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別れの曲

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別れの曲
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【指切り・1】


 武尊がキアラのアルバイト先を訪れて数日も無い頃だ。別の場所で働いていたパートナーのトーヴァの姿を見つけ、キアラが声をかけるとこんな言葉が返って来たのである。
「うん。そろそろ行こっか?」
(行く?)と、キアラは首を傾げる。二人は今もヴァイシャリーは百合園学院付近にあるマンションでルームシェアしているのだ。何時もならば、そして正しい言葉ならば「帰ろう」だろうに。
 そうして早歩きぎみのトーヴァが訝しむキアラを連れて行ったのは、基地内の駐車場だった。こんなところに何の用事があるのかとキョロキョロ当たりを見回したキアラは、ある車のボンネットに腰掛けていた人物を見て、微妙に顔を引き攣らせる。
 が、そちらは笑顔だ。薄暗い駐車場でも輝くゴールデンブロンドの下、涼やかなグレーアイズを満面の笑みに歪め「こっちにおいで」と――地獄へ――手招きしてくる。
「や、やだやだやだやだやだいやいやいやいやかえる何処行くんだか分かんないけど歩いてくからやだやだほんと無理むうううううりいいいいい」


 乗車時間がものの数分で済んだ事に、キアラがなんとかして女子高生魔法少女としての尊厳を『リバースせずに』保ち辿り着いたのは、同じ空京内の何の変哲もないビルだった。やっぱり何の用事があるのか分からないまま迷い無く進んで行く二人にくっついていくと、足を止めた先で扉を開く役目を指示される。
 怖ず怖ずと開けた後に待っていたのは華やかな色と遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)達、キアラの友人だった。

「特製ケーキを作ったので、皆さんに味見して貰いたかったんです!」と、歌菜はこの会を『お茶会』言い切るが、わざわざパーティールームを貸切って、部屋を飾り付けてと急に始まった『お茶会』にしては手が込みすぎている。「お別れパーティーと言うとしんみりしてしまうから」こう言い換えているのだと分かると、歌菜の温かい性格にキアラも眉も下がった。
「お腹減ったっスね」
「そう言うと思ってサンドウィッチとかスコーンも作ったの」
 ジゼルは着いたばかりのハインリヒに手伝われながらテーブルにティースタンドやジャム等がのった皿を並べ、「でもまずはメインの歌菜のケーキからかしら」と歌菜へ振り向く。
「はい♪ 今日は秋らしくモンブランにしてみました。羽純君も手伝ってくれたんですよ」
「きゃー☆ こんな大きいモンブラン初めて見た!」
「さぁ、思う存分感想を聞かせてくださいねっ」
 歌菜がケーキを切り分ける様子をキアラが目を輝かせて見ていると、アイランド型のキッチンから羽純が声をかける。
「何が飲みたい。飲みたいものを出すぞ」
「えーっとじゃあ紅茶で」
「アイスかホット、どっちも出せる」
「ホットで!
 …………つかお店みたいっスね」
 耳打ちしながらくつくつと笑うキアラに歌菜もつられているようだ。
「言い方は羽純くんらしいんだけど――」
「店であれ付け足さないと、たまに面倒な失敗になるんスよ」
 笑いを滲ませたまま、キアラは羽純の向かいに椅子を置いて座っているアレクへ目を向けた。恐らくは――というか確実にジゼルの送り迎えの係なのだろう、静かにもさもさと菓子を食んでいる。
 トーヴァが羽純が準備したカップを運びながら
「甘いの嫌いじゃなかったっけ」と、質問した。
「なんかしょっぱい」
 どうやら彼は自分が食べているものが何だか分かっていないらしい。
「塩サブレだ。ジゼルからアレクが甘いもの苦手だって聞いてたからな、歌菜が作ってたんだ」
 羽純が代わりに答えると、アレクはハインリヒに向かって振り返る。
「ハインツ、おいしい」
「それって僕にレシピ聞いて作れってことかな?」
 こくりとアレクが頷いたのに、ハインリヒはジゼルを盾に出した。
「君の奥さんなら此処に居るよ」
「最近お菓子作りの腕は完全にハインツに抜かれたってジゼルが言ってたよ。愛って偉大だね。
 お前の愛しい兎ちゃんの為の技術を、可愛いおとーとにもお裾分けして?」
「『可愛い』義弟は自分からそんな事言わない」
「じゃあ羽純」
「矛先此方向いた!?」
 キッチン側のそんなやり取りを、すでにお茶会をスタートさせたキアラたちがBGM代わりに耳に入れていると、ジゼルが口を開く。
「アレク、酔ってるわ」
「え!?」
「えへへー、こっそりお酒も準備してました」
 歌菜が悪戯っぽくそう言うので、酒が入ってるのは本当らしい。
「え、あの人ジゼルちゃんの送り迎えできてたんじゃないんスか?」
「ココからなら歩いて帰れるもの」
 自宅までそう距離は無いから、車に乗ってきたのではないのだと言う。
「でも意外です。アレクさんてお酒強いんだと思ってました」
 歌菜が言うのに、キアラはケーキを口に入れたままの為頷いて答える。
「強いわよ、めちゃくちゃ」
 トーヴァがそう言うし、顔にも出ている様子はないがと三人がジゼルを見る。
「ハインツが居ると駄目。自分が頑張らなくても大事なものを守ってくれる人がいるって思うと気が抜けるみたい」
「お兄さんに甘えてるんでしょうか」
「っていうと変な顔すると思うから、秘密ね」
 ジゼルが人差し指を唇の前で立てるのに、歌菜はくすりと微笑む。ふとキアラが視線を落しているのに気付いた。
「キアラちゃん?」
「あの人ってただの変態かと思ってたけど、案外年相応なトコもあるんスね」
「それは勿論ですよ。キアラちゃんからすると立場は上の方かもしれませんけど、年齢だってそれ程離れていないんですし――」
「うん。そういうの、今初めて気付いたって思ったんス。
 ……つーか地球に帰ろうって決めてから、色々見えてなかったところとか見えてくるんスよ。
 不思議っスよね」





