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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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chapter.14 整理整頓 


 空京大学、御神楽講堂。
 タガザの歌で締めくくられた講演会は大盛況のうちに終わり、余韻が覚めやらぬ中片付けが始まっていた。次々と生徒たちが帰る一方で、講演会用の飾り付けやセットなどが撤収されていく。

 まばらになっていく講堂、その後ろ側――講壇のある方と逆側に、アクリトは立っていた。どうやらこの場所で講演を傍聴していたようだ。当然、護衛を申し出た生徒たちもそばに控えている。そのアクリトの元へと静かに歩み寄ってきたのは、魔鎧であるヴェルセ・ディアスポラ(う゛ぇるせ・でぃあすぽら)を装着した夜薙 綾香(やなぎ・あやか)ともうひとりのパートナー、アポクリファ・ヴェンディダード(あぽくりふぁ・う゛ぇんでぃだーど)だった。
「アクリト学長、皆が片付けをしている中悪いが、聞いてもらいたい話がある。今しか機会はないと思ったのでな」
 そう話しかけた綾香の表情は、いつもより真剣さを帯びているように思えた。それを裏付けていたのは、ヴェルセの心情である。
 ――もし、アヤカの想像通りだった場合、ここが危険な場所になるってこともあるもんね。警戒しておかないと!
 やっと自分を着てくれた、これで若い娘の温もりを感じられる……なんてことを思っている場合じゃないな、とおちゃらけた考えを打ち消しながら、ヴェルセはそう思っていた。
「急を要する話のようだな。で、その聞いてもらいたい話とは何かね」
「これから聞くことは、何の確証もない、個人的な見解だ。故に、否定してくれても構わない。だが……嘘はつかないでほしい」
 アクリトに話を促され、綾香が前置きをする。そして彼女は、自身が辿り着いた仮定を述べた。
「……単刀直入に聞こう。先程講演を行っていたタガザは、パルメーラではないのか? そうでなくとも、学長と面識があったりするのではないか?」
 綾香の問いに、アクリトは眉をひそめた。それはどちらかと言うと、答えに窮しているというよりは、その意味を計りかねているように見える。
「まず、何を根拠にそう思ったのかを聞かせてもらおうか」
 当然の返事。綾香もそう来ることを予想していたのか、その答えに至った経緯を説明し始めた。
「そもそも、引っかかりを覚えたきっかけはこの講演会だ。ファッションショーとかならいざ知らず、大学の講演を引き受けた理由が想像できなかった。それを引き受けたからには、タガザは大学と何らかの関わりがある存在なのだろうなと直感したのだ。そしてタガザと面識のない者が彼女と会うのは難しいことも周知の事実。ならば、学長とタガザは何らかの面識があったのだろうと考えた」
 そこまでを話すと、綾香は隣にいたアポクリファに出番を譲った。綾香と共に推理を進めてきたアポクリファは、その続きを幼い口調で、しかしそれとは不釣り合いな単語を交えつつ口にした。
「次に、現実世界でのタガザの希薄さが挙げられますぅ。ここまで有名でありながら、後ろ盾らしい物も見えてこず、しかも活動拠点も曖昧ですしぃ。それなら、元々はネット上の存在だったのではないでしょうかぁ? その後、現実側に投影しているということはありませんかぁ?」
 一見突拍子も無い理論に思えたその発言だが、アポクリファはあくまでそれをロジカルに説こうとする。
「電脳空間で自由に活動でき、現実世界にそれを投影できる……パルメーラのような電子媒体が本体の魔道書なら、それができる可能性が高いと思いますぅ。化身は、魔道書の魔力を具現させるものですからぁ」
 綾香、そしてアポクリファの意見をアクリトは黙って聞いている。さらに、アポクリファは続けた。
「ちなみに、蒼空学園で起きている失踪事件を調査している者などから得た情報ですと、仮にタガザを魔女とするなら、彼女はアンデッドを使い、女性を誘拐して何かに用いようとした……肌を奪われたという話もありますから、魔力か生命力か……その辺りを奪うためと考えられますぅ」
 タガザとパルメーラがイコールではないかという推理に加え、タガザの目的までも推測したアポクリファ。さらに、今度はもう一度綾香が口を開く番だった。
「そしてもうひとつ。パルメーラの禁忌の書、アレは本来以上の魔力があるのではないか? 魔力とて無限ではない。何かしらの媒体で増幅させるか、あるいは他から取り込まない限り持てる以上は出せん」
 もちろん、それは綾香が知る範囲での話ではあったが、彼女はそれを気にせず結論へと移った。
