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過去から未来に繋ぐために

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過去から未来に繋ぐために
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11章 因果


『――これより我は、ジェネレーターに突っ込む!』
「その言葉を待ってたわ!」
 天貴 彩羽(あまむち・あやは)スベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)がロッツ・ランデスバラットを飛翔させた。
 暗雲を引き裂いて、ブラックナイトが迫る。ロッツ・ランデスバラットは迫り来るブラックナイトの斬撃をインビジブルソードで迎撃した。
 インビジブルソードとブラックナイトの剣が激突する。彩羽はロッツ・ランデスバラットのスラスター出力を高めると、一気に押し切った。
「その程度で!」
 刀身ごと敵機を真っ二つに斬り裂く。後続のブラックナイト達に対しては強化型ショットガンで強引に吹っ飛ばし、ロッツ・ランデスバラットは空を飛ぶ。
 高度300メートル。スラスターからエネルギーを迸らせ空を駆けるロッツ・ランデスバラットは、サイクラノーシュの頭部を捉えた。
「これが【サイクラノーシュ】でござるか!」
 スペシアがモニター上の映像を拡大し、サイクラノーシュの頭部形状を確認する。
 サイクラノーシュの頭部は拘束具を思わせる黒いマスクに覆われており、素顔は見えない。かろうじて、マスクの内側から鋭利な光を放つ眼が見えるだけだ。
 緑色に光る両眼は、明確な殺意と憎悪を放っていた。自分を利用した挙げ句に捨てた人類への復讐心が透けて見えるかのようだった。
「……でかいわね」
 サイクラノーシュは、殺意と憎悪の化身だった。これほどの威容、これほどの殺意、これほどの憎悪を未来に残す訳にはいかない。
「一部の人は君を説得したがってるみたいだけど……生ぬるい友達ごっこで災厄のネタは残さないわよ」
 かつての【アイゼンダール】が放った言葉と全く同じ言葉を彩羽が発する。
『――人間。利用するだけ利用して、打ち棄てる種族。
 やはり貴様らは、この宇宙にとって害悪でしかない。人間は……我らが滅ぼす! それが、我らの役目!』
 彩羽の言葉に応えるかのように、サイクラノーシュの後頭部が髪の毛のように逆立った。髪の毛の先端が無数のブレードビットと化して射出され、ロッツ・ランデスバラットに襲いかかる。
 殺意と憎悪がみなぎる復讐の刃が亜音速で降り注いだ。ロッツ・ランデスバラットはスラスターを細かく噴射し、無数の刃をかわしていく。
「後ろから来るでござる!」
 暗雲を斬り裂いたブレードビットが反転して、再び降り注いだ。
「何度やっても同じ事を――」
 彩羽が再び回避運動を行った直後、サイクラノーシュが時間を操った。
 過去/未来において、ブレードビットは1時からの方向から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットは2時からの方向から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットは3時からの方向から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットは4時からの方向から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットは5時からの方向から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットは6時からの方向から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットは7時からの方向から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットは8時からの方向から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットは9時からの方向から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットは10時からの方向から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットは11時からの方向から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットは12時からの方向から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットはあらゆる方角から放たれる。
 過去/未来において、ブレードビットはあらゆる次元から放たれる。
 ――全ての過去と未来を集約し、あらゆる時間軸、あらゆる方向からブレードビットが集った。
 全方位からの密集攻撃。復讐の刃が完全にロッツ・ランデスバラットを取り囲んだ。
「うっ……!?」
 回避の手立ては無い。ロッツ・ランデスバラットはインビジブルソードでブレードビットを斬り払おうとするが、時間を越えて出現したブレードビットが再度襲いかかった。
 ――時間を越えた復讐。数千本に達する刃がロッツ・ランデスバラットを串刺しにした。
 全てのジェネレーターが停止し、地表に向けてロッツ・ランデスバラットが落ちていく。
 森林地帯に撃墜する寸前、時間の泡がロッツ・ランデスバラットを覆い尽くした。



