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リアクション
鈴木 周(すずき・しゅう)は、2人分のお茶を用意して、聖地ブルーレースの”柱”……それがあった場所を訪れた。
「よう。ここで合ってるのか解んねえけど……約束通り、お茶しようぜ」
今は居ない、インカローズへ語りかける。
恐らく、彼女の最後の場所は、ここだったと思うからだ。
「ゆっくりしたいけど、友達が困ってるから、行ってくる。
全部片付いたらまた来るから、ちょっと待っててくれよな」
1人分のお茶を飲んで、周は何処へともなくそう声を掛けて、その場を後にする。
少し離れたところに、パートナーのレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)が待っていた。
「……周くんて」
「何だよ?」
深々と溜め息でも聞こえてきそうな言葉に、周は訊き返す。
「女の人との約束だけは破らないよね……」
あたしの言うことは全然聞かないくせにさ、と心なしか口を尖らせて呟く。
そこが彼のいいところなのだと、勿論解っているのだけど。
「……”柱”は、消滅してしまったのですね」
辿り着いた時には、全ては終わってしまっていた。
聖地クリソプレイスから飛空艇墜落を経て、聖地ブルーレースへと辿り着いたけれど、既に遅かった。
間に合わなかったことを悔しく思いながら、ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が自らに呟くように言葉を漏らし、
「そのようだ」
と、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)も低く呟いた。
何ができたかは解らない。だが何もできなかったことが悔しい。
柱はおろか、周囲は焼け野原に近く、立ち残る木の幹も、枝葉を失っているような無残な有様だった。
「……クリソプレイスで感じたような、魔法じみた気配も感じられません。
ここは、もう……」
ハンスは言葉を濁す。
「……そうか」
クレアは頷いた。
ここはもう、聖地では……”力場”ではなくなったのだ。
「インカローズという守り人は、”種”なるものを持って柱に身を投げたと言っていたか……。
そうすることで、魔境化は防ぐことができるのか?」
しかしそれは、酷い犠牲を伴う策だ。
クレアはヘリオドールを思い出す。
今も、聖地クリソプレイスで魔境化を抑え続けている機晶姫の少女を。
「……だが、クリソプレイスはまだ完全に魔境化したわけではないし、犠牲は伴ったが、ブルーレースも魔境化を免れた。
正念場は、ここからだ」
まだ、終わりではない。
決着はついていないし、解決と呼ぶには早すぎる。だが敗北してもいない。全てはまだ、ここからなのだ。
「はい」
ハンスも、クレアの心の内を察したように、力強く頷いた。
同じく、”柱”があった跡地、そして聖地だった場所の一帯から、最初にここを訪れた時に感じられていた、魔力の気配に似たものが感じられなくなったことを確認して、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)はこの場所が聖地ではなくなったこと、そして、インカローズの死を実感した。
「……カレン」
ぐしゃぐしゃに泣いているカレンを見て、パートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が、かける言葉もなく、背後に佇む。
「……だっ、だいじょうぶ。すぐに立ち直るからっ」
ぐしぐしと袖で涙を拭きながら、カレンは、心配するジュレに背を向けたまま、それでも、無理をして明るい声を出そうとする。
後悔は大きく、失ったものは多かった。
インカローズをあのまま、死なせてしまったことがとても悲しい。
「……1人にした方がよいか」
所在なげに立っていたジュレは、カレンを暫くそっとしておいた方がいいのか、解らなくて、迷った挙句に、訊いた。
人の、複雑な感情の細かいところを察するのは、まだジュレには難しくて、けれど、じっと何かを堪えるように泣いているカレンを、そのままにしておいた方がいいのか、しない方がいいのか、解らなかった。
自分はここに、居ない方がいいのだろうか?
