空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

リアクション公開中!

精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~
精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~ 精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

リアクション

 イナテミス中心部、シンボルにもなっている噴水から向かった先、縦に走る大通りと横に走る大通りが交差する場所に設けられた観覧席。
 イナテミス町長、カラム・バークレーを始め、エリザベートやアーデルハイト、五精霊のための席でもあるそこでは、シャンバラのこれからを見据える者たちが交流を図り、今後の計画のための足掛かりを得んとしていた。

「お初にお目にかかります、樹月刀真と言います……こちらはパートナーの漆髪月夜と白花です、以後お見知りおきを」
 自らのパートナーである漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)を交えた樹月 刀真(きづき・とうま)の挨拶を受けて、彼らと初対面であるカラム、それに一堂に会した精霊長が挨拶を返す。
「これ、私の友達が出している出店の商品です。宜しかったらどうぞ」
 そう言って月夜が、『デローン丼』と名付けられた、容器に入った何やら得体の知れない物体を一行の前に差し出す。
「月夜さん……それ、何か怪しい気配がするんですけど、大丈夫なんですか?」
「何だろう? 食べ物みたいだけど。牙竜達の売り上げに貢献と思って買ったんだ」
「牙竜? ……そうか、君たちは彼の知り合いなのか」
「ああ、そうだ。で、彼は何と?」
 牙竜、という名前に聞き覚えのあることを示したカラムへ、席を同じくすることになった閃崎 静麻(せんざき・しずま)が尋ねる。
「出店で使う資材置き場を確保したいと申し出て来てな。街の外、光輝の精霊の都市と闇黒の精霊の都市との間を提供した。そういえば他にも、宿屋を建てたいと言ってきた者がいたな。その者にも近くの土地を提供したが」
「ふむ……しかし、現状イナテミス中心部は堅牢な壁と門で囲われている。資材置き場なら分かるが、宿屋をそのような場所に建てて、防衛に穴が出来やしないか? ……月夜、これはシャレが通じる相手にはいいが、初対面の相手に土産として用意するにはちとハードルが高い。しまっておけ」
「そっか、残念」
 静麻が、月夜にデローン丼をしまわせ、代わりにイナテミス周辺の地図を広げて示しながら問う。彼は、同じ『アルマゲスト』のメンバーである武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が、ただ資材置き場を設けたわけではないだろうとの推測に至っていたが、それは伏せておいた。
「……僅かの間に、空京のような大都市でない、せいぜい中程度の都市であるイナテミスがこのような事態になるとは、おそらく街の誰も思いはしなかっただろう。少し前までは、農耕と少しばかりの商業で存続してきた街に過ぎなかったのだからな」
 静麻の問いにカラムは直接答えず、これまでのこと、そして自らの思いを整理するように言葉を発していく。
「最初は、突然攻め込んできた精霊に、恐れも怒りも感じた。だが、彼らはイルミンスールの者たちと手を取り、そして我々とも手を取ろうとしてくれた。自らのしたことを忘れることなく、その上で新たな関係を築こうと働きかけてくれた。……我々が過去に引き摺られて動こうとしなかった時も、彼らは積極的に動いてくれた。我々は既に十分、彼らから受け取ってきたのだ」
「……ま、やっちゃったことはちゃんと謝って、その分何かしなくちゃって思ってたから。で、これだけやったからもう十分だとかは、考えなかったわ。見返りとか求めるのっておかしいし。……今回のことは、うん、求めちゃってるよね、多分」
 カヤノの言葉に、刀真と静麻が口を開きかけて、カラムが先んじて答える。
「イナテミスの防衛計画は、ほぼ精霊に依存していると言って差し支えない。その精霊は、エリュシオンに住まう精霊との対立を憂い、イルミンスール及びザンスカールに協力を願った。そしてイルミンスールとザンスカールはイナテミスを守り、精霊と協力する傍らで、エリュシオンとの対立にイナテミスを担ぎ出そうとしている。それぞれに負うものと負わせるものが存在しているのだ」
 カラムの言葉に、カヤノを始め五精霊は反論することなく頷く。文化も物の考え方も異なるエリュシオンの精霊が、シャンバラの精霊とすぐに交流を持つとは考えにくく、攻め込まれる可能性の方が高い。そしてそうなれば、シャンバラの精霊に生き残る術はない。よって彼らは、イナテミスと『精霊指定都市』を構築することでイナテミスとイルミンスール・ザンスカール双方に益をもたらし、代わりにエリュシオンの精霊との戦争が起きた際には助けてもらうことを求めた。
「……事態は予想以上に複雑だな。これでもし、西シャンバラとの対立が深まるようなことがあれば、対応しきれなくなるかもしれんな。それに、もし精霊と人間との信頼関係が損なわれれば、イナテミスは無防備だ。そして、イナテミスが落とされれば、平原沿いに進んでヴァイシャリーとの連携を断つことも出来る。そうなればザンスカールは、孤立する」
 静麻が、地図に置いた駒をあちこちへ動かしつつ呟く。実際、ここで考えついた可能性は他でも検討されていておかしくない。以上の方針が実行に移され、そして万が一ザンスカールがエリュシオンの手に落ちれば、シャンバラを巡る攻防はシャンバラ大荒野が舞台になる。そこで行われる戦いは……どうなるか分からないとはいえ、ろくなことにはならないだろう。
「今やイナテミスにとって、精霊と人間とが共に歩むことは必須。二つの手が離れるようなことがあれば、その時おそらく……地図から我々の街が消えているであろう。では、手を離さぬために我々に出来ることは何か……私はずっと考えていた。そして、一つの結論に至った」
「……町長、あなた方は既に私たちに十分尽くしてくれている。これ以上何をすると言うのか」
 カヤノに代わって出てきたサラ、セイランそしてケイオースへ、カラムがはっきりとした口調で告げる。

