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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
 5 ペットショップにて。

 大型デパートが新規オープンするとのことで、大規模なスタッフ募集が行われた。
 橘 美咲(たちばな・みさき)も、新しく雇われた者のひとりだ。
 どこにでもあるごく普通のドラッグストアでアルバイトを始めたまでは良かった。同じ新人の面々とこれから頑張っていこうと和気藹々したのだって、問題ない。
 問題があったのは、開店からしばらくしてからのことだった。
「……なんか、表騒がしくないですか」
 最初に気付いたのは、大学生の女の子だった。彼女がひょいと通路に目を向けると、何人かの買い物客が血相を変えて走ってくるのが見えた。面食らっている彼女の横から、美咲も通路を覗き込む。
 そして、凶暴な『何か』が人を襲っているのだと、ほどなくして理解した。
 それからパニックに陥るまでは早かった。悲鳴を上げる者、逃げようとする者、動けなくなる者、店の隅で震える者――冷静でいられたのは美咲だけだったかもしれない。
「落ち着いて。大丈夫。ここにはあの生き物はいませんから。とにかく、落ち着いて」
 こういう状況で一番怖いのは集団パニックだ。言葉を尽くして声をかけると、次第にバイト仲間たちは落ち着いた様子を見せた。平静でいてくれるなら、みんなで脱出を図ることもできるかもしれない。
 深呼吸をし、美咲は周囲の様子を確認する。安全だとわかってから、進む。それを繰り返し、出口へと向かって少しずつ進んでいく。
 ただ、なんとなく嫌な予感がしていた。
 先へ進むにつれて、混乱の声が大きくなっていること。
 避難を誘導するような声がないこと。
 血の匂いが濃くなってきたこと。
 ――もしかして、脱出できないのではないか、と。
「いやいや、まっさか。どこぞのホラー映画でもあるまいし」
 わざと声に出してみたが、どこか空々しい。ため息を吐きたくなったが我慢して、進む。
 その横を、知り合いに似た姿が通り抜けた。長身。金髪。ピアスのついた耳。
「ちょっと待ったぁ!」
 腕を掴み、美咲は叫ぶ。「!?」と驚いた顔をして、男が振り返る。案の定、知り合いだった。
「紺侍くんいいところに!」
「美咲さん? なンでこんなとこに」
「アルバイトしてた。そっちこそ、どうして?」
「オレもバイト」
 バイトと聞いて、途端に仲間意識が芽生えた。嬉しくなって、両手で紺侍の手を握る。それをぶんぶんと上下に振った。
「なんだ仲間かー! 知り合いに会えるとは思ってなかったよ! なんだかちょっと心強くなった気分。一緒に逃げよう?」
「はい。あ、でも、途中までで」
「途中まで?」
「オレ、探してる人いるから」
「そっか。うん、わかった、途中までね」
 決めて、美咲は紺侍と並んで歩いた。先頭を一緒に歩ける人がいると、少し気が楽になる。
「わけわかんない状況で普通の人先頭にしたくないしさ」
「美咲さんやオレは普通じゃないと」
「任せたよ、ヒーロー」
「そんな大役務める柄じゃねェ」
 だろうねえ、と相槌を打って笑いながら、先へ進む。あの妙な生き物は、見当たらない。
「あれさ、なんなの? 動物っぽかったけど」
「兎っス」
「兎?」
「うちで販売する予定だった兎が、突如変異してこんなことに」
 ……うちで、販売する予定だった兎?
 数秒間、美咲はたっぷり間を取った。それからにっこりと、笑う。
「お前かー! お前のところからなのかーッ!!」
「ひっ!?」
 ぐわっと手を伸ばし、首を掴んで前後に揺さぶる。面白いくらいに紺侍の頭ががくがくと動いた。
「なんてもん売ろうとしてんのよー! おかげさまでえらいことになってるじゃないかーッ!」
「おっ、オレっ、知らなっ」
「問答無用っ! 黙らっしゃい!」
 紺侍の所属していた店が原因でこんなことになったのならとばっちりもいいところである。そのおかげで美咲は、パニクる従業員をなだめすかし、落ち着かせ、リーダーシップも発揮してこうして脱出を目指すことになり――。
「私がストレス感じないと思うなよおおお!」
 冷静に考えれば、あんな獰猛な兎が愛玩動物として売れるはずがない。つまり店側もなんらかの陰謀に巻き込まれたと予想はつくのだが、いかんせんはいそうですかお互い被害者ですね、と言うには多少、フラストレーションが溜まりすぎていたらしい。
 首絞めから逃れようとした紺侍が美咲の腕を掴む。美咲はその手を掴み直し、本来動くはずの方向とは逆に返した。紺侍の体勢が崩れたところで床に引き倒し、そのまま知っているプロレス技をかける。紺侍は身体が硬いらしく、面白いほど関節技が極まった。
「いぃってェ! いってェちょっマジ無理! ギブギブギブ!!」
 ばんばんと床を叩くのを無視し、次から次へと技をかけ――。
