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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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(ふーん、ま、政治的判断、ってヤツだろな。確かに、襲撃があっても動じず、全員ピンピンしてりゃ、それだけで与える影響は大きいしな。
 無謀な判断かもしれねぇけど、愚策じゃねぇ。襲撃者は、わてらが打ち負かせたらいいんやしな)
 一行の話を耳に入れた七刀 切(しちとう・きり)が思いを心に呟いていると、リゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)から呼びかけられる。彼女は切と離れ、ノルベルトの飛行機までの移動ルートを見通せる場所に位置取り、怪しい人がいないか警戒を行っていた。
『ひとまず、異常はありませんね。……本当の所は、それらしい人を見かけ次第、頭を撃ち抜いてしまいたいですが』
 そう言葉を寄越してくるリゼッタの傍らには、スナイパーライフルが置かれていた。事前に『これ以上手を出さなかった場合、諮問会の参加者が負傷すると思われた場面でのみ、襲撃者の手足を撃ち抜く』としていたものの、リゼッタの本性を思えばその言葉が真実であることは明白である。
『ま、ノルベルトさんとルーレンさんの様子を見てっと、撃ったとしてもそこまで迷惑にならん気はしてるけどな。そもそも、組織だった襲撃を仕掛けてくる奴らを、殺さず、大きな怪我をさせず、なんて甘っちょろいんだよ。
 ……まぁ、やっぱ勝手なことして迷惑はかけたくないし、そうしとくしかないだろな』
 切本人としては、今とは違った方法を取ってみたい思いがあったようだが、今回の主役はイルミンスール生。そのイルミンスール生の多くが、イナテミス防衛戦でも掲げた【犠牲者ゼロ】を引き継いでいる以上、他校生である切が――他校生だからという意見はあるだろうが――無視するわけにもいかない。
 監視を続ける旨を伝えたリゼッタとの通信を終え、切はうぅん、と伸びをする。
(なにはともあれ、上手くいってほしいもんだねぇ)
 立場は他校生ながら、イルミンスールの力になりたい気持ちは、イルミンスール生に決して劣らない。
 まだまだ続くであろう護衛の時間を、切は切なりに全うしようとしていた。


「なんだかみんなピリピリしてるなー。せっかくパラミタから下りてきたんだから、観光したらいいのにー」
「仕方ありませんよ。イルミンスールの置かれている状況は、私達が平凡な日常を送っている間に悪化していたのですから。
 私達も、皆様の一助となれると良いですね」
「ま、エータの手伝いはやってあげるわ。……いっけない! ペットにお土産買ってあげなくちゃ!」
 フロアを歩いていたミニス・ウインドリィ(みにす・ういんどりぃ)が、免税店を見つけて駆け寄る。ミニスは出立前、ペットのゴーレムや巨大甲虫を連れていくつもり――彼らに護衛役を担わせようとした――であったが、無理と判断されてしまい、残念ながらお留守番ということになっていた。ならばせめてお土産を、というミニスの思いに裏打ちされた行動であった。
「ふふ……ミニスらしいですね」
 一緒に付いていたザインは、それまでの会話の流れをぶった切ってのミニスの行動を、微笑みながら見つめる。移動経路が空路に確定した以上、後はこの場の警備を万全にしつつ、襲撃を受けているであろう他の仲間達が無事に到着できることを祈るほかない。
(心配ではありますが……大丈夫、ですよね? あなたの守りもあることですし……)
 ザインが、ニーズヘッグから受け取った鱗に触れ、皆を守ってくれるようにと祈る。


「やはり、アーデルハイト様がお隠れになられたことが、相当響いている。欧州は元々、地球上の他諸国に後塵を拝してきた。魔法の復活、そしてミスティルテイン騎士団を創設なされたアーデルハイト様は、現在欧州が置かれた地位を挽回する鍵であったのだ」
 欧州、およびEMUの現状を尋ねてきたラスティ・フィリクス(らすてぃ・ふぃりくす)小冊子 十二星華プロファイル(しょうさっし・じゅうにせいかぷろふぁいる)に、ノルベルトが回答する。

 日本は、パラミタを領土としていることがまず大きい上、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の存在で――今は本人の力は失われてはいるが――世界の頂点に君臨している。中国・ロシア・アメリカは広大な国土と人的資源に長け、それぞれドージェやイコン技術、核兵器――ドージェはやはり失われてしまっているが――といった切り札を有している。中東はオイルマネーがまだ潤沢であり、新エネルギーの発見を示唆するような素振りも見せている。
 それらに比べると、欧州は領土そこそこ、資金も決して潤沢とは言えず、魔法の復活以前はこれといった特徴のない、非常に苦しい立場にあった。魔法の復活がなければ、もしかしたらどこかに吸収されていたかもしれない。
 だからこそ欧州は、それまで欧州連合としてまとまっていたのを、欧州魔法連合として再編し、そして生き残りを図ろうとした。パラミタ開発で成果を挙げれば、地球でも立場の向上に繋がる。欧州が主として握る魔法の力を、パラミタ、ひいては地球に知らしめ、地位を挽回しようとしていたのだ。

