室
人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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18 あなたと同じものを。 (別に、ただ持っているだけだって) ――少しだけ時間を巻き戻して、本日午前中、マグメル家にて。 変装を終え、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)は鏡に映った自分を見つめた。 細身のパンツ。シンプルなカットソー。ジャケット。 鞄もシンプルなものにして、サングラスをかければ。 「うん、今日も私はイケメンさんだね。……」 どこからどう見ても、男にしか見えない。が、言ってはいけなかった。自虐ネタにも笑えるものと笑えないものがある。テスラにとって、これは笑えない部類だった。 出発前に精神的ダメージを負ってしまったが、めげずにテスラは家を出た。ほら、空はこんなにも高く、広く、青い。いい日だ。たかだか自虐ネタで暗い気持ちになるにはもったいない。そう思えば少し気持ちは軽くなり、比例して足取りも軽くなった。目的地を目指して、進む。 テスラの目的地は、空京に新しくできたデパートだ。テスラはサングラスの収集を趣味としており、大きな店が新しくオープンすると、ほぼ必ず足を運ぶことにしている。 フロアマップで行き先を確認し、B棟五階へと向かう。エレベーターを降り、この階のフロアマップで店の位置を確認した。二軒ある。一軒は行きつけの店で、メンズもレディースも多く取り扱っている店。もう一軒は、初めて聞く名前の店。後者の店を確認してみる。マップで店の広さを見た限り、こぢんまりとした店のようだ。 こっちから行ってみよう、と足を向けると、そこはメンズのお店だった。店頭に並んだサングラスを見て、テスラは判断する。メンズの方がデザインは好きだし、この店のそれにも惹かれたのだが、女子としては微妙に入りづらかった。 「たぶん、違和感なく入れちゃうんでしょうけど」 と、再び懲りもせず自虐ネタを呟いてみる。やっぱり少しへこんだ。さっさと店に向かおう、と足早にショップへ進む。 店に着き、あれこれと手にとってかけてみる。どれも、なかなかいい。この店はいつも、テスラの琴線に触れるデザインのものを定期的に出してくれるから大好きだ。今日かけているサングラスもこの店のものである。少し前に一目惚れして買って、休日になったらかけて出かけよう、と決めていた。 今日、リンスに会えたら。 ふとテスラは、そんな妄想をしてみた。リンスはこのサングラスに気付くだろうか? 初めてかけてきたサングラスに。気に入っていることに。違いは、ほんのわずかなのだけど。 気付かないだろうなあ、と思う反面、気付いて欲しいと強く願う。いつも見ていてほしい。ほんの些細な違いにも、気付いてほしい。乙女心とは厄介なものだ。こんなことで一喜一憂してしまうのだから。 「……?」 思考の渦を抜けて再び試着していると、なんだか見覚えのある後姿が見えた気がした。もしかして。いやまさか。そんな風に考えながら、店のサングラスを外す。自分のものをかけなおして、店から出て後を追った。 前方を行くは、茶髪の細身の人影。その隣には黒髪リボンの女の子。 「……リンス君?」 リンスとクロエの特徴に合ったためそう思ったが、黒髪リボンの少女の隣には茶髪の女の子がいた。三人組だ。リンスではないかもしれない。 そうだよなあ、とテスラはひとり頷いた。だってここは空京だもの。ヴァイシャリーから出なさそうな彼がここにいるはずないじゃない。 妄想が過ぎて幻覚を見てしまったのだろうか。ますます笑えない。末期症状ですね、と心の中で呟いて店に戻ろうとした時、 「あ、ピノちゃんにクロエちゃんだー」 今度は別の方面から、また聞き覚えのある声。 いやそれよりも、あの声はクロエと言ったか。クロエというと、あれか。クロエか。クロエ・レイスか。じゃあやっぱりあの人影は。 再度きびすを返し、後を追う。案の定、黒髪少女はクロエだった。クロエを呼んだのは千尋で、彼女たちの隣には茶髪の少女もいる。どうやらみんな仲良しらしい。少女三人が楽しそうに話しているのが見えた。 リンスは、というと、店の外で何やら社と話している。ああ。リンスだった。幻じゃなかった。私服だ。何を着てもかっこいいなあ、と惚けたことを考える。 考えていると、「リンスー!」とまたも聞き覚えのある声。今度は衿栖が現れた。その隣には鳳明もいる。恐ろしいまでに知人友人大集合だ。 衿栖と鳳明は、リンスを連れてどこかへ向かってしまった。