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バカが並んでやってきた

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バカが並んでやってきた バカが並んでやってきた

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第18章


「これは……!!」
 一方、閃光春将軍相手に苦戦を強いられていた一行にも、反撃の兆しが現れていた。
 フューチャーXの『覇邪の紋章』がもたらした『融合』が彼らの身にも起こっていたのである。

『あ、あら……クレアお姉さまとひとつになってしまいましたわ』
『強い力を感じる……まだ結界は有効なようだけど……ワルキューレとしての力を存分に発揮できそう!』
 涼介・フォレストのパートナーであり娘であるミリィ・フォレストとクレア・ワイズマンは融合した。
 肉体的なベースはミリィのまま、クレアの守護騎士の衣装を纏ったその姿は、凛として美しく輝いていた。

『……行きます!!』

 不慣れな身体ではあるが、先ほどまでの結界の重圧を感じなくなっている。ならば畳み掛けるのは今しかないと、ミリィとクレアは攻撃に転じた。
 白い翼を広げて剣を構えた二人は、禍々しい光を放つ閃光春将軍へと突撃する。

『たあぁぁぁっ!!!』


 同じように、秋月 葵とパートナーのイングリット・ローゼンベルグも融合していた。
『あ、あれ? イングリットちゃんと融合したよ?』
 葵の身体をベースに、イングリットの白虎の耳と尻尾が可愛らしく生えていた。
 もちろん、二人分の力が融合したことで、劇的なパワーアップを遂げている。
 のだが。

『……』
『どうしたにゃ?』
 何故かいまひとつ浮かない顔の葵に、イングリットは話しかけた。
『むぅー……胸は変わらないのか……』
『……そのぶん可愛さが倍増したのにゃ!!』
 互いに言ってる場合か、という気はするのだが。
 その能力自体は残念ながらこの場の戦闘に役立つものではない。しかし、イングリットの獣人特有の素早さと柔軟さを兼ね備えた葵は、閃光春将軍から繰り出される無数の光弾を次々にかわしていくのだった。

 そして更に、この場において『融合』により劇的な変化を遂げた者がいた。

 朝霧 垂である。


『たるる〜ん』


「し……垂……?」
 これには、さすがのスプリング・スプリングも驚いた。
 気がつくと共に戦況を見守っていたはずの朝霧 垂が、いつの間にか大きなパンダスーツに身を包んで、たるたるとその場に転がっているではないか。

『たるたるる〜ん♪』

 説明が必要であろう。
 そもそも垂が何と『融合』したのか、という点について。

 かつてブレイズとカメリアが、ブレイズの家の倉庫から持ち出したマジックアイテム『似顔絵ペーパー』を使ってツァンダの街をちょっとした騒動に巻き込んだ事件があった。今にして思えばその『似顔絵ペーパー』もフューチャーXが冒険家時代に持ち帰った戦利品のひとつなのだが、今となってはどうでもいい話だ。
 その際に何人ものコントラクターの偽者――『フェイク』が製造された。そのフェイクのひとつが、『人畜無害なぱんだメイド、朝霧 垂』であるところの『垂(たる)ぱんだ』である。

「で、なんでソレと融合してるでピョン……それによってどうパワーアップするというのでピョン……」
 あまりの事態に力なく突っ込むスプリング。だがすでに一匹のぱんだと化した垂にその突っ込みは届かない。
『た〜るる〜ん♪』
 と、実に愉快な鳴き声を上げながら、静かにころころと存在するばかりである。
 しかしながら、敵である閃光春将軍にとってはそのようなことはどうでもいいことであった。

 元の初老の姿から人の形をした光の塊のような姿になった閃光春将軍は、常に威力の増した光弾を周囲に漂わせて接近戦に備えている。
 また、防御用に使っていた光の壁もその威力が増し、時折手の先からレーザーのような光を浴びせて攻撃してくるのだから、なかなかに隙がない。
 いかにこちらが融合により強力な力を得たとは言っても、強敵であることに違いはなかった。

