空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

Entracte ~それぞれの日常~

リアクション公開中!

Entracte ~それぞれの日常~

リアクション

 ――2021年。


 サロゲート・エイコーン。『代理の聖像』と呼ばれる人造天使を生み出す製造プラントに、その少女は佇んでいた。
 ヴェロニカ・シュルツ。まだ天御柱学院に転入して間もない生徒だ。
 吹き抜けになっている通路から、立ち並ぶ聖像達を、彼女はただ静かに見つめていた。
「グエナさん、エヴァン兄さん……」
 胸の前で両の掌を合わせる。祈るかのように。
 彼女は、無理をお願いして、今日はここに泊まらせてもらうことになった。幸い、この場所には基地機能もあるため、寝るのには困らない。
 ちゃんと、明日の朝授業に出席することが条件に出されている。夜更かしは厳禁だ。
 と、思いつつも今は深夜の一時だ。
『どうなされましたか?』
 管理システムの映像端末であるナイチンゲールが彼女の前に現れた。
 常駐管理者もいるが、この時間は彼女のプログラムに任せて皆眠りについている。実は起きて、警備をしているかもしれないが。
「ううん、ちょっと昔のことを思い出しちゃって」
 まだ自分が小さかった頃の話だ。
 今も昔も、自分は守られっぱなしだった。もちろん、契約者達に囲まれた中、一人だけただの地球人だったのだから仕方がない。
 それ以上に、周りのみんなが絶対に引鉄を引かせまいと躍起になっていた。
 ――一度でも誰かを殺したら、後には引けなくなるわよ。
 あの人から言われたその言葉は重くのしかかっている。
 それをするのは自分達の役目。守られることに、罪はない。だからあなたはそれ以外で自分に出来ることを。
 グエナやエヴァン、それにあの人も、みんな自分を戦いの渦中から遠ざけようとしてきた。
 自分がやったのは、傷の手当てをしたり、炊事をしたり、他の人の手の回らないことをやってきた。
「私は、兄さん達を追うためにここにきたけど、だけど本当にそれでいいのかなって考えちゃうんだ」
 今日、天御柱学院の生徒から色々な話を聞いた。
 グエナやエヴァンがまさか、この学院の敵で、死闘を繰り広げていたとは。
 ――お前を守るために戦う。それは今も昔も変わらない。
 それは嘘ではない、そうだとは分かる。
 そのために属していたのが、こことは相反する勢力だったというだけで。そしてこの学院に来て分かったのは、ここの人達もそれぞれの想いを胸に抱き、本気で戦っていたこと。それがあの二人、いや魔女姉妹も含めた四人を自分から奪う結果を招いたとしても。
 ――戦場にいる者は、常に死と隣り合わせだ。倒されても、敵を恨むな。敵討ちを望むな。戦うのも、そのために死ぬのも自分だけでいい。覚悟は初めて引鉄を引いたときから決まっている。
 自分にとって大切だった人が残した言葉を、頭の中で反芻する。
 ふと、涙が零れてきた。
「分かってる、分かってるけど……」
 まったく憎むな、といわれても無理だ。その感情を抱くべきでないということも知っている。
 抑えられないからこその感情だ。
『感情というものが、私には分かりません。しかし、抑えられないものを無理に抑圧しては、ショートしてしまいます。無理はなさらずに』

