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君を待ってる~封印の巫女~(第1回/全4回)

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君を待ってる~封印の巫女~(第1回/全4回)

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第5章 スネークイーター(プール)
「オレの覗きを邪魔しやがった蛇め! 絶対に許さんぞ!」
 弥涼総司(いすず・そうじ)は怒っていた。
 【初代・のぞき部部長】として、総司にはやるべき事があったのだ。そう……それは勿論のぞき♪
 ヴェロニカとかガートルードとかその他諸々、女子更衣室は男のロっマ〜ン溢れる聖域だった。
 故に本日も覗く気満々……いや、健気に部活動に勤しむ気だったのだ。
 そう、この邪魔者さえ現れなかったなら!
「オレの怒り、思い知るが良い!」
 とうっ!、憤怒に突き動かされ水蛇へと駆ける……ボチャン。
 そう、人は水の上を走る事は出来ない。
 それをこの日、総司は知ったのだった。
「全く何を遊んでいるんだか」
 絶賛救助活動中だった鷹谷ベイキ(たかたに・べいき)は、やれやれと溜め息をついた。
「うぅ助けられるなら女子が良かった」
「その辺に転がしておいても大丈夫であろう」
「そうだね」
 プールサイド、引っ張り上げるのを手伝ってくれたガゼル・ガズン(がぜる・がずん)に、肩をすくめて見せてから、ベイキは周囲を見回した。
「他に、逃げ遅れた人は?」
「非戦闘員はいないようであるな」
「うん。じゃあ後は存分に戦ってもらえるね」
「うむ」
「僕達は避難した人達の様子を見てくるけど……気をつけて」
「あぁ。そっちは頼んだ」
 陸斗に応え、ベイキとガゼルは大きく頷いた。
「うん、これで全部みたいだ。誠治君達もよく自制してくれた」
 点呼を取り、逃げ遅れた生徒を確認したエドワードがホッと息を付いた。
 逃げ遅れた生徒がいるのに水の蛇に戦闘を仕掛ける者がいなかったのも、大きな喜びだった。
 陽動や囮、牽制として水の蛇の気を引いた紘達。
「私は誇りに思いますよ」
 エドワードは心の底からそう、思った。
「手当てが済んだら移動して……ここはこれから、野戦病院って感じになるかもですし」
 プールサイドで治療に当たっていたミルディアは、告げた。
 戦闘でケガした人の治療スペースも確保しなければ、と考え。
「動けるなら、避難場所の方が安全ですしね」
「そうね……あら?」
 真や静麻達の働きで、要救助者は救助された。それでも念のため、と確認すべくプールを見やったミルディアはふと首を傾げた。
「あの蛇、少し小さくなってません?」

「……凄い奴が現れたな……まあいい……行くぞ……ユニ……皆……【スネークイーター】……戦闘開始だ……!」
 【スネークイーター】リーダーであるクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)は宣言と共に、剣の花嫁たるユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)を、仲間を見やった。
 恭司とクレア、焔とアリシア、ウィングとファティ、蒼人と冬桜、日奈森優菜(ひなもり・ゆうな)柊カナン(ひいらぎ・かなん)春告晶(はるつげ・あきら)永倉七海(ながくら・ななみ)緋桜遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜遥遠(しざくら・ようえん)犬神疾風(いぬがみ・はやて)月守遥(つくもり・はるか)ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)ファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)……水の蛇を倒すべく集まってくれた仲間達。
「封印なんて解かせてたまるか、俺はこの世界が気に入っているんだ!」
「うん! 僕も師匠を支援するよ」
 ぐっと拳を握り締める疾風に、遥も心から同意する。
「怪我したら僕が回復するからね。精神が尽きるまで頑張るから!」
「水…蛇……おっきくて…カッコいい…」
「……アキ、気持ちはわかるけど今は気を引き締めて? 優しい相手じゃないみたいだから」
 キラキラと瞳を輝かせる晶に釘を刺す七海。
「ナナ…大丈夫…わか…ってる…守る……の、頑張る」
 とりあえず、晶はそう返したが、ちょっとだけ心配だ。
「……焔っ!」
 微妙に緊張の面持ちで、胸元を指し示すアリシア。「ありしあ」とでっかく書かれたスク水が強調される。
 そうそう、光条兵器たる漆喰を取り出すには、いつも服が破れるわけだが……今日はスク水ですよ?
「私、焔の為なら……ここでも全然ヘーキだよ」
「………………」
 たっぷり5秒ほど沈黙してから、焔は漆黒の外套の下から、愛刀・残月を取り出し構えた。
「ぶ〜、焔の照れ屋さん」
「軽口を叩いている余裕はないようだ……来るぞ!」
 一拍後、それぞれが飛びのいた場所を、水が……高速射出された水が襲った。
「アリシアはサポートを頼む。核を見つけるぞ」
「ラジャ!」
「皆は傷つけさせない!」
 続く攻撃を、遙遠が阻害する。くわっと口が開いた瞬間、雷撃を叩き込んだのだ。
 倒すのは勿論、一番大事なのは仲間や生徒達の被害が出ない事だから。
「水の蛇を操っているのは、黒き力……一つ一つ破壊していけば、核が見つかるはずです」
 サポートする遥遠と遙遠はさすがに、ピッタリだ。
 出会った時は、自分自身の心の写し鏡かと思った。けれど、持っていたのは同じ感性だけではなく、正反対の部分もまたあり。
 それは驚きであり喜びであり……そうして二人はそれぞれ「人間」になった。
 かけがえの無い出会い、かけがえの無い……半身。
 クルード達が核を見つけやすいよう、陽動に徹する遙遠と遥遠のコンビネーションは、正に絶妙だった。
「操縦は任せた!」
「任されたわ」
 小型飛空艇の操縦を冬桜に渡した蒼人は、光条兵器を構えた。
 核も黒き欠片も視認は出来ない。
「だとしても、やるしかない!」
 言って、光条兵器で攻撃を仕掛ける。
「黒き力……。いまこそ退魔の技、戦巫女の力を見せるとき!」
「気をつけてね」
 やはり小型飛空艇を駆り、水蛇の周りに幾枚も板を投げ込みながら、ファティは背後のウィングに声をかけた。
 大丈夫、だと信じてる……けれども。
「行って来ます」
 安心させるように一つ微笑み。
 ふっ、躊躇なくその身を躍らせるウィング。
 退魔モードの光条兵器で斬りつける。直感に従い、悪しき力の波動を感じる場所を。
 ドンっ。
 水面、板を蹴ったウィングをすかさずファティが回収する。
 一つタイミングを間違えれば命の危機にも直結するが、だからこそ……二人はタイミングを外さない。
「もう一度、行きますよ」
「うん!」
 何度も何度でも、攻撃するし、受け止める。
 それがウィングの……二人の勤めだから。

