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別れの曲

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【未来・2】


 青い空を小型飛空艇ヘリファルテが進む。
 心地よい風を受けながらセシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)は、自らの過去を思い起こしていた。

(タイチのお父さんとお母さん、それと、パパーイのお陰で、わたしの体の治療は終わったのよね――)
 未来人の彼女が自分の命が尽きる前に緒方 太壱(おがた・たいち)と共にこの世界へやって来たのは以前の話だ。
 父アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)に会いたい、自分の世界では不幸な運命に巻き込まれる太壱の母緒方 樹(おがた・いつき)緒方 章(おがた・あきら)を助けたい。
 ――あの灰色の世界に向かわせたくない……。
 その一心で、彼女達は一方通行の時間の旅へ出たのだ。
(で、無事、パパーイはタイチのお母さんを諦め、タイチのお父さんとお母さんは結婚し、無事子どもも生まれてる。
 ……ただ、わたし達のいた未来とは違う部分もあるわ)
 それは章がアルテッツァのパートナーと組んで、セシリアを治療した事。魔法による回復と医学を融合させた技術は、彼女達が居た世界よりも進歩している。
 そしてあの世界と異なる点は、もう一つ。
 セシリアと太壱に沢山の友人が出来た事だ。
(そういえば、わたし達のいた世界では、タイチと2人だけで戦ってたっけ。
 体のことも、敵を倒すことも、誰にも頼らなかったわよね
 ってことは、この世界でわたし達、誰かに頼れって何かに導かれたのかしら?)

 巡らせていた考えを「なーんてね!」と口に出してきり上げる。深く考えても仕方が無い、これらはすでに『今』なのだから。
「そろそろあおぞらだし、考え切り替えていこーっと♪」
 明るく言うと、胸元に入れていたDSペンギンのコペンギンハーゲンが、おでん串でつんつんと突ついて来る。軽い突っ込みに気持ちを完全に切り替えたところで、
「あ、ウルディカさんだ」セシリアは眼下に友人の姿を見掛け、小型飛空艇の高度を下げた。
 行き先を尋ねると、彼等もあおぞらへ向かうところなのだと言う。
 セシリアの胸元から飛び出したコペンギンハーゲンが、彼等の足下でダンスするのを見ながら軽い紹介を済ませると、向こうからも何処へ行くのかと尋ねられた。
「――わたし?
 ジゼルちゃんに会いに来たのと……今から爆弾発言しに行くんだ」
「爆弾――」
「――発言?」
 揃って不審そうな表情をする四人に、セシリアはマイペースに言った。
「……ああ、それとウルディカさん!
 貴方達はみんなに祝われる間柄でいてね、絶対だからね!」
 セシリアの指す貴女達がウルディカと――恐らくスヴェトラーナの事を言っているのだとすれば、二人は友人関係である為、少々的外れと言わざるを得ない。なお、スヴェトラーナはウルディカをお兄さんと認識しており、彼から向けられている感情を全く理解していない上、(ウルディカさんは、多分グラキエスさんが好きなんだろう)という具合で思いっきり勘違いをしているのだが、その辺をセシリアが分かっていないが故の発言だろう。一方のウルディカが、どういう気持ちで受け取ったかは定かでは無いが、此処では関係の無い話だ。
 皆の当惑を知ってか知らずか、セシリアは
「じゃ、セシリア、いっきまーす!」とスピードを上げ、先に定食屋へと向かってしまった。





