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リアクション
【将来】
南條 託(なんじょう・たく)南條 琴乃(なんじょう・ことの)夫妻に新たな家族が増えたのは、2024年の事だった。
奏詩(そうた)と名付けられた赤子がなにより元気に産まれてくれた事に安堵しながらも、まだ思うように動けない琴乃に代わり、託が何かと忙しい日々を過ごし一月。
琴乃の床上げと奏詩(そうた)の一ヶ月検診が無事に終わって暫くしたその日――。
「いないいないばぁ〜」
戯けた託の声や動きに反応したのか、奏詩の柔らかい肌がくにゃりと笑顔になる。赤子の成長は一月ひとつきが節目のようだが、確かに一ヶ月経ってからの奏詩にも様々な変化が目に見てとれた。
その一つがこの微笑反応だ。
特に両親の腕に抱かれて眠りに落ちている時よく見られるこの表情に、託の口元も無意識に上がってしまう。
「託ったら……」
くすくすと小さな笑いを混ぜて呼ばれて、託は琴乃を振り返った。
「そんなに面白くなってたかなぁ、今の僕の顔。
定番のあやし文句だけれど、こういうのはいつまでも通じるものだねぇ」
「そうじゃないよ、私が笑っちゃったのは――」
目をぱちくりとさせて首を傾げる託の様子に、琴乃は口元を抑えてくすくす笑いが止まらない。
幸せで穏やかで、変わらない毎日だ。経過を知らせるのは、奏詩の成長だけという緩やかな時に流されていた琴乃は、たまたま時計に目をやってぴたっと動きを止めた。
「いけない、もうこんな時間……!」
「え? お乳ならさっきあげたばっかりじゃなかったっけ?」
「そうじゃなくて――」
琴乃が久しぶりに機敏に動きながらテーブルの上にあったものを避けたところで、丁度呼び鈴が鳴る。
「ん?」
(誰か来たのかなぁ?)微睡み掛けの奏詩を抱いたままだったので琴乃がするのに任せていると、玄関口に聞こえる声に託はひょいっと顔を出した。
琴乃の客人はジゼルとアレクだったらしい。
「託! 久しぶり」
「ああ、いらっしゃいだよ〜
遠慮なく上がってねぇ」
にこにこと出迎えると、ジゼルが待ちきれないとばかりに視線を託の腕にやっている。琴乃が客間に案内する前に、託は足を止めてやった。
「うん、そう、この子が僕と琴乃の子だよ」
「奏詩ちゃん」
――そうよね? と見上げるジゼルに頷いて
「ね、かわいいでしょ?」と素直に漏らした。
「託ってば、すっかり親ばかなんだから」
琴乃が客人に椅子を薦めると、ジゼルは自分がそうしていると琴乃を立たせてしまう事に気付いて慌てて席に付く。
「やっぱりそうかな? でもそう思うしねぇ」
「そうだな可愛い。託に似なくて良かったなお前」
「アレクさん、今の発言は聞き捨てならないねぇ……」
二人のやり取りに琴乃がまた肩を震わせている。
「男の子ってお母さんに似るって言われてるのよね。髪の色も琴乃に似てるし」
「髪は成長すると変わるからな」
自分の発言に三人が揃って首を傾げたのに、アレクは説明する。
「ゴールドからブルネットになったりするんだよ。でも託は日本人だから変わらないかもしれない。
何れにしても顔はこのまま琴乃似がいいよな」
アレクがにっと笑って奏詩の顔を覗き込むと、奏詩も同意するように
「あ、笑った! 笑ったわ! かわいいーっ」
「ふふー、奏詩はママに似てた方が良いみたい」
琴乃が上機嫌に勝ち誇る。
「残念だったわね、パパさん」
ジゼルに慰められて、託は我が子の顔を見下ろし苦笑している。
その後退院から外に出ていなかった琴乃が久々の会話を楽しんでいるのを横目に、託はアレクから出産祝いを受け取っていた。彼等は新生児に刺激を与えないようにと代表してきた為、訪問者が二人でも祝いの品は幾つもある。一つずつ確認する間に部屋が埋まりそうになっていた。
「これは――フランツィスカからだな」
