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狙われた乙女~別荘編~(第3回/全3回)

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狙われた乙女~別荘編~(第3回/全3回)
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第4章 妖精

 ペンライトの光では、部屋全体を照らすことはできなかった。
 ミクル・フレイバディは、中央の透明の石の中で眠る人物に光を当てて、歩き始める。
「……有翼の人か、ヴァルキリー……守護天使……つまり古王国の住人……か……?」
 瓜生 コウ(うりゅう・こう)は、薬品のような匂いが流れていないこや、罠などにも注意をしながらミクルとともに歩き、ミクルが立ち止まった人物の隣の石の前に立つ。
「いや、違う。これは妖精……?」
 石の中で眠っているのは、妖精のような姿の女性だった。
 コウは石の材質を調べようとする。
 手の伸ばして石に触れた途端、その水晶のような石が融け始める。
「失われた魔法。ううん、眠っている魔法と眠っていた人達って言うべきかな。古王国の住人っていうのは、その通り」
 ミクルもまた、同じように石を1つ溶かして、石の中で立ったまま眠っていた女性に手を伸ばす。
 昆虫のような羽を持つ、妖精のような生命だ。
 ただし、普通の妖精のように小さくはない。地球人よりやや小さいくらいの身長だった。
「っと」
 コウは、倒れ掛かる女性に手を伸ばして、その体を支えた。
 鼓動が、刻まれ始める。抱きとめたコウが感じるくらい強く。
「眠り続けるか? 起きるか? 大戦がまた始まろうとしている――」
 女性の両肩を両手で掴んで、立たせる。
 桃色の薄いワンピースを着た、20代前半くらいの女性だった。
「生きるなら、生きればいい、死ぬなら、死んで土に還ればいい。だが、ただ眠っているだけでは、どこにも行けないだろ」
 瞳を覗き込み、強い目で言う。
「オレと契約しよう」
 虚ろな目をしていた女性の目に、輝きが生まれ、ゆっくりとふわりと微笑みを見せた。
 その瞬間――。

ドンガラガラガッシャーーーーーン!

 激しい音とともに、大地が震えた。
「行きましょう、マリルさん」
 ミクルの言葉に、ミクルが融かした石の中にいた女性が頷き、コウの前に立つ女性に目を向ける。
「私の名前は、マリザ。ありがとう」
 コウに支えられていた女性は、そう言って自分自身の足で立ち、手を横に振った。
 どこからともなく現れた水が、全ての石を融かしていく。
 マリルと呼ばれた女性はミクルと言葉を交わしながら共に歩いていく。

「ううっ、誰か僕を僕を回復して……」
「すみませんですぅ〜」
 ポニテアフロ――伽羅がクライスの上から飛び降りて、ぺこぺこ頭を下げつつ、クライスを瓦礫の下から引っ張りだす。
 大量の瓦礫が雪崩落ち、地下の壁をぶち破り、怪しい空間が皆の目に映し出されていた。
「すばらしーすばらしーです!! これですよ! 私が求めていたのは……ふはっははははははは」
 は潰れてる仲間達も瓦礫も救助している人達をも一切無視して、真っ先にその空間へと走りこんだ。
「しっかりしてくだされ……っ」
 ガートナはそんな幸の姿は見ないよう、目を逸らしつつ、クライスをヒールで癒した。
「瓜生コウ、ミクル・フレイバディ、こんな、こんな罠まで仕掛けておくなんてー!」
 クライスは怒りの形相で起き上がった。
 瓦礫を蹴って、怪しい部屋へと駆け込み、こちらに向かっているミクルを発見すると盾を構えて走る。
「貴公は悪くないかも知れんが……これも主のため、許されよ」
 ローレンスは、瓦礫が崩れ落ちたのも、ミクルのせいではないかとは分かっていたが、クライスに従い翼を広げて飛び、上空からエペをミクルの体勢を崩すべく、彼女に向けて突き出す。
「あっ」
 ミクルはこてんと転んだ。
「今よクライス君、やっちゃいなさい!」
 意気揚々としたサフィの声が飛ぶ。
「待て! 彼女が何をした!?」
 コウがミクルの前に飛び出た。
「黙れ、鏖殺寺院!」
 クライスが繰り出したバスタードソードが、コウの体を裂いた。コウは武器を取らない。彼女にはクライスと戦う理由も、いや誰とであっても、この別荘にいる人物と戦う理由は一切ないから。
「……少し開けてくれ、パートナー。この一撃に全てを込めるさ」
 ジィーンがクライスのランスをクライスの後で構える。
「……うおおおおおおぉ!」
 クライスが盾をずらし、できた空間に、ジィーンはランスを繰り出した。
「やめて下さい、暴力はんたーーーーい!」
 声の主が槍を素手で弾き飛ばして、ハイキックをジィーンの顔面に打ち込んだ。
「白……」
 ジィーンはその女性のスカートの中の色を口にしながら、ばたりと倒れる。
「ジィーン、よくも……もごっ」
「落ち着け! 命の恩人だぞ?!」
 それでも戦おうとするクライスの口に、駆け寄ったウォーレンがするめを突っ込んだ。