「イナテミスを囲っている壁、そして門を、精霊祭最後の日に全て取り払う。
 ……手が二つあるから離れるのだ。ならば、一つにしてしまえばよい」

「町長、それは――」
 反論しかける五精霊を制して、カラムが告げる。
「これが、我々の覚悟であり意志なのだ。精霊と共に歩むことを決めた我々の、な」
 押し黙る五精霊から視線を外して、カラムが刀真たちと静麻に向き直る。
「これが、イナテミスの現状だ。説明しきれていない部分があるかもしれないが、そこは私の力不足だ、申し訳ない。……君たちは西シャンバラの者と聞いた。エリュシオンとは……戦うのか」
「……俺達は必ず、エリュシオン帝国からジークリンデを取り戻します。その過程で戦う必要があるのならば」
「私達はエリュシオン帝国の敵として動きます。何らかの事情で貴方達が動けなくても」
「……東西に分かたれた国について、どう考えるか」
「今のシャンバラの姿を見れば、アムリアナ様はきっと悲しまれます。すぐには難しいかもしれませんが……いつか皆が手を取り合い東西という垣根をなくし、一つにシャンバラがまとまることを私は望みます」
 カラムの問いに、刀真と月夜、白花が答えていく。
「町長、彼らにイナテミスでの活動拠点を与えてやってはどうかの? 無論、表向きにはそうと分からぬように細工を施してな。土地さえ提供してくれれば、後はこちらで手配しよう。……というより、既に一つ手をつけてしまっておるがの」
 それまで黙って話を聞いていたアーデルハイトの言葉に、カラムが振り返り、静麻が言葉をかける。
「ババ様、牙竜のこと知ってたのか」
「ババ様言うな。……私とて、無闇に対立を広げるつもりは毛頭ない。西シャンバラ有数の勢力の一つと繋がりを持っておくことは、この街にとっても有益をもたらすはずじゃ」
「では、その件につきましてはアーデルハイト様にお任せいたします」
 カラムに頷いて、アーデルハイトが刀真と静麻に視線を向ける。
「イルミンスールと蒼空、両者が事を荒立てなければ、東シャンバラと西シャンバラの対立へはそうそう向かわんじゃろ。……エリザベート、分かっておろうな? 軽々しく環菜にケンカを売るでないぞ」
「わ、分かってますよぅ!」
 エリザベートの回答を聞き、アーデルハイトがもし、イルミンスールやイナテミスが行動不能に陥った際の打開策を彼らと話し合う。それらの情報は、今頃精霊祭へ屋台を提供している者たちにも伝わっていることだろう――。

 町長と精霊が席を外し、その場には代わりにリンネとフィリップがやって来る。
「はぁぅ〜……賑やかなのはいいことだけど、疲れちゃったよ〜」
「リンネせん……さん、大丈夫?」
 あちこち案内して、精霊のことなどを一通り教えたリンネは、疲れた様子でエリザベートとアーデルハイトが腰を下ろしている席の近くに腰を下ろす。
「あなたも座ったらどうですかぁ?」
「えっ、いや、そんな……御両方と肩を並べる位置になんて、恐れ多くて座れませんよ」
「今は祭の場、そこまでとやかく言わんよ。……リンネはもう少し、遠慮を知るべきじゃがの」
「すぅ……すぅ……」
「わっ! リンネさん寝ちゃってる……よく寝られるなあ」
 魔法学校校長と『ミスティルティン騎士団』開祖の隣で寝息を立てるリンネの剛胆ぶりに、フィリップは驚きと尊敬の念を抱く他なかった。
「あっ、いたいた。大ババ様〜」
「大ババ様、『シャンバラ山羊のミルクアイス』持って来たよ! これあげるからエリュシオン帝国について色々教えて〜!」
 そこへ、秋月 葵(あきづき・あおい)カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がアーデルハイトの姿を見つけて手を振り、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が少し呆れた様子で二人を背後から見守っていた。
「こりゃ、大ババ様と呼ぶでないと……まあ、アイスに免じて許してやろう。待っておれ、今そちらに行く。……フィリップ、おまえも来るかの? おまえはまだ新入生、知っておくべきことは色々あると思うぞ」
「あっ、は、はい! ご教授よろしくお願いします!」
「そう固くならんでもよい。祭の雰囲気を楽しみつつ聞くがよい。エリザベート、行くぞ」
「はいですぅ。リンネはどうしますかぁ?」
「……まぁ、疲れとるようじゃ。少し眠らせておけ。じきに彼らも戻るじゃろ」
 そして、アーデルハイトとエリザベートが、フィリップを連れて葵とカレンの下へ行き、通りへと向かっていく。
「すぅ……すぅ……」
 一人残される形になったリンネが、安らかな寝息を立てている――。