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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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chapter.16 空京大学(4)・着地 


 場面は大学へ戻る。
 運営が不安視される現時点ではアクリトが学園を支え、涼司を含む生徒たちの手で運営できることが示せるようになれば独立して運営する。
 そんな案が出され、アクリトもまんざらではない様子で涼司の返答を待ったところで会談は一旦中断されていた。
 再開された会談の場で、引き続き生徒の意見を聞こうということで最初に言葉を発したのは、大学の生徒である宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)とパートナーの同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)――通称静香だった。
「学長は、支配から協調へと方針を変えました。では、校長はどうでしょう?」
 言って、涼司の方を見つめる祥子。彼女はそのまま涼司への意見を述べた。
「自分でやる、から自分たちでやる、に変わったのだとは思いますけど、基本的なところでは変化がないのでは? 先日学長に提出した論文を一応持ってきているので、良かったら読んでもらえませんか?」
 そう言いながら受け渡された論文に、涼司が目を通す。そこには、涼司の未熟さ、そして後見人を付けることの重要さを説いた文章が書かれていた。一通り読み終え、その紙を置いた涼司が祥子に尋ねる。
「つまり、俺じゃまだ力不足だと?」
 その問いを待っていたように、祥子が答えた。
「足りないものは、実績でも、ましてや才能でもありません。本当に足りないのは、自分の大切な存在を他人に委ねられる度量では?」
「度量……」
 繰り返す涼司に、祥子は頷いて言葉を言い換える。
「あるいは、そうすることが出来る強さかもしれません。環菜様は、学生の裁量で委ねられることは大抵委ね、その後始末を必ずつけてきました。そして自分の死に臨み、学園を貴方に託した……でも、貴方は?」
「環菜は確かにそうだった。けど俺だって皆と一緒に……!」
「自分に力がないのを自覚しているのでしょう? それでも他者を頼ること、自分の力が及ばない部分を委ねられないことが出来ない……私は、それを弱さと名付けます」
 言葉を遮って、凛とした声で言った祥子に、思わず涼司も口を開いたまま言葉を失う。そんな彼を尻目に、祥子は振り向き、アクリトにも言葉を当てた。
「学長、学長にもお聞きしたいことがあります。『士、別れて三日なればすなわち更に刮目して相待て』という言葉をご存知ですか?」
「呂蒙の言葉だったかな」
 それを聞くと祥子は、口の端を上げた。
「さすが学長です。それほど聡明な学長ならばもうお分かりかと思いますが、先日された木のたとえ話は、成立しません」
 祥子が言ったのは、彼女が論文を出しにいった際に言われたアクリトの言葉だった。
 ――ちょっとの風で右へ左へと軋む木があるとしよう。このままではいずれ木が折れ、周りを巻き込んでしまうとしたら……外から補強することと、木を抜いてそこに新しく丈夫な木を植えること、どちらが効果的だと思うかね?
 祥子はその質問に対する答えを探っていた。そして、見つけたのだ。考えて、考えて、そして今目の前にいる涼司を見て。
「人間は不確定ゆえに、短期間で爆発的な成長も出来ます。災難が降りかかれば、それを回避する手段を講じます。じっと手をこまねいているだけではないのです。その証拠に、学長が仰っていた軋む木は、じっとしていないでここへやって来ました。それを教育者として認め、成長を助けてあげてはいかがでしょう?」
「ひとりの生徒の成長のため、不確定要素を黙認しろということかね?」
「未来を思えばこそです」
 祥子とアクリトが言い合いをする中、静香は涼司へと話しかけていた。
「独自にやっていこうとする気持ちは分からないわけじゃあないですけど、自分たちに足りていないものが何か、しっかり把握はできているのかしら?」
「さっき、度量だって言われたよ」
「そう、三人寄れば文殊の知恵って言うから、生徒の力を借りれば乗り切れることもあるとは思っていますの。けど、どうしようもない部分や補いきれない部分が出てきた時どうするかをしっかり考えませんと」
 祥子と静香、それぞれが涼司とアクリトに説得を試みる。どちらにも、言いたいことは同じだった。それは、「受け入れること」。
 涼司には力の及ばないものを。アクリトには計れない未来を。
「若い者の成長を否定はしない。ただ、それを間近で見届け安心できるまでは、私は蒼空学園の運営に関わらせてもらう」
「なら、アクリトが認めない限り、ずっと運営権を明け渡すことになるのか?」
 アクリトの言葉に、まだ納得のいかない涼司は反発する。そこに、祥子同様論文を手に割って入ったのは大学の生徒である正悟だった。そして横には、友人である蒼空学園側生徒、セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)も立っている。正悟は、やや乱暴な口調で涼司に迫った。
「おい、メガネ。俺はこないだここで平行線を辿らせるために論文データを届けたわけじゃないぞ。俺はてっきり、足りないものを認めて他人を信用し、預けることが出来る強さを持ってると思ってたんだけどな」