 一方、崩れた壁の前でも、不穏な空気が流れていた。
「ううう……ああああっ」
 初島伽耶(ういしま・かや)は焦げた蒼空学園の制服が肩から脇まで大きく裂けて、下着が覗いていることに気付く。
 焼かれてボロボロになって、頭はちりちりになって、泥だらけになって、落下して体を叩きつけられて……。
「こんな土まみれのところで平気な教導団はオカシイ!
 伽耶はついにキレた!
「アフロになったのも腰が痛いのもあたしが有名にならないのもダイエット失敗するのも教導団のせいだ!
 自分の制服を掴んだ人物――教導団の一色仁(いっしき・じん)の脇腹にドロップキックを決める!
「ぐあっ……ぐ……すまないっ。後衛の君だけでも助けようと思って」
 蹴り飛ばされたながらも仁は謝罪をする。本当に親切心だったのだ。今回は。
「この暴力女が! もう許せませんわ!」
 伽耶の前に、ミラが立つ。
「だいたい一色がわたしじゃなくおまえを助けようとしたことが気に入らないんですわ!」
「当たり前じゃない、教導団なんだし! 痩せればあたしの方が断然いい女だしね!」
「なんですって、許せませんわ! キーッ!」
 ミラは伽耶に掴みかかる。
「あんた達なんて、アフロがお似合いなのよー!!」
 伽耶も負けてはいない。
「なんでもいいから、やっちゃえ、やっちゃえー!」
 アルラミナはボロボロ状態で拳を振り上げて応援している。
「そ、そんなことをしている場合ではないですぅ! こ、これは……お宝ですぅ!
「おお、これは古代の遺物に違いない。鏖殺寺院を探していてトンでもないものを見つけてしまった、どうしよう……」
 教導団の伽羅と、は、水晶のような石の中で眠る妖精のような生命に、目を輝かせる。
「秘術を入手し売っ払って、教導団の万年赤字解消の一助にするですよぉ!」
「これは教導団の資料として発掘し永久保管しようぞ!」

 2人の意見は食い違った。顔をあわせた2人の目から火花が飛び散る。
「これが何かはわからないが、敷地はルリマーレン家のものなんだから、一旦ミルミに管理を委ねるのが筋だろ」
「はい〜。アクィラさんの言うことが正しいと思いますよぉ」
 教導団のアクィラクリスティーナの賛同の言葉に、伽羅がキッと鋭い目を向ける。
「ミルミさんは、見つけた人が好きにしていいって言っていたですぅ〜!」
「うむ、宝物を渡してはいかぬ。軍資金に充てるとの発想、尤も至極、流石は我が遠孫」
 が伽羅の意見に賛同する。うんちょうも深く頷き賛意を示す。
「でも見つけたのはあたし達だけじゃないから。アクィラの言うことの方が筋が通っていると思うわ。たまにはいいこと言うわね」
 アカリは納得の表情で頷く。
「たまにはってなんだよ、一言多い」
 微妙な顔で答えるアクィラの前に、青と、その後にシラノ立ち塞がる。
「全然筋など通っておらん! あのミルミ・ルリマーレン、あのミルミ・ルリマーレンに管理などできると思うのかね? ここは我輩が……いや、教導団が責任を持って管理、保護していくべきなんじゃよ!」
「全く以てその通りですな」
 黒が深く頷き、辺りに火花が飛び交う。
「……という訳で、地盤が緩んでいたようで落下した。収拾がつかなく、さらに仲間割れを始めたのだが……」
 ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)は、作業用テントで待機しているミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)に報告をする。
 電話の向こうからも、周辺からも怒声が響き出す。
「皆、もう少し冷……」
「天誅ですわ! これでも食らいなさい、この盗人暴力女!」
 ゴイーン
 女性から諌めてみようと思ったロドリーゴだが、ミラの投げた金ダライがつるつるの頭にクリティカルヒットし、周囲に星を飛ばしながらばたりと倒れるのだった。