「ばっか、ここにいてよ!」
背を向けたままだったけれど、泣き声のままだったけれど、そう言ったカレンに、ジュレは心の底で安堵した。
少しの間泣いて、カレンとジュレは、ヴァルキリーの村があった場所に戻った。
聖地は、全て炎に焼き尽くされてしまった。
『ヒ』が生きている間、聖地に放たれた炎は、どんどん大きくなるばかりで、まるで生きているかのように全く消火できず、ようやくそれができるようになった時には、既に手遅れに近かった。
結局、5日も燃え続けてようやく消火できた時には、村も聖地も含めて、甚大な被害が出ていた。
「……村はなくなってしまいました。死者が出なかったことだけが救いです」
姫北 星次郎(ひめきた・せいじろう)に、村のヴァルキリーの少女、イネスが力無く言って、インカローズ様以外、と付け加えた。
その瞳が泣き腫らして真っ赤なのを、星次郎は痛ましく見やる。
「……済まなかったな。
俺達がここに来たことが、そもそもの発端だ」
星次郎の言葉に、いいえ、とイネスは首を横に振る。
しかし、表情に耐えられないものが浮かんで俯いた。
理性では解っている。けれど感情がそれに追いつかない。そんな様子だ。
何の力にもなれなかったことが悔しかった。せめて、彼女の死を無駄にしたくない。
「……これから、皆どうするの?」
星次郎のパートナー、シャール・アッシュワース(しゃーる・あっしゅわーす)が訊ねた。
「……聖地であろうと、違かろうと、ここは私達の住む場所です。
少し、場所は変わるかもしれませんが、この森で暮らし続けます」
「訊いてもいいだろうか」
傷心のイネスを質問責めにすることは気が引けるが、進んで彼等の前に現れてくれたのは彼女だけだった。
大人達は片付けやら復旧作業やらに忙しく、村に戻ってきた後、ジュレは子供達の世話を引き受けて、一緒に遊んでいる。
「”種”や”守り人”について詳しく聞きたい。
”種”とはどういう代物なんだ?」
それはカレンも知りたいと思っていたことだった。
「”種”を持つ資格、みたいなことを、インカローズは言ってたけど……インカローズじゃなきゃならなかった理由って、それだけなの?」
それは”守り人”であるインカローズしか知らないことかもしれなかったが、もし知っていることがあるなら、教えて欲しかった。
イネスは困った顔をした。
「…………私も、よくは知らない。
けど、インカローズ様は、前に、私に話してくれたことがある。
何故か”種”はずっと昔から村にあって、これは地脈の力を操ることもできると。
守り人は、地脈の力を制御する能力を持つからこそ、”種”を「悪用」しないよう、聖地と”種”を護らなくてはならないと」
神のように、世界を操るような強大な力を持つわけではない。
けれど少し流れの強さを変えたり、向きを変えたり、そんなささやかなことなら出来て、しかしインカローズは、また代々の守り人は、その力を使おうとはしなかった。
世界は誰かの都合で調節されるものではなくであるがままであるべきで、ただ、この偉大なる場所を、ひっそりと護るのが、自分達の使命なのだと。
「……そして、最初で最後に、”種”を使って地脈を制御する為に、自分の命を使い果たしちゃったんだ……」
村を後にしてザンスカールに戻る道中、シャールがふと振り返り、村のある方向を見つめながら、瞳を曇らせた。
カレンやジュレ達もいる為、シャールの口調は子供っぽいものだが、その声音は重かった。
魔境化しかけた聖地を元に戻す為には、それくらいのことをしなくてはならなかったのだろう。
地脈の力が溜まっていた”力場”は、その力を括る象徴であった”柱”ごと吹き飛んでしまった。
「それはどういうことか?」
クレアが訊ねると、多分、とシャールは考えて答えた。
「例えると、山を均して平地にした、みたいな感じだと思うな。
今迄山だったけど、今はただの地面になっちゃったんだよ」
襲撃してきた『ヒ』についても、何か知らないことが無いか訊ねてみたが、イネスは全く何も解らないようだった。
「命と引き換えに聖地を魔境化しようとは……厄介な」
シャールの独り言が聞こえたか、イネスはそこでふと首を傾げ、
「それが本当なら、その人達は地脈に繋がる存在なのかしら」
と、不思議そうに言っていた。
カレンも振り向いて、村の方を見つめる。
子供達の相手をしながら、インカローズの人柄について訊ねていたジュレは、皆に優しい人だと慕われていたそうです、と言った。
何か手伝えることがあったらいつでも来るから、言ってね! と、別れ際にイネスに言うと、ありがとう、と彼女はぎこちなく微笑んだ。
彼女なりの、精一杯の好意で。
「皆さんも、頑張って」と。
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