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リアクション
【4】おれたちのポリスストーリー……5
署長室にたくさんの警官が集まっていた。
正面入口の戦闘は尚も続行中、警官を投入して押さえているが、達人揃いの万勇拳には梨の礫、全滅も時間の問題だ。
オマケに悪いニュースは続き、取り調べをしていたセンター街のギャルたちには逃げられてしまった。
態勢を立て直そうと相談しているが、トップが警官でもなんでもないバンフーではそれもままならない。
というかバンフーは先ほどのマツェーカの挑発放送に憤慨中で、作戦会議どころではなかった。
「YO! さっきの放送のDJは見つかったのかメーン!」
「そ、それが……警備室は藻抜けの空でして。設備も破壊されてしまったので記録は残っていないかと」
「ファーーック! ファック・ザ・ポリーーースッ!!」
「しょ、署長! 署長も警官ですよ!」
「……随分と賑やかだな。とても空京の治安を預かる中枢とは思えん」
そこに、刑事(志望)マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)は警察手帳(偽物)を見せながら入ってきた。
「HEY! YOU! それ偽物の手帳じゃねぇか! おい誰か、その怪しい奴をつまみだせ!」
「あの署長。その人、ちゃんとアポはとっているんです」
「なにィ?」
「万勇拳の無法を放っておけない市民の方でお話があると。ロウさんと言う人なのですが……」
「わう」
マイトの横にいた犬型機晶姫ロウ・ブラックハウンド(ろう・ぶらっくはうんど)は吠えた。
「……それ、犬じゃねぇか! なんで俺が犬と小粋なTalkする場を設けなきゃならねぇんだYO!」
「アポをとったのは彼だが、君と話がしたいのは俺だ」
「HA! まぁどっちでもOKだ。なんだっけ、万勇拳の無法がどうとかって話だったか……」
「あれはウソだ」
「!?」
「正直な内容を言うと却下されると思ったからな。適当に理由をでっち上げさせてもらった」
「じゃあ何のYOがあってここまで来た?」
「無論、君のことだMr.バンフー」
「ORE?」
「妖しげな術での警察乗っ取り、立場を悪用した不正操作、そして空京の平和を著しく乱した……その罪許しがたい!」
ビシィと指を突き付けた。
「警察の名誉のため、君を逮捕する!」
「……ってお前、警察官でもなんでもねーじゃねぇかメーン!」
「人を見かけで判断するな。俺の燃える警官魂はほぼ現役の警官のそれと同じ。今はただ肩書きが伴っていないだけだ」
「それが一番大事じゃねぇかYO!」
バンフーが指を鳴らすと、マイトを警官達が取り囲んだ。
「なんだか知らねぇがわざわざご苦労さん。こいつを独房にぶち込んでやれ!」
「あなた達は市民の治安を法の下守る警察官だ。その力はこんな無法者にいいようにされていいものじゃない……!」
「署長を無法者よばわりするとは良い度胸だ!」
「そーだそーだ! お前こそ万勇拳のスパイなんじゃないのか!」
「く……! 警察官がこんな洗脳に負けてはいけない……! 俺は……俺達は警察だっ!!」
燃え上がる魂のこもった一喝に警官達の動きが止まった。
「……だからお前は警官じゃないだろ!!」
一瞬怯んだが、バンフーを妄信してしまっている彼らになにを言っても馬耳東風、根本的な解決にはならない。
ロウは背負ったライフルを警官達に向けて威嚇射撃を行った。
「……ロウ!」
ピロリロリンとメール着信。喋れないののでロウとはメールで意思疎通をするのだ。
『ともあれここまで来たら、バンフーを止めねば。時には実力行使も必要だ』
「わかっている……。しかし警官には怪我をさせるなよ。彼らは操られているだけだ」
「わう!」
マイトは柔道を基本とした逮捕術の使い手だ。
迫る警官の胸ぐらを掴むと一本背負い、倒れたところを手錠で拘束し、身動きがとれないようにする。
「こいつ……!」
「さて、手錠の数が足りるといいんだが……」
コートを翻すと、裏地に仕込まれた無数の手錠がジャラリと音を鳴らした。
その時、ばぁーーんと勢いよく扉が破られた。
万勇拳の面々が勇猛果敢に署長室に雪崩れ込んで来たのだ。
正直、援軍の到着は有り難いが、マイトはどこか複雑な面持ちだった。
法を重んじる彼としては、武と言う名の暴力で押し通そうとする姿勢にはなはだ疑問を感じている。
(とは言え、今は同じホシを狙う者同士、共闘するのが得策か……!)