「何時の時代も男ってホンッッット野蛮ですね、姉さん」
 ハイキックと同時に完全に覚醒したらしく、桃色のワンピースの女性――マリザは怒りを露に、傷ついたコウを支える。
「貴女達の導きで大怪我を免れた奴がいるんです。感謝してますよ」
 ジュノが近付いて、コウにヒールを発動し、彼女の傷を癒した。
「ありがとう」
 コウは苦笑しながら、息をついた。
 マリルも苦笑しながら、空へ手を伸ばす。
 と、白い大理石のような石の天井がすうっと土色に変わっていき、ぱあんとポンと外に弾け飛び、空が見えた。
「さ、皆外に出ましょう」
「はあい」
「はーい」
 小さな声が上がる。
 マリザ達の他は殆ど、幼い少年少女達だった。
「待って下さい、少し話を――」
 幸が少女の手を握るも、少女は思い切りその手を振り払った。
「男はヤバンだからダメだって!」
「男はやばん」
「男はやばん♪」
 少女は口々に言いつつ、笑いながら飛んでいく。
「誰が男ですか。私のどこが男だと言うんです!? 戻って来なさーい! 合成獣ー!!」
 キレながら叫べど、少女達は戻ってはこない。
 マリザはコウを抱えて、マリルはミクルを抱えて、空へと飛びあがった。

「綺麗……」
 白百合団員とともに、救助活動に勤しんでいた美羽は、地下から飛び立っていく妖精達を見て、感嘆の声を上げた。
「チョコバー食べる〜?」
 穿孔救助作戦のリーダー、教導団のルカルカがぽいぽいっと空にチョコバーを投げると、妖精達は喜んでキャッチしていく。
「ありがとー」
「ありがとぉ」
 可愛らしく礼を言う妖精達に、ルカルカは手を振った。
「んー、可愛いっ。捕まえるわけにもいかないし、地下はただの空洞だし」
 空いた穴から地下を覗き込んでも何があるわけでもなかった。
 地下から、地上から。その妖精のような種族を見ようと皆、顔を出す。
「あの方々が秘宝なら……もらえそうもないですね」
 ベアトリーチェが、不良少年に応急処置をしながらそう言うと美羽は少し残念そうに頷いた。
 だけれど、直ぐに強い笑みを浮かべると、「んっ」と力を入れて重い瓦礫を退けていく。
「お前等……ホントに、善意だったのか……」
 ベアトリーチェの手当てを受けている不良が小さく言葉を漏らした。
「秘宝に興味があったのは本当なんだけど、人の命の方が大切だから」
 美羽の答えに、不良は顔を背けた。
「肩をお貸しします。救護用のテントに参りましょう。少し休んで動けるようになったら、できる範囲で構いませんので、救助を手伝っていただけないでしょうか?」
 ベアトリーチェの肩を借りて、立ち上がった不良は小さな声で「あたりまえだ。ダチ、助けたいし……」と言うのだった。
「ほら、皆もぼーっとしてないで、救助救助!」
 美羽は皆に声を掛けながら、次の瓦礫に手を伸ばす。

「無事で良かった……探したぞ」
 地下より現れたミクルに、薔薇学の制服を着た美少年が駆け寄った。
 真新しいくせに、その制服は汚れており、彼が如何に真剣にミクルを探してくれていたかが良くわかる。
「じゃあね」
「またね」
 マリルはミクルを放し、マリザもコウを放すと2方向に分かれて飛んでいく――。
 マリルはヴァイシャリーの方へ。マリザは他の妖精達が飛んでいった方へと。
 しかし、美少年は妖精には一切目を向けず、ただミクルのことだけを気遣った。
「さあ、戻ろう」
「う、うん……」
 ミクルは少年が差し出した手を取って、彼に抱き上げられ、彼の白馬へと騎乗した。
「待て!」
 途端、白馬の前に、1人の男が飛び出してくる。
「おまえが舞士……もしくは関係者かなにかだろ?」
 永夷 零(ながい・ぜろ)だった。パートナーのルナ・テュリン(るな・てゅりん)も一緒だ。
 零の言葉に、男が軽く眉を顰める。ミクルが男の制服をぎゅっと掴んだ。
「あ……」
 クリーニングのタグがついている。でも今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「別荘を解体させる為だけに、この場所に犯行予告を出したわけじゃないんだろ?」
 零の問いに、男は笑みを漏らす。
「怒りはまだ消えぬが、今はまず、レディと認めた彼女を届けねばならん。さらばだ」
 男は手綱を引いて、零を避けて馬を走らせる。
 最後に、ちらりとミクルが零に目を向けた――。