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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

リアクション


第十曲 〜Fragment〜


 作戦開始前、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)はPASDのアレン・マックスと合流した。
「この三日間で、東シャンバラには何か動きはあった?」
 ロザリンドはヴァイシャリー周辺での出来事を告げる。
「傭兵募集の話が向こうでは広がっています。それと、鏖殺寺院のイアン・サールという人物が東シャンバラへの協力を確約しました」
「イアン・サール? ああ、アフリカではちょっとした有名人だよ」
 鏖殺寺院のメンバーだということをアレンは知らなかったらしいが、地球では影響力を持っている人間の一人らしい。
 ちょうどそこへ、パラミタ内海に向かっている者から連絡が入った。
『はい……こちらから天御柱学院のイコン部隊へ連絡致します』
 海上要塞の周囲に敵のイコン部隊が展開されている、ということだった。
 すでにこちらを迎え撃つ準備は整っているらしい。
「PASDに協力要請が来たのがつい昨日。防衛陣を張っているってことは、こちらの作戦を知っていた可能性が高い。それに、傭兵募集や鏖殺寺院が直接接触してきたこと……偶然にしては出来すぎてるな」
 情報がどこからか漏れている。
 そう考えるのが自然だ。
「アレンさん、これを」
 ロザリンドが一枚のメモを渡す。今回もまた、彼に調べて貰いたいことをまとめていたのだ。
「なるほど……今から並行して調べるよ。一つはもう推測出来るけどね」
 それは、今回の傭兵についてだった。
「雇っているのは、表向きは鏖殺寺院だよ。だけど、ベトナムの状況とかも考えると、バックには国家がついている可能性もある。そうでなくとも、資産家や大企業がいるのは間違いない。もっとも、寺院に脅されているのか、寺院を利用しているのかはまだ分からないけどね」


(・出撃)


 天御柱学院。
 超能力部隊はイコン部隊に先んじてパラミタ内海へ向かうことになっている。
「アイビス、脚はどう?」
「まだ行動可能になるまでに時間がかかるとのことです」
 榊 朝斗(さかき・あさと)は出撃前、戦いで負傷したアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)の元を訪れていた。
 プラント内部での戦いで、彼女は片脚を大破させられている。
 見た目には直っているようだったが、パーツを一から全部組み直したらしく、馴染むまでは戦闘は難しいようだ。
 確認し終えると、朝斗は要塞攻略に向かう旨を伝える。
「敵が存在し、攻撃行動に移ったのが確認された際、必ず排除は行うべきだと考えられます。例え戦力を削いだとしても前回のように自爆行動を取ることだってあります。
 あなたの持つ考え……甘さというべきでしょうか? それは棄てるべきだと思います」
 パートナーとの別れ際のその言葉で、朝斗の迷いは一層強いものとなった。
「僕は……間違っているのかな……。敵だとしても、戦争だとしても……僕は彼らを救ってあげたい……」
 救いとは何か。
 その答えは出ていない。だが、「死」ではないと朝斗は信じている。
 彼の呟きに答えるように、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が静かに声を発した。
「これだけ言っておくわね……全てを背負い込まないで。例え自分から迷ったとしても、私は朝斗のこと信じてるから……」
 気負い過ぎると、朝斗の心がもたないだろう。
 戦いの傷というのは、年頃の少年少女の心に深く突き刺さるものだ。
 事実、それに耐え切れなくなってしまった者だっているのだから。

