校長室
冥界急行ナラカエクスプレス(第3回/全3回)
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第4章 走り出した象はなんびとにも止められない(2) 「魔法少女ストレイ☆ソア、華麗に参上です!」 ババーン……と変身を決めたソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)がカレー屋をバックに決めポーズ。 ありのままに今起こったことを書いてみた。何が起こってるのかわからねーと思うが筆者にもわからねぇ。 ガネーシャを始め、ナラカ壱番屋にいる客全員も石像のように固まってしまってる。 「そ……、そんな可哀想な人を見る目で見つめないでください。私はガネーシャさんにお話があってきたんです」 「余にか?」 怪訝な顔で聞き返す。 「そうです。ガネーシャさん、『ナラカレー』の開発に協力してもらえませんか?」 「鹿肉でも入っておるのか?」 「それは奈良です。『これぞナラカのカレー!』と言う一品をガネーシャさんとカレー屋さんで協力して作って欲しいんです。シャンバラで有名なのは乙王朝の『乙カレー』くらいですし、是非ナラカのカレーを地上へ伝えたいんです」 カレー大好きガネーシャさんなら、きっとこの話題には乗ってくるはず。 きらりんと目を輝かせるソア。 しかし……。 「なんでそんなもんに余が協力せねばならんのだ?」 反応は冷ややかだった。 「極上のカレーは余の周りにあればそれでよい。なにもわざわざ現世の連中におしえる義理も必要もない」 「え、えっとその……」 「そもそもナンバーワンのカレーを作ろうという考えが気に食わん」 「どうしてです? ガネーシャさんも最高のカレーを食べたいでしょう?」 「わかっとらんな。何がベストかなどその日の気分で変わる。インドカレーの気分の時もあれば、欧風カレーの時もある。全てのカレーはベストになる瞬間を持っておるのだ。ナンバーワンなどない。皆、もともと特別なオンリーワンだ」 ソアはガックリとうなだれる。 暴君もカレーに対してだけは名君のような振る舞いをするらしい。 「現世人は大人しくその乙カレーとやらで我慢しておるがよい。所詮、ナラカのカレーには及ばんと思うがな」 「そいつは聞き捨てならねぇな!」 パラミタ美食倶楽部の一員雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が言った。 「やれやれ、乙カレーの味を知らないようじゃ、あんたのカレー好きも怪しいもんだ」 「な、なにぃ……? どういう意味だ、士郎……じゃなかった熊夫!」 「どっちも違え!」 ベアはくるりと踵を返す。 「また明日ここに来てください、本物のカレーをご覧に入れますよ」 と言いつつも、装備欄に持ってたのですぐさまご覧に入れた。言ってみたかっただけのようである。 出された乙カレーは見た感じ普通のカレーだった。 「激辛だが、パラミタトウモロコシをたくさん使ってて俺様好みの味だぜ」 「ふむ……、実にシンプルなカレーだ。ただ味付けは実に繊細に行われている。辛さの中にも旨味がある……」 「ちなみにそいつはキャラクエで出回って広く一般に普及してるぜ。今やカレーと言えば乙カレー。ナラカのカレーなんざ誰も知らねぇ。いいのかい、井の中の蛙で。こんな都市を牛耳る覇王の癖に、カレーじゃ勝負出来ないってか」 「なんだと……!」 「おまえは自分の好きなもので負けるのが怖いんだ!」 「ぬ、ぬううう……! ほざいたな熊夫……!」 「だから熊夫じゃねぇ!」 「いいだろう。作ってやろうではないか、そのナラカレーとやらを!」 ソアとベアは顔を見合わせ、ガッツポーズ。 「ああ、作ってやるとも! 後日会議を開く!」 「ご、後日……?」 