「警察だ! 万勇拳に協力を要請する! 洗脳された警官の保護、及び主犯バンフーの逮捕協力をお願いする!」
警察手帳(偽物)を掲げながら、マイトは言った。
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署長室は、警官と万勇拳門下生の小競り合いで、すぐにごみ箱を引っくり返したような混戦模様となった。
一進一退の攻防が続き、目標であるバンフーになかなか近づけない中、ひとつ抜きに出た人間がいる。
新進気鋭のバンフーとは真逆の、伝統を重んじる安芸宮神社の末裔安芸宮 和輝(あきみや・かずき)だ。
「HO! てめーが俺の相手か、どんなビートを聞かせてくれるのか楽しみじゃねぇか!」
「私もあなたとの対決を楽しみにしていました」
「ああん?」
「技は実戦でこそ磨かれるもの、安芸宮に伝わる奥義を完成させるにはあなたのような敵が必要ですから……!」
「……よかろう。ならばその決闘、俺が見届けよう!」
レン・オズワルド(れん・おずわるど)は言った。
万勇拳の門下生でもなんでもない、空京公園の利用者のひとりであるレン。
だが、毎日ぼんやり万勇拳の修行を見ている間にその知識は格闘マニアの域にまで達した。
黒楼館と万勇拳の確執に首を突っ込む気はさらさらないが、イチ格闘マニアとしてその行方は見届けたい。
さながらアイドルの追っかけで地方まで遠征するファンのように。
観客として審判として、一部始終を見届けるためこんなところにまで来てしまったのだ。
正直、警察を襲ってる集団と一緒にいたら逮捕されるよ!
ともあれ、レンの立ち会いのもと、和輝とバンフーの戦いが始まった。
「拳闘開始ッ!!」
まず先に動いたのは和輝だった。
前回修行した奥義『水月捷歩』の流れるが如き足運びで間合いを詰め、そこから秘技『イクサカグラ』を見舞う。
舞うような所作で翻弄しつつ、バンフーに春雨のように優美な拳打を浴びせていった。
「FU! なかなかドープなビート背負ってるじゃねぇか!」
「日本古来の自然の拍子です。あなたの横ノリのリズムとは違った趣があるでしょう」
しかしイクサカグラには次なる段階が存在する。
「それが『ハルヨビカグラ』……」
安芸宮 稔(あきみや・みのる)は戦闘を固唾を飲んで見守っていた。
「『天岩戸の故事』と『春を呼ぶ事』、そして『神楽の意味』……教えられることは教えました」
稔にも緊張感が漂う。
「アメノウズメがいかにして一世一代の舞を踊ったのか、それを正しく理解していればあるいは……」
「それほど難しい技なのですか?」
クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)は尋ねた。
「ええ、私には扱うことは出来ません。けれど大剣士たる力を持ってすれば成せるかもしれません……!」
安芸宮神社の伝承にはこうある。
烈風のように敵を包むが如く舞い、真空の斬撃を伴って天高く舞い上げる。
雷鳴を思わせる踏込みから放たれる一撃は稲妻を纏う。
豪雨の如き怒濤の凍てつく連撃を持ち。
晴れ渡る春の日のような熱き渾身の一撃を放つ。
「簡単に言えば、風・雷・冷気・炎の四属性による乱舞とのことですね……」
和輝のイクサカグラが佳境に入ったところで、不意にその舞いが激しさを増した。
より原初的なリズムに立ち返ったそれはサンバを思わせる熱狂のリズムだった。
「HO! ここに来て転調たぁおもしれぇフックだメーン!」
「とくとご覧あれ、ハルヨビカグラ!!」
……ところが、気迫とは裏腹に和輝の舞いは目に見えて失速してしまった。
「ど、どうして……?」
「ははぁ、なるほど……。おまえ、勘違いしてるメーン!」
横ノリビートに肩を揺らしながら、バンフーはハートに刺さるリリックを繰り出した。
HEY! ハルヨビカグラ なんだその技どういう技だ FU!
ヒロイックアサルト? Ha! ありゃ威力を上げるだけ んな効果ねぇ!
万勇拳の新必殺技? Ha! だったらちゃんと修行するアクションかけなきゃ意味がねぇ!
スキルの組み合わせで俺ジナル技? Ha! なら最低限それを再現出来る技装備しろメーン!
雷撃を纏った一撃 でも雷を出すスキル持ってないじゃねぇかYO!
ラップに乗った拳が叩き込まれると、和輝は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「と、とんだ失態をこんなところで……! ああっ!!」
ショックのあまり頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
心を折られた以上