そっとその後を追いかけると、到着したのはユニセックスのお店だった。衿栖と鳳明は、代わる代わるあれこれとリンスに服を渡し、試着室に向かわせている。 しばらくして、三人が店から出てきた。リンスの手には、店の紙袋が握られている。買ってきたらしい。 いいなあ、とテスラは思う。一緒にお買い物、したかった。 「なら出て行けば良かったんじゃ」 気付いて思わず口にした。なぜ、出て行かずに見ていることを選んでしまったのだろう。こっそりとつけている行為が急に恥ずかしく思えてきたが、今更引くのも虚しい。 もう少し様子を見て、別れるようなら声をかけよう。大人数の中のひとりになるのではなくて、『ひとり』として話がしたい。ああそうか、だから出て行かなかったのか、とひとりで納得した。 クロエたちのいた店に戻ると、リンスはクロエに何事かを囁かれていた。リンスはそれを後押ししたようで、クロエは社たちと一緒にエレベーターへ向かう。 その場に残ったのはリンスと衿栖で、リンスは衿栖に手を引かれて別の店へと連れて行かれた。店は、衿栖が好みそうな服が多くあるところで、衿栖は早速服を二着取ってリンスに何事かを問うていた。恐らくは、どちらが似合うか、と訊いているのだろう。リンスはこちらに背を向けているため表情を窺うことはできないが、衿栖の反応を見るに相変わらずずれた返答をしたのだろう。 その返答の直後、再度衿栖はリンスに質問をして、それからレジへと向かった。 店を出ると衿栖はまっすぐエレベーターへ向かい、リンスはそれを見送った。その後、リンスは休憩用の椅子に座って一息ついている。 チャンスだ。あれだけ大勢いたのに、いつの間にかひとりまたひとりと消え、今、リンスはひとりきりでいる。 そっと近付いてみるも、リンスがこちらに気付く様子はない。変装してきたとはいえ、気付いてもらえないのはもどかしい。 何せ、リンスが座る椅子の隣に座ってみても気付かないほどなのだ。これならいっそ探偵活動もできそうですね、と本日何度目かの自虐。やはり、笑えない。 よし、と心の中で呟いた。言おう。声をかけよう。そうしよう。こんなに近くにいるのに気付かれないなんて、悲しすぎる。 「リンス君」 呼びかけに、リンスがきょとんとこちらを向いた。それから「あ」と声を漏らす。 「テスラ」 名前を呼ばれて、椅子ごと転びそうになった。ああそうだった。先日のクリスマスで、我侭を叶えてもらったのだった。自分から言い出しておいて、なかなかどうして衝撃的だ。 「どうしてここに?」 「今日お休みだったので、お買い物に。リンス君もお買い物ですか?」 「そう。クロエとピノがここに来たいって、押されて」 ピノ、とは先ほどまでクロエの隣にいた茶髪の女の子のことだろう。そうなんですか、と返事をして、微笑みかける。 「……あ。お洋服、買ったんですね」 継いだ言葉を、自分自身白々しいなあ、と思った。ずっと見ていたのに、知らない振りをして話しかけるなんて。 「うん。いらないって言ったんだけど」 「押されましたか」 「よくわかったね」 たぶんこの流れは、見ていなくてもわかっただろうけど。リンスは頑固なところもあるけれど、基本的には押しに弱い。 「どんな服を買ったんですか?」 買ったものまではわからなかったので、興味本位で訊いてみる。これ、と言って、リンスは袋から服を出した。テーラードジャケット風カーディガンとカットソーだ。 「お洒落ですね。結構デザイン、好きかも」 「そう?」 「はい。このお店、確かユニセックスですよね。私も同じの買っちゃおうかな」 「いいんじゃない」 と、ここまで言って気付いた。同じ服を買う? それってつまり、それって。 「…………」 「どうかした?」 「いっいえいえいえ? なんでもないですよーペアルックとか考えてないです断じて!」 「ペア?」 「なんっでもないです! ええ! なんでも!」 慌てすぎて強調が顕著になったが、こんな状況で追求しないのがリンスだ。リンスは淡白に「そう」と返し、服を紙袋にしまった。 ああどうしよう、ペアルック、と考えていると、リンスが椅子から立ち上がる。え、と見上げると、リンスもテスラを見下ろしていた。目が合う。気恥ずかしくなったが、逸らさなかった。 「行くんでしょ。買いに」 「い、……行きます」 声に引っ張られるようにして、テスラは立ち上がる。次の瞬間にはもうリンスは歩き出していた。 「いいんですか」 「何が」 「……いえ、なんでも」 「うん」 気付いているのか、いないのか。 どちらでもいいけれど、できるなら、気付いていてあえて目を瞑ってくれている、そちらの方がいいなと思った。