『だからなスプリング、お前は早くここから離脱すべきなんだ』
「喋れるのでピョンっ!?」
 たるたるしていた垂ぱんだが突然、真面目な声で話しかけたものだからスプリングとしても驚きの声を上げるしかない。
「てっきり精神まで垂れているものかと……」
『怖いこと言うなよ。自分自身のフェイクという存在と融合した俺は超強力なパワーアップを果たしたんだぜ?』
 だが、その顔はあくまで垂れている。
「……まるで説得力がないでピョン。それに、いくら融合していてもヤツが危険な存在であることに変わりないでピョン。
 今こそ全員で当たるべきでピョン……私だって、あいつの首を諦めたワケじゃないでピョン」
 まだ険を帯びたスプリングの瞳がギラリと紅く光る。
 その言葉の通り、融合を果たしたはずのクレアやミリィ、そして葵とイングリットも閃光春将軍との戦いに苦戦を強いられていた。
 もちろん、融合をしないまでも紫月 唯斗や七枷 陣もその戦いに参加しているのだが、一部のメンバーが融合したことでジリ貧がようやく対等に近くなった、というところである。
「灼熱夏将軍と極大冬将軍は、融合したコントラクター達が倒してみたいでスノー」
 垂にウィンターの分身が、戦況を告げる。
 しかし、あくまでスプリングの視線は交戦を続ける閃光春将軍に注がれたままだ。
「他の将軍達なら、融合による力で倒すことができるかもしれない……でも、あいつは別格だ。それに闇の結界を操っている秋将軍も、ひとつ上の力を発揮できている筈……まだ、油断はならないでピョン」
 スプリングは右手に指先に宿した自らの必殺の武器『ウサギの前歯』に力を集中した。本来であれば光輝の力を宿した『破邪の花びら』であるそれは、殺気に満ちたスプリングの瞳のように禍々しく紅い光に包まれている。

「ふふふ、そうだ――向かって来るがいい!! そうでなければウィンターは助からんぞ!!」
 融合を果たしたミリィや葵との交戦中であるにも関わらず、閃光春将軍が余裕の笑い声を上げた。
 スプリングはその声に苛立ちを隠せず、跳躍の姿勢を見せた。

『まだわっかんねーのか、このバカ』
「!?」

 しかし、次の瞬間に垂がその眼前に覆いかぶさった。
 スプリングの行動を読んでいた閃光春将軍は、周囲に張り巡らした光弾を一気に射出したのである。

「きゃあああぁっ!!!」

 ミリィや葵達の悲鳴が聞こえる。無数の光弾は唯斗や涼介、陣をも巻き込んで戦況を一気にリセットしてしまう。
「ちぃっ!!」

 っだが、スプリングに襲い掛かった光弾は、すべて垂がその背中で受け止めた。
「垂っ!!」
『大丈夫だ!!』
「大丈夫なワケ……だめーーーっ!!!」
 本来の姿を取り戻した春将軍が放った光弾を無数にその背中で受け止めようというのである。大丈夫なはずがない。スプリングの悲痛な叫び声が戦場にこだまする。

「ふふ……仲間を犠牲にして助かったか……だが、次はお前を……?」

 襲い来るコントラクター達を引き離した閃光春将軍は、スプリングに向かってもう一度構えを取る。
 しかし、光弾が着弾した砂煙が晴れたとき、そこにいたのは――。


『たるる〜ん』


 垂ぱんだであった。

「な、何ぃ!?」
 閃光春将軍は驚きの声を上げた。自らの渾身の攻撃をこのようなぱんだに無傷で受け止められては、それも無理からぬことであろう。
 相変わらずたるたるしたゆるい表情のまま、垂は告げた。
『ふふふ……言ったはずだ。自分のフェイク……いわば自分自身との融合を果たした俺は超強力なパワーアップを果たしたのさ。
 このたるっぷりの前にはどのような攻撃も無意味!!』

「な、何だとおおおぉっ!?」
 さすがの閃光春将軍も驚きを隠せない。いかに不可思議なことが起こる地において、更に特殊な状況であることを加味しても、この状況は無茶苦茶であった。
 極限までたれきった今の垂の肉体は、そのような攻撃も魔法もすべてそのやわらかボディに吸収、反発して威力を逃がす究極の防御力を手に入れたのである。
「し、垂……?」
 その垂の影にスプリングはいた。
『わかったかスプリング、ヤツが危険な相手だと言うなら、まずはこの結界を晴らすことが先決なんだ……。
 だが、今の俺はこの無限とも言える防御力のせいか、攻撃力と移動力はほぼゼロだ。お前自身がどうにかして脱出するしかない』
 スプリングを閃光春将軍の視界から隠しつつ、垂は告げる。
「で、でも……」
 まだ逡巡を見せるスプリング。しかし、その状況に変化が認められた。


