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七不思議 秘境、茨ドームの眠り姫(第3回/全3回)

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七不思議 秘境、茨ドームの眠り姫(第3回/全3回)

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    ★    ★    ★
 
「巨大イコンは、雲海への移動を始めましたか。はたして間にあうのか……」
 高高度から戦場全体を見渡していた佐野和輝がつぶやいた。
「でも、綺麗だよね。不思議だなあ」
 移動していく巨大イコンをモニタ映像で確認しながら、アニス・パラスが言った。
 全体を青い光につつまれて周囲の魔法力やエネルギーを吸収していた巨大イコンは、けんちゃんがコントロールのほとんどを制圧したため、雲海への移動を開始していた。自爆するにしても、雲海であればもっとも被害が少ないはずだからだ。だが、初期のパイロットたちの呪縛も完全に立ち消えたとは言えず、状況は複雑な鬩ぎ合いとなっていた。
 間違いなく、けんちゃん一人の力では、ここまでのことはできなかっただろう。全ては、力を合わせた者たちのおかげだ。
 だが、まだ終わってはいない。
 移動している巨大イコンは、未だに魔法力吸収能力を若干残しつつも、今まで溜めたエネルギーを放出しつつ進んでいた。リーフェルハルニッシュへのエネルギー供給回路を逆手にとって、そこへ過剰エネルギーを供給して、格納庫自体から魔法エネルギーを放出しているのである。
 その光景は、それまでの意味を知らなければ美しいものであったと言えるかもしれない。
 内部に侵入した者たちによってラインを破壊された西格納庫と東格納庫以外から、虹色に輝く光が巨大イコンから噴き出していたのだ。まるで花火のように燦めきながら広がっていく魔法力の固まりは、いつしか結晶となって地上に降り注いでいった。
 茨ドームがあった森林火災の跡の上を、巨大イコンが通りすぎていく。降り注ぐ魔法力は、イルミンスールの森に吸い込まれ、世界樹の加護の下に森の木々の力へと変化していった。
 焼け焦げた荒れ地に、緑が芽吹く。
 まるで早回しの動画を見ているかのように、見る間に木々が生長していった。
 森が復活する。
「この光景は、いつか見た気がするな……」
 中型飛空艇を修理するペコ・フラワリーたちを手伝っていた悠久ノカナタがつぶやいた。今は、ローザマリア・クライツァールが連絡をつけたHMS・ウォースパイトが、修理部品を運んでくるのを待っているところだ。
 色とりどりに輝く光の舞う空の光景は、いつか客寄せパンダ様が消滅したときに、シャンバラの各地に舞い落ちた不思議な花吹雪によく似ている。きっと、この光も、人の思いを載せてシャンバラ中に広がっていくのかもしれない。
「この現象の記録も怠らないように」
「はいはーい」
 佐野和輝に言われて、アニス・パラスが録画を続けた。そのとき、突然前方にビームアサルトライフルを構えたジェファルコンが現れた。
「何ごとだ」
 佐野和輝が、グレイゴーストのセーフティを解除する。
『後ろだ!』
 ジェファルコンに乗った閃崎静麻が叫んだ。即座にビームアサルトライフルを発砲する。
「後方に、未確認イコン。さっき、宇留賭羅・ゲブー・喪悲漢をやっつけた奴」
 アニス・パラスが叫んだ。即座に、佐野和輝が回避運動に入り、急速ターンをする。
 上空から見えたのは、イツパパロトルの直前で、ビームが鋭角的に曲がって逸れたということだけだ。
「馬鹿な、なんでビームが曲がるんです。まるで反射したみたいに……」
「和輝、ヴリトラ砲撃っちゃおうよお」
「いや、それは……。ミサイル全弾発射!」
 アニス・パラスの言葉を退けると、佐野和輝は上空からイツパパロトルにむかってミサイルを撃ち落とした。下では、依然ジェファルコンがビームで狙撃しているが、全て跳ね返されてしまっている。それどころか、反射したビームは、ミサイルを迎撃し、ジェファルコンやグレイゴーストにありえない方向から襲いかかってきていた。ブレス・ノウでも、その全てを予測できない。
「いったんこの空域を離脱します。下のジェファルコンにも態勢を立て直すように言ってください」
 そう言うと、グレイゴーストは全速でその場から離脱していった。
 