「以上を統合して、タガザは自分を維持するためか、あるいは魔力を溜め込むためか、他者から生命力を奪い、それに依存する仮想上の存在……そそいて学長と何らかの関係がある、もしくはタガザがパルメーラなのではと考えた」
 タガザとアクリトの関係を見抜こうとした綾香は、自分の意見を言い終えると、自嘲気味にアクリトへと告げた。
「……さあ、矛盾を指摘してくれ」
 おそらく彼女自身、その推理がすべて完璧に当たっているとは思っていないのだろう。だからこそ、聞きたいと思ったのだ。アクリトの口から、その答えを。
「君たちの意図はこの際置いておくとして、まず、若干軸にブレを感じるな」
 綾香、そしてアポクリファに向けてアクリトが言う。
「タガザ氏について、魔道書と思っているのか魔女と思っているのか、今ひとつ話を聞いていて掴めない」
 さらに、と言葉を繋ぎ、彼は続けた。
「残念だが、私はタガザ氏と面識はない。故に、私のパートナーであるということもない。講演会を持ち出した彼女の真意は計りかねるが、こちら側としては対外アピール、大学の受け口の広さを示したに過ぎない」
 そう答えるアクリトからは、でたらめを言っているような雰囲気は感じられない。大学で大規模なイベントを催せば、風評が立ち結果として大学への評価が高まることもおそらくは事実だろう。
「そうか。ならば最後にもうひとつだけ問おう。今回起きている一連の事件は、山葉統治下の蒼空学園を揺さぶるために起こした、ということはないか?」
 それは、今まで組み立ててきた論理とは違い、どちらかと言えば感覚的な発言であった。学長はきっとまだ何かを知っている。そう感じた綾香は、たとえそれがアクリトに疑いをかける言葉だとしても、聞かずにはいられなかったのだ。
「一連の事件、というのは、誘拐事件や蒼空学園を襲っているというアンデッド、ウイルス、それらすべてのことかね? 私がそれらをすべて単独で行っていると?」
 聞き返すことで、暗に否定するアクリト。その毅然とした態度に、綾香が一瞬怯む。
「……む」
 しかし、思わぬ形で綾香をフォローする者がいた。それは、講演会開始前からアクリトの護衛に加わっていた、鬼籍沢 鏨(きせきざわ・たがね)である。
「すべてとは言わない。しかし、ウイルスに関してはアクリト……あんたが流した可能性はあるんじゃないか?」
 自分の横にいた者から飛んできた発言に、アクリトが少しだけ驚いてみせる。鏨はゆっくりとアクリトの隣から正面へと場所を変えると、その理由を話してみせた。
「それは、おそらく涼司たちを足止めするため。ただ、本当の目的はそこですらないようにオレは思う」
 彼の赤い瞳は、真っすぐアクリトを見据えている。鏨はそこから、自身が思ったシナリオを語り出す。
「情報を漏洩させ涼司たちを足止めしても効果はあるだろうな。しかし、それとは別に保険の意味も込められていたんじゃないか? その演算能力を含むデータを、インターネット内に隠すという目的のための。あんたのような頭脳があれば、肉体はむしろ邪魔だろうしな」
 鏨は、アクリトが自身の持つすべてをデータ化し、肉体ではなく0と1の集合体になろうとしているのでは、と踏んでいた。さらに彼は、一連の事件に関する他の出来事についても言及する。
「蒼空学園を襲っているアンデッド、アレだって単なる死体ではなく、奈落人が憑依しているとオレは思う。そして仮にタガザ自身も中身が奈落人であったなら、彼女は次の憑依対象を探しているとも考えられる。超人的な頭脳を持つあんたに憑依することが狙いなら、講演会に来た理由にもなるからだ」
 アクリトの電子生命体化。タガザやアンデッドの奈落人説。
 鏨の理論は、理論と呼ぶにはあまりにも根拠の乏しい、ほぼ直感のみに等しい話であった。しかし、おそらく彼に取って最も大事なのは自分の推理が当たっているかいないかではない。面白い世界が見れるかどうか、それが鏨にとっては優先したいことなのだろう。アクリトの護衛を買って出たのも、彼のそばにいればその行く末が見れると判断したからである。
「存在のデータ化か。面白い。私ですらそれは考えていなかった」
 本心からか、あるいは皮肉か、アクリトがそう答えた。その様子はいつもの彼と遜色ないようにも思えるが、気のせいか、自分をどこか貶めている風にも感じられた。
「君たちの推理も興味を引かれるが、予定が詰まっているのでこれで失礼する。この後ここで、客人と会わなければならないのだ」
 アクリトが会話を打ち切り、生徒たちを講堂から立ち去らせようとする。
 そこで、周りの生徒たちも僅かながら違和感を覚えた。
 彼――アクリトは、これまで様々な生徒にあらゆる疑問をぶつけられてきた。そしてアクリトは、それらを否定することはあっても無視することはなかった。そう、生徒たちが抱いた違和感とは、今の間であった。まるで、強制的に会話を打ち切ったようなタイミング。そして、ひとつだけ、答えが返ってこなかった問いかけ。
 ――ウイルスを流したのは、アクリトではないのか?
