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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編
精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編 精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

リアクション

 
「家に帰り、重い家具などは固定しておけ。決して外に出るなと皆に伝えるんだ」
 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)の忠告に、彼に従事していた住人たちは一斉に反論する。
「俺はあんたに協力するって決めたんだ。最後まで付き合わせてくれ」
 一度は牙を向けた男の言葉に、イーオンは不敵な笑みを浮かべて答える。
「明日も作業は続く。休まなければ満足に働けんぞ?」
 その言葉を受けて、住人の間に納得と了解の意思が広がっていく。
「そうだったな。じゃ、また明日。あんたも美女の相手はほどほどにしておけよ!」
 冗談を口にして、住人たちはそれぞれの家へと戻っていった。

「さて、美人とは誰のことを指しているのであろうな?」
 地上を見下ろせる位置に立ったフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)が、ふと住人と交わした会話を思い返しながらイーオンに尋ねる。
「竜巻のことだろう」
「……フッ。そうか、では尚更、手早く片付けねばな」
 面白がるような笑みを浮かべて、フィーネが頭上に氷術で巨大な氷を生み出し、竜巻へ見舞う。肉薄しての戦闘を行っているセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)を始めとした者たちに当たることのないよう、狙いを定めて撃ち出す。
「積み上げたものを崩されるのは、気に入らん。かき消してくれる……!」
 足元と頭上に同時に魔法陣を組み上げ、イーオンもやはり巨大な氷を生み出し、竜巻へ見舞う。気流と気圧を乱された竜巻は一時回転を緩め、その分進行が抑えられる。
「……これはなかなかに疲れるぞ、イーオン」
「動いていないからだろう」
「フフ、言ってくれる。私とイーオン、どちらが先に倒れるか賭けてみるか?」
「どちらでもいい。……セルが戻ってくるまでは、立ち続けるさ」
「なるほど、では私もそうするとしよう。今日は不思議と氷の発現がいい、長く付き合えそうだ」
 今度は二人、同時に氷を発現させ、竜巻へ飛ばしていく。

 電撃を走らせた竜巻から、雷が強風に乗って放たれる。生徒たちへ、そして街の門へ向かうかと思われた雷は、セルウィーのかざしたシールドに道を遮られ、四方に拡散する。
(……まだ、動ける)
 雷を受け止めたセルウィーも、無傷では済まない。防御を固め、加護を纏ったその上から、全身を突き飛ばし刺し貫くような痛みをもたらしてくる。並の人間であれば、肉体より先に精神がまいってしまうだろう。
(立ち向かうことを望むなら……私は、その想いに応えるまで)
 だが、セルウィーは幾多の攻撃に耐え、生徒たちを、イナテミスを守る盾として振る舞い続けている。そうであることを望む者がいる限り、彼女は戦い続けられるだろう。
「……ハッ!」
 固めていた防御を一瞬解き、剣を構えたセルウィーが竜巻へ突進の一撃を見舞う。巨体がぐらり、と揺れ、元に戻るまでの間その場に留め置かれる形になる。そこに再び2つの氷柱が炸裂し、竜巻は大きくその身を揺らめかせた。

