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真夏の白昼の夢

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真夏の白昼の夢

リアクション

7)

 話は、少し前に遡る。
「アステラをしばいても、問題の解決にはならんからなぁ。カルマはんの目を覚まさせる…っちゅうことは、夢から覚めさせるっちゅうことやね」
「ですね。考えてみれば、カルマ君も被害者ですからねぇ」
 喫茶室彩々の片隅。大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)、そして堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)ダニー・ベイリー(だにー・べいりー)が、テーブルを囲んで相談をしていた。
「つまりここ……僕達が体験している『現実』が、カルマ君にとっての『夢』なんですよね? それなら、悪夢にならないようにしてあげたいですねぇ。……誰だって、悪夢はお断りでしょうから」
 一寿にとって泰輔は先輩なので、言葉使いはいつもより少しばかり丁寧だ。
「まぁな。むっちゃピンチで、おっかなくて、冷や汗びっしょりで目を覚ますっちゅうんもあるけど。そういうのは、『寝覚めが悪い』っちゅう感じで、気分よぉないわな。それより、幸せで楽しすぎて、『この瞬間がずうっと続けばええのに』って思った、その意識がゆらゆらしとる感じで目が覚めるほうが、僕やったら嬉しいかな?」
「そうですねぇ」
 おっとりと一寿も頷いて、考え考え、言葉を続ける。
「醒めるのが惜しいけれども、これで一区切りって、ちゃんとつけられる『夢』……少し、むつかしいですねぇ」
「そうやなぁ」
 泰輔も腕組みをして、小さく唸る。
「楽しいこと、なぁ」
「そりゃあ、音楽だろ」
 すかさず答えたのは、フランツだった。
「僕はこう見えて、陽気なのが好きさ。コンヴィクト、寄宿舎時代の仲間とよくつるんで遊んで、悪ふざけのお芝居やなんかも……ああ、懐かしいね。僭越にも僕たちの集まりは「シューベルティアーデ」って呼ばれたんだよ、僕の名だ!」
 胸をはるフランツに、「そうや」となにか思いついたのか、泰輔がパチンと指を鳴らす。
「自然な夢っちゅうのは、どこかしら不自然なもんや。夢ん中らしい、どっか「ずれた」感じ。フランツ、お得意やろ? しかもコンサートやったら、盛り上がって楽しくても、「おしまい」は必ずあるもんや。アンコールが鳴り止まんでもな」
「それはいいね!」
「ノリノリですね、シューベルトさん」
 ふふっと一寿は笑う。コンサートとなれば、おそらくヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)も手を貸せるはずだ。
「ウサギの後をおっかけていったアリスも、オズに会いに行ったドロシーも、最後はきちんと夢から覚めるもんやしな」
「「黄色いレンガの道」に従って歩いて行った女の子、ですね」
「そうやな。道案内もせな。……って、カルマは保健室で寝とるんやっけ?」
 そこで、「いねぇだろ」と口を挟んだのは、今まで黙ってコーヒーを啜っていたダニーだ。
「ダニー?」
「夢の中で、「自分がこんこんと眠ってる夢」なんて、フツー見ねぇだろ。きっとふらふら「夢の中」をほっつき歩いてる方に俺は賭けるぜ?」
 たしかに、言われて見ればその可能性は高い。
「でも、それじゃ、どうやって招けばいいのかな」
「追いかけたり探し回るより、何か餌をまいておびき寄せる方がいいんじゃねぇか? こう……目印を作って」
「黄色いレンガの道……」
 先ほど口にしていた言葉を、もう一度一寿は繰り返す。
「それと、チラシとかポスターを貼りまくるとかな」
「そうだね。どうでしょう、大久保先輩」
「ええと思うで。さて、次は場所やな。ここでもええけど、どうせ夢やったら、ばーんとなんか用意しよか」
「西部の酒場風かパブ風ってのはどうだ? そう大きすぎなくてもいいだろ。大ホールもいいが、ライブハウスの一体感もいい酔い心地さ」
 普段は酒は御法度の薔薇の学舎だが、それも夢の不思議という演出だ。……もしかしたら、ダニーが飲みたいだけかもしれないが。
 真意はともかく、ダニーがそう言うなり、いつの間にか彼らのいる場所は、そのイメージ通りの西部風の酒場になっていた。乾いた木造で、いくつものテーブルと椅子が並んでいる。その奥には、こじんまりとしたステージ。一台のアップライトピアノがすでにセッティングされている。ばたばたと揺れるドアの向かいには、ビアサーバーのついたバーカウンターがあり、背後の棚にはずらりとグラスや酒が並んでいた。
「これはいいね!」
 フランツが目を輝かせる。そして彼らは、それぞれに準備を始めたのだった。



