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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●「しっかりしてください」

 たかが五年、されど五年だ。
 柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)ローラ・ブラウアヒメル(ことクランジ ロー(くらんじ・ろー))と結婚してから、早五年にさしかかっている。
 ではここで急ぎ足ながら、プロポーズしてからの桂輔とローラのその後をおさらいしてみよう。
 五年前、ローラに桂輔はプロポーズした。

「あのときは、無我夢中で口走ったように聞こえたと思うけど……」
 桂輔は実に言いにくそうに、それでも、ごまかさずに言ったのである。
「あの言葉……プロポーズ……本気だから」


 その数日後の夜更け過ぎ、唐突に桂輔の家を訪れたローラから正式な返答が届けられたのだった。

「桂輔……私、苦しいよ、胸がとても、苦しいね……」
 桂輔の足はすくんだ。こんな反応予想していなかったから。
 ――それって、もしかして『お断り』ってことじゃ……。
 だが心配は杞憂に終わった。
「桂輔のこと、好き。死ぬほど、好きよ……もちろん、返事、オッケーね……」


 その晩、ローラは初めて桂輔の部屋に泊まったのだという。
 だが桂輔にとって、これで結婚の話がまとまったわけではなかった。
 ある意味最大の障壁(?)、パティ・ブラウアヒメルクランジ パイ(くらんじ・ぱい))への報告が必要だったのである。いわば相手の父親に挨拶に行くようなものだ。ローラの場合親はいないから、小姑のパティが親代わりといっていい。

「俺たち……結婚するんだ!」
 桂輔はローラの手を握って宣言した。
 こういうストレートなのが一番、と思ったからである。ところが、
「あんたね、そんなんで許すと思ってるの!? やり直し!」
 パティは仁王立ちして告げた。目が逆三角形になっている。マジで怖い。
「うへー!」
 肝を冷やしつつ桂輔はぱっと土下座したのである。これもローラとの幸せのためだ、この程度安いものだ。
「娘さん……じゃなかった、ローラさんを、ください!」
 するとパティは破顔一笑、大変にイイ笑顔で言ったのである。
「よーし、これであんたを遠慮なくぶっとばせるってわけね!」
「えー!」
 ボカン! 桂輔の目から火花が飛んだ。


 と、それぞれ過去の名(迷?)場面を振り返ってみたわけだが、ドキドキしたり緊張したり、はたまた汗かいたり幸せだったり、なんとも忙しい展開があったといえよう。(え? 見たことのないシーンがある? ハハハ! 気のせいであろう!)
 桂輔は卒業後、運送屋兼ジャンク屋をはじめた。個人事業主というやつだ。いずれの仕事にも長年の経験がある彼は、大成功こそしなかったものの、それなりに仕事があって、それなりに余裕のある生活を送れるようになっている。
「帰ったよー」
 軽トラを自宅の駐車場に入れ、桂輔は帽子を脱いでドアを開けた。
 油汚れで黒ずんだ上着を脱いで、裏返して選択網に入れ洗濯機に放り込む。作業ズボンを脱いでジーンズになって、そこで耳を澄ませた。
「はーい……」
 奥から、小さな小さな声がした。ローラのか細い声である。
 ――やっぱり、変だ。
 こんなことはなかった。これまで何年も、帰宅した桂輔を迎えるローラは、両腕でハグしてキスをして、それこそ熱烈に愛情表現をしてくれていたのである。ときには担ぐみたいにして、寝室まで直行してくれたりもした。優しくて色っぽくて、愛情を包み隠さない彼女の出迎えが、桂輔はたまらなく好きだった。
 なので、ここ数日の静かな対応は、どうも変だと言わざるを得ない。
 ――愛情が冷めた……なんてことはないよな!?
 いや精神的なものばかりではなさそうだ。食欲もあまりないようだし、食べても戻しているときもあるようだ。一緒に風呂に入ってもくれないし……。ローラは明るく振る舞っているが、やはり病気なのだろうか。
 部屋に入ると、ローラは布団に伏せっていた。
「大丈夫!? ローラ!?」
「ごめん……桂輔、ちょっと、疲れただけ……」
 疲れた? それどころではないように見える。
 ――ここ何年も風邪一つ引いたことないから過信していたけど……。
 といっても女性のことはよくわからない桂輔である。そうだ、と思いついてアルマ・ライラック(あるま・らいらっく)に電話をかけてみる。
「すぐ行きます」
 アルマが自宅から出てきた。といってもアルマの住んでいるのは、桂輔たちと同じ建物の階下の部屋なのだから来るのは一瞬だ。
「なるほど……わかりました。私がローラを病院に連れて行きます」
「そ、そう? 俺も行ったほうが……」
「桂輔は結構です。それよりも、戻ってきたときローラがゆっくりできるように部屋を整えてください。ローラから症状を聞いて思ったのですが、おそらくこれは病気じゃないですね」
「病気じゃないとしたら……」
 何? と言おうとした桂輔の鼻先で、もうアルマはローラを連れて、ドアをバタンと閉めてしまった。
 一時間半ほどして、アルマがローラと戻ってきた。
 その間、そわそわそわそわと不安な時間を過ごしていた桂輔は、ふたりの姿を見て猛ダッシュする。
「どうだった? へ、変な病気とかじゃなかったよな!?」
 ジタバタジタバタ、パラパラ漫画みたいな落ち着かない行動をする桂輔だが、足元にバリバリバリっと銃の掃射を受けてすくみあがる。
「落ち着きなさい桂輔」
 片手にサブマシンを握ったままアルマは静かに告げた。
「て……い、いきなり撃たなくてもいいじゃないか!」
「撃ったけど当てていません」
 平気な顔してそんなことを言って、さらりとアルマは言い加えたのである。
「まったく、これから父親になるというのにこんな調子じゃ困りますね」
「え?」
 桂輔はつま先立ちのポーズのまま固まる。
「今、なんて……」
 するとローラが、恥ずかしそうな顔をして言ったのだった。
「ワタシ、赤ちゃん……できたよ……」
 予想してしかるべきだった。
 しかし、突然すぎて父親の実感など、わいてこないというのが本当のところ。言い方を変えれば、ぴんとこないのである。
 けれど……けれど、
「そっかぁ……俺も父親になるのかぁ」
 じわああっと、胸に愛おしい気持ちが広がっていく。
 それは感謝の気持ち。父として子を守っていくという責任感は、これから大きくなっていくことだろう。けれど今は、妻をいたわりたいという愛情でいっぱいだった。
「ありがとうローラ」
 ぎゅっと桂輔は、ローラの柔らかい体を抱きしめた。
 結婚して五年、それでも、あいかわらずモデル体型で、あいかわらず自分のことを愛してくれるローラを。
 これまで幸せだった。だからこそ言いたい。
「これからも幸せにするよ……」
 と。
「うん、幸せに、して」
 ぎゅっとローラも、桂輔を抱き返してくるのである。

「やれやれ」
 腰に手を当ててアルマは一息ついた。
 めでたしめでたしではあるだろう。だがどうも、アルマはこのふたりからはまだ目が離せないのだ。なんともハラハラしてしまう。
 ――ローラは桂輔に甘いですし、私はいつになったら自分に正直になったら……まぁいいでしょう。
 そんな星の下に生まれついたものだ。アルマは苦笑いするほかない。
 ――だから、
 彼女は言うのだ。
「しっかりしてください。桂輔」