 自らが持つ力を惜しげもなく振るい、竜巻と対峙する生徒たち。
 そんな彼らを援護する力となるものが、イナテミスの中で生まれようとしていた。
 
「……いいわ、回路は問題なく作動している」
 自らが指導して完成させた回路の具合を確かめて、九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)が満足気な表情を浮かべる。九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )マネット・エェル( ・ )とで構築した回路は、『増幅回路』――電気電子の分野で言えば、入力信号が大きな電力の出力信号に変換されるもの――であった。
 機械は電圧を供給されることで、電流×電流×抵抗=電力を仕事として行う。同じように人間が『電圧』に相当する力――誰も定義をしていないので確証は持てないが、おそらくこれを魔力と言うのだろう――をかけることで、自然界に『電力』に相当する仕事を行うものを発生させることが魔法であるとするならば、同じ電圧でより大きな電力を発生させることが出来る(実際はそう見えるだけである)増幅回路は、魔法という分野に置き換えれば、同じ魔力でより大きな魔法を発生させることを可能とするいわば『増幅陣』となりうるはずである。
「曰く『二虎競食の計』ですわ☆」
 増幅回路は、他から電力の供給を受けなければ――回路に電圧をかけられなければ――増幅効果を発揮しない。そこで九弓たちは、イナテミスを襲っている自然現象そのものを『電力』として利用したのである。それぞれ自然界に仕事をしているのだからそれを『電力』として取り込むことは、地球上の理論が許さなくてもパラミタの理論が許すはずである。本来イナテミスに向けられていた仕事を、互いを滅するための仕事に振り分ける点では、マネットの言う遥か昔に使用されたとされる計略に通ずるものがあるだろう。
「陣の構築と維持まではしてあげる。扱いの方法は各自で考えること!」
 このように、九弓たちの構築した陣は魔法を行使する者たちに多大な恩恵をもたらすはずである。しかしながら、おそらく他の生徒たちに今のことを話したとして、一体どれだけの生徒が正しく理解出来たであろうか。九弓もあのようなことを言う始末であり――どうやら本人としては、検討した理論が正しいかどうかを検証するのが目的であって、誰かのためにというのは結果論でしかないらしい――、そもそも存在を知らないとあっては誰も利用法を思いつけないはずである。
「お兄様、今の分かりました?」
「……何やら凄い、というのだけは分かった。人間とはかくも興味深いものだ」
 たまたま九弓たちの話を耳にすることになったセイラン・サイフィード(せいらん・さいふぃーど)ケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)も、完全には理解していないようである。
「敵は強大だ。彼らの力になるというのなら、その利用法を検討しよう」
 ケイオースとセイランがしばしの間、精霊が持つ蓄積された知識を総動員して陣の利用法を検討する。
「……お兄様、これならどうでしょうか」
「……ふむ、いけそうだ。一緒に朝日を見ると約束したからな、それでいこう」
 ここに来る前に言葉を交わしたミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)のことを案じながら、ケイオースとセイランが準備に入る。
 
「闇よ、彼者と陣とを繋ぎたまえ」

 ケイオースが周囲を取り巻く闇に働きかけ、生徒たちと九弓たちの構築した増幅陣とを繋ぐ。
 
「光よ、正しき行いをする者に、鍵を与えよ」

 そこにセイランが、障害に立ち向かう正しき心を持った者たちだけが増幅陣の恩恵を受けられるよう、光の祝福を施す。これにより、自然現象そのものが増幅陣を利用して力を増すことなく、生徒たち全てが増幅陣の恩恵を受けられるようになったはずである。その効果は、多少魔法の威力が上がった、多少魔法の発動確率が上がった程度のものかもしれないが、立ち向かう生徒たちの力になったことは確かなはずである。

 ほぼ元の姿を取り戻した噴水を背に、騒然とする街の様子を前にして、神野 永太(じんの・えいた)は己のすべきことは何かと思案を巡らせていた。
 住人を避難させるべきか。
 それとも、竜巻に挑むべきか。

「わたくしは、歌を歌いたい、です」

 耳に飛び込んできた言葉に、永太は燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)へ振り向く。永太も認める戦闘力を有する機晶姫であれば、竜巻に挑むことも可能であっただろう。永太自身も、ザインと出会った当初であればおそらく、自分の指示を待たずに竜巻に突撃をかけていただろうと思っていた。
 しかしザインは、その行動を選択しなかった。
「今のわたくしだからこそ出来ることを、頑張りたいのです」
「ザイン……」
 その言葉に、永太は胸が熱くなるのを感じる。ザインの変化を、永太が認めないはずはなかった。
「好きなだけ歌え、ザイン! お前の歌なら、竜巻だって吹っ飛ばせるさ!」
「ありがとうございます、永太」
 微笑みを浮かべたザインが、ヘッドセットを装着する。永太の手が、ザインの手をそっと握る。
 吹き荒ぶ風の音も、それに混じって聞こえてくる戦いの音も、今は聞こえてこない。
 聞こえてくるのは伝えたい想い。
 ――住民達の不安を、和らげてあげたい。
 ――竜巻に立ち向かう生徒達を、勇気付けてあげたい。
 
 ――永太と一緒に、竜巻なんて、吹き飛ばしてしまおう。

 怯えるあの人にも 勇敢なあの人にも わたしは歌を届けよう
 包み込んでくれる言葉を 勇気付けてくれる言葉を
 傍にいてくれるこの人と 温もりを感じながら わたしは歌を歌おう
 言葉はきっと 力になるから

 
 竜巻がもたらす轟音に負けないザインの歌が、イナテミスに響き渡っていく。それは生徒のみならず、住人にもこの困難に立ち向かい、乗り越えるための力を与えてくれたはずである。