 ――そうだね、無理はよくないよ

 声のした方を、二人が同時に振り向いた。
 金髪碧眼、整った顔立ちの少女……いや、少年か。
『ヴェロニカ様、離れて下さい。侵入者です!』
 警戒レベルが上がる。
「君がナイチンゲールかい?」
 白銀のコートを翻し、ナイチンゲールと対峙する。
「ジズ。それはここにあったんだよね?」
『あなたがジズに選ばれたという方ですか?』
 侵入者が、無邪気に笑う。
「質問を質問で返さないでよ。機械らしくもない。そう、今は僕がジズに力を貸し、ジズが僕に力を貸してくれている」
 一歩、ナイチンゲールに近付く。
「自己紹介がまだだったね。僕はノヴァ。ノヴァ・ホワイトスノー」
 ヴェロニカは知らない。
 彼が、『総帥』と呼ばれている人物だということに。
「あなたは……一体? それに、どうやって?」
「君は……ふうん、なるほどね」
 何かに納得した様子のノヴァ。
「僕にとっては、障害物も、セキュリティも何ら意味のないものだよ」
『ヴェロニカ様、失礼致します!』
 次の瞬間、プラント内の空間が歪んだ。
「きゃっ!!」
 ヴェロニカは吹き抜けの下へと落下していった。
『――Fixation!』
 ヴェロニカが弾力のある地面にぶつかり、バウンドする。
「す、スポンジ?」
 次の瞬間、それが分解し消滅する。
『粒子固定化です。ヴェロニカ様、今のうちにお離れ下さい』
 だが、不思議なことに気付く。
 これだけのことが起こっているのに、なぜプラントに滞在している者達がここまで来ないのか。
「そういうことかい、ナイチンゲール」
 ノヴァは、相変わらず微笑みを浮かべたままだ。
『ここは、現在外部から遮断された空間となっております』
「いいのかい、そんなことして?」
『あなたがパイロットであると認証出来ません。また、こちらに無許可で侵入致しました。よって防衛プログラムを起動致します』
「融通が効かないなあ。ちょっと挨拶、というより様子を見に来ただけなんだけど……機械だからその辺は仕方ないか」
 むしろ、どこかわざと彼女と戦いたがっているようにも見受けられた。
『――Fixation!』
 現れたのは、ライフル。それも一本ではない。
 そして次の瞬間、ノヴァの前にナイチンゲールの姿が現れる。
「へえ……」
 ゼロ距離でライフルが放たれる。
「え……」
『殺傷能力はございません。私自身では人を殺すことは出来ません。権限を持つ者に命じられれば殺傷能力を付与可能ですが』
 次の瞬間、無数の銃口がノヴァを向く。その数は100はあるだろうか。
 一斉射出される。
「残念ながら、一発も当たらないんだよね」
 その言葉通り、ノヴァは無傷だ。
 ナイチンゲールの姿が消え、今度は銃ではなく、剣が現れる。
『――Fixation!』
 それに加え、今度は砲台、そして先程の銃口が全てノヴァの方を向く。
 どうしようと、全部をかわすのは不可能だ。
「やってみなよ」
 ノヴァに向けて、立て続けに攻撃が放たれる。
「さて、そろそろ分析された頃かな」
 ナイチンゲールのやっていることもヴェロニカには理解出来ないが、なぜノヴァには一切傷がつかないのか。
 ナイチンゲールは自身を触ることの出来る立体映像として出力している。これの元が粒子固定化技術だが、それの固定化率を調整し、半実体化のような微妙なバランスを保つことで、『殺さない』威力を維持している。
 だが、それにしたって「当たった気配」すらないのはおかしい。
『解析終了。着弾時点での空間の歪みを確認致しました』
 空間操作。それがノヴァの能力らしい。
『パターンデータ化完了。遂行致します――――Fixation!』
「何度やっても無駄だよ」
 ありとあらゆる無数の武器達の『形ある幻』が、ノヴァに向かって放たれる。そして、ナイチンゲールの姿が消えた。
 元々彼女の本体はプラントを管理するマザーシステムなのだから、外に映し出されている姿は、こういう戦闘の際はただの飾りに過ぎない。
 だが、彼女はそれを逆手に取ろうとする。
『90%』
 ノヴァの眼前、ほぼゼロ距離で拳を突き出す。
『ならば直接歪みの原因をサーチするだけです』
 結局、これもノヴァには当たらない。
 ナイチンゲールの肘から先が消失していた。
『――Recover』
 すぐに元に戻す。
『空間操作ではなく、次元干渉による空間割断。それが力の正体です』
「その通りだよ」
 一切無傷だったのは、自分の身体の表面の空間を割いて、攻撃をそこで打ち消していたからだ。
「でも、それは半分かな」
 次の瞬間、ノヴァがナイチンゲールを追い越していた。
「空間と空間を断ち切り、繋ぐ。この力を、僕は【フォー・ディメンションズ】と呼んでるよ」
 あまりにも強力無比な能力だ。
 二人の説明がヴェロニカまで聞こえてくるが、一切現実味が沸かない。
「じゃあ、少し面白いものを見せてあげるよ。僕の力とジズの力を合わせて、ね」
 格納庫にあるイコンが起動し始める。
『強制終了。エラー。応答なし!』
 パイロットが乗っていないのに、なぜ起動するのか。そしてなぜ止まらないのか。
「例えば、この空間の外にいるジズと各イコンの動力炉を繋いで干渉能力を発動させる。限度はあるけど、ジズのリモートシステムは素晴らしいね」
『解除コード確認。エラー。干渉不可』
「無駄だよ。君にはこの場所の管理権はあるけど、各機体の制御権はない」
 機体が浮上を始める。
「どうする? このままちょっともらってっちゃうよ」
『――Fixation!』
 ナイチンゲールが抵抗する。
「――――ッ!」
 初めてノヴァが回避行動を取った。
『能力にも限度があるという事が判明致しました』
 ならば、と再び一斉攻撃を仕掛ける。
 だが、途中で攻撃が途切れる。
「いくら機械でも、いつまでもそんな無茶苦茶な技術を使ってたら、オーバーヒートしちゃんじゃないのかい?」