    ★    ★    ★
 
『やはり来たか。絶対にあのイコンを遺跡に入らせちゃだめだ』
『分かっています』
 巨大イコンの上に乗ったセンチネルとメカ雪国ベアの中の緋桜ケイとソア・ウェンボリスが戦闘前の会話を交わした。
 そこへ、イツパパロトルが接近してくる。
『これ以上先には行かせない!』
『ほう、聞き覚えのある声だ』
 巨大イコンの上に着地したイツパパロトルからオプシディアンの声が聞こえてきた。バサリとマントを翻すと、マントが脆くも崩れて消え去った。イコン周囲の空間が、キラキラと黒く輝く。
『やっぱり……』
 先行したセンチネルが、蛇腹の剣を鞭のように振って攻撃を開始する。イツパパロトルの周囲の輝きの中をのびていった刀身が、パチパチと何かを弾きながら進んで行く。
 それをイツパパロトルがビームバンカーソードで絡めとるようにして受けとめた。引き合いをするように剣を上にむける。そのままの状態で、イツパパロトルが剣先からビームを発射した。
「どこにむかって……」
 前方に集中したセンチネルが、後ろからビームの攻撃を受けた。巨大イコンのおかげで弱まってはいるが、少し前までのように完全吸収されているわけではないので、ノーダメージとはいかない。
『気をつけてください、奴はリフレクター持ちです。ビームを反射して攻撃しています』
 先ほどの戦いの記録を分析し終わった佐野和輝から、データが送られてくる。拡大された映像では、イツパパロトルのマントを構成していた小さな結晶の一つ一つがリフレクターとなっていて、それらが集合離散を繰り返すことによって、思いもかけない方向からビームを反射していた。
『カラクリが分かれば、大丈夫です』
 肉弾戦あるのみと、ソア・ウェンボリスがメカ雪国ベアを突っ込ませた。するりと、闘牛でもするかのようにイツパパロトルがメカ雪国ベアを避けた。すかさずソア・ウェンボリスが振り返ってマフラー型アームでパンチを食らわそうとするものの、まったく違う方向を殴って空を切る。やはり、不慣れな『空中庭園』ソラでは、充分なサポートができない。それは、普段サブパイロットであるソア・ウェンボリスも同じであった。
 いつの間にか、メカ雪国ベアの頭部を、マントのリフレクターが被ってセンサーを殺していた。
「はううー」
 取れろ取れろと、メカ雪国ベアが自分で自分の頭をかきむしる。
『お前の相手はこっちだ』
 オプシディアンの注意を引こうと、緋桜ケイが蛇腹の剣を引っぱった。だが、敵の剣の動きを封じているようで、実際に攻撃を封じられているのはセンチネルの方だった。剣の角度を変える必要もなく、イツパパロトルが、ビームバンカーソードでオールレンジ攻撃を仕掛けてくる。
「大変、あっちこっち真っ赤です」
 エラーを示す大量のシグナルを見て、『地底迷宮』ミファが悲鳴をあげた。
「相変わらず、一筋縄じゃいかないな」
 蛇腹の剣を巻き取って剣の形に戻すと、緋桜ケイはイツパパロトルに斬りかかっていった。自由になったビームバンカーソードを使って、オプシディアンがそれを受けてたつ。
「こちらも合わせて、殴り倒します」
 『空中庭園』ソラに言って、ソア・ウェンボリスが別の方向からマフラーパンチを振り上げてイツパパロトルに迫ろうとした。センチネルとリンクして、むこうのセンサー画像でイツパパロトルの姿を確認する。
「なんだかおかしいです。マフラーがとれます!」
 『空中庭園』ソラが叫んだ。
 メカ雪国ベアの最大の武器であるマフラー型アームパンチが脱落する。サブモニタで確認すると、関節部に入り込んだリフレクターマントのドローンが内部機構を破壊していた。このマントの構造は、ほとんど魔導球の集合体に近い物のようだ。
『これならどうだ』
 緋桜ケイが嵐の儀式を発動させた。センチネルの周囲を突風が渦巻き、ドローンを吹き飛ばした。これは効果があり、オプシディアンがいったんドローンを呼び戻した。いったん蝶の羽根のような形になったドローンが、ふわりと下りてきてマントに変わる。
「反撃を……」
 センサーが回復としたメカ雪国ベアが突っ込む。だが、いつの間にかバランサーをやられたのか、メカ雪国ベアが転倒し、巨大イコンの表面を滑り落ち始めた。
「まずい!」
 緋桜ケイがあわててその後を追いかける。
「では、二人仲良く落ちてもらおうか」
 逆手にビームバンカーソードを構えたイツパパロトルが、直接センチネルに狙いをつけた。
 だが、そこへ上空からミサイルと銃弾が降り注いだ。グレイゴーストとジェファルコンが戻ってきたのだ。
「手間をとりすぎたか」
 リフレクタードローンで、ビームを拡散させて弾幕に変えながらオプシディアンがつぶやいた。周囲に広がる光景は、すでにシャンバラ大荒野の物になっている。それに、巨大イコン中心部のエネルギー収束率は、総量は減ったものの限界に近かった。じきに最終隔壁が崩壊して爆発するだろう。
「潮時か。さすがに、再制圧の時間は無くなったな。まあ、ここで手を引いても、ウエウエテオトルも文句を言うまい」
 イツパパロトルが、マントを振った。分裂したドローンが、周囲一帯に均等に拡散する。それが、一斉に爆発した。激しい閃光に、近くにいたイコンのセンサーが焼きつく。
「光学センサー以外で索敵しなさい!」
「やってるけど、無理!」
 佐野和輝に言われたアニス・パラスが叫んだ。
 光が収束する。
 すでに、イツパパロトルの姿はどこにもなかった。
「逃がしたか」
 メカ雪国ベアを支えてゆっくりと地上に下降しながら、緋桜ケイがつぶやいた。