 ――開演も間近になり、会場には大勢の人が集まっていた。
 ランダムとレイチェルが頑張ったおかげだろう。
 そしてようやくそこに、レモたちもたどり着くことが出来た。
「お待たせ。間に合ってよかった」
「おう、レモ。カルマは?」
「一応、起きてるよ。んーと、まだ本当に目は覚めてないけど」
 ややこしいね、と苦笑しながらレモが泰輔に答える。
「上等。これから楽しい夢の仕上げや」
 泰輔はウインクすると、さっそくマイクを手にして、ステージへと戻っていく。かわりに、一寿が。
「なにか飲む? カールハインツさんはお酒かな。子供には、ミルクかオレンジジュースはあるね」
「じゃあ、僕とカルマはオレンジジュースで」
「オレはビールがいい」
 一寿に各自が飲み物をもらい、テーブルにつく。北都はせっかくだからと、一寿の手伝いをしてあげた。昶は、カルマが背中から離れないので、そのまま一緒だ。
「おっと、なんとか間に合ったかな」
 そこに、クリストファーたちもやってくる。気後れした顔の、清家もつれて。
「清家さん。大丈夫でしたか?」
「ああ。その……」
 夢だと気づかないまま、尋ねて来た『夢』のカルマと遊んでいたとは、清家も言いにくい。そこは情けをかけて、クリストファーとフェンリルも明かさないであげた。
 カルマは、清家を見つけると嬉しげに笑い、昶からは離れないままだが、隣に呼ぶ。そうしていると、外見は似ていないが、仲の良い親子のようだ。
「やっぱり、王子ではないかもな」
 フェンリルの呟きに、「王子?」と不思議そうにレモが小首を傾げた。
「始まるみたいだぜ」
 カールハインツがステージを指し示す。客席の照明が薄暗くなり、ステージに丸いスポットライトが落ちた。
「いよいよだの」
 グラスを片手に、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)がレモたちの傍に腰掛ける。
 ステージにいたのは、フランツとヴォルフラムの二人だ。
「ようこそ、『ドイツ語が母国語の人達』のコンサートへ! 今宵はひととき、みんなで楽しい夢をすごそうっちゅーことで、よろしく」
 司会の泰輔が、二人を紹介する。フランツとヴォルフラムは、彼らの前でお辞儀をした。
「よろしくお願いしますね、シューベルト殿」
「楽しくやろう!」
 そして、二人のセッションが始まった。サングラスに派手なスーツ姿のフランツは、最初からノリノリだ。
 定番のクラシック曲が、即興の編曲で、いつのまにかテンポを変え、転調し、まるでポピュラーソングのようになる。その音楽の手品に、観客からは拍手や指笛の賞賛が送られる。
 やはり、オペラハウスやホールとは違う雰囲気だからだろうか。リラックスした、雑多な明るさが、会場には漂っていた。
「…ほう?『ダニー・ベイリーのバラード』?…マニアックな選曲じゃの」
「『ユア・ソング』は、レイチェルに捧ぐか?」
「『わにさんロック』…これは陽気で、愉快じゃ……で、どうやって『冬の旅』に戻ったか、不思議じゃのう?」
 合間合間に、そう顕仁がカルマに解説をしてくれる。
 そのおかげもあり、カルマも次第に楽しげに、瞳をキラキラさせてステージに見入っていた。
 数曲を終えたところで、マユも演奏に参加し、クリストファーとクリスティーもステージにあがる。
「あれ。元に戻ったの?」
「やっぱり声がどうなるか不安だからね」
 そんなことを小声で言い交わしてから、だったが。
 その他にも、腕に覚えのある生徒が即興に参加し、あるいは観客席から声をそろえ、ますます会場全体が盛り上がっていく。
「カルマとレモも、おいで」
 師匠に呼ばれては、二人とも無視はできない。カルマは楽しそうに、レモは渋々と、ステージにあがり声をそろえる。
「たのシい!」
 カルマが歌いながら目を細めるのを、満足げに泰輔と一寿は見守っていた。
「さて……そろそろ、宴も終わりかの」
 顕仁が呟き、ダニーと最後の乾杯をしようと目で探す。だが、ダニーはもう少々、酒を過ごしてしまったようだ。……お酒が好きなわりに、あまり強くはないのだ。
「おや。では、この夢と乾杯としようか」
 顕仁は、新たに一寿に注いでもらった一杯を軽く掲げ、口をつける。
 ステージでは、フランツが最後の曲……薔薇の学舎の、校歌の旋律を奏ではじめていた。
「みんなで一緒に、歌おう! もっともっと、大きな声で!」
 上機嫌のフランツが、客席を煽る。
 薔薇の学舎の校歌は、雄々しいというよりは荘厳な、美しいメロディの曲だ。やがてフランツの編曲も静かに、穏やかなものになっていく。
「目が覚めたら消えてしまうけど、皆は楽しめたのかな? ……カルマも、楽しい夢が見られたみたいだね」
 終わり、を意識して、北都も呟く。
 もう少しむし暑さは続くようだけど、そうしたら、昶の気に入ってる涼しい場所を教えてあげてもいい。あるいは、団扇や甚平や風鈴のような、日本の暑さをしのぐようなものを教えてあげてもいいだろう。
 でもそれは、目が覚めたらのお話。
 この夢が終わっても、出来ることがあるから。


