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冥界急行ナラカエクスプレス(第3回/全3回)

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冥界急行ナラカエクスプレス(第3回/全3回)
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第2章 天と地を繋ぐところ



 チャンドラマハルの続きを語る前に、こちらの挿話を語る必要がある。
 救出隊が激しい戦いを繰り広げるその頃、遠く離れた湿地帯に佇む電波塔でも物語が始まっていた。
 電波塔の膝元に、作業服を着た電波塔整備の死人達が数人並んでいる。
 その前で地に頭を擦り付けて土下座しているのは馬鹿正直な正義漢青葉 旭(あおば・あきら)だった。
「頼む。半日でいいから電波塔を停止させてくれ。この通りだ」
「頭を下げられても無理なもんは無理でごわす」
 かれこれ30分、湿地のベチャベチャした地面に顔を埋める彼に整備員達も困り顔である。
「ナラカの明日がちょっとだけ変わるかもしれないんだ。だから、協力して欲しい」
「頑固な奴でごわすなぁ……」
 整備主任らしき、角界の香りする大男が肩をすくめる。
 無茶な頼みなのはわかっているが、だからと言って旭も退き下がるわけにはいかない。ここで帰ったら何のために小型飛空艇を大急ぎで飛ばしてここに来たのかわからない。既に小型飛空艇の調達に100Pも使っているのだ。
 おそらくここが重要な施設であるのは間違いない……と旭は考えている。
 直感だが、あの転送技術はこの電波塔を介してのものだろう。ここを破壊出来れば戦況を有利に出来るはずだ。
「頼む! 持っているものならなんでもやる! これか、このろくりんくん人形が欲しいのか!」
「まったくいらんでごわす」
「もう、旭くんは真面目だなぁ……、自主的にやっちゃえばいいのに」
 ふと、パートナーの山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)の声。
 鉄塔を見上げると、ちょこんと頼りない足場に座って、アンテナを拳銃で撃っているではないか。
「結構頑丈に作られてるのねー、もっと継ぎ目とか狙わないとダメかなぁ」
 ちゅいんちゅいんと嫌な感じの跳弾音が下にまで聞こえてくる。
「ま、まずいっスよ、主任! 電波塔倒壊なんてことになったら、労働センターにどやされますぜ!」
「仕事ができない死人は量刑が増やされるって説明会で言ってたじゃないスか!」
「そ、そんなことは横綱にだってわかってるでごわす! すぐに引きずり降ろすでごわすよ!」
「待ってくれ!」
 旭がむんずと主任の足を掴む。
「パートナーの罪はオレの罪も同然。きちんと謝りたい。まず、オレの謝罪を聞いてくれ」
「真面目か! 謝る前にやめさせるのが筋でごわしょーよ! お父さんとお母さんに習わなかったでごわすか!」


 ◇◇◇


 鉄塔をよじ登る整備員たちだったが、鉄骨の影から飛び出した屋代 かげゆ(やしろ・かげゆ)に邪魔された。
 忍者で獣人なだけあって軽々とした身のこなしで、整備員達をどんと押して下に落としていく。
「な、なんのつもりで……」
 そう言いかけたところで、主任は言葉を飲み込んだ。
「ぞうさん……、ぞうさんめ……、ゆるさないぞ……」
 虚ろな目でブツブツ空気と会話している彼女にビビらない人間はなかなかいないと思う。
「ぞうさん……ぞうさんめ……ゆるさないぞ……」
 前々回、前回と続き象難に遭遇した所為で、すっかりヘンテコなトラウマを抱えてしまったようだ。
 早急に空大病院にいる精神科権威、スーパードクター梅の治療を受けることをお勧めする。
「ぞうさんは皮を剥いで真っ二つに裂いてやるんだ……、うふふ……」
 ちらりと主任のぞうさんのある箇所に視線を落とす。
「ひぃ! 横綱のぞうさんはズルムケでごわす!」
 慌ててその場から逃げようとするも、その前に伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)が立ちはだかる。
 迎え討とうと三尖両刃刀を構えたのだが、ここは地上十数メートルの鉄骨の上、バランスが取れずフラフラしている。
「こ、こっから逃げようたって……、う、うわ……、あ、危ねぇ……!」
「ええい! どくでごわす!」
「ちょ、ちょっ……!」
 体勢を立て直す前に、必殺の張り手が正宗を吹き飛ばした。
 そして、何度も言うがここは地上十数メートルの鉄骨の上、ふんばる足場もなく、反動で主任も吹っ飛んだ。
 そんな空中ドタバタ劇を、契約者の支倉 遥(はせくら・はるか)は鉄骨に腰を下ろし見ていた。
「……何やってんだあいつら」
 津軽リンゴをひと齧りしてぼやく。
 彼らもまた電波塔の破壊を目指してここに来た。
 おそらくガルーダの『天眼』の能力は、未来視というほどのものではなく視覚情報より膨大なデータをもとに行動を予測し、フィードバックしている類のものだろうと考えた。能力上直接ガルーダを叩くのは難しいが、であれば、その力の源である何らかの情報、あるいは電気的な流れに障害を発生させれば、能力を封じることも可能なはずである。
「……と意気込んで来たのはいいんだが、やべぇ、身動きが取れねぇ」
 現代版試製黒漆五枚胴具足の隠れ身効果でこっそりここまで登ってきた遥。
 しかしここに来て具足のハンパない重量がネックとなっていた。
 この高さとなると風が凄まじく、どこかにしがみついていないと、すぐに真っ逆さまに落っこちてしまいそうだ。
「早く破壊しないと余計な奴らが出てきそうだってのに……。やっぱあれかなぁ、黒幕は空大のグリーンゲイかな」
「知りませんよ、そんなこと!」
 ベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)は溜め息まじりに答えた。
 相棒に戦力外通知が出されたのでひとり破壊活動の真っ最中だ。
「いやでもあいつらだったら厄介だぜ。ゲイと幼女の凶悪さはキャラクエで身に染みてるからな……」
「あの、気が散るんで動けない人は黙っててください」
「はい……」


