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静香サーキュレーション(第3回/全3回)

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静香サーキュレーション(第3回/全3回)

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【◎3―1・食指】

 再び訪れた12月23日。
 相変わらず静香の身体のままでいる亜美は今、校長室でラズィーヤと、護衛を任されているザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)と共に、
 神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)と、プロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)エレア・エイリアス(えれあ・えいりあす)アトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)達の話を聞いていた。
「西川亜美さんを自由の身にしていただきたいんですわ」
 エレンからのいきなりの要求に、亜美本人は面食らっていた。なぜ彼女が自分の味方をするような発言をしてくるのか理解が追いつかなかったからである。
 ともあれ今の身体は桜井静香なので、それらしい振る舞いで返していく亜美。
「どういうこと? 一昨日までの騒動を考えれば、そう簡単に解放できないよ」
「あら? 彼女が何か処罰されるようなことをしたかしら? 猿の手が願いを叶えたことで騒動になりましたけど、害意を持って行われたことでもなし、もうそのアイテムも彼女の手にないのですから問題ないでしょう? なんなら保護観察ということで私が常に見守りますわ」
「害意が無いわりには、わたくしは色々酷い目に遭いましたけれどね」
 途中ラズィーヤが軽く口を挟んではきたものの、彼女は問題の猿の手が入った箱をいじっていた。
「静香さんならもちろん、生徒のためを信じて同意してくださりますわよね。だって静香さんはそういう方ですものね」
 エレンからの申し出について、亜美は考えた。なにか裏があるのか、それとも本当に西川亜美の身を案じているのか。
 とはいえどちらであっても、今出せる答えはひとつきりだった。
「ごめん。他の生徒の手前、そういうわけにはいかないんだよ」
 返答に対し、三人はなにか口を開かせようとしたがエレンがそれを制した。
「わかりました。とりあえず、考えが変わりましたら仰ってくださいね」
 そしてエレンは亜美の耳元へと口を近づけ、
「では、せいぜいボロをお出しになって皆に幻滅されたりしないようにがんばりなさいませ」
 別れ際にトゲをさして、校長室を後にした。
「あれでよかったのであろうか? これまでの調査や仕草からみて、おそらく彼女が西川亜美であるのは明白なのだよ」
「今は〜、様子を見るということ〜、なんでしょう〜?」
「まあそれがいいんじゃないかとボクも思うよ。ヘタに問い詰めて騒ぎになっても面倒だし。また後で様子見に来ればそれで」
 三人からの意見を受け止めながら、エレンは今度は別の目的地へと足を進ませていく。
「さて、もうひとりの当事者の元へ急ぐと致しましょう」

 こうして四人がいなくなった校長室の中では、
 亜美は顔色を青くさせていた。さきほどの言葉のせいだろう。
 ラズィーヤに聞かれなかっただろうかと視線を向けたが、彼女はガタガタいってる猿の手に気をとられていて聞こえていないようだった。
「あの」
 と、そこへ今まで沈黙を保っていたザウザリアスに声をかけられ、思わず飛び上がりそうになった。跳ねる心臓を落ち着けながら、平静を装って声を出す。
「あ、うん。なに?」
 もしや感づかれたかな、と思う亜美だが。
 ザウザリアスはまったく別のことを口にした。
「じつは今、パラ実と白百合双方の分校設立を考えているんです」
「え?」
「ちなみに名前は『種もみ女学院』にしようかと思ってます」
「いやあの、ごめん。なんの話かさっぱりなんだけど」
 戸惑う亜美にはかまわず、ザウザリアスは持っていた紙の束を差し出してきた。
 さらにちゃんとラズィーヤのぶんも用意して、配っておいていた。
「種もみ女学院とは種もみの塔の中にある分校を計画しています。詳しくはこの計画書をご覧になれば分かると思います」
 わけもわからぬままとりあえず目を通すと。
 そこには、パラ実が勢力を拡大しつつある現状からはじまって、情報機関として分校を役立たせるとか、ミツエが暴走した時などにも迅速に対応できパラ実生との連携を図る上でも便利だという旨などが記載されていた。
 ちなみに、名前は便宜上『女学院』だが、男女共学の分校でらしい。
「えーと。なに、つまりはパラミタ実業の情報を収拾して、うまく互いに抑制できるようにもなって。そして協力もしていけるようになれば万々歳だと、そういうこと?」
「はい、そういうことです。あ、それと初代分校長にはパラ実で絶大な人気を誇る泉美緒さんにお願いしたいと考えております。パラ実生をまとめられるのは彼女以外にはおりません」
 いたって冷静で、本気で言ってるらしいザウザリアスに亜美は困ってしまった。
 静香ではない自分が勝手にそんなことを決めるわけにはいかないので、ひとまずまたラズィーヤに視線を動かしたが。
「ふーん。実現できるかどうかの問題を度外視すれば、アイデアとしてはなかなかですわね。分校の設立は、わたくしも一度考えたことがありますし」
 面白そうに意見を述べたあと、また猿の手いじりに戻ってしまった。
 真剣なのかそうでないのかサッパリわからない。亜美としては、こういう所がラズィーヤを好きになれない部分なのだが。とりあえずそれは置いておくとして。
「ま、まあ企画案としては僕もいいかなって思ったり、思わなかったり、思ったり」
 判断がつかないので、曖昧に相槌だけ打っておいた。実家が金貸しなので金勘定などは慣れている亜美なのだが、こうした政治的な面はすこし苦手分野だったりするのだ。
「そうですか、それはよかった。ではここにサインをお願いします、さあ」
 すると今度は万年筆をぐいぐい押し付けてくるザウザリアス。
 亜美は段々応対が面倒になってきたので、適当にさっさと済ませてやろうと計画書に『桜井静香』のサインをしておいた。
(どうせループが起きたら、また白紙に戻るんだし。なるようになるか)
 溜め息をつきながら、あさっての方を眺める亜美。
 ザウザリアスのほうは、嬉しそうにサインをラズィーヤに見せていた。
 そのとき、サインを見ていたラズィーヤの顔が一変した。
「静香さん……! わたくしとしたことが、なんてうかつな」
 亜美は、しまったと思った。
 いくら身体が変わっても筆跡は誤魔化すことができない。
 気が緩んでいた自分を恥じながら思わず身構えようとして、
「このあいだもらった食堂のスイーツ一品無料券、今日で期限切れでしたわ! 一刻も早く貰ってきてくださいませ!」
 床を三回転くらいしてずっこけた。