「御主の相手はこの我ぞ!!」


 気合の入った男性の叫び声が轟き、一本の槍が戦場に飛来した。
「――!?」
 それは遠距離から投擲されたフェザースピアで、今まさにスプリングに狙いをつけて攻撃を繰り出そうとしていた閃光春将軍の足元に突き刺さった。

「スプリング、待たせたな」
「ふははは、ガリア連合軍に包囲された時のことを思い出すわ!!」
 そこに現れたのは天城 一輝(あまぎ・いっき)とパートナーのユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)である。
 プッロが投げたフェザースピアが一瞬、閃光春将軍の気勢を削ぎ、その瞬間にウィンターの分身の力で『ブースト』を使用した一輝が閃光春将軍とスプリングとの間に割って入ったのである。

「スプリング、助けに来たぞ」
 勇ましく言い放つ一輝。しかし、その装備はハンドガンとポリカーボネートシールドと、いかにも貧相なものであった。
「ふん……大仰に現れたかと思えば……その貧相な豆鉄砲で我と戦うというのかね」
 閃光春将軍は呆れたような声を出す。しかし一輝は臆することなく言い放った。
「――不満か」
 ちらりとスプリングに視線を送る一輝。軽い目配せ。
「一輝……でも……」
 スプリングの言葉に明らかに迷いが生じる。長い付き合いのある二人のこと、一輝の目配せで何かを察知したのだろう。しかし、まだ迷いのあるスプリングを諭すように、一輝は告げた。
「迷っている暇はない。お前なら行ける高さだ」

 小声で話す一輝。その様子が気に喰わないのか、閃光春将軍は禍々しい輝きを一気に増した。
「この痴れ者め――その豆鉄砲で何ができるか、見せてもらおうか!!!」
 軽く手をかざした先から、レーザー光線のような強力な攻撃が一輝に迫る。
 しかし、ポリカーボネートシールドを地面につきたてた一輝は、冷静にその軌跡を読んでいた。

「そう、怒りのあまり強力な攻撃をしかけてくるよな……だが……」
 一輝は地面にたてたシールドの内側を狙って、自らのハンドガンを連射した。


「それが油断だ」


「何っ!?」
 ハンドガンにはもとより攻撃のための弾は込められておらず、スプレーショットにより一輝が発射したのは無数のペイント弾だった。
 盾の内側に命中したペイント弾は当然のように透明なポリカーボネートの内側に広がり、一瞬で原色の壁を作り上げた。

 そして次の瞬間、スプリングがその陰から飛び上がる。

「ありがとう、一輝!! それに垂、ゴメン!!!」
 スプリングの声を残して、スプリングは素早い跳躍を見せた。

「――!!」
 閃光春将軍の発射したレーザーはその次の瞬間にはポリカーボネートシールドに命中し、その盾を焼き尽くしてしまうが、その時にはスプリングはすでに空高く跳躍していた。
 一輝はスプリングを逃がすことだけが目的で、最初から戦う気などなかったのだ。


「おのれ、たばかりおったな!!」
 怒りを露わにする春将軍。シールドの向こう側で瞬時に伏せてレーザーを避けた一輝であったが、次の手は無いも同然だった。
 それでも、一瞬の気を逸らすためだけに槍を投擲したプッロと並び立ち、満足そうな笑みを浮かべる。


「これでいい……スプリングが離脱できれば、あとは結界を解くことができるだろう。さて、どうやって逃げようかな……」


                    ☆


 閃光春将軍との戦場を真上に跳躍して離脱したスプリングを待っていたのは、一輝のパートナーコレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)だった。

「スプリング!!」

 コレットがローザの操縦する『小型飛空艇アラウダ』からスプリングに呼びかけた。
「コレット!!」
 スプリングは上空の飛空艇に着地した。
「指定どおりですわね」
 ローザが呟く。
 一輝が飛空艇を滞空させるように指定した高度はスプリングの跳躍力であれば難なく到達できるという程度のもので、以前の事件でスプリングの跳躍力についてもよく知っていた一輝だからこそ立てられた作戦だった。の

