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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第2回/全3回)

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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第2回/全3回)

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 敵は追っては来なかった。
 1階に下りて来た敵は全て白百合団と協力者により打ち倒された。
 白百合団の今回の目的は綾の救出のみであるため、それ以上の深入りはせず、首領と思われる男を捕縛した後、遠くへと撤退した。
 即座に、ヴァイシャリーの警備隊に連絡を入れ、神楽崎優子は代表として説明に向かった。
 ただ……今回の白百合団の行動は、学友を連れ戻すためとはいえ、立場を逸脱するものであった。
「なぜ早河綾に怪盗舞士の偽者を使って連れ去った。答えてもらおうか?!」
 警備隊が到着するまでの間に、松平 岩造(まつだいら・がんぞう)が息も絶え絶えな怪盗舞士の偽物を尋問する。
「黙っていても、何の得にもなりませんよ!」
 光条武器を手にフェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)も、厳しく男に言い放つ。
「百合園は……金になるからだ」
「空京近くの島を拠点としていた人身売買の組織との関係は? 鏖殺寺院との関係もあるのかどうか、話してもらおうか! 嘘はついても無駄だ、大人しく白状するんだ!!」
 岩造はカルスノウトを男に向ける。
「さあ……? 綾に聞けよ、くく……っ」
 男は軽く笑みを見せた後、再び意識を失った。
 駆けつける警備隊の姿を見て岩造は剣を引く。
「あの廃屋事態は小さな拠点でしかないが……この男、何者かと深い繋がりがあるようでござる」
 白百合団が報復を受けないよう、手を尽くそうと思った光太郎だが、彼等の持つ武器や敷地内に止めてあった乗り物の数から彼等の活動の範囲の広さを感じ取っていた。
「これ以上、何事も起こらぬとよいが……」
 光太郎は険しい表情で、廃屋の方に目を向けた。
 乗り物は全てエンジンを破壊しておいたため、廃屋に残っているメンバーも遠くへは逃げれないだろう。

 早河綾は検査の為と称して、そのまま病院へ連れて行かれた。
 彼女には何も証言させず、捕らえられていただけだと警備隊に説明をした。
「早河綾さんに、匿名でお花が届きました」
「ありがとうございます」
 病室に届いた花束は、ドアの前で見張りに立っていた白百合団のベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)が受け取った。
 それは、サルビアの花だった。
 メッセージカードなどはついておらず、誰からの贈り物なのかはわからない。 
 ベアトリスがドアをノックすると、「どうぞ」とパートナーで白百合団の氷川 陽子(ひかわ・ようこ)の声が響いた。
「今のところどなたもいらしてませんけれど、もう直ぐご両親がいらっしゃると思います」
 花束を渡して、ベアトリスがそう言うと、ベッドの上で座っていた綾はビクリと震えた。
「では、失礼します」
 ベアトリスは軽く頭を下げるとそのまま退出して見張りに戻る。――ベアトリスは悪漢から綾を守っているだけでは、ない。邪魔が入らないよう、見張っている。
 ベアトリスが退出した後、陽子は花を棚の上に置いて綾に目を向けた。
「いつから、あの方々と付き合い始めたのですか? 極悪非道な行為を繰り返していることを、貴女は知っていたのですか?」
 陽子が綾に問う。何度か同じことを訊いているが綾は答えようとしない。
「怪盗舞士があの中にいないことは、知っていたのですか? 本物の怪盗舞士についての目撃情報は多数あります。あの偽物の舞士とは似ていません」
 答えようとしない綾に近付いて。
「あなたは……」
 陽子は、その顎に手を掛けて、自分の方を向かせる。
「自分の身勝手な行動で、家族や学校、白百合団にどれだけ迷惑をかけているのか分かっていますか!?」
 厳しい口調に、綾の目から涙が零れ唇が震えた。
「2ヶ月くらい前、から……。知らなかった、の……最初は。だけど、そのうち、分かってきて……でも、抜け出せない状態に、なってしまって……私、皆と話をする資格も、親と会うことも、もう出来ない……斬り殺してくれても、いい」
 綾はいくつもいくつも涙を零す。
「……親御さんがいらっしゃいました」
 ベアトリスがドアを開ける。
 陽子は黙って、その場を後にする。陽子は優しい言葉は、あえてかけなかった。
 綾の両親と、共に訪れた交代の白百合団のメンバー、岩河 麻紀(いわかわ・まき)アディアノ・セレマ(あでぃあの・せれま)に挨拶をして、陽子とベアトリスは病室を去った。

 綾は布団の中に潜り、両親の姿を決して見ようとはしなかった。
 布団の上から見て判るほどに震えている彼女を、両親は叱ることも慰めることもしなかった。
 棚の上においてあった花を花瓶に挿して水を入れて。
 早く帰ってきてね。無事でよかったと……涙交じりの声で言って、母親は父親に連れられて、その日は帰っていった。
 両親が帰った後も、麻紀とアディアノは病室に残っていた。
 布団の中で震え続けている彼女に「傍に居るから」と声をかける。
 綾が震える様子に、アディアノも一緒になって震える。
 傷ついた白百合団達の姿も目の当たりにしており、アディアノもまた怯えていた。
 そんな彼女に、麻紀は冷たい目を向ける。
「そろそろ食事みたいね。運んでくれる?」
「は、はい……」
 半泣きになりながら、アディアノは立ち上がり、食事をもらいに廊下に向かった。
「白百合団は強いから、大丈夫よ。……ちょっと間違えちゃうこともあるけど、わたくし達は強い乙女だから。綾さんも、今を乗り越えればもっと強くなれるはず」
 綾は答えず、ただただ震えている。
「戴いてきました」
 トレーに1人分の食事を乗せて、アディアノが戻ってくる。
「あ、あの……。食べられないようなら、口に運びますよ」
 綾に声をかけるも、彼女は答えなかった。
「食べられるようになったら、食べてね。それまでは、飲み物だけでも飲んで。もし、綾さんが間違ったことをしてしまったのなら、そを皆に打ち明けて、一緒に解決できるよう頑張りましょう」
「ワ、ワタシも、協力いたしますわ。何が出来るのかは、わかりませんけれど」
 アディアノがちらりと麻紀を見ると、麻紀はこくりと首を縦に振った。
 そして、再び。
「傍に居るから、ね」
 と麻紀は優しく声をかけて、布団の上から綾の身体にそっと触れた。
 ……少しだけ、綾の震えが治まっていた。

 セシリアは寮の台所を借りて、ケーキを作っていた。
 パートナーのメイベルに頼まれたからであったが、何のために、誰が食べるのかは、聞いてはいなかった。
 言いたくはないだろうし、聞かずともわかるから。
「出来た」
 沢山果物を使った、フルーツケーキだ。
 少し切なげに、それでも柔らかな笑みを浮かべて、セシリアはケーキを箱に入れるのだった。

 綾はしばらく入院するとのことで……メイベルは先に花束を入院先へと送った。
 それから、セシリアの作ってくれたケーキと、サルビア花束を匿名で送る。
 以前持っていった時に作った箱と、ケーキだから。綾の母親には自分からであるとわかるだろう。
 今度は綾の口に入るだろうか――。
「また、無理かもしれないです……」
 目を細めて彼女の悲しげな顔を思い浮かべながら、メイベルはヴァイシャリーの街を歩くのだった……。