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嘆きの邂逅~闇組織編~(第1回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第1回/全6回)

リアクション

「ごきげんよう。皆様は見学ですの?」
 牧場の方から声が響く。
 野良着姿の為、一瞬誰だかわからなかったが……それは、ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)だった。
「キャラさん、例の件、よろしければお願いしますわね」
「はい。持ち帰って生徒会長と検討いたします」
 静香に付き添っていた分校長代理のキャラがそう答える。
 白百合団とは距離をおきたいジュリエットだが、神楽崎分校には興味を持っており、キャラに生徒会長の補佐をしたいと名乗り出ていた。パラ実生ではないのでさすがに生徒会長は無理だろうが、役員ならば学園関係なくなることもできるだろう。なにせ細かいことは気にしないパラ実の分校だから。
「成長の早い作物は、一日一日変化がありまして、毎朝感動を覚えます」
 ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)が、小石の除去作業をしながら微笑みを浮かべる。
「こういった仕事も意外と平気ですのよ」
 長い縦ロールの髪に、端正な顔立ち、細い体――お嬢様そのものであるのに、ジュリエットも文句1つ言わずに、農園の手伝いを精力的に行なっていた。
「よごれちゃったら、これで手ふいてください」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、ミニテーブルを持ってきて設置していき、その上に畳んだおしぼりを乗せた。
「きゅうけい用のおかしもおいておきます」
 タオルにポット、紙コップに紙皿、簡単につまめるお菓子や軽食のサンドイッチも置いていく。
「ありがとうございます。助かりますわ」
 ジュスティーヌが礼を言って、ヴァーナーに微笑みかける。
「お馬さん、お馬さん〜」
 妖精の子供が数人ひらひらと飛んできて、アンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)が世話をしている馬の上に乗っかろうとする、と。
「ダメですわよ。この馬も今は仕事中ですの。遊びは遊びの時間にしましょうね。皆も他の子供達と一緒にお手伝いをしなければダメですわ」
 そう子供達にジュリエットが言って聞かせる。
 幸い、ルリマーレン家により食料の提供が行なわれているようで、農園の作物を盗んだりする子はいなかった。
「はあーい」
「はーい」
 ちょっぴり残念そうに、子供達は飛び去っていく。
「遊びの時間に遊びましょうね」
 ジュスティーヌが子供達の後姿に優しく声をかけると、子供達は振り向いて手を振ってきた。
「ばいばーい」
「はい。ばいばい、またあとでですわ」
 ジュスティーヌも土で汚れた手で手を振り返し、優しい笑みで見送る。
「準備運動を終えたら乗れるよ? 乗ってみる〜?」
 アンドレが静香に声をかけるが、静香は首を左右に振る。
「スカートはいてるから。誰か乗るのなら見学しようかな
「ふーん。それじゃ、あとであたしが相手してあげるからね。うーんつぶらな瞳が可愛いじゃん」
 アンドレは、馬の体をなでた後、調馬索を用いて馬場を歩いていく。
 泥臭く腰をかがめるのはまっぴらと思っていたアンドレだけれど、馴染みのある馬の世話は、愛情を持って行なうことができていた。
「後で鶏の世話の方もやってあげるよ」
 振り向いたアンドレがそう言い、農家の主人は深く頷いた。
「このあたりは固めてしまってよろしいのですわよね」
「お願いするよ」
 ジュリエットの言葉に、農家の主人がそう答える。
 馬を走らせていくアンドレ、素行に少し問題があるとされていたジュリエットが整備をする様子に、静香は目を細めて嬉しそうな感心の眼差しを向ける。
 学院とはまるで違う場所、生活だけれど。
 この場にも百合園らしい穏やかな空気が紡ぎ出されていた。
 ……が。
「これが俺が勝手に連れてきた可愛い菩駆誉兎(牧羊)犬の『静香』だぜ」
 鮪が犬を一匹高く持ち上げる。
 びろんと広がったその体の下半身が百合園生達の目の前に晒される。
 『雄』だ。
 さすがの静香も口を軽くあけたまま唖然としている。
 待ったく悪気のない鮪は後からぎゅっと『静香』を抱きしめる。
「ようし『静香』今晩は一緒に寝ようぜ」
「し、静香さまは一緒に寝ませんっ!」
 声を上げたのは、静香に付き添っていた悠希だ。
「いやこっちの『静香』のことだって。というかそっちとの方が俺は勿論全力で望むとこ……」
「校長。この方は白百合団として勿論全力で廃除しても構いませんよね?」
 ロザリンドが鮪の言葉を遮ってにっこりと微笑む。
「おっとぉ指が滑って泥水が掛かっちまったぁ〜。お風呂に入らないとな!」
 足で水溜りを踏んだ鮪がはっはっはっと笑い声を上げる。静香のドレスに泥水がかかっていた。
「さあ、風呂だ」
 と、手を伸ばす鮪。静香護衛の為に白百合団員が静香の前に立つ。
「だめですよ!」
 不穏な空気を察したヴァーナーが鮪の背にぎゅっと抱きついた。
「くぅ、出るところが出てないぜ。あと数年経ったら、相手してやるからな」
 鮪がヴァーナーにそう言った後、ヴァーナーを引き摺って歩こうとする。
 別に悪気があるわけじゃない。
 ただ、普通に純粋に、静香達風呂に入れたいだけで。んで、覗きたいだけで。別に悪気があるわけじゃないのだ。
「おかあさんのむねの音、とくん、とくん、おかあさんのむねの中、とくん、とくん、あんしんです〜、おやすみです〜」
 ヴァーナーは鮪を離して、眠りの竪琴を弾き子守唄を歌う。
「ん? なんか熱が冷めていくような歌だな……」
 鮪が気を取られたその隙に、百合園生達はとりあえず逃げることにした。勿論キャラは脳内でクリーニング代請求額の計算を始めながら。

