リアクション
* * * 「でも、イヴが会計監査とはね。てっきり僕は会長に立候補すると思ってたよ」 「来年は、会長に立候補するつもりよ。この学院に編入してからまだ三ヶ月。まだまだ分からないことの方が多いからね」 まずは、自分がまだ知らない世界をもっと知る。パラミタやパートナーのことばかりではなく。蜂須賀 イヴェット(はちすか・いう゛ぇっと)はそのために生徒会役員に立候補した。新体制の要となる「三会」の一角。そこは、格好の場だ。そして、まだ何色にも染まっていない彼女だからこそ、学院の進むべき道を客観的に捉えることも出来る。そういった意味では、会計監査というのは適任かもしれない。 会計記録・処理を見て、適正に費用の運用がなされているか確認する。仮に不正があるとすれば、長くこの学院にいる者にとっては当たり前となっている項目だろう。彼女ならば、他の生徒が気付かないような「落とし穴」を見抜くことも出来るかもしれない。 決して目立つ役職ではないが、学院を支えるのに重要な位置を占めている。きっと、やりがいはあるはずだ。 「だけどイヴ。生徒会っていうのは、生徒を一つに纏め上げて引っ張っていく組織だよね? たとえ会長志望じゃなくても、生徒を纏める組織の一員になるかもしれないんだ。『不意の事態が起きた時どう対応するか』とか、君なりに考えておいた方がいいと思うな」 マラク・アズラク(まらく・あずらく)に指摘され、イヴェットは思考を巡らせた。 「不意の事態が起きた時どう対応するか……か。この学院は両世界の境界線上にある訳だし、地球とパラミタ、両方敵になる可能性はゼロじゃないわ。もちろん、海京が海にあることを考えたら、災害に巻き込まれる可能性も考えられるわ。もしそんなことになったら、第一には迅速に動くことが重要ね」 もたもたしていたら、その間に被害が広がってしまう。 「置かれている状況、扱えるものを把握して、それらを最大限に活かす……ううん、漠然としているわね。とりあえず、常に自分を冷静に保って、状況判断と状況報告・伝達を忘れずに行わなくちゃ」 制服のポケットに手を伸ばし、支給品である学院内専用情報端末を確認した。ローカルネットワークを使用しており、携帯電話と併せればこの街での情報伝達で困ることはない。 「さて、アピスの調整はどんな感じかしらね」 イヴェットは天沼矛のイコンベースへと向かっていた。アピス・レジーナの最終調整を行うためである。とはいえ、大部分はロジオン・ウインドリィ(ろじおん・ういんどりぃ)に「やらせてくれ」と頼まれたこともあり、彼に任せてある。 本人は隠せていると思っているようだが、夜中も遅くまでマニュアルと睨めっこしたり、放課後もイコンベースで上級生や教官達の調整を見せてもらったりして努力を重ねている。だから、彼に任せてみたということもあるのだ。 「演説お疲れ、お嬢ちゃん」 お昼のイコンベースに踏み入れたイヴェットとマラクを、ロジオンは出迎えた。彼女の演説は、生中継でちゃんと視ていた。 「ありがとう。調整はどう?」 「基本的な部分は大丈夫だ。ま、イーグリットに関しちゃ調べればすぐに情報出てくるからな」 だが、たとえ分かっていても、実際に触ってみると思うようにいかないことは多い。いくら第一世代技術が情報開示されているとはいえ、機体のカスタマイズをこなせる者は整備科全体を見渡しても、そう多くはない。 「それにしても、今日は全休なのに随分人がいるわね」 「なんでも、現パイロット科代表が復帰するっつーことで、手合わせしたいっていうヤツが多いみてーなんだ。お嬢ちゃんも、その話は聞いてたろ?」 「ええ。パイロット科では色々な噂も流れてたわ」 イヴェットの負けず嫌いな性格を考えれば、彼女も模擬戦を希望していてもおかしくはない。が、今は生徒会選挙の方が大事なようである。 「ま、今日は時間もあるし、これが終わったら見に行くのもいいんじゃねーか」 整備科のロジオンとしても、実戦を見ることで学ぶことがあるだろう。かつては、今以上に学院内部でも機密管理の点で制限が多かったらしいが、今は緩和されている。もっとも、対外的に明かしていない情報の方が多いのは相変わらずらしいが。 しかも、旧体制は科学第一主義の色が強く、特に超能力科では魔法や神秘といったものを徹底的に排していた。おそらく精霊であるロジオンは、その当時に在籍していたら、肩身の狭い思いをしていたことだろう。 だが、今は違う。海京という街の性質上、科学寄りであるのは確かだが、それを理由に科学とは無縁の種族が拒絶されることはない。むしろ、歓迎される部分もある。この街が二つの世界が共存する場になりつつあることを、身をもって味わっているのだ。 その新体制にイヴェットが関わろうとしているのも、嬉しい限りだ。あとは結果を待つのみだが、彼女には役員に当選して頑張って欲しい。 |
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