 時刻は現在十一時すぎ。
 まだ人もまばらな食堂の一角に獅子神 玲(ししがみ・あきら)と、パートナーである山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)獅子神 ささら(ししがみ・ささら)達がいた。その中で特に玲は、お腹が鳴らせ続けている。
「……お腹すきました……。さっきの校長はケチですね……ご飯くらい食べさせてくれたって良いのに……ミカドさーん……もうご飯ないんですか?」
「って、玲! あれだけ非常食持ってきたのにもう食べちゃったの!? てか、ミカドさんって! 誰だよ!? あたしはミナギだっつーの!! ただでさえ事件も終わって、主人公のあたしの出番がなくて苛ついてるのに、これ以上怒らせないでよ!」
「まあ、私は噂の女装校長を見れたので良かったですが……噂よりもなんだか食指が働きませんでしたよ。……せっかく、女装してきたのに不完全燃焼ですね。ああ、苛めがいのある子は居ないのか……」
 三人はついさきほど、なぜかプリンを片手に歩く静香を見つけ。手持ちが無かったので、ご飯をたかったりできないか交渉したりしたのだが、どうやら軽くつっぱねられたらしい。
「うう……お腹がすきました……しょうがない、気乗りしないですが、ギグを呼びますか」
 なんだか目が霞んで頭まで朦朧としてきた玲は、いきなり召還を行使し始める。全身にある契約印が呼応してわずかにうずいたような感覚になった玲だが、そんなことより空腹が気がかりでしかたがなかった。
 やがて玲のもうひとりのパートナーである悪魔のギーグ・ヴィジランス(ぎーぐ・う゛ぃじらんす)が姿を現す。
「ふん、来てやったぞ相棒。それで俺様に何の用――」
「食べ物寄こせ!」
「おいおい、いきなり召喚しておいて『食べ物寄こせ』たぁ。横暴すぎんじゃねぇ? 相棒。……まあ、そんなこと予想してたからよ、ほらよ、メロンパンだ! べ、別に相棒が心配だから常備してたわけじゃねーからな!」
 がつがつむしゃむしゃごっくん
「……足りないです。役立たずにもほどがあります」
 食欲魔人の玲は、ツンデレじみたギーグのセリフをほとんど聞かぬまま、ものの数秒でメロンパンを食し終えてしまっていた。
「……って、全然もたねぇのかよ。……まあ、手がネェ訳でもねぇぜ? 今ここに西川亜美って、雌ビチグソの罪人が居るからよ……そいつの脱走を手助けしてやったら、謝礼としてたらふく食わせてくれるかもな?」
 ギーグの提案に、玲はわずかに目に光を復活させる。
「西川亜美? その人に頼めば、ご飯が一杯食べられるのですか?? なら、助けましょう。そして、ご飯を一杯食べさせてもらうのです」
「ぐぐぐ……あの悪魔の言う事聞くのは癪だけど……確かに今から目立つには脱獄の手引きぐらいしかないか……?」
「それにしてもギグさん。その情報はどこから?」
「ぎゃはは、企業秘密だぜ」
 こうして、何だか色んな意味で油断ならなそうな四人は、亜美を探しに向かっていった。