 しかし既に背中を見せ、座席に座ってノートパソコンを開き出したアクリトは、問いつめることを躊躇うような雰囲気を感じさせた。彼の言う「客人」がこの後ここに来るのであれば、それまでの短時間でも活用しようとしたのか、それとも早急に確認せねばならない何かがあったのか。アクリトはその場で何かの作業に移ろうとしているように見えた。
 電源を入れた彼は何度かキーを操作する。生徒たちからはアクリトの背中が邪魔で見えなかったが、その時彼が画面に映し出そうとしたのは、センピースタウンのサイトであった。だがしかし、アクリトの手はそこでぴたりと止まった。
 センピースタウンのサイトが、閉鎖されていたのである。
 言うまでもなくそれは、涼司が改ざんされたパスワードを入力し、システムをダウンさせたからに他ならない。そのエラー画面を見つめ、アクリトはしばらくの間瞬きすらせずじっと固まっていた。
 センピースタウンは、単純にパスワードさえ入力すれば誰でも管理画面へと飛べるわけではない。当然ながらいくつかのセキュリティがあり、そのプログラムを解析した後に最後の関所としてパスワード入力が求められる。つまり、素人ではパスワード入力まで辿り着くことすら不可能なのだ。加えて、サーバーのメンテナンス、故障などが生じればアクリトにすぐ連絡が行くため、学内のネット環境自体に異常が現れていないことも彼は把握している。
 それ故に、アクリトは理解していた。何者かがそれらの難関をくぐり抜け、管理画面まで辿り着いて直接サイトを見れなくしたのだと。同時に、その「何者か」が誰なのかも。
「……そうか」
 短く呟いたその時の彼の表情を、何と言い表せば良いだろうか。無念とも落胆とも、悲嘆ともまた少し違う。最も近しい感情を当てはめるならば、それは諦観だろう。
 周りから聞こえていた片付けの音が徐々に止んでいく中、アクリトは立ち上がると、生徒たちの方を向いて言った。
「先程の質問の中に、答えていないものがあったな。蒼空学園を揺さぶろうと、ウイルスを流したのではないか? だったか。それについて、答えよう」
 瞳の中に決意を含ませ、アクリトは静かに、しかしはっきりとそれを口にした。
「その問いかけに対する返答は、イエスだ」
 護衛をしていた生徒たち、そして質問を投げかけた綾香や鏨でさえも、アクリトの言葉を耳に入れてから数秒、時が止まった。アクリトが肯定したことを、どう受け止めるべきか判断をつけられなかったのだ。
「聞きたいことがたくさんあるだろう。だが、今は待ってほしい。客人の相手をした後、すべてを話そう」
 質問攻めになる前に、アクリトが先を制す。
 周りを見れば、片付けは既に終わっていて、護衛以外の生徒は残らずいなくなっていた。
「併せてこれも答えておこう。誘拐事件やアンデッドの件に関しては、私が関与していない部分で起こった問題だ」
 アクリトは自分の中に積もらせていたものを吐き出していく。ひとつひとつ片付けられた飾り付けや什器類が元の場所に収まるように。あるいは、動きの鈍くなったパソコンの中に散らばったデータの破片を最適化していくように。
「そしておそらくそれらを知っているのは、今から来る客人だ」
 アクリトが講堂の真ん中まで進み、そう告げた。護衛の生徒たちも合わせるように彼についていく。人気のない、がらんとした大講堂。かちこちと時計の針の音だけが響く。そしてその針が16時を示そうとした時、後ろ側の扉が開く。

 講堂へ入ってきたのは、講演を終え用事を済ませたはずのタガザだった。