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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

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chapter.12 蒼空学園(2)・提案 


 蒼空学園校長室。
 調査組からの連絡を受けた涼司は、失踪者のデータをまとめていた。
「今日行方が分からなくなったのは……蒼天の巫女夜魅、滝宮沙織、アズミラ・フォースター、秋葉 つかさの4名か」
 ぎり……と唇を噛み締める。
 自分では、蒼空学園を守りきれないのだろうか。
 そんな不安が、涼司の心から湧き上がってくる。その最中、校長室に入ってきたのはセルマ・アリス(せるま・ありす)だった。
「失礼します。校長、ちょっと見てもらいたいものがあります」
「悪いが今忙しいんだ。後でも……」
「いえ、今後の学園を変えるかもしれないことなので、少しだけお時間をください」
 多忙を承知で来たセルマに固い意志を感じ、涼司はパソコンを触っていた手を止めた。
「……なんだ?」
 自分の方を振り向いた涼司に、セルマはふたつのものを渡した。
「これを、受け取ってほしいんです」
 ひとつは、アクリトが見たものと同じようなアンケート用紙の束、そしてもうひとつはメモリーカードだった。
「お邪魔してしまってすいません。これで俺の用件は終わりです……あ、それと最後にもうひとつ」
「?」
「校長、素肌に上着は止めた方がいいです。失礼しまし」
「用事が終わったらさっさと出てけよ!」
 今のファッションがよほど不評なのを気にしたのか、苛立った様子でセルマを追い返す涼司。しかししっかりと、受け取るものは受け取っていた。
「……で、なんだよこれ」
 涼司がアンケート用紙の束を見る。そこには、セルマ、そしてアクリトのところを訪ねた正悟やセシルらによってつくられた、蒼空学園用のアンケート結果が整然とまとめられていた。
「こんなの、いつの間にやってたんだ!?」
 驚きを隠せない涼司。彼がそう思うのも無理はない。これは、朝から既に仕込まれたいたことだったのだ。
 時間は少し巻き戻る。

「お願いします、大事な意識調査アンケートなんです。ぜひ皆さんに配ってください」
 授業前の職員室。セルマは机の間を縫うように、先生にそう触れ回っていた。
「エリィからもお願いですっ! どうかセルマさんの頼みを聞いてあげてください!」
 そのすぐ近くでは、セシルのパートナー、エリティエール・サラ・リリト(えりてぃえーる・さらりりと)が一生懸命セルマの補助をしていた。
「いやー、それにしてもエリィ、綺麗に主観的視点でアンケートをつくれたねえ。さすが名家の当主様だね」
 同じくセシルのパートナー、水晶 六花(みあき・りっか)がアンケートを見ながらエリィに話しかける。ちなみにアンケート項目には、こう書かれていた。

『1.校長としての山葉をどう思いますか

2.アクリトが山葉に代わって校長就任するとしたら、どうしますか

3.今の蒼学の満足度を5段階で表した場合は?(1→不満 5→満足)

4.蒼学のため、あなたが出来ること、やろうと思うことは何ですか

5.ご意見・ご要望その他、ご自由にご記入下さい。』

「これくらい、朝飯前ですっ。それよりセルマさんがおひとりで大変なので、エリィたちも配布のお願いに回りましょう!」
「そうだね、アクリトに直談判するために、必要なことだもんね!」
 六花が意気込む。が、言い出しっぺのエリティエールは配布申請もそこそこに、セルマの周りをうろうろとしている。
「セルマ様、お疲れ様です! これ、良かったらどうぞ!」
 なぜかこのタイミングで、ぬいぐるみの詰め合わせをプレゼントするエリティエール。普通の男なら困った反応をするところだが、セルマの趣味と一致していたらしく、彼はそれをありがたく受け取っていた。
「エリィー、後にしようよー!」
 当然そのやり取りは六花に発見され、慌ててふたりはアンケート協力のお願いを続けた。
 そうして無事アンケートを配ってもらうことに成功したセルマたちは、放課後それを回収し、涼司に届けに来たというわけである。セシルがアクリトに見せたのは、これのコピーであろう。
 さらにこの時、正悟のパートナーのゼファー・ラジエル(ぜふぁー・らじえる)は、正悟の書いた論文のデータをメモリーカードにコピーし、セルマに渡していた。
「ご主人様には後で怒られてしまうかもしれないけど……」
 どうしても、その内容を伝えたかったのだろう。ゼファーは「山葉のメガネさんに渡してください」とセルマに頼んだのだった。
 それが、セルマがアンケートと共に渡したメモリーカードの中身である。

