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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第26章 お使いを頼まれて

「いらっしゃいませー!」
 ドルイド試験が行われる2月15日の数日前、ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)はヒラニプラの地を訪れていた。街の中で一番大きな商店と名高い、スリーウォンズ商店の扉を押す。迎えてくれたのは、活発そうな20代前後と見られる女性だった。
「探し物がありましたら、何なりと言ってくださいね!」
 とびきりの営業スマイルを浮かべる彼女に、「ん? あー……」と生返事をしながら店内を見回す。その時、壁側の棚整理をしていたトルネ・スリーウォンズが振り返り、目が合った。彼はザミエルを見て「あっ!」と言い、口の形はそのままに中途半端な声を出す。名前が思い出せないらしい。まあ、会ったのは数年前の事、大勢の中での短時間だったから思い出せなくても無理はないが。
「ザミエルだ」
「! あーそうそう、ザミエル! 何の用だ?」
 2人が顔見知りだと分かり、女性は「お客様の名前を1回で覚えないなんて、半人前ね」と言って呆れ顔になる。ザミエルはトルネに近付くと、早速用件を切り出した。
「お使い事を頼まれたんだ。智恵の実ってまだ有るか?」
「ああ! 智恵の実か。それなら、そこの冷凍庫に……って、あれ、お使い事? 誰から?」
「誰からって、パートナーからだが……何かあるのか?」
 眉を顰めたザミエルに、トルネは「えっと」と少し迷う素振りを見せてから言った。
「うん。ラスから1つ預かってるんだよ。で……」

「あら? あの方は……」
 その数日後、パラミタではドルイド試験が開始される2月15日の午後17時過ぎ――イコール、フランス時間午前9時過ぎ――風森 望(かぜもり・のぞみ)はアヌシー・メッツテシー空港でサトリ(覚)・リージュンの姿を見つけて立ち止まった。人混みの中、遠目から見ても『何か』が感じられる表情だった。少なくとも、遊びに来たわけではなさそうだ。
「何かあったんでしょうか?」
 声を掛けられる雰囲気ではない。だが、そのままスルーしても後から気になってしまいそうで、望は携帯電話を取り出してラスにかけた。距離が開いている為、テレビ中継より更に遅いであろう通信速度の遅さをもどかしくも感じるだろうだろうが、そこは仕方が無い。
「…………。あ、ラスおいたんですか?」
 少し考えてから、名前の後に三点リーダーを挟んで様をつけるスタイルではなく、一言目に違う呼称を選んでみる。すると、『はあ?』という声が返ってきた。
『何だよおいたんって……用がねーなら切るぞ。今日は忙し……』
 その時、少々遠くからだろう。フィアレフトの『おじさん、どうしたんですか?』という声がそこに混ざった。直後、ぴた。と電話の向こうが静かになる。顔が見えなくても、彼がどんな表情をしているかが想像できた。多分、愕然としているのではないだろうか。別の部屋に入ったらしい音が聞こえ、声が漏れる。
『……まさか……』
「えぇ、気付いてましたよ。ご結婚おめでとうございます」
『違う。違うから。結婚とかしないから有り得ないから』
 断固否定してから、ラスは信じられない、というような調子で訊いてくる。
『気付いてたって、何で……』
「前から、フィアレフト様がおじさん呼びに固執する理由は気になっていたんですけどね。たまたまお嬢様が借りてきたアメリカのホームコメディでおいたんおいたん言ってるのを見て、何となくそーいう刷り込みというか、特別な呼称だったんじゃないかな、と」
『…………』
 まだ驚き覚めやらぬのか、ラスは何も言わずに沈黙する。そこで、望は本来の用件を切り出した。
「ところで、今フランスに来ているんですけどね、ラスおいたん」
『その呼び方止めろ! じゃなくて……フランス? どういうことだ?』
 国名だけで何か引っ掛かったのか、彼の口調が変わる。心当たりの1つや2つはありそうだ、と思いながら、望みは続けた。
「出張ですよ、ミスティルテイン騎士団の。騎士団はヨーロッパ最大の魔術結社ですから。その本部所属員として、ドイツまで出張に来ていたんです」
『それが何でフランスに居んだよ……って、お前の事情なんかどうでもいいんだよ。フランスで何かあったのか?』
「いえ、お土産は何が良いかと電話しただけですよ。ああそうそう、今、空港でサトリ様を見かけたのですが、何やら決意したというか覚悟完了したような雰囲気でしたので、ついでに報告をと思いまして」
『は……!? 覚悟完了って…………』
 沈黙が続く。どうやら絶句しているようだった。暫くしてからぼそりと一言、耳に届く。
『……止めろ』
「はい?」
『いいからすぐ、追いかけて止めろ! んで首に紐付けて日本に強制送還してきてくれ。死んでなきゃ状態は問わねーから』
「そう言われましても……お使いを頼むのでしたら、事情を説明していただかないと」
『説明する! 説明するから!』
 慌てると同時、若干言い難そうにラスは話をした。確かに、自身で口にするには些か抵抗がある内容だ。リンがいるという病院の名前とフィアレフトが語ったという『事実』までを話し終えると、彼は言った。
『空港から病院までは、結構距離がある。親父はタクシーは使わないから、まだ着いてない筈だ。その途中で捕まえてくれ』
「そういうことですか……」
 一通りの話を聞いて、望は考える。フィアレフトが言うのだから、リンが記憶を取り戻す結果になったとしたらその直後に覚が殺されるのはほぼ間違いないだろう。その事態は避けなければならないが、そもそも、覚は本当にリンの病院へ向かったのだろうか。彼の行き先は実は全く違う所で、全てはラスの思い込みという可能性もある。サトウキビの輸出営業に来たのかもしれない。
(……尾行してみましょうか)
 覚の表情を思い出すとやはり輸出営業では無さそうだが、確信が持てるまでは様子を見てみるべきだろう。
「事情は分かりました。あ、フィアレフト様に代わって頂けます? 本題のお土産のフランス菓子、マカロンとカヌレとどちらが良いか聞きたいので。ドイツではソーセージとビールしか思いつかなかったので、わざわざここまで来たんです」
『…………。お前、本当に分かってるか? 土産とか言ってる場合じゃ……』
「まだ時間はあるのですよね? ちゃんと追いつきますよ」
 そう言うと、渋々という雰囲気を流しながら声が離れた。ドアが開く音と、フィアレフトとの二言三言の会話の後、少女の声が聞こえてくる。
『フランスのお土産ですか? それなら、マカロンの方が……』
「まぁ、お土産の話も大事ですが、フィアレフト様に聞いておきたいことがありまして」
『……? 何ですか?』
 明るかったフィアレフトの声が、きょとんとしたものに変わる。特に構えた様子のない彼女に、望は言った。
「ここ最近、パラミタで起きてるイコン部品盗難事件、騎士団の方でも問題視されてましてね。確認しておこうかと」
『盗難事件……』
 唐突な質問だった筈だが、彼女は不思議そうにはしなかった。何故自分に、とは訊かずに声のトーンを落とす。
「時期的に、例の彼とやらが関わっている可能性はどれ位です?」
『……………………』
 答えが返ってくるまでに、幾許かの時間を要した。やがて、フィアレフトははっきりとした口調で言う。
『かなり、高いです』