「魔法で生き残りを図ろうとすれば、魔法のスペシャリストとも言えるアーデルハイト、そのアーデルハイトが創設したミスティルテイン騎士団への期待も否が応でも高まっていた、というわけか」
 ラスティが呟き、せーかが以前にアーデルハイトから受けた講義との内容を比較して、必要な部分はメモを取っていく。
「そうだ。……しかし現実は、ミスティルテイン騎士団への期待は失望に変わり、果てはアーデルハイト様も……。
 君たち、アーデルハイト様の行方について、何か知らないか?」
 期待と、そして不安の感情を含んだ視線を向けるノルベルトに、ラスティが『他の者が見聞きした話』という前提で、精霊が有する共有された記憶から関係の有りそうな事柄を掻い摘んで答える。
「アーデルハイトは、『ザナドゥに行く』という言伝を残していった。ザナドゥとはシャンバラの地下にあるとされる魔族の国で、時折シャンバラとの入口が開いては、悪魔や悪魔に作られた魔鎧といった者たちが地上に降り立っている。彼らの中には、地球人と契約を結んで行動を共にする者もいるが、国としては沈黙を保っているようだ。アーデルハイトは、ザナドゥと個人的に繋がりを持っているようなのだが、どのような繋がりなのかまでは知れていない」
「ザナドゥ、魔族の国……なるほど、アーデルハイト様が魔族に特徴的と認知されている、角と尻尾をお持ちであったのは、過去に何らかの接点があったからなのか」
 ノルベルトが呟いたところで、どこかスッキリとした表情の紗月が戻って来る。
「ちっとひとっ走りして見てきたけど、それっぽい気配は感じられなかったぜ。滑走路の方も怪しげな気配は感じられなかった」
 紗月は、自らの身体能力を活かして――面倒事を避けて、現場で身体を動かす方が性に合っていた、というのもあるが――、襲撃者が入り込んでいないか見て回っていた。滑走路が果たして入国チェックが必要な場所なのかどうかは分からないが、とりあえず、ノルベルトの周囲に危険はないようであった。
「後は、仲間の皆様ですわね」
 せーかの呟きに、紗月とラスティも同意する。
 襲撃者を迎撃しているはずの契約者、そしてフィリップとルーレンの姿は、未だ見えない。


「……では、ノルベルト様の方はひとまずは、安心であると言えますでしょうか」
 ルーレンから話を聞かされたメイベルの問いに、ルーレンはええ、と頷いて、こう付け加える。
「皆さんがそれぞれ、持てる力を発揮すれば、必ず危機は乗り越えられます」
 そう言葉を掛けられてしまえば、その通りにする他ないだろう。
「メイベルさん、私とセシリアさんは一般人の護衛をしに行きます。フィリッパさん、ルーレンさんをよろしくお願いします」
「もしかしたら、この後の飛行機での機内食に毒薬が……ってのも考えてたけど、まずはこの場を乗り切らないとだよね!」
 そう言って、ヘリシャとセシリアがメイベルの傍を離れ、同じ車両で不安に縮こまる一般人の傍へ向かう。無論、目をつけられている一般人の監視も忘れない。
「女性及び弱者を護るは、わたくしの使命に等しくございます。必ず一人も欠けず、目的の場所までお連れいたしますわ」
「頼もしいですわね。……フィリップも女になれば、守ってもらえるよ?」
「……その顔で、その口調はとても違和感ありますからやめて下さいよ、ルーレンさん」
 宣言するフィリッパに微笑んで答えつつ、ルーレンが傍にいたフィリップに“男装ヴァージョン”で振る舞うと、フィリップは反論しながらも、どこか緊張の和らいだ顔を見せる。
(妨害工作など、起きない方がいいと思っていました。……ですが、もう実際に事は起きてしまいました。
 であるならば、私はこの方達をお守りしたいと思います)
 たとえ他校生であっても、頼りにしてくれる人のため。
 ……メイベルは、周囲に視線を配り、悪意の出所を探る――。


「ハッ!」
 ナナの、細腕から繰り出される速度と重さを伴った拳が、襲撃者の腹部を捉える。ぐ、と鈍い声を上げて、どさ、と襲撃者が床に膝をつき、重力に引かれるように倒れ伏す。
「……どうやら、ここの敵は一掃出来たみたいだね。こんな時まで身内争い、さらには暗殺を企むなんて、欧州魔法連合もたいしたことないなぁ」
 ま、シャンバラ内部だってそうだけどね、と付け足して、ズィーベンがふぅ、と息を吐いた矢先、悪意の存在が後方から急激に膨れ上がる。
「!! ナナ、後ろ――」
 またもズィーベンが忠告しようとしたその時、再び車両を衝撃が襲う。今度は後方から前方へ、先程と同じような衝撃だった。