添えられている手紙は『OMEDETOU!』以外は外国語らしい。アレクが代わりに口に出した。
「――新生児から2、3歳くらいまで使えるポンチョ。これから寒くなるから、お散歩の時に着せて。だってさ」
ああ見えて二児の母らしい内容だ。贈り物の服のセンスも良い。
「流石女優さん、お洒落だねぇ」
欧州らしい抑えめで独特の色使いをベビーベッドの奏詩に見せてやる。
「ちゃんと着こなせるかなぁ? どう、奏詩」
ポンチョをじーっと見つめている奏詩の反応を見て、託はアレクへ向き直る。
「この子が成長したら今後どうなっていくんだろうねぇ。
男の子だから、かっこよくなれればいいけれどねぇ」
「格好良くって顔か? それとも内面?」
「そうだねぇ……、さっきの話じゃないけど、見た目は兎も角僕のようにはなって欲しくないかなぁ
よく失敗するし、それでよく死に掛けてるし。
この前もそうだったしねぇ、アレクさんがいなかったらどうなってたか……」
初めて聞いた内容を離れた位置で耳に入れた琴乃がぱっと此方を振り向く。
「聞いて無いよ!?」
「いやぁ、話したよ……確か」
精々戦いがあったというところまでな託の誤摩化しに、琴乃は怪訝な顔をして詳細を説明して貰おうとアレクへ向き直る。
「端的に言うと囮だ。勇気ある行動だったけど、無茶だったな」
「あはは〜……ハイ、ゴメンナサイ、キヲツケマス」
琴乃がむうっと頬を膨らませるので託がたじたじとなっていると、アレクが如何にも高級そうな箱を示しつつ、こっそり託をつつく。
「でもほら、託が頑張ったお陰でハインツに恩が出来てこんなに素敵な贈り物が!」
「うんうん、琴乃も触ってご覧、このブランケットふっかふかだよ〜」
これは余り得策ではなかったようで、琴乃とジゼルの「もう!」「そう言う問題じゃないでしょ!」と息のあった声が飛び、託とアレクは「デスヨネー……」と同時に頭を下げる嵌めになってしまった。
「でも実際気をつけないとねぇ。
琴乃やこの子を残して逝くわけにはいかないし」
「そうよ、皆を助けてくれるのは託の素敵なところだけれど、もうパパなんだから、あんまり琴乃を心配させないでね!」
頭の痛いジゼルの指摘に、託は苦笑する。
「しばらくは普通に学生生活を送ることにしようかなぁ」
「と、言いながら事件があったら飛び出して行くんだよなお前は」
「……ほら、空京とか規模がでかいのだともしかしたら琴乃たちに危害が及ぶかもしれないし
後友達とかならできる限り幸せになって欲しいし、仕方ないと思うんだよねぇ」
「そういう託だから好きになったんだけど」
困ったものだと微笑む琴乃を見て、ジゼルが託に視線を送る。のろけてますよ、あなたの奥様。むふふと笑われた。
「まあ、何も起こらないのが一番なんだけれどねぇ
……将来はそういう感じを目指したいかなぁ」
『フットワークは軽くしつつもコネは作って、事件の種をいち早く察知して刈り取る』それが理想だ。それが仕事に繋がれば、望むべくも無い幸運だろう。
「バトルとか減ったらアレクさんには退屈かもしれないけれどねぇ」
「否? 平和が一番だろ。
世界にとっての理想は、俺達暴力装置が無職になる事だろうからな。
託にはそういう世界を目指してもらって、暇に俺達をたまに相手してくれればそれで良いよ」
俺達とはつまり、彼の周囲の好戦的な軍人何人分を言っているのだろうか。
「僕一人で足りるかなぁ」
託が眉を寄せると、アレクはベビーベッドを振り返った。
「大丈夫だ託、将来有望なのがもう一人居るだろ」
幸せで、元気に、出来れば格好良い男に――。
皆から希望を寄せられ見守られて、この子はどう育つのだろうか。
愛する息子の将来へ想いを馳せながら、託は微笑んでいる。
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