 ◇◇◇


 さてその頃、真っ逆さまに落ちた主任はくるくる目を回して天を仰いでいた。
 曇天模様の空ではゴロゴロと不穏な音が轟いている。女心とナラカの空と昔から言うように、大概においてナラカの天候は荒っぽい。だがしかし、鉄塔の直上にだけ稲光が響いているのは、いくらなんでも不自然過ぎる。
 飛び起きると、魔法少年緋桜 ケイ(ひおう・けい)が魔力を天に収束させていた。
「な、何をしているでごわすか!」
「あんたと霊界通信の利用者には悪いが……、こいつはぶっ壊させてもらうぜ」
 そっけなく言う。
「ど、どうしてそんな酷いことをするでごわすか」
「そりゃ、こいつはガルーダの切り札になりかねないからな。転送を使えるガルーダは、言わば『いつでも逃げられる』ってカードを持ってることだ。上手く追いつめても、転送を使われたらまたどこかに逃げられちまうだろ?」
「ま、まさか……、転送を妨害するためにここを……?」
「そういうことだ。携帯で転送の指示を出してたから、ここを潰せば使えなくなる。修理代は後で蒼空学園にでも請求してくれ、環菜さえ戻ってくればここの修理ぐらいどうとでもなるだろ、たぶん……」
 その時、空がカッと白く閃いた。
「やめるでごわす!」
 天に蓄積された轟雷は電波塔を打った。
 一瞬の閃光ののち、鉄塔は黒焦げになった……、小競り合いをしていた整備員やにゃん子、遥たちもろとも。
 気付いていなかったケイは、ぽろぽろと落ちてくる見覚えのある顔に小さく「あ!」ともらした。
 ただ、気が付くと後々面倒な気がしたので見なかったことにした。
 どちらかと言うと、今は彼らより泣き崩れている主任のほうが可哀想だ。
「ごわわわわー! 折角、主任の地位にまで上り詰めたと言うのに……、横綱はおしまいでごわすー!」
 頭を垂れるその姿に、ケイの相棒悠久ノ カナタ(とわの・かなた)ははっと息を飲んだ。
「おぬし……、もしや横綱のモンドではないか?」
 見覚えがある。
 数年前、日本で暮らしていた時に相撲界で名を馳せた力士だと彼女は気が付いた。
「パラミタに向かった後、空賊に身を落としたと噂に聞いておったが……。そうか、亡くなっておったのだな……」
「横綱を知っている奴がいるとは世間は狭いでごわすな……」
 さめざめと泣きながら、モンドは苦笑する。
「あのまま相撲界に身を置いておったなら、大成もあったろうに……、惜しいことよ」
「もう、過ぎたことでごわす」
「角界の英雄がこんなところで整備業とはな……、一体、誰に命じられてやっているのだ……?」
「誰ってこともないでごわすよ。労役はニコ働から与えられるだけでごわす。奴隷都市は数千年前からそういうシステムで動いてるでごわす。必要な仕事があれば奈落人が申請して、受理されれば死人に仕事があてがわれるでごわす」
 ふらふらと力なく立ち上がる。
「どこへ行くのだ?」
「また、ニコ働に行って仕事を貰ってくるでごわす……」
 それを聞いてカナタは眉を寄せる。
「おぬしは何かしらの志を持ってパラミタに来たのではないのか。転生するまで先は長い。もし、おぬしが志半ばにあったのなら、このナラカの地で、再びその志を追ってみたらどうだろう。横綱に鉄塔の管理人など、似合わぬよ」
「志……でごわすか……」
 かつて彼は相撲の強さを世に知らしめるため、パラミタに渡ってきた。
 志半ばで倒れ来世で頑張ると諦めていたが、ナラカならばそう言う考え方もあるのか……、とモンドは思った。
 その後、横綱のモンドがどうなったのかは定かではない。
 しかし、カナタの言葉を聞いたモンドは、死人らしからぬ清々しい表情で湿地帯に消えていった。