 ――夢の終わりは、夢からの目覚め。
 元通りの、日常に戻っていくということ。
 そこであった不思議は、消えてしまうけれども。
 感じたことは、心に残るのだ。
 夢の感情と記憶は、きっと脳ではなく心に刻まれている。
 現実じゃなくても。夢から覚めても。
 そこに、あるのだ。

 それが、……素敵な夢であるように。

 ――コンサートが、終わる。





「……カルマくん。おはよう」
 目が覚めたカルマに、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)は優しく声をかけた。
「おハよウ……?」
 しきりに目を擦り、カルマは不思議そうにしている。
 ここは、保健室だった。最初のそのままの場所で、ちゃんと本体は眠っていたのだ。
「ゆメ……?」
「そうだよ。……いい夢は、見られた?」
 ヴィナの問いかけに、カルマは少し考えてから、「ウん」と頷いた。
「ミんながいテ、いっパい歌っテ、……楽しカった」
「そう。よかったね」
 ヴィナも目を細める。それから、カルマの体を抱き上げた。子育て経験者だけあって、その手つきはさすがに慣れたものだ。
「どコ、いくノ?」
「喫茶室にいこう。きっと、みんな集まってくるはずだよ」
「お菓子モ?」
「うん。お菓子もね」
 落ち着くような、アイスのハーブティーと。シャーベットもいいかもしれない。
 きっと弥十郎のパンナコッタも、現実に出来ているはずだ。
 そう考えながら歩いていると、ヴィナの腕の中が心地よいのか、またカルマは次第にうつらうつらしはじめる。
 でもそれを、もうヴィナは起こそうとはしなかった。
 きっと、本人に自覚はなくとも、疲れることだったろうから。
「着いたら起こしてあげるから、眠っていいよ。……今度は、落ち着いてゆっくりおやすみ、カルマくん」
 子守歌のように優しく、ヴィナは囁いた。




 夢は、終わり。
「なんとか、戻ってよかった」
「そうだな」
 レモとカールハインツはそう言って、今度こそ、花魄を迎えに部屋を出る。
「ねぇ、カール」
「ん?」
「でも、みんなのおかげで、楽しい夢だったね」
 レモは、そう晴れやかに笑った。






担当マスターより

▼担当マスター

篠原 まこと

▼マスターコメント

●ご参加いただき、ありがとうございました。お待たせして申し訳ございません。
少しでも、楽しんでいただけたのなら、幸いです。

●夢、というテーマなので、色々とぶっとんだものもあり(笑)楽しんで取り組ませていただきました。
 ぽつりぽつりと、レモとカールはどっちがどっちなのか…というご質問をいただきますが……それについては、ご想像にお任せいたします。ふふ。

●これも一つの夢の終わりかな…ということで、書かせていただきました。
また新たな夢の物語が、今後もずっと、皆様の中に紡がれていきますように。
本当に、ありがとうございました。