 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が空京住まいのパートナー忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)を伴いやってきたのは、セシリアらがやってくるより一時間程前の事だった。
「ジゼルさん、本日は長居して申し訳ありませぬ。
 マスターがジブリールさんと所用故、此処での待機ご命令でして――
 同行を申し伝えたのですがお断りされ……」
 頭の上の耳をたれてへこんだ様子を見せながらも、「あ、この餡蜜美味しいのです」とスプーンを止めないところが彼女らしいところだ。
 さてジゼルの方は他ならぬベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)から今朝連絡を受け取っていた為、フレンディスが此処で待ちぼうけを喰らっている理由を知っているので、余計な事は言うまいと笑顔で流して誤摩化す。それはポチの助も同様だったので、フレンディスがこれから自分の身に降り掛ろうとしているものに気付く気配は一向に無い。
 ただ彼女とポチの助が座るテーブル席の斜め向かい、ジゼルが仕事をするカウンターの正面に陣取るアレクが、ハードカバーをやけにゆっくり読んでいるのが目についた。
「あの……ジゼルさんは今日はもうお仕事は終わりなのでしょうか?」
「ううん、今日はラストまでよ」
 と、なると何時もの送迎とは考えられない。何時も暇そうに見えて実は多忙なアレクがそんな風に無意味に時間を過ごすとは思えず、ともすれば彼はベルクを待っているのでは――と考えるとベルクとジブリールの不在に疑問が持ち上がる。
 気を揉んでいる間に時間は過ぎ、やがて二人が店へとやってきた。
 そして聞かされたのは、驚きの――こんな――事実だったのである。
「フレイ……今、俺は婚姻届とジブリールを養子にする為に書類を出してきた」
 驚きに声も出ない。
 フレンディスはただただ瞬きを繰り返すばかりだが、そんな反応を見せているのは自分だけだと気がついた時、同時に皆が微笑む顔が飛び込んで来た。
「事前確認だと話が進まねぇから、悪ぃが今回だけは強行策に走らせて貰った。
 冗談ではなく現実だからな?
 ほらコピーをよく見てみろ、アレク達のサインも入ってるだろ」
 そう言ってテーブルの上に出された婚姻届のコピーの証人欄には、保証人になってもらうならこの二人しかいないと自分で名前を上げたアレクとジゼル二人のサインが並んでいた。この婚姻届の『妻になる人』の欄にサインをしたのだって記憶している。
 ベルクは嘘はついていない。
 結婚は20歳を過ぎたら……、という約束も果たされている。
 それに自分達は模擬結婚式もしているではないか。
 背景事情を幾つ思い出しても、フレンディスのホワイトアウトしかけた頭の中は、中々それを理解しようとしてくれなかった。
 ――私がマスターと結婚を……? ジブリールさんが、私達の子供に?
 懸命に考えている間に、ベルクの話しはどんどん進んでいる。
「既にフレイは俺の嫁でジブリールは俺達の子供……息子か娘はさておきだ。
 異論や拒否しても遅いからな?」
 いやに真剣な顔で、ベルクが真っ直ぐ言い放つと、様子を見守っていたジブリールも口を開く。
「お父さんとお母さん、お兄ちゃんお姉ちゃん……あと犬。
 オレ、今が最高に幸せかもね?」
 何時ぞや未来予想薬でみた未来では、自分は二人の子供になっていたが、実際にその未来へつながる場面に、喜びよりも照れくささが勝るらしく、ジブリールは頬を染めている。
 あとはこの場で唯一反対しそうなポチの助だが、ここ数ヶ月の経験から彼も成長したらしい。
「今の僕は空京暮らしの都会犬。機晶技師の勉強とアルバイトもある多忙犬。
 なのでエロ吸血鬼と生意気ターバンは、僕の代わりにご主人様を任せる任務をくれてやってるのです。
 ま、僕より見事にこなすとは思えませんけどね」
 と、口悪くも二人を認める発言をするのだった。
「あの……マスター」
 呼びかけたフレンディスは、慌てて口を噤んで顔を真っ赤に染上げる。フレンディスはベルクの事を『仕えている主人』として呼んでいたのであって、彼が『愛する主人』となってしまった今、その呼び方は正しいものでなくなってしまったのだ。
「大変です! マスターがマスターでなくなってしまうと、今後私は一体誰にお仕えすれば良いのでしょうか!?
 主を失うと忍者さん稼業が危うく……」
 漸く状況を飲み込んだ矢先のズレた発言に笑いながら、ベルクはもう一つフレンディスが気にしている事を口にした。
「ついでにお前が抱える家庭問題もこの時点で俺達全員の問題となった。
 これから皆で何とかしていけばいいだけだろーが
 いい加減諦めろっつの……」
 フレンディスの抱える母との問題、それを誰よりも理解しているポチの助が、静かな声で言う。
「……僕はあの人に恩義があるので直接協力は無理ですが……、
 エロ吸血鬼達が何とか出来るなら解決しやがれなのです」
 彼女の全てを託す、というような言葉で、最早異論の声もなく全てが締めくくられた。
 始めに誰が何を言うべきか、な場面で最初に口を開いたのは、向かいのカウンターに座っていたアレクである。
「フレイ、
 裁判所へ行くなら良い弁護士を紹介してやる。受理された婚姻届を後から訂正するのは難しいらしいぞ、裁判で訴えて慰謝料ごともぎ取ろうぜ!」
「アレクてめ――ッ!」勢い良く立ち上がったベルクが椅子を倒してしまうと、フレンディスはぶんぶんと首を横に振りながら
「まさかお二人が保証人になってくれるとは思わず――!
 私、このご恩は一生かけて……!!」
 大袈裟なアクションと声でアレクへ伝える。ばったんばったんと急に騒がしくなった店内は、そこから更に賑やかになった。

「言ってたとおり、お袋と赤ん坊達を連れてきたぜー、ジゼル!」
 上機嫌で扉を開けて、緒方一家があおぞらへやってきたのだ。