「コレットや一輝の心遣いはありがたいけれど、私は……!!」
 スプリングはコレットに飛空艇を引き返すように進言した。しかし、コレットもここは譲れないところだ。
「ううん、スプリング。一輝も言ってたでしょ? 今はまずこの結界を何とかしないと、仮に各個撃破はできても、この街を救うことにはならないんだよ。
 あたしの御宣託でも、答えは同じ。カギはあなたの『破邪の花びら』なの。それを上手く使えばこの闇の結界を晴らすことができるはず」
「……」
 スプリングは自らの指先に光る『ウサギの前歯』を見つめる。確かに、この『破邪の花びら』を使えばこの街を覆う結界を壊すきっかけを作ることができるだろう。
 だが、それは同時にスプリングが春将軍に対しての決定的な攻撃力を失うことを意味していた。これを手放してしまえば、自分の手でウィンターを取り戻すことは不可能になる。
 もちろん、自分やウィンターを助けようとして命を賭けてまで戦ってくれている皆のことを信じていないワケではない。しかし、だからこそ皆を危険な行為に晒すよりも自分の手で決着をつけるべきではないかという思いが強くなっていく。
「スプリング……」
 コレットの呟きに、スプリングの意識が戻る。
「う、うん……」
 と、そこにローザが口を挟んだ。
「……もっと大局を見るべきですわね」
 飛空艇の操縦桿を握るローザに、スプリングは視線を移した。
「一輝や他の皆が何のために戦い、そして貴様を逃がそうとしたのか……その意味をもっとよく考えてみるべきではなくて?
 決して貴様と仲がいい間柄だから……それだけで逃がしたわけではない筈ですわ。この場において、貴様にしかできないことがあるからではないのですか?
 それこそ今まさに、貴様がすべきことをなさねば、春将軍という危険な存在が、貴様を救おうとした仲間を危険な目にあわせているというのに?」
「……!!」
 その言葉に、スプリングの瞳が見開かれる。ウィンターを助けたいという目的を持って皆は集まってくれたのだ。確かに、それを自分の手で行いたいという思いも、その理由もある。しかし、最も大きな目的のために今すべきことを考えるならば、そこにこだわることは――。

「……そうだよスプリング。もちろん個人的にあいつらを許せないなら、その後で食い殺せばいいんだし。
 それまでには、口直しのスイーツを作っておくわ」
 迷うスプリングにコレットが言葉をかける。物騒な物言いだが、今のスプリングの心の内を如実に表していた。

「ははっ……分ったよコレット。ゴメンでピョン、ウィンターを助けたいあまりに、大事なことを見失っていたピョン……。
 これは、まずはこの街を救うために使うべきでピョンね」
 スプリングの表情から険しさが消えていく。それと同時に紅く禍々しい光を放っていたスプリングの『ウサギの前歯』はその紅さを失い、元の『破邪の花びら』に戻っていった。
 しかし、スプリングが敵の大玉を倒そうとしてまで集中した力はまだそこに残ったままだ。『破邪の花びら』は本来の清廉な光輝の強い輝きを宿したまま、スプリングの手の中にあった。

「まずは、この街を覆う闇の結界を晴らす! その為に、これが皆の役に立ってくれるはず……!!」
 言うが早いか、スプリングは『破邪の花びら』を飛空艇から空高く、この街の中心にそびえ立つ闇の柱の方角へと投げ飛ばした。


「行け、私の力の全てを込めた花びらよ……この街を……皆を、そしてウィンターを助けてくれ……!!」


 スプリングから放たれた『破邪の花びら』は眩い輝きを放ちながら、街の中心にそそり立つ闇の柱の方角へ、真っ直ぐに飛んでいく。

「スプリング……ありがとう!!」
 コレットはその様子を見て礼を言うが、スプリングは首を横に振った。
「ううん……礼を言うのはこっちの方ピョン。
 さて、こうしちゃいられないでピョン」
 『破邪の花びら』の行方を追うこともせず、スプリングは飛空艇から身を乗り出した。
「どこへ行くの?」
 コレットの問いに、苦笑いで応える。
「これできっと、皆がこの街の結界を解いてくれる、私も信じることにするよ。
 後は、私を逃がしてkるえた一輝や垂たちのところに行かなくちゃ」
「え……?」
 コレットは戸惑いの表情を見せる。スプリングは『破邪の花びら』を手放したことで大きな戦闘力を失ったはずで、今さら戦場に戻ったところで――。
「うん、言いたいことは分るピョン。でも、一輝が私のことを親友だと思ってくれているように、私もそう思っている。
 その親友がこうまでして私のために戦ってくれているのだから……」

 ひらり、と。
 スプリングは飛空艇から身を躍らせた。
 目下ではまだ閃光春将軍との戦いが続いているのだろう、闇の結界の中で時折眩しい光が瞬いている。


「私だって、おとなしく助けられてるワケにはいかないでピョン!!」


 満面の笑みで、スプリングはそう告げたのだった。