 空京のアレクとジゼルの家は相変わらず家主不在でも賑やかだった。今は小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)とミリツァを訪ねてやってきている。
 自らが生徒会副会長を務める蒼空学園へミリツァが入学する事になったと聞き、美羽はお祝いに特注の制服を贈ろうと持って来ていたのである。
 試着を終えたミリツァが戻って来ると、美羽とコハクから感嘆の声が出た。美羽が気をつかっていたサイズも、どうやらぴったりだ。
「これが蒼学の制服だよ!」 
「有り難う……と言いたいのだけれど美羽、このスカート妙に短いのではなくて?」
 半身捻って臀部を確認するミリツァに、コハクは苦笑する。美羽がご機嫌な様子でプレゼントを準備していた時は此方も幸せな気持ちになって指摘し忘れたのだが、美羽基準のあのスカートは、学内でもかなり短い方だ。
 それでなくとも普段から膝下丈のスカートばかり着ているミリツァには心許ないだろう。
「――ジゼルのように下に一枚履けばいいかしらね。冬服だからタイツで良いでしょうし。
 待っていて、今日着てきたものだったら丁度良いからそうしてみるわ」
 一度部屋へ戻ろうと、ミリツァは階段を上り始める。
「そういえばアレクとジゼル遅いね。今日はまだ仕事?」
 ミリツァはこれから用事があるのだと聞いていたから、このまま二人が帰宅しなければ入れ違いだ。美羽が残念そうな顔になる。
「いいえ、今日は学校から帰ってそのまま歌菜と羽純達と一緒に出ているわ。私もこれからそこへ行くのよ」
「夕ご飯?」
「お茶会、と歌菜は言っているけれど、実際は送別会よ」
「送別会って誰の――」
 美羽とコハクが表情を強張らせる。てっきり知っているものと思っていたミリツァは、軽く眉を顰めた。