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ホワイトバレンタイン

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男の子のバレンタイン

「おそらく、これが最初で最後になるだろうな」
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)はそんな決意で、このバレンタインデーの日を迎えた。
 数日前、尋人は必死な思いで、先輩の黒崎 天音(くろさき・あまね)にお願いしてみた。
「バレンタインデーの日、一緒に過ごして欲しい」
 断られるの覚悟で、お願いしたのだが、意外にもあっさりとOKの返事を貰った。
 ただ、天音はそれで一筋縄でいくようなタイプではない。
 天音の出した条件はこうだった。
『楽しく過ごせる事』
 どこに行きたいとか何が食べたいとかではない、漠然とした要求。
 それでも尋人は大切な人と二人だけで過ごせる貴重な機会だと思って、がんばることにした。
 一方、天音はそんな尋人を少し面白そうに見ていた。
「……緊張気味に誘って来たと思ったら、決定事項になった途端甘えてくるのはちょっと面白いね。甘えられるような相手に見えるんだろうか」
 前に尋人からもらった小さな銀細工の馬蹄が二つ揺れるブレスレットにそう語りかける。
 しかし、物好きな尋人の願いを聞いてみようという気紛れを天音に起こさせたのは、尋人のがんばりだったかもしれなかった。

 考えた末に尋人が提案したのは、『馬の遠乗り』だった。
 2人は白馬を駆り、湖周辺を走った。
 乗馬を好む天音は遠乗りを気に入ったらしく、尋人はホッとした。
 お昼になると、2人は尋人が普段一人で遠乗りをする時に行っている、厩舎付きの休憩用の小屋に向かった。
 馬を休ませ、小屋の中でランチにする。
 普段、それほど料理をするほうではない尋人だが、今回は料理上手の先輩に教えてもらって作ったのでなかなかのものが出来ていた。
 冷めないボトルに入れたミネストローネをカップに注ぎ、天音に渡す。
「温かくて冬の遠乗りで冷えた体にはいいね」
 天音の言葉に尋人はうれしくなった。
 楽しく過ごせる事が天音の条件というのもあったが、やはり大切な人に楽しく過ごして欲しいという思いがあったからだ。
「こっちも良かったら」
 尋人は用意したハムや野菜のサンドイッチを渡し、一緒に先ほどの遠乗りのことや学舎での様々な出来事などを話しながら、ゆっくりとお昼を過ごした。

 食後は林の中にいる野うさぎやリスと戯れて遊んだ。
「良かったら黒崎も」
 そう言って尋人は持ってきておいた干した芋や果物を渡し、一緒に小動物を見つめた。
 ジャケットの上にリスが乗っても、天音は嫌がらず、小さな動物の動きを面白そうに眺めていた。
「ここの林には山桜や日本でもあまり見ない御衣黄の木があるんだ」
 少し奥の方を指し、尋人は天音に楽しそうに言った。
「春になったらここでお花見をしよう」
 その提案に天音は小さく笑った。
 しかし、言葉ではYESともNOとも言わず、ただ微笑みをたたえるのみだった。
 少しして、動物達と別れると、尋人は選びに選んだチョコを天音に差し出した。
「黒崎の口に合えばいいが」
 この日のために、尋人は今まで行ったこともない空京のデパートのバレンタインコーナーに行き、女子の中に混ざるのが恥ずかしく、空いた時間にとにかく手当たり次第買い込んで、もうチョコはしばらく見たくないと言うほどに、天音にあげるものを選ぶため、色々なチョコを自分で試してみたのだ。
 しかし、結局、どれがいいのか分からず、少しお酒の良い香りがするチョコを選んでみた。
 上品な青い包装のそれを天音は少し考えた後、受け取った。
 そして、尋人は受け取ってもらったことに勇気を得て、天音に想いを伝えた。
「オレにとって、女王や国王を超える、騎士として生涯仕えたい存在、それが黒崎だ。恋愛感情とか憧れよりもっと強い想いだ。目標であることは間違いない。超えられない存在かもしれないけど黒崎を追い続けたい」
 憧れよりもっと強い想いという言葉や、目標という言葉に天音は何かを言いたげな顔を一瞬したが、すぐに普段の表情に戻った。
 尋人もこれまでの付き合いがあるので、天音が、うれしいとか言って抱きしめてくれたりするはずは絶対にないと分かっている。
 というか、そんな天音が出現したら、まだ日も落ちてないのに魔族が現れたかと思ったかもしれない。
「今日のことは忘れない。つきあってくれてありがとう。OKの返事貰えたときは嬉しかった」
 尋人はそう謝意を伝え、暗くならないうちに、と馬を迎えに行って、共に学舎に帰ることにした。
(黒崎にとって楽しい一日になっただろうか)
 どうかそうでありますようにと願いながら、尋人はアルデバランを駆けさせた。