* * *


 イコンハンガー。
 最終調整を終え、出撃準備に入る。
 聡や翔達も同様だが、その顔には陰りがあった。まだどこかもやもやとしたものを拭い去れないでいるらしい。
 もっとも、それを悟らせないように、すぐに表情を作っていたが。
「大丈夫ですか?」
 シフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)はその一瞬の表情を見ていた。
「急にどうした? 俺は大丈夫だぜ」
「……いえ、思いつめているように見えたもので。
 やはり偵察部隊のこと、ですか?」
 図星、といったところだろう。この山葉 聡という男は他人を誤魔化すのが苦手らしい。
「仲間を信じ、そう判断した自分を信じる。私は、そうやって戦場を渡ってきました。あなたの役に立つかは分かりませんが……信じて、みて下さい」
「信じる、か」
 聡は何かを決心したようだった。
 軽く手を振り、彼はコームラントの方へと向かっていく。
「ミネシア、出撃しますよ! 誰も欠けることなく、帰ってきましょう!」
 ミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)と共に、機体に乗り込んだ。
 そのようなやり取りが視界に入ってきた藤堂 裄人(とうどう・ゆきと)は、聡や翔が前日に「戦う目的」について話していたらしいことを思い出したらしい。
「オレの場合は、もちろん死にたくはない。生き残るために強くなりたい。今はイコンのエースパイロットになることしか頭にない。でないと何も始まらない。
 ベトナムの仲間だって……今のオレでは、助けに行っても何も出来ない……」
 サイファス・ロークライド(さいふぁす・ろーくらいど)に、独りごちるように呟く。
「もう少し相手のことを分析して戦略を話し合える時間があればいいですが……状況は厳しいですね」
 敵が弱っていたとしても、おそらくは強いことを三日前の戦いに出撃した者達は感じ取っている。
 二人もイコンの出撃準備に入った。
 一方の翔も声を掛けられていた。
「辻永君」
 綺雲 菜織(あやくも・なおり)だ。
「今度は彼らの司令官――カミロが出てくるかもしれん。迷っているのなら、ぶつけるのも一興かもしれぬよ」
 カミロ、という名を聞き、翔は真剣な顔をした。
 もし遭遇すればこれで三度目。今度こそは、という思いがあるのだろう。
「ま、必要なら声を掛けてくれればいい。道を作る位はやってみよう」
 菜織と翔達の部隊は異なるが、それでも多少のフォローなら出来るはずだ。
「戦場でしか見えないものもある、か……誰に言ってるのやら」
 翔が離れたところで、ふと彼女は呟いた。
 その戦場で戦う意味を、自らも噛み締めながら。

「ベトナムで死んだ人、かわいそうですねぇ。生きていれば、一緒に今回も出撃出来たかもしれないのに」
 橘 早苗(たちばな・さなえ)が呟いた。
「別に?」
 しかし、葛葉 杏(くずのは・あん)の反応はそっけなかった。
「そっけないですね、オリガさんて杏さんのライバルじゃなかったんですかぁ?」
「ライバルと言っても、私が一方的にライバル視してるだけよ」
 どこかドライな物言いだ。
 これから戦地に赴くのだから、感傷に浸っている場合ではない。だが、杏が一見冷たく見える態度なのには理由がある。
「ほら、行くわよ早苗。そのライバルさんが『戻ってくる』前に戦果を上げないといけないんだから」
 早苗を促し、彼女達もイコンに搭乗する。
 杏はベトナムで消えた人達が死んだとは微塵も思っていないのだ。

 ベトナムの一件が生徒に与えた影響は大きかった。
 水鏡 和葉(みかがみ・かずは)はどこか浮かない顔をしたまま、自らの搭乗する機体に向かっている。
 その様子を心配してか、神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)が活を入れる。
「しっかりとしなさいっ! 和葉の不調でチームを聞きに陥らせる気ですかっ!」
「緋翠……分かってる、今は頑張ってくる」
 首を緩く縦に振る和葉。
 釈然としないのは、学院が消息を絶ったベトナムの偵察部隊の安否確認をしようともせず、『全員死亡』としたからだ。
 それだけでなく、プラント戦からほとんど時間を空けずに急襲作戦を決定したことにも疑問を抱かざるを得ない。
「機体の方は調整完了です」
 和葉を機体まで送り出したところで、こっそりとルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)に耳打ちする。
「ルアーク……和葉のこと、しっかりと頼みましたよ」
 ここに残る以外の選択肢がないために、ルアークに出撃後のことを託す。
「それから、今回はルアークが攻撃手を担って下さい。和葉に、人の命を奪わせるのは忍びないですから。いつか通る道だとしても……出来る限り先延ばしにしてやりたい。少なくとも、今はまだそのときではありません」
「了解。今の和葉じゃ、どのみち冷静な判断も出来ないだろうからね。にしても、随分と過保護だよね」
「過保護で結構。過保護の何が悪いんですか?」
 その言葉に、ルアークは微笑を浮かべた。
 そして、和葉に続いて機体へと移動する。
 和葉とは反対に、祠堂 朱音(しどう・あかね)はもう覚悟を決めているようであった。
「戦いを終わらせて、早くベトナムのみんなを助けに行くんだ……!」
 静かに独りごちた。
 彼女は前もって研究所に根回しを行い、ベトナムでの出来事に関する情報を多く集めていた。
 圧倒的な実力。しかし、それを知ってもなお、彼女は同じ学院の仲間が無事だと信じている。
 死体が見つかったとかでもない限り、そこにわずかでも可能性があるのなら、それを信じたい。
「朱音、決意を固めるのはいいが……無理はするなよ」
 ジェラール・バリエ(じぇらーる・ばりえ)が彼女を案じるように言った。
 搭乗前に鎧形態となった彼を、朱音が装備する。
 もう一人のパートナーであるシルフィーナ・ルクサーヌ(しぃるふぃーな・るくさーぬ)と共に、出撃準備に入った。