 車両の後方から乗り込んだのは、やはり同じ風貌をした数十名。彼らは逃げ惑う一般人へ向けて、躊躇いなく銃の引き金を引く。座席の詰め物が舞い、服の切れ端が舞い、そして赤い物が飛び散っていく。
「おいおい、一般人もお構いなしかよ! キマクのゴロツキ共とのケンカでも、こうはならねぇぞ」
 物陰に隠れながら、五条 武(ごじょう・たける)が悪態をつく。実は襲撃者は、一般人に紛れている仲間を狙って撃っているのだが、この時点ではまだ知る由もない。唯一その事実に気付いていたリカインは、隣の車両まで来たところで人の流れに足止めを食らっていた。前方の車両では初撃を食い止めることが出来たが、二度目の、時間差をつけた襲撃は先手を取られる結果になっていた。
「武、どうしますか?」
 傍でやはり伏せる格好のイビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)に問われて、武は即答する。
「今はイルミン生だ、巻き込まれた一般人の安全を優先する。……ま、イルミン生じゃなくともそうしてただろうがな!」
 言って、武が傍にあった座席の一部を剥がし取り、即興の盾とする。
(ッたくよォ、あんまし“力”は使いたくねェんだが……そうも言ってられねェな)
 武の身体は、『パラミアント』への変身能力の後遺症が進行し始めていた。身体を徐々に蝕む瘴気、その対処法を探しにイルミンスールへ転校してきた矢先の、欧州魔法連合への来訪と襲撃という次第であった。
(元に戻るまでは、絶ッ対ェ、狂ったりしねェからな!)
 決意と覚悟を胸に吼えて、武が射線へ盾を掲げ、身体を晒す。弾丸が撃ち込まれ、一部は攻撃が集中して貫通し、武の頬や腕、脚を掠める。
「黙ッてろこの、人を人と思わねェ腐れ外道がァ!」
 力任せに投げつけた盾だった物が、襲撃者に炸裂する。攻撃の手が止む一瞬を狙い、武は倒れて動けなくなっている一般人を拾い上げ、後方へ連れていこうとする。しかし一部の襲撃者は態勢を立て直し、武を照準に捉えんとする。
「『叩くなら今』……その気持ち、分かります。ですが、一旦接近してしまえば私の掌中……観念してください」
 振るわれたブレードが、手にしていた銃ごと、襲撃者の腕を切り落とす。後に残る傷だが、この程度は致し方無い。これ以上手加減しようとすれば、本気で殺しに来ている敵に、こちらが殺されかねない。
 反撃とばかりに銃を撃つ襲撃者、彼らの攻撃をイビーが身体を張って受け止める。その間に武は負傷者を、車両の後方に待機していた結和とエメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)へ引き渡す。
「よォ、結和チャン。怪我して帰ったら、彼氏さん悲しむぜェ? ッつーワケで、さっさと後ろ下がってろこのリア充!」
「……気持ちだけ、有り難く受け取っておきます。今はここが、私の戦いの場所ですから」
 周囲に氷の壁を張り、敵の接近に備えエメリヤンをやや前方に配置させ、結和は自分の戦い――会議への出席者を全員無事で送り届けると同時に、敵味方なく負傷者を治療し、結果的な死傷者をゼロにする――をするべく、負傷者の治療に取り掛かる。ここに残った、怪我をした一般人の治療を終えたら、襲撃してきた人も治療をしてあげよう――そう思っていた結和を、しかし襲ったのは、治癒魔法をかけたはずの負傷者の、“爆発”だった。
「!!」
 一番に反応したエメリヤンが、自らの身が傷付くのも厭わず飛び込み、結和を抱えてさらに後方へ飛ぶ。車両をまたいで別の車両へ移ったところで結和を下ろせば、結和は予想に反して無傷であった。
「い、一体何が……」
 事態が分からず、震える結和の手が胸に触れたところで、結和はそこに入れていたある物の感触を得る。取り出したそれは、無数にひび割れた鱗。出立前にニーズヘッグから受け取った鱗が、爆発に巻き込まれた結和を守ってくれたのだ。
「あっ……」
 直後、ピシ、という音と共に、鱗が欠片となって床に散らばる。役目を果たした鱗の、最期であった。
「……大丈夫?」
 散らばった欠片を呆然と見つめる結和に、エメリヤンがただそれだけを口にする。誰であっても、今の状況の結和にはその言葉以外、かけようがないのではないだろうか。
「サクラにこんなことまでさせるなんて、襲撃者のリーダーとは一生分かり合えそうもないわね」
 そこに、ようやく人の波を抜け出したリカインが到着する。事態を説明された結和は、どう足掻いても【犠牲者ゼロ】を達成することが出来ないことを悟るのであった――。