■再現された過去■


 彩羽の意識は過去に飛んだ。
(――もっと早く気付いていれば、あんなことにはならなかったかも……)
 閉鎖されたままの強化人間管理棟に踏み入れた彩羽が、胸中で後悔の言葉を漏らす。
 犠牲となった人々は二度と帰って来ない。人為的に神を創り出す過程で多くの命が失われ……後に残った物は何だ?
 あれから何が変わった? あの時から、自分はどれほど成長できたと言うのか。
 時間の渦の中で、『現在』の彩羽は首を横に振った。
 問いかける事ではない。今自分が成すべきは……眼前の悲劇を止める事だ。


■現在■


 ――結果には原因がある。人はそれを、『因果』と呼ぶ。
 ロッツ・ランデスバラットが復讐の刃に刺されたのは必然だった。この戦いの発端は人類の方にある。機甲虫のデータを載せた隕石が落下したのは真の意味で偶然だが、人類が機甲虫を利用し、裏切ったのは『故意』だ。
 ここ大廃都において、人類は侵略者なのだ。侵略者が『生ぬるい友達ごっこで災厄のネタは残さない』と叫んで攻撃を仕掛ければ、このような結果に陥るのは当然だ。運命を見守る者たちでさえも、侵略に侵略を重ねる者に対しては味方しない。
 その点において、彩羽は完全に誤解していた。この戦いは人類か機甲虫、どちらかが生贄を差し出すための血戦なのだ。
 機甲虫には自我がある。裏切られたと感じる心がある。侵略されたと感じる魂がある。
 だから、明確な生贄を出さなければこの戦いは終わらない。サイクラノーシュは機甲虫の王だ。下に付く者たちの意志を汲み取り、それを体現するために王は存在する。
 そうでなければ王などと呼ばれない。王は、どこまで行っても王なのだ。生贄となるためにこの場に立っているのだ。
 王の下に付く者たち――ブラックナイトの魂は『侵略者を討て』と叫んでいる。王はそれを体現しなければならない。故に、王であるサイクラノーシュは全ての力を尽くして戦わなければならないのだ。
 全ての力を使い果たした上で王が倒れれば、機甲虫は嘆き悲しみ、次の機甲虫の王を誕生させるだろう。その王は再び人類と戦う事になる。そうやって、復讐の環は続いていくのだ。
 意識を取り戻した彩羽は機能停止寸前のコクピットの中で静かに打ち震え、拳を握り締めた。
「……動いて……」
 利用した上で裏切り、打ち棄てる。最低の行為だ。
 識っている。彩羽はその行為の意味をよく識っている。
 恐れを抱いた。知らず知らず自分が利用する側に回っていたのではないかと。
「彩羽……」
 パートナーたるスペシアもまた、機晶姫だ。人類が墓より掘り返した過去の存在だ。人類は……利用する側なのだ。
(ええ……分かっているわ……)
 それでも、彩羽は前に動き出す。ここで動かなければ、誰かが死ぬから。誰かが犠牲になるから。
 矛盾を抱えつつも、彩羽は全身全霊で事態の打開を目指す。
「――動いて、ロッツ・ランデスバラット……!」
 串刺しにされたロッツ・ランデスバラットがぎこちない動きで応え、【トラペゾヘドロン】を構えた。
 黒地に赤い幾何学模様の入った晶術長距離ライフルが、サイクラノーシュの頭部を捉える。
『……撃つがいい。貴様らには、それがお似合いだ』
 王の眼に宿る緑色の輝きは『利用した側』に対する憎悪と殺意に満ちていた。
 王には責任がある。下に立つ者たちの意志を体現する責任がある。かつて土星を支配した王の威厳は、邪悪なる神々や悪魔――『千の貌を持つ者』の嘲笑をもはね除ける。
 トラペゾヘドロンが謎の震えを見せた。それは、このライフルに力を貸す正体不明の悪魔が一歩後退ったようでもあった。
「螺旋をくぐり、闇深き森より来たりて、夜に吼えるものよ……」
 悪魔は悪魔だ。いま自分が放つのは、人としての意志だ。
 だから、力を寄越せ。悪魔よ。千なる貌を持つ者よ。
 矛盾する魂をトラペゾヘドロンに込め、彩羽が眼を見開く。
「――世界を穿て! トラペゾ……ヘドロンッ!!!」
 漆黒の力が螺旋状に集束し、空間を穿った。
 集束したエネルギーの奔流が、サイクラノーシュの頭部をジェネレーターごと吹き飛ばす――。