 ヴェロニカは、完全に思い出した。
「同じだ……夢と」
 夢の中では二人の人間が戦っていた。
 今もまさに、同じことが起こっている。
 そして抱く思いも同じだ。
「あの二人を止めたい」
 なぜ戦っているのか、その動機も分からない。
 だが、自分にはその力がない。
 
 ――こっちよ、早く!

 ああ、やっぱりそうだ。

 ――早く、私のところへ
 意を決して走る。ノヴァによって動き始めた機体の下を潜りながら。ブースターが吹き、自分が吹き飛ばされる前に。
 「あなたは、誰?」
「わたしは――」
 声のする方向にあった姿、それは、女性型のイコンだった。
「さあ、私の手を!」
 機体の前に現れた姿、それは上にいるはずのナイチンゲールだった。
「ナイチンゲール……さん?」
「そうだけど、違う。今は説明してる時間はないわ」
 あの二人を止めたいんでしょう、と彼女が言う。
「大丈夫、あなたなら間違えない。誰一人傷つけず、純粋に『守りたい』と願うあなたなら」
 どうしてそんなことを。
 夢の中で聞いた声ではある。
 だが、それだけではない。
(分からないけど、夢ではないどこかで、私はこの人と会ったことがある? いや、知ってる?)
 ナイチンゲールと同じ姿をした女性の手を取る。
「行くわよ、転送!」
 そこはコックピットだった。
「ええ、どうすれば?」
「大丈夫、制御系統は全てわたしがやる。自分の身体のことくらい、自分で出来るわ」
 コックピット内に光が点る。
「ジェネレーターチェック完了。出力オールグリーン。フローター起動。稼動まで4、3、2、1」
 白金のイコンが白の光を発した。
「いくわよ、ヴェロニカ。あの子達を解放してあげなきゃ」
「どうして……わたしの名前を?」
「そんなのはいいわ。さあ!」
 モニターに映し出された文字。

『NIGHTINGALE』

 そして、

『NYX』

「……ニュクス?」
 侍女服姿の女性が微笑を浮かべ、頷いた。
「飛ぶわよ」
 ブースター起動。肩のスラスターから放たれた輝きは、さながら光の翼だ。
「さあ、良い子は眠る時間よ」
 コントロールされかけていたプラント内の機体が、再びその光を消していく。
「だらしないわね、姉さん(オリジナル)! 早く起きなさい!」
 ぶれかけていたナイチンゲールが実体化する。
「ふふ、ようやくだね。これで白銀と白金、原初の二機が長い眠りから目覚めた」
『待って!』
 ヴェロニカが叫ぶ。
「いいものが見られたよ。この先、過酷な運命が待ってるかもしれないけど、まあ頑張って」
 ノヴァの姿が消えた。
「いずれ、僕達は相対することになると思う。その時までに――」
 その後の言葉は、聞こえなかった。

 

 転入生、ヴェロニカ・シュルツは、思わぬ形でパートナーを得る事になった。
 ニュクス・ナイチンゲール。そして、彼女自身でもあるイコン【ナイチンゲール】。
 それによって彼女はパイロット科に配属。この一件は学院に広く知れ渡ることになる。

 しかしそれは彼女にとって、これから否応なく戦いへと駆り出されることを意味していた。
 争いを知り、それでも戦いを止めたいと願う少女に、その現実は突きつけられることになる。