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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~

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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~
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【西暦2024年 7月31日】 〜代王のお忍び行〜


「ウグッ!……こ、コレは……!?」
「あっま〜い!甘すぎるよ〜!!」
「お、お茶をくれ!お茶!!」
「私にも!!」

 セレスティアーナ・アジュア高根沢 理子の予想通りの反応に、周りの人々から爆笑が巻き起こる。
 二人は、寿々守甘蔗(すずもりかんしょ)の余りの甘さに、差し出されたお茶を、一息に飲み干した。
 ちなみに『甘蔗』とはサトウキビの事である。

「陽一!あなた、知ってて黙ってたでしょ!」

 腹を抱えて笑っている酒杜 陽一(さかもり・よういち)を、理子が睨む。

「フリーレ……美由子……。よ、よくも……――」

 お茶程度では甘さを誤魔化し切れなかったらしく、セレスティアーナは凄いしかめっ面をしている。

「まあ、そう怒るな。私も陽一も美由子も、一度は同じ目に遭ってるんだ」

 フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)が、涼しい顔で言う。

「この村に初めて来た人は、みんなこの洗礼を受けるのよ。私だって、大変だったんだから」

 酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が、お茶のおかわりを勧める。
 二人は、このお茶も一息に飲んだ。


 陽一は、セレスティアーナと理子の二人を連れて、寿々守村にやって来ていた。
 二人は、明日開かれる四州共和国連邦成立記念式典に、女王{SNL9998615#ネフェルティティ・シュヴァーラ}の名代として、出席する事になっている。
 その前に、自分が中心となって進めてきた事業を見せたくて、この村に連れてきたのだ。
 その事業とは、寿々守村の名産、寿々守甘蔗を利用した村おこしである。
 無論、村人には二人がシャンバラの代王である事は秘密にしてある。

 まず二人は、村長から、寿々守甘蔗から作った砂糖、『寿々守糖』の説明を受けた。
 上品な甘みがあり、普通のサトウキビの約2倍の生産効率がある寿々守糖は、現在積極的に販路を拡大している最中であり、島内は勿論のこと、島外への輸出も始まっている事。また、島の名産品への利用も始まっており、魔王 ベリアル(まおう・べりある)が経営するプリン専門店、『ベリアル堂』で使用する砂糖は、100%寿々守糖である事などを、寿々守糖で作った干菓子を試食しながら聞いた。

 続けて二人は、村の周囲に広がるサトウキビ畑に案内された。
 この2年余りの間に、サトウキビ畑は2倍程度まで拡大していた。新日章会のツテを通して招聘した農業技術の指導の元、日本から持ち込んだ農業機械などを駆使して、荒れ地を開墾した成果である。

「もう、村内の開墾はこれが限界でしてな。最近は近所の村にも、寿々守甘蔗を作らないかと誘いをかけておるんです」

 二人は、吹き渡る風にザワザワと音を立ててなびく、一面のサトウキビ畑の美しさに、感嘆の声を上げた。


 二人が最後に、村外れの工場に案内された。
 工場は大きく二つに分かれており、一つは寿々守甘蔗を絞って、寿々守糖を作る工場。
 そしてもう一つが今回の視察の一番の目玉、寿々守糖の精製過程で出た廃棄物から、バイオエタノールを作る工場である。

「この工場はまだ試験運転中でして、今のところ、村内で消費する分を生産するのが精一杯ですが、近々、生産力を増強する事になっておりまして、いずれは島外、特に日本へ輸出する計画を立てております」

 そう説明するのは、東野共和国が、日本の『四州開発財団』と合弁で立ち上げたバイオエタノール企業、『寿々守バイオ公社』の社長である。
 四州開発財団というのは、かつての『東野開発調査団』を元に、日本政府の肝入りで作られた財団である。

「我が社の事業は、まもなく四州開発銀行から融資が受けられる見通しになっておりまして、そこで調達した資金を使って、更に事業を、拡大する計画です。また、将来的にはストックオプション制度の導入も考えておりまして、村の方々に株主になって頂いて、より利益を還元したいと思っております」

 社長は、誇らしげに言った。


 その日の夕方、陽一達は別れを惜しむ村人達に見送られ、寿々守村を後にした。

「必ず、また来てくだされ。もっともっと発展した、寿々守村をお見せしますから」

 別れ際の村長の言葉が、印象的だった。

 5人を乗せたオフロード車は、一路広城目指して走る。
 この車を動かしているのも、寿々守村産のバイオエタノールである。

「なんだか、あの村だけ周りとはまるで違ってたな」

 村からの帰りの車の中、セレスティアーナが言った。
 車外を流れる村々の光景と、寿々守村を比べているのだ。

「ホントだよね〜。周りは江戸時代みたいなのに、寿々守村だけバイオエタノール工場で、ストックオプションだよ?しかも、たった2年であんなに変わっちゃうなんて……」

 しきりと感心する理子。

「頑張ったからな、陽一が」
「そうだよね〜。頑張ったもんね〜、お兄ちゃん」
「……確かに、頑張ったけどさ」

 フリーレと美由子に言われ、この2年間の労苦が、陽一の脳裏を走馬灯のようによぎる。

(バイオエタノールとは何か、それにどれだけの価値があるのか、そして将来、四州にとってどれほど重要な産業になり得るのか。それを理解してもらうだけでも何ヶ月もかかったもんなぁ……)

「しょうがないさ。俺も、いつまでもこの村に来れる訳じゃないからな。少しでも早く、俺ナシでも物事が廻るようにしないと」
「……スゴいね、陽一は」
「そう?」
「そうだよ――私ね、今ちょっと嬉しいかも」
「嬉しい?」
「うん、嬉しい」

 そうなのだ。
 自分が好きになった男は、自分とは何の縁もゆかりもない村のために、しかも何の見返りも求めずに、身を粉にして働ける人なのだ。
 理子は、心の底から誇らしい気持ちになった。