「こっちも負けていられないぜ!」
 士 方伯(しー・ふぁんぶぉ)ジュンイー・シー(じゅんいー・しー)は、クルード達を邪魔しないよう気を配りつつ、水の蛇と対峙していた。
 ウィングのような軽業師みたいな真似は出来ない。だが、死角をジュンイーに任せ、少しずつだが確実に切り結ぶ。
「悪しきものは放っておけない」
 いつもと違い、表情の険しい御風黎次(みかぜ・れいじ)を、ノエル・ミゼルドリット(のえる・みぜるどりっと)は少し心配そうに見つめた。
 黎次がは両親と妹……家族を魔物に殺されている。
 故に邪悪を、そして、命が理不尽に奪われる事を厭っている。
 勿論、憎しみに飲み込まれる黎次ではないと信じているけれども。
「水の蛇を倒す。このまま放ってはおけないからな」
 それでも、不安が心を掠めていたノエルは、いつもの……冷静な眼差しを取り戻した黎次にホッと胸を撫で下ろし。
「はい!」
 嬉しそうに頷いたのだった。

「ん〜、みんな中々苦労しているみたいね」
「やはり水中戦は勝手が違うのよ」
 初島伽耶(ういしま・かや)アルラミナ・オーガスティア(あるらみな・おーがすてぃあ)も、プールに遊びに来てこの事態に巻き込まれた口だった。
 さゆみのように泳ぎの得意なもの、そもそも運動神経の良い者達が多いが、それでも苦戦を強いられているように見える。
「なんかみんなせっぱつまってるみたいだし、だったらもう水を抜いちゃえ!」
「あっ、それナイス!」
 ポン、手を打った伽耶とアルラミナは躊躇しなかった。
「ん、この排水栓を回せばいいんだよね」
「あ、でも……」
 ふとアルラミナの脳裏を掠めたのは、足場の確保はいいけど、今闘っている人達が排水口に吸い込まれちゃったりしないかしら?、な事だった。
 勿論、掠めただけだが。
「よしよし、ガ〜っていっちゃおう!」
「やっちゃえやっちゃえ!」