 八つ当たりが終わる頃には、紺侍は随分とぐったりしていた。
「よし。許す」
「てかオレ、別になンも悪いことしてねェ……」
 冷えた頭で考えると、その通りだ。美咲はそっぽを向いて、知らん顔をする。紺侍は諦めたように息を吐き、美咲に背を向け立ち上がった。放っておけばこのまま立ち去ってしまいそうだが、
「情報の整理をしたいの」
 と美咲が言うと、律儀に振り返ってくれるあたりいい人である。
「兎は最初からああだったわけじゃないんだよね?」
「っスね。普通の、可愛い兎でしたよ。毛並みも白だったし」
「なら、あの変貌にはなんらかの原因があるわけだ」
「じゃないスかね。……あー、なンか、仕事人っぽい人が『あれが実験動物か?』とかなんとか言ってたよォな」
 実験動物、という不穏な響きに美咲は眉を顰めた。無言で続きを促すが、紺侍はそれ以上知らないらしく首を横に振っていた。
「覚えておくよ。あとさ、兎を仕入れた数は?」
「数は……すみません、オレ担当外なんでなんとも。ただ、発注ミスって二桁多く納品されたとかなんとか聞いたンで……」
「……二桁?」
「二桁」
「なんの冗談?」
「だったらいいスよねェ……」
「…………」
 最悪の事態を想定して、千羽単位の兎の姿を想像してみる。ぞっとした。十や百でさえ随分と危険だろうに。
「店に戻れば納品書とかあると思いますけど」
 黙りこんだ美咲へと、紺侍が声をかけた。美咲はぱっと顔を上げる。
「納品書? あるの?」
「店舗用控えが店長デスクの引き出しの中に。……けど、戻れないんじゃないかなァ」
「なんで?」
「入り口の鍵、閉められちゃったんスよ」
 紺侍曰く、外が騒がしくなった当初、見てきてほしいと頼まれたから外に出たらそのまま締め出される格好となったようだ。なんとも無慈悲である。どんまい、と軽く励ますと、気にしてませんから、と笑われた。
 しかし、入り口が塞がっているとなると店に入る手はかなり限られる。
 たとえば鍵を入手して正面突破するとか、いっそドアを壊してしまうとか。どちらも難しそうである。
 ふと思いついて、美咲は天井を見上げた。ここは地下二階だ。きっとあるだろう。
「あった」
「何がスか?」
「通風孔。これなら店にも通じてるはず」
 大きめのそれを指差して、美咲は笑う。大きめといってもあくまで通風孔、大人ひとりが通れるか通れないかの直径だ。たぶん、大柄な紺侍では厳しいだろう。
「というわけで、私が行ってこようと思います」
 脳内で出した結論をそのまま口に出し、美咲は紺侍に手を貸すようジェスチャーする。的確に意図を汲んだ紺侍は腰を落とし、手で足場を作った。手と肩を借りて、通風孔を押し上げる。難なく開いた。ひょいと身体を潜らせて、わずかに埃の匂いのする通風孔内へと入り込む。
「それじゃ、いってきまーす」
 通風孔から腕だけ出して、ひらひらと手を振ってから美咲は通風孔を進んだ。
 なんだかこのシチュエーション、昔見たアクション映画であったなあ、なんて考えながら。

 同時刻、椎名 真(しいな・まこと)はペットショップ前にいた。硬く閉じられた店のドアを前にため息をひとつついたところだった。
「は〜……、……まいったな」
 デパートが新規オープンと聞いて買い物に来たはいいものの、着いて早々これだ。何一つ買いたい物も買えないまま、騒ぎの渦中に取り残されている。
 何があったのかはわからない。真にわかるのは、兎らしき小動物がペットショップから飛び出して一般人を襲っているということだけだ。
 ありあわせの武器でも兎を追い払えたことから、兎一羽一羽の戦闘力はそこまで高くないように思える。しかし、それは真が契約者だからだろう。一般人にとっては脅威に他ならない。
 被害が大きくなる前に対応しなければ、と考え原因とも思える店の前まで来たが、ドアには鍵がかかっていた。人の気配はするから無人というわけではなさそうだが、誰もドアに近寄ってこない。
 こんな状況だし、怯えて店に立てこもるのは無理もない。けれどそれでは何かがあった時――たとえば、店に兎が潜んでいた場合――大変だ。
「すみませーん」
 もう一度、真はドアを叩いた。二度、三度と繰り返す。やはり応答はなく、途方に暮れた。その時だった。
 ドアの向こうで、ざわめきが広がった。店の外にいる真に聞こえるほどの声量で。
 今思い浮かべた最悪の事態が起こっているのか、とドアに近付くと、ガラス戸一枚隔てただけの至近距離に女の子がいた。
「!」
 驚いて一歩退く。女の子はにっこりと笑って暢気に手を振り、それからドアの鍵を開けた。
「入って。さあ、早く」
「あ、うん……?」
 戸惑いつつも、真は店内へと足を踏み入れる。棚やケージの陰に、ペットショップのエプロンをつけた人たちが隠れているのが見えた。怯えた目でこちらを見ている。
「君は?」