ソアとベアは顔を見合わせる。足止めにならねぇ……。 「あの、ガネーシャさん。善は急げって言いますよ。すぐに会議を始めましょう」 「そ、そうだぜ。俺様たち今日の便で現世に帰っちまうし……」 「知ったことか! 余だってやることがいっぱいある! そう言う大事なことは憂いを払ってからでないと進まん!」 ガネーシャの抱える憂い……、即ち。 「ガルーダだ!」 ◇◇◇ 再びドス黒い憎悪に身を委ねるガネーシャ。 レビテートで浮遊状態になり、いざチャンドラマハル……と言うところで、突然のラリアットが進呈された。 どっふー! と奇声を上げて巨体がゴロゴロ転がる。 「き、き、貴様ァ! 出会い頭になんたるなーんたる無礼千万ッ!」 「まあそう怒らないでおくれよ。俺ともちょいとお話しましょうや、ガネーシャさん」 長い前髪を垂らして希代のロクデナシ東條 カガチ(とうじょう・かがち)が言う。 飄々とするカガチだが、そんな世渡り上手なスマイルで誤摩化されるほど冥界の王は甘くない。むんずとサイコキネシスで胸ぐらを掴まれると、ドスンドスンと練ったうどんをまな板に叩き付けるように地面に叩き付けられた。 ドバドバ鼻血を流しつつ、カガチは平謝り。 「すんません。なんかすんません。軽いおちゃっぴぃだったんです。ケンカ売る気なんてないんです」 ジャンピング土下座と共にみかんを奉納してなんとか機嫌を直してもらえた。 「余は忙しいのだ。用件は手短に済ませろ」 「簡単な話し、ガルーダのことだよ」 テッシュを鼻に詰めながら、性懲りもなく、馴れ馴れしく話しかける。 またうどん(ガネーシャ式の袋だたきの隠語)にされる日も遠からず来るに違いない。 「いやーわかるよぉ憎いよねぇむかっ腹立っちゃうよねぇ今すぐブチのめしてやりたいよねぇ」 「当たり前だ」 「でもさ、考えてもみなよ。向こうは新しい身体手に入れてぶいぶい言わせてる。対してあんたどうよ、あいつにとっ捕まって刺身タンポポで鈍ってねぇか。幾ら拮抗する実力っつっても、今はちいっと辛いんじゃねえかなぁ」 「貴様らに心配される筋合いなどない」 「それによしんば勝てたとしても、ルミーナさんたら天使の中の天使マジ天使だし、その体に下手に傷でもつけようものなら、ガルーダに続いてフクロにされかねねぇ……って、あ、ちょっと待って、うどんは待って……」 ふーふーと鼻息荒くサイコ胸ぐらをするガネーシャさんである。 「まあ、落ち着きたまえ」 東條 葵(とうじょう・あおい)が酒瓶片手に話しかける。 「要は我々との協調も考えて欲しいと言うことだ。我々の目的は長である御神楽及びルミーナの確保、ナラカをどうこうしようと言う気はないよ。その為にガルーダをどうにかしたい我々とガルーダを討ちたい貴方との利害は一致する。自分らの目的が達成出来れば後は貴方達に任せる、少しばかり協力をして貰えないか。王の懐の深さを見せてくれ」 「そうそう。どうせなら、めっこめこにされてルミーナさんから追い出されたところを狙った方がいいでしょうよ」 顔をしかめるガネーシャに、葵は盃に酒を注いで渡す。 「ふん、貴様らに同調する義理などない。余は余のやりたいようにガルーダを殺す」 ぐびびと一気に飲み干して、サイコキネシスで盃を葵の元に返した。 この調子では説得は出来ないだろう。自らに忠実であることをガネーシャは良しとする。その前には合理性や損得勘定など差し挟む余地もない。それこそが悠久の時をナラカで過ごし、彼が到達した一つの真理なのである。 これ以上余計なことを言うと、殺されそうなので二人は黙った。 ただ、一言、葵は去りゆくガネーシャに背に声をかける。 「慌ただしくなってしまったが、ナラカに落ちた際には是非またゆっくり酒を酌み交わそう」 ガネーシャはちらりと振り返った。 「よかろう。その酒の礼だ、余のとっておきの酒を振る舞ってしんぜよう」