「グリップの握り具合はどう? 違和感はない?」
 十七夜 リオ(かなき・りお)フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)はコックピットに入り、感触を確かめる。
 三日前と同じ機体、ダークウィスパー小隊として出撃したときと同じイーグリットだ。
「うん……大丈夫」
 十分に馴染んでいる。
 すぐに自分達の実力が格段に上がるわけではない。
 だが、敵の指揮官の言葉を思い出し、意思を固める――自分がなぜ戦うのかを、その想いを。
 
* * *


「アルー、やばかった部分は全部直したぎゃ!」
「ありがとうございます。さすがに二機分のミサイルポッドは積めませんでしたか」
 アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)から整備状況の確認を行った。
 追加武装は実弾式の機関銃。これもまた、前の戦いと同じだ。
 ミサイルポッドの弾数を増やすために、二機分載せようとしたが、機体構造上無理なようだ。
 コームラントといえど、それだけの荷重だと機動力が落ちる以前に、飛べなくなってしまう。
「あとは最終調整だけお願いします」
 念のため、夜鷹に機体確認を行ってもらう。
「マスター、デルタ小隊の作戦を確認いたしませんと……」
 六連 すばる(むづら・すばる)が、事前に決めていた作戦について復唱する。
「我々が狙うのはシュメッターリングの分断ですね。チョウチョを剥ぎ取り、ハエを丸裸にする。前回と同じように、敵の射程圏内ギリギリに位置取り、ミサイルか機関銃で牽制。その後、チョウチョの引き剥がしにかかり、片っ端から撃墜していく――という流れでよろしいでしょうか?」
「はい。大丈夫そうですね」
 すばると話終わったタイミングで、ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)がアルテッツァのところにやって来た。
「ゾディ、あんたの予想は外れたみたいね。命令違反してベトナムに、勝手に出撃する子はいなかったわけだし」
「まだそうとは言い切れませんがね」
「いたら、止める気?」
「これでも教員ですから。立場上は、止めますよ。それに、ボクはこう思っています。戦闘に意味があろうがなかろうが、それは関係ありません」
 どこか冷ややかな口調で呟く。
「意味を見出して、そのために戦おうというのは若い人には有効でしょう。しかし、死にかかったことのあるボクに言わせれば、そんなのは茶番です……生きていなければ、何も始まらないんですよ」
 ベトナムで犠牲になった者達には、その「意味」があったのだろう。そんな彼らのために戦おうという者だって、今の学院にはいるはずだ。
「正義のために命を落とす、報復のために相手と刺し違える、どちらも物語としては美しいでしょう。でも、死んでしまってはそれ以上は出来ないんですよ。
 何時の世も、生き残ったものが正義として崇められ、存在するわけです……そう、その存在が『正義』であれ、『悪』であれ、ね」
 アルテッツァは過去を思い出すように、自らの左鎖骨下にある『傷』に触れた。
 自己犠牲など、所詮は幻想に過ぎない。自分達の正しさを証明するには、生き残り続けることが何よりも重要だと言わんばかりに。
「おお怖い。アンタがそんなことを言うと正しく聞こえそうだから、可笑しいわよね。
 やっぱりあれかしら? アンタが後衛を望むのは、少しでも自分が生き残る確率を上げたるため、だったりするわけぇ?」
「……どう捉えても構いませんよ、ヴェル。さあ、出撃(じかん)です」
 アルテッツァはすばると合流し、機体に乗り込んだ。


「機体の調子はどうだ? 大丈夫そうか?」
 佐野 誠一(さの・せいいち)は、翔や聡達に確認をとる。
 彼らの機体の最終調整までを、誠一が行っていた。
「ああ、大丈夫だ」
「特に問題はない」
 翔、アリサからの返事がある。続いて、聡とサクラからも返ってきた。
「そうそう、これは昨日言ってなかったことだけどな」
 誠一が出撃する彼らの緊張をほぐそうと、冗談めかしたことを言う。
「この前見たロボットアニメじゃ、『一人一人ではただの火でも二人合わせれば炎になる』とか、『三つの心が一つになれば百万パワー』だとか、『足りない実力は勇気で補え』とか言ってたぜ。事実は小説よりも奇なりっつーし、コンビとかパートナーでなく二人合わせて一人前位の気持ちでやってみたらどうだ? っと、機体も合わせて三人合わせて一人前、の方がいいか」
 そういった心構えが、案外必要なのかもしれない。
「それじゃ、絶対生きて帰って来いよ!」
 誠一は翔達を送り出した。
 今度こそは、無事に帰還してくれることを信じて。