 店に招き入れてくれた彼女は、この店の店員ではないようだ。別の店の制服を着ている。問うと、彼女はあどけなく笑って「ごっこ遊びって結構楽しいよね」と言った。なんのことやらさっぱりだ。深く掘り下げることはやめ、笑みによってお茶を濁した後彼女の傍を離れる。
 ぱっと見たところ、店内に兎の影はない。が、どこに潜んでいるとも知れず、注意深く見て回ることにする。
 檻や商品で入り組んでいるところには『不可視の糸』を仕掛け、戦闘において利用できそうなもの――たとえば手袋だとか、棒だとか――は拝借し、身に着ける。
 棚の上へと目を向けた時、通風孔が目に入った。柵が開いている。もしかしたらあの女の子は、通風孔を伝って外から店へと入り込んだのかもしれない。だから、ごっこ遊びか。真がひとりで納得していると、通風孔の闇の中にぎらりと光るものを見つけた。
「――!」
 直感的に飛び退る。次の瞬間、今まで真がいた場所に兎が勢いよく着地した。牙と牙が噛み合わさる不吉な音がする。
「……俺は美味しくないよ?」
 などと言ったところで通じるはずはないだろうが。
 兎は真の軽口にもお構いなしに動きまわった。壁を蹴り、ケージを蹴り、予測しづらい動きで翻弄してくる。棒を盾にしながら、真は攻撃をかわす。
 壁を背にしてはいけない。飛び掛られては厄介だ。広い場所で戦わないと、不利だ。
「わかっちゃ、いるけどさ……っ!」
 店員たちの方へ行かないよう、気を配るべきポイントがあって集中しきれない。それに店内には物が多く、どうしても壁や障害物が近くにきてしまう。ならばいっそ利用してしまおう。作戦を変えて、真は兎を正面から見据えた。
 兎が真に飛び掛る。真はそれをかわし、避けるときの身体の回転を利用して掌底を兎の背中に叩き込んだ。壁に叩きつけられた兎は、ぐったりと床に伏している。息はあるようだ。ほっと息をつき、近くにあった紐類で兎を縛ることにした。これなら目が覚めても人を襲うことはできないだろう。
 縛った兎は床に転がし、真は通風孔の下に戻った。これ以上兎が入ってこないよう、入り口を塞ぐ。他に店内に入り込んだ兎がいないかと見て回ったが、幸い、入り込んだのは先ほどの一羽だけのようだ。
「ねえ、何か物音したけど……もしかして、兎?」
 奥に隠れていた女の店員が、切羽詰った声で言った。恐怖を煽っても混乱するだけだと判断し、真は嘘をつく。
「驚かせてごめん、そこのケージにぶつかってつんのめっちゃって」
 適当なでまかせだったが、幸い、ばれることはなかった。人は信じたいことを信じるようにできている。
 兎が見つかりパニックにならないよう、真は縛った兎を店の隅に移動させた。その場で兎を観察する。
 この兎は、この店へ来るまでの輸送中は大人しかったのだろうか?
「あの、君」
 思い立って、奥へ戻っていった店員に声をかける。店員は懐疑的な目で真を見つめた。
「兎が納品された時のこと、覚えていないかな?」
「納品された時……?」
「なんでもいいんだ」
「さあ……、……あ」
「何かあった?」
「納品された時のことじゃないけれど……前に店長が言っていたの。
 『兎のブリーダーから連絡があって「こちらの都合で遅れていて、まだ届けられません」って言われた』って。でも兎は届いたから、おかしいなって……どういうことだったのかしら」
「…………」
 届けられないという連絡。
 それとは裏腹に届いた大量の兎。
 怪しい要素しかなくて、口の端が勝手に引き攣った。

 紺侍が言っていた店長デスク、というのは店の奥にある控え室にあった。控え室は一番奥まった場所にあるため、必然的に店員のほとんどがそこにいて、美咲の動きをじっと見ていたが構わず美咲は机を漁る。
「……あった!」
 納品書、と題うたれた紙はすぐに見つかった。美咲は紙を机に広げ、リストに指を滑らせる。
 犬の種類、猫の種類、鳥の種類、爬虫類の種類――と続く途中に、兎の名前があった。数量の欄に目をやる。その数――。
「千二百……」
 悪い想像の通りになってしまった。頭を抱えていると、思考が送られてくる感覚があった。テレパシーだ。美咲は意識をそちらに集中させる。
 思考はレンからのもので、「無事か?」という内容だった。レンたちもデパートに来ていたこと。異変に気付いたこと。美咲がこのデパートに勤めていることを思い出し、心配になったこと。それらが頭に流れ込む。
 美咲はすぐに、大丈夫、と返した。皆で生きて脱出するために、今は情報を集めている、と。
 現状でわかっていることもテレパシーで送り、椅子に座って一息つく。
 この場で他に調べられることはなんだろう? 脱出するには、どうすれば。
 そう考えると休んでいる時間がもったいないと思った。立ち上がり、控え室を出る。
 先ほどペットショップに入ってきた男が、店内を歩き回っている。原因究明をしようとしているのだろうか。美咲は近付き、「手伝うよ」と声をかける。
「ふたりの方が、効率いいでしょ?」
「確かに」
 短い会話を交わし、ふたりはペットショップの探索に戻った。