 困ったように、静香達が退散する様子。頑張っているヴァーナーの様子を、少し離れた場所から見守る少年がいた。
 それから少年は、百合園生と共に、農業を手伝い、積極的に力仕事を行なっている、元、不良だった少年達に目を向けて。
 淡い、微笑みを浮かべた。
「トラ……!? 本物? なんでこんなところにいるの? 誰かのペット〜?」
 近くでは百合園の女の子数人が、荷馬車の中の檻、その中で鎖に繋がれているトラに驚きの目を向けている。
 少女が少女を呼び、頻繁に少女達はトラの見物に集まっていた。
 そんな少女達の元に、その少年――薔薇の学舎の早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が近付いていく。
「トラさん、トラさん……」
 妖精の子供が近付いて、棒の先に玉子焼きをくっつけて檻へと近付ける。
 トラ――獣人ヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)は、お腹は空いていなかったが、玉子焼きに近付いて口を開きパクリと食べて見せた。
 妖精の子供がきゃっきゃっと喜び、少女達からも驚きと喜びの声が上がっていく。
「このトラは凶暴ではないようですが、不用意に獣に近付かないようにして下さいね」
 少女達に混ざっているユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)が、武器を持っていない一般の百合園生にそう声をかけた。
「うん。寒くないかな、トラさん」
 ユニコルノの隣でそう声を発したのは、アユナ・リルミナルという少女だった。百合園生の中で、特に気掛かりな少女だった。
 課外活動中も、どこかぼーっとしていることが多い。友人達が傍にいる時はそうでもないのだけれど、ふと、1人になった時は、特に。
「ファビオ様はきっと生きていらっしゃいます。そう信じて差し上げて下さい」
 そう声をかけると、驚いたような目をアユナはユニコルノに向けた。
「う……ん」
 アユナは少しだけ笑みを浮かべて、また目をトラの方に向けた。
 その瞳が悲しげに、不安気に揺れていることをヌウは捉えた。
「……それに、倒れられたミクル様も、ご無事で学院にお戻り頂きたいと」
 ユニコルノは近付いてきた呼雪を振り仰ぎながらそう言った後、不思議そうな表情で視線を落とした。
「ただの兵器の筈の私がこんな風に思うなんて……これは回路の不調でしょうか、呼雪……」
「不調じゃないさ」
 ぽん。と、呼雪はユニコルノの頭に手を置いた。
 農園を手伝い、働く少女達。
 汗を流して、穏やかに時は過ぎていて。
 悲しい瞳の少女も、今は平穏の中にある。
 迫り来る闇の手から、彼女達を護るため。力を貸すために、呼雪はパートナー達とここにいた。
 ここにはいない、事件に関わった人々のことも、パートナー達と想いながら。