 それは、間接的に涼司にそれは無いのだと言っているようにも思えた。祥子が言っていたことと同じ指摘を受けた涼司は、空になったカップを握りしめ、黙っていた。
「山葉、正悟の言う通りだぜ。俺や正悟は、他のヤツには一切関わらせない! なんてアホな考えを持たせるためにアンケートを取ったんじゃねーぞ。だからお前は腹筋なんだ、このアホ!」
 正悟以上に過激な言葉遣いで、涼司を攻めたのはセシルだった。セシルは手持ちの、以前各方面に取ったアンケートの束で涼司の頭を叩いた。小気味よい音が響き、涼司がセシルを睨む。それを気にも留めず、セシルは涼司に言う。
「そろそろ見苦しいから、いい加減シャツくらい着ろ、馬鹿野郎。ま、それはどーでもいいとしてだな。相手が多少なりとも譲歩してんだろ? お前も校長を名乗るんなら、自分も譲ることを考えろよ。ただ意地を突き通すなんて、ガキの我がままだ」
 言いたいことだけを言うと、くるり、とセシルは振り返り、アクリトを見据える。今度の矛先は彼だった。
「んで、アクリト! お前にも念のため言っときたいことがあるんだよ。共同運営って言っても、あくまで学園のことを決めるのは俺らだから、何かやろうとする時は必ず山葉を通せ。勝手に色々決められても困るし、学園だって混乱しちまうだろ」
「言葉遣いを含め、そこまで我が物顔で図々しくされると逆に面白いな。山葉君が独断で決めてシャンバラ全体が後々混乱するよりは余程健全だと思うがね。そのために補佐を申し出ているのだからな」
 セシルの言葉に真っ向から対立するアクリト。すると、その様子をじっと見ていたセシルのパートナー、月の泉地方の精 リリト・エフェメリス(つきのいずみちほうのせい・りりとえふぇめりす)がゆっくりとアクリトの前に進み出る。
「アクリトよ、お前は確かに天才だ。物事をよく見通す力もある」
 エフェメリスはそう口にしてから、「しかし」と言葉を繋いだ。
「だからこそ、見落としていることもある。己に対する目が曇っておるのではないか? おそらく挫折を知らぬのだろうが、それでは不完全なのだ」
 少年にしか見えない外見のエフェメリスだが、地祇として数千の時を生きてきた彼はその言葉ひとつひとつを、子供に言い聞かせるように話す。
「お前は自分がやれば何でも有利に、効率良く動くと思っているのだろうがお前とて人の子だ。全知全能の神ではない。まして、学校という場は教師や生徒たちの思いで動いていくもの。少なくとも私はそう信じておる」
「私は自分を神だとも思っていなければ、学校に対して勘違いの認識もしてはいない」
「そうか、しかしいずれお前が山葉を封じ込めでもしようものなら、どうなるかは予想できぬわけはないであろう? 私の言いたいことは、それだけはしてくれるな、ということだ」
 彼のその言葉は、アクリトの支配権が多岐に渡ることを危惧してのことだろう。そして、セシルやエフェメリスのそんな言葉を後押しするように、正悟が付け加える。
「アクリト学長、俺たち学生の論文を見て指針を変更されたのは分かっています。けど、無理に学園の意思決定権を持つ必要はないと思います。前にも言いましたが、孤独な帝王よりも、他人に支えられる人間の方が強いと思うんです。もちろん、自分の力不足を把握しながらも悩んで結論を下すことが出来るなら、ですが」
 そして正悟は、最後にふたりにアピールするように互いの真ん中に立ち、大きな声で言った。
「今必要なことは、ここであなた方がサル山のボスザル対決することじゃありません。互いに尊重し、協力していくことです。お互いが支え合っていくための信頼が必要なんです!!」
 一瞬の沈黙。先にそれを破ったのは、アクリトの方だった。
「一通り意見が出揃ったようだな。山葉君、これらも加味した上で、君はどう考える?」
「……俺は、確かにいろいろ拒み続けてきた。それは認めるぜ」
 そこで、涼司が立ち上がった。
「皆が言っていた通り、支えることも支えられることもアリなんだなって思った。いや、気づかされたって言った方が合ってるか」
「ほう、つまりそれは、大学との関係をどう進めていくということかね?」
「……大学側の協力を、受け入れる」
 情けないけど、などという言葉をもう、彼は頭につけない。支えてもらうことが駄目なことではないのだと、生徒たちが教えてくれたから。
「ただし、アクリトには蒼空学園に一度来てもらって、きちんと学園を、俺らを見てもらう。そしていつか俺らのことを認めたら、その時は自分たちだけで立ってみせる」
「分かった。ぜひ蒼空学園に足を運ばせてもらおう」
 アクリトも立ち上がると、涼司はその手を差し出した。互いの右手が、僅かな時間重なった。
「おっと、そうだ。支えてもらう以上、そっちも覚悟しておけよな」
「覚悟?」
 涼司が言った意味深な言葉に、アクリトが聞き返す。
「俺らが自立して一人前の学園になった時に、今度はそっちが支えられる覚悟だよ」
 あくまで対等に。手を取ったなら、次はその手を差し出すことを約束するために。涼司は迷いのない顔で、アクリトに言った。アクリトの表情や態度は変わらないが、言葉がそれを拒みはしなかった。
「まだまだ遠い話だとは思うがね」
 涼司が席を離れ、ドアの方に近づくと周りの生徒たちもそれに合わせるように移動を始める。会談は、ひとまずの着地点に到達し、無事終わろうとしていた。

 その時、生徒たちの足音を掻き消すように電話の音が学長室に響いた。