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リアクション
しかし、遥と縁が様子をうかがっている間に、教導団の生徒たちは続々と遺跡の前に集結して行く。『白騎士(ヴァイサーリッター)』と風紀委員が同じ班になっていなかったりするのは、人間関係に配慮したものだろうか。
「いよいよ、中に入れるんですね!」
表情を輝かせているのは、技術科の一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)だ。先に遺跡に入って、入り口付近だけでも調査をしたいという希望を、危険だからという理由で却下されており、遺跡に入れる時を待ち望んでいたのである。
「嬉しいのはわかるけど、あんまりはめを外さないでよ?」
パートナーの剣の花嫁久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)がたしなめる。だが、アリーセははやる気持ちを抑えきれないようで、隊列の先頭に立って検問所でチェックを受け、遺跡に入って行った。
「この扉って、わざと細く開けてあるんでしょうか」
分厚い扉の隙間を通りながら、アリーセは首を傾げる。
「最初に見つかった時からこの状態だったらしいよ。工兵に広げさせることも検討されたけど、検問所を作ることになったし、部外者の侵入を防ぐにはこの方がいいからって、そのままにされてるみたいだね」
グスタフも、続いて扉をくぐる。
扉の向こうは、広々とした空間が広がっていた。最初は、扉の隙間から差し込む光しか光源がなかったが、1メートルほど中に入ると、ぱっと照明がつき、体育館ほどの広さの、金属の壁と天井に囲まれた、工場を思わせるような室内の様子が明らかになった。
「やっぱり、ここは悪の秘密基地だったんだな!」
歩兵科の神代 正義(かみしろ・まさよし)が興奮した様子で叫ぶ。
「静かに。鬼が出るか蛇が出るか、わからないのですからな」
『白騎士』の一員であるセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が小さく、しかし鋭く警告する。正義は、慌てて口を塞いだ。
「……この照明は、教導団が設置したものじゃありませんよね。つまり、この遺跡はまだ『生きて』いるんです。だから、『古代の防衛機能がまだ生きているかも知れない』という報告があったんでしょう」
ゆっくりと周囲を見回しながら、技術科の深山楓(みやま・かえで)が言った。
「『生きている、古代の遺跡』ですか……。だとしたら、遺跡全体が、言わば古代技術の結晶ですね。中で戦闘になっても、極力建物に傷をつけない方が良いかも知れない」
セオボルト同様『白騎士』に所属している、歩兵科のフリューリング・アッヒェンバッハ(ふりゅーりんぐ・あっひぇんばっは)が感慨深げに呟く。
「はい。おそらく、楊教官もそうおっしゃるでしょう」
楓はうなずいた。その時、
「楓ちゃん、楓ちゃん」
楓と同じ技術科のプリモ・リボルテック(ぷりも・りぼるてっく)が、皆から少し離れた場所にしゃがみ込んで楓を呼んだ。
「ほら、これ。何だと思う?」
床に、色が変わった部分がある。良く見ると、床のあちこちに、同じように色の変わった部分がある。タバコを落とした焦げ跡のように見える小さいもの、線状に長いもの、円や楕円形のやや大きいもの、と形はいろいろだ。
「焼けた跡……? 床の素材が焦げてるみたい」
手袋をはめた指先でかりかりと床をひっかきながら、楓は言った。
「本当だ。何だろうな?」
月島 悠(つきしま・ゆう)が腰を屈めて、楓の手元を覗き込む。
「何かが燃えたのかな。でも、燃えたものの方は見当たらないよね」
プリモは周囲を見回した。床にはホコリや砂がうっすらと積もっているが、それ以外は何もなくきれいなものだ。
「誰か、掃除する奴が居るんだったりしてなー」
あくまでも、ここを悪の秘密基地にしたいらしい正義が混ぜっ返して、皆に睨まれる。
「掃除するんだったら、ホコリとか砂も掃くでしょ」
プリモは肩を竦めて立ち上がった。
「とにかく、この遺跡の動力はまだ生きている。防衛機能も残っているかも知れない。そういうことだな?」
側で楓とプリモの話を聞いていた『白騎士』のリーダー、ヴォルフガング・シュミットが言った。楓とプリモはうなずいた。
「わかった。用心しながら進もう。我々はこちらへ行く」
右、左、そして中央と、三本の通路の入り口が口を開けている、右の通路をヴォルフガングが示す。
「では、我々は左だ」
風紀委員を連れた李鵬悠は、左の通路へ向かう。
「そうなると、あたしたちは真ん中、かな?」
プリモの言葉に、楓は緊張した表情でこくりとうなずいた。
「ところで、楓くんは日本から来たんですよね?」
通路の入り口に向かう途中、悠のパートナーの麻上 翼(まがみ・つばさ)が声をかけて来た。
「できれば、現在の日本の話を少し聞きたいな」
悠も会話に加わる。
「去年パラミタに来て以来、帰ってないので……。技術科は、すごく忙しいんです」
楓は苦笑した。
「楊主任、鬼だよねー。研究棟に缶詰で寮に帰れないなんて、いつものことだもん」
プリモがため息をついた。
「うーん、それは仕方ないかな。……実は、家があんまり裕福じゃなくて。私、技術系の研究職に就きたいんですけど、地上の大学で研究を続けたら、すごくお金が必要じゃないですか。だから、国費留学生に応募して、教導団に入ったんです」
楓は少し恥ずかしそうに言った。
「国費留学生か。じゃあ、命令されれば、嫌でも怖くても拒否は出来ないな」
歩兵科の一色 仁(いっしき・じん)が言った。
(また女子生徒に声をかけて……!)
パートナーのミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)が、キッと眉を吊り上げて仁を見る。だが、それに気付かない仁は、言葉を続けた。
「まあ、ここは地上の常識が通じない世界だ、怖くて当たり前だ。多分、ぜんぜん怖くないと思ってる人間の方が少ないんじゃないか? だけど、俺たちにパートナーが居るってことは、この世界に拒否されてるわけじゃない、居てもいいって思われてるってことだと思うんだ」
そして、仁はちらりとミラを見た。ミラは慌てて視線を逸らす。
「お前にだって、今は離れてても、パートナーが居るだろ? それに、ここにはお前らを守ろうと思ってる奴が何人も居るんだ。警戒心を持つ必要はあると思うが、怖がりすぎる必要はないと思うぞ」
「はい。そうですね、そうします」
楓は表情を緩め、うなずいた。
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