 セルマがいなくなった校長室で、涼司はアンケートを見つめた。
 そこには厳しいことも書いてあった半面、彼をフォローする内容もしっかりと記入されていた。それを見た涼司は、先ほどの不安が少し和らいだ気がした。
 そこに、さらに彼を後押しするべく桐生 ひな(きりゅう・ひな)風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)がやってきた。
「山葉さん、今日はひとつ提案があって来ました」
 まず話しかけたのは、優斗の方だった。
「今の山葉さんは、はたから見ていても大変だということが分かります。どうにかその負担を減らしたい、そう思って考えたのが、新生徒会の発足です」
「新生徒会?」
「はい、今までよりもっと学内のサポートに携わることが出来て、校長を支えることが出来るような……そんな機関を設けてはどうかと思ったんです」
 優斗は、環菜がいなくなって、体制が変わってからずっと思っていた。
 環菜前校長の時は環菜先輩が「校長兼生徒会長」ということでを完全に権限を集中させて学園を運営していたが、環菜先輩が復帰するまでは校長と生徒会長の職務を分離させた方が良いのではないか、と。
そうすれば山葉さんの負荷を軽減しつつ、学園にとって信頼のおける人物を学園運営に携わらせ学ばせることで今後の蒼空学園運営に役立つ人材が育つのではないかと判断したためだ。
「それは、俺に生徒会長を辞任しろ、ってことか?」
「そう捉えちゃいましたか……何というか、物は言い様と言いますか、考え方次第と言いますか……」
 しばらく言葉を選びあぐねていた優斗だったが、どうにかそれが頭の中でまとまったのか、彼は涼司へ穏やかに告げた。
「……環菜先輩は環菜先輩、山葉さんは山葉さん、人にはそれぞれの得手不得手、特徴がありますから。僕は山葉現校長ひとりで環菜先輩と同じように蒼空学園を運営できることを求めたりはしませんよ。必要な時に必要な人の力を借りて状況を改善できる……そういったことが、今後必要になると思ったんです」
 おそらく優斗のその言葉には、「アクリト校長がたとえどう接してきても、自分たちのことは自分たちで責任を持って治める」という決意も込められている。涼司もそれを察したのか、優斗の提案を無下に断りはしなかった。
「……分かった。環菜が戻ってくるまでの臨時機関になるだろうが、新生徒会を発足させよう」
「本当ですか!」
「ああ。今日はもう遅いから、また日を改めて準備して実行してくれ」
「山葉さん、ありがとうございます」
 深く礼をし、早速準備のため退室した優斗。次は、ひなが提案を持ちかける番だった。
「私も蒼空学園のために、色々と考えてきたのですっ」
 明るい口調でひなが言った。声の調子こそこのような感じだが、彼女は彼女なりにこの学校の現状に対して思うところがあるようだった。
「蒼学って校風的な所も相成ってか、良い意味でスタンダードですよね〜。学生生活とかも他校より標準的ですから、各々が多種多様に満喫してると思うんですー」
「まあ、そうっちゃそうだな」
「でも! でもですねー」
「何だ? それに何か問題があるのか?」
「その反面、学校単位の団結力となると、他校に及ばない一面が有るのは否めませんっ。今のままが悪い訳では無いのですが〜、皆で一丸とならないといけない場面も少なくないですよねー?」
「俺は団結力がそんなにないとは思わないが、確かに全員で協力して何かをやる、ってことはこれからもどんどん出てくるだろうな」
「そーこーでっ。私から提案なのですよー」
 ひなはそこまでを話すと、ぴっ、と人差し指を立てた。
「まず提案その1として、催し物の開催なんかどうでしょう〜」
「催し物……?」
「ほらっ、学園のイベントって大事じゃないですか? クイズ大会とか、オリエンテーリングとか、校長追いかけっことか……とにかく身体を張って、頭も使って、一丸となることで学校が活性化するのです〜」
「いやっ、ちょっと待てっ、他のはいいが校長追いかけっこって……」
「そして、提案その2としてー」
 中指も立てピースサインをつくり、ひなが話をマイペースに続ける。
「熱血度の向上ですっ」
「どういうことをやるんだ……?」
 一応話だけは聞こうという姿勢を見せる涼司。ひなは具体的にその方法について語りだした。
「簡単に言うとですね〜、山葉の本気を魅せ付ける必要が有るということですっ。校長の立場は甘くないのは重々承知だと思いますけどー……。山葉がどれだけの意思を持って、今の立場にいるのかを強調すべきなのです〜。蒼学生たちに熱く語りかける機会を設けて、ボルテージを上げていきましょー」
「そ、それは講演会でも開けってことか?」
「おおっ、講演会、いいですねー。響きだけでボルテージが上がってきませんか〜?」
 ひなの提案は、理論的に言ってしまえば現状をはっきりと改善できるものではないかもしれない。それでも、その少しへんてこりんな彼女の提案は、案件が立て込んでどこかギスギスしていた涼司の中に、風を吹かせた。
「私が出来ることがあれば、その荷を少し持たせてほしいですね〜。だって、同じ学園の仲間じゃないですかっ。」
 ちょっとだけ照れくさそうに、ひなが言う。その言葉がまた涼司に、活力を与えた。
「……サンキューな」
 涼司はそう礼を言うと、「講演会も、いつかしてみたいな」と冗談交じりに答えたのだった。