 ゴゴゴゴゴゴ

 プールの水が音を立てて減っていく。
「いけいけ〜!……あ、みんな気をつけてね〜!」

「なっなんだぁ?」
 蒼空学園のプールは最新式である。排水もまたスピーディに行われる。
 すっごい勢いで吸い込まれる水。
 それは陸斗達をも巻き込み。
「【アイスプロテクト】!」
 黎は咄嗟に祈りを捧げた。
「掴まれ!」
 椎名真やライが投げてくれたロープやブイにしがみ付き、流されるのを防ぐ。
 幸い、勢いがすごかった分、水の引けるのも早かった。
「悪い、助かった」
「いや、ご無事で何より……」
「って、なんでこないなことに巻き込まれてんや、このムッツリー! もうちーとばかし頭つこうたらどないやねんー!」
「いや、これは我や陸斗殿が迂闊だったわけではなく」
「そうそう。ちょお〜っと予想より水の引く勢いが凄かっただけ……ごめんね?」
 伽耶にテヘ、とか笑まれフィルラントもそれ以上の罵詈雑言を口にするのを控えた。
 とりあえず、罵るのは心の中だけにしておく。
「それにや、あのデカぶつは全然元気やないか」
 そう。プールの水は引いたが、水の蛇は依然としてそこに在った。
「やはり核をぶっ壊さないとダメって事か」
「だが、足場が確保できたのは喜ぶべき事だろう」
「……っ!……っ!」
 黎の呑気とも思える発言に、とりあえず100個ほどの罵詈雑言を追加しておく。
(「何が足場が出来て良かった、や。人がどんだけ心配したと思ってるんや、このアホぅ」)
 そんな事、間違っても口には出さないのだけれど。

「しかし、ただ斬るってのも芸がないな。もっとこう、欠片や核がピンポイントで分かる方法はないもんかな」
 足場の心配はなくなった。
 今こそ攻撃を畳み掛けるべきだと方伯は考える。
 元来面倒くさがりな性質である。
 人海戦術もいいが、もっと効率よくいきたかった。
「もしかしたら、いけるかも……」
 水の蛇の足止めを中心に闘っていた當間光は、息を弾ませたミリア・ローウェルを認め、呟いた。
「光、お待たせしました!」
「よしミリア、やるぞ!」
 ミリアの持ち込んだバケツの中。大量の水性絵の具が入っている。
 黒き欠片は水に擬態、或いは同化している。
 とすれば、水に色をつけたらどうか?
 グラデーションをまとう事ができるのか?、出来たとしてもタイムラグが発生するのではないか?
 そんな風に考えたからだ。
 気づいた蒼人やファティ、カナンがそして、色とりどりの絵の具を、水の蛇に向けてぶちまけた。

「私には、癒しの力も圧倒的な攻撃力も誇れる能力も、何一つ持ち合わせてはいないけれど……」
 色とりどりの輝きの中、今や黒き力だけが淀んでいる。
 優菜はカナンや晶達と共にそれを……黒き力を殺ぎながら、強く願う。
「誰も失う事のないように、あの花達を彩るのが誰かの涙になってしまわないように」
 ひゅんっ!
 不意に風を切って水が……伸びた。
 水のロープが小型飛空艇へと。
「……」
 晶はその瞬間、動いていた。
 反射的に、庇うように前に出る。
 水が、右腕に絡みつく。
 バランスを崩した小型飛空艇、咄嗟に伸ばした七海の手は、虚空を掴む。
「アキ!」
「晶くんっ!」
 七海の、優菜の声。
 視界が暗くなる。水の中、たゆたう。
 あぁ水の中に引っ張り込まれたのだと、喰われたのだと、感じる。
(「大丈夫……死んだり…しない…」)
 だが、思う。
(「…ボク…を、知って……覚えて…くれて、る…人が…いるんだもん。まだまだ…一緒…に、歩い……て…行くか…ら……死なな…い」)
 視界は暗い。透明な筈の水なのに、酷く暗かった。
 そして、死なないと死ねないと強く念じる晶の耳に『声』が響く。
『何で、何で邪魔するのよぉっ!?』
(「……?」)
 それも、一瞬。
 不意に視界が開けた。
 青い空と新鮮な空気が晶を受け止める。
 否、受け止めたのは……七海だ。
 細い腕のどこにそんな力があるのか、晶の身体を腕一本で支えている。
「……ナナ」
「良かっ……」
 その腕が微かに震えていた。
「……ごめん、ね」
「ありがとう、助かった」
「仲間を助けるのは当然ですから」
「コツは掴みましたぇ、そうかしこまらんでよろし」
 カナンに、ウィングや燕は何でもない事のように告げた。
 晶が水蛇の中に引きずり込まれた瞬間、二人は上から水蛇を斬った。
 七海に道を開く為に。
「……俺はまた死ぬかと思ったが」
「ほほほ、男の子が泣き言もらしたら興ざめどすぇ」
 ジャンプ台にされ、更に上から落ちてきた燕のクッションにされた陸斗のジト目を、燕はやんわりと受け流した。
「黎の【ディフェンスシフト】がなければ即死だった」
「雛子殿に逢うのに、陸斗殿には無事な姿でお戻りいただかねばなりませんから」
「いや、なぁもう既に無事でも何でもないと思うのはボクだけやろか?」
 軽口を叩くのはおそらく、七海達に余計な気を使わせない為、何よりやはり晶の無事が嬉しかったから。
「皆、気を抜くのはまだ早いわ。奴はまだ、生きているから」
 それを制したのは、織龍。

 ぐるるるるるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?

 見上げた先、水の蛇は苦しげに哀しげに天を仰いだ。