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リアクション
エリザベートはこの図書室のどこかにいる。
しかしそれがどこなのかは特定できない。
そもそも生死すらわからない。どこかに『いる』として、息をしているとは限らないのだ。
その大いなる要因の一つが、情報の絶対的不足にあることは疑いようがない。
テレパシーで呼びかけようとしても無線を使っても無効化されてしまう。この場所に密に立ちこめる魔法の力のせいか、どのような通信手段も強烈な雑音とともに遮断され満足に使うことはできなかった。
警報を受けて図書室に急いだイルミン生はもちろん、国軍の求めに応じ突入した契約者たちとてこの状況には大いに戸惑っている。
ゆえに、そもそもこの事態が何であるのかすら知らぬままに巻き込まれている人間が、少なからずいるのも不思議ではないだろう。
「流石にこの状況じゃ今日の貸し出しは諦めなきゃねー……」
ルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)は吹き飛ばされた魔女の帽子を、空中でキャッチしたうえ本棚を蹴って空転、猫のように音もなく着地した。
「貴重な本を蹴らないようにしないと。棚を蹴るだけでも結構心が痛むわ」
「あいかわらず魔道にゃ結構真面目だな」
もう二三、彼女に言葉をかけたい夢野 久(ゆめの・ひさし)だが、マネキンのような相手と技の応酬をしていてはそうもいかない。久が熊のような腕で聖杭ブチコンダルを繰り出すと、手に電磁鞭を持った人形はこれを紙一重で避け、逆に鞭を彼の首に巻き付けようとする。左腕で振り払ったがその瞬間、背中の毛まで総立ちになるような電撃が久の身体を貫いた。
本日、ルルールが魔法に関する書物を返却し、また新しいものを借りたいというので、久はその手伝いとして図書室に来たのだった。こうした書物は様々な形状をしているが大抵は分厚くて重い。格好の荷物運びというわけだ。
「それが、どうしてこんなことになってんだ」
人間に似せた機晶姫だろうが、灰色のマネキンの動きは人間というには明らかに違和感がある。
「まあ、寺院のクソどもっぽいから遠慮はしねえけどよ」
それに図書室壊してる時点でどう考えても敵だ。そこら辺は考えないで済むのはありがたい。
現在、久とルルールが相手をしている敵は一体。図書室の一角でいきなり襲われたのである。あちこちから戦いの音が聞こえてくるところをみると、どうやら騒動は図書室全体で起こっているものらしい。
久の攻撃は直線的で力強い。それは彼の性格を反映したもののように見えた。
だが彼の攻撃はまるで読まれてでもいるかのように、機械人形には回避されてしまっていた。逆に、電磁鞭の攻撃は着実に久を傷つけ、またルルールにも及んでいる。
鞭が掠めてヒリヒリする頬を手の甲で拭ったとき、久は背後から何者かが接近する音を聞いた。
「また機械人形かよ」
呼ばれた相手は頷いた。
「敵……?」
というルルールの言葉に、本棚を押しのけて出現した『彼女』は首を振った。
「おっと、味方発見」
彼女とともに、相田 なぶら(あいだ・なぶら)が姿を見せた。右腕には宝剣、勇者然とした衣装も堂に入っている。物腰はやわらかだが、剣を構える姿勢は芯に強いものを感じさせた。
「敵じゃないよ。彼女は俺のパートナー。名前は……」
と言いかけたなぶらだが、灰色のマネキンが無言で鞭を振るったので、ぱっと跳び退るよりなかった。
「これがクランジ量産型か……愛想もなにもあったもんじゃないね。以前見たクランジとは随分違うな」
加勢するよ、と一言告げ、なぶらは久と並んだ。
「南さんのことを追わなきゃならない。手早く切り抜けたいけど……」
「正直、俺には事情はさっぱりだが、まずはここを凌いで、話を聞かせてもらうとするか」
どちらから声をかけたわけでもないが、なぶらと久とは同時に仕掛けた。
これをルルールと、なぶらのパートナーがサポートする。
聖杭が怒濤の突きを繰り出し、剣が孤を描いた。
大抵の敵なら、これでいともたやすく撃破できたはずだ。しかしクランジは一言も発さず、背中に付くほど首を後ろに倒し、両手の関節を逆方向に曲げた姿勢で背中から倒れ込んで回避していた。
しかし、
「ギッ」
初めてクランジが言葉を発した。といってもそれは、電子部品がショートした音かもしれないが。
灰色のマネキンは立ち上がった。
その右腕がごとりと落ちていた。火花がバチバチと上がっていた。
鋭利な刃物で斬られたのだ。切り口がまるで包丁で切断された大根だ。
これをもたらしたのは刀。左の義手を外した下にその鋭利な白刃はあった――仕込み刀。
「……」
どこから現れたのだろう。左腕を剣としているのは、豊かなロングヘアの少女であった。
ウェーブロングの髪はショッキングピンクで、その頭のところどころを、アクセントなのか青く染めていた。衣装は黒で統一したゴシックなもの、頭にはやはり黒い三角帽子を斜めに被っており、帽子に限れば偶然だがルルールとお揃いである。
少女は、狼のような目で久たちに視線を巡らすとポツリと言った。
「……R U ready ?」
戦闘者として久は、考えるより先に躰が動く。
なぶらも同じだ。その剣が生き物のように走った。
片腕を落とされバランスを逸した機械のマネキンは、胴を撲たれ、首を刎ねられて動きを止めた。
なおものたうち回りバチバチと火花を上げるその心臓部分に、桃色髪の少女は剣を深々と突き刺して動きを止めた。
「キミは……?」
「只モンじゃないな」
少女は剣を抜いて立ち上がった。
そして、再び唇を開いた。
「わた、わたしは、あなたたち……いや、おまえたちとは、目てき…目的はちがうでしょうが、この事けんの『はん人』を追っていま……追っている」
奇妙な話し方をする少女である。耳元で誰かが台本を小声で読み聞かせており、それにあわせて唇を動かしているような印象があった。
「協力しようってことかい。断る理由はねえ」
久は二つ返事で引き受けた。
(「久ったら、あんな事言って」)
ルルールは眉をしかめた。
(「本当はよほど筋が通らないか外道でもない限り何でも手伝っちゃう気ね。まったくお節介なんだからもう……」)
呆れてしまうが、それが久という男だとルルールも理解しているので、口を挟んだりはしなかった。
「目的というのは?」
なぶらが問うも、少女は首を振った。
「ま、それならそれでいい」
久は追求しなかった。なぶらも同意見のようで頷いた。
「お前の事情は知らんし訊かんが、どんな事でも一人でやんのは大変だ。つーかだからこそ声かけて来たんだろ? 付き合いもねえ恩もねえ俺みてぇなポッと出のならず者相手にくらいは、図々しいこと言っときな」
心からそう告げて久は、付け加えるように言った。
「あ、それと、俺の名前は夢乃久だ」
なぶらも名乗った。
「俺は相田なぶら。それで、キミは?」
「わたし……は、おぐろ・みくです……いや、大黒美空、だ。クランジΟΞ(オングロンクス)とも、呼ばれている」
やっぱり、とルルールは思った。仕込み刀が腕にあるなど、彼女は兵器的すぎる。
だがクランジという名前より、むしろ『美空』のほうになぶらは驚いていた。
「『みく』? それって、『美しい空』って書く? ……あ、やっぱり?」
実は、となぶらは言いにくそうに言った。自分の連れているパートナーも同じ漢字を書く『みく』、相田 美空(あいだ・みく)なのだと。
無言で立つ相田美空は、首は少女だがそこから下は機械のボディだ。剥き出しの鋼鉄パーツが、歩む度にガシャガシャと音を立てた。
相田美空は、警戒するような姿勢で大黒美空と向かい合った。
大黒美空のパワーを調べようとしたのだろう、このとき相田美空のハイドシーカーが、パンと音を立てて壊れた。
「おっと、これは美空さんの能力を美空が調べようとしたわけじゃなくて……あれ、ややこしい」
なぶらは苦笑いして肩をすくめた。
いつまでもここで時間をくっているわけにもいかないだろう。彼は進軍を提案した。
「ともかく進もう。ほら、美空も急いで行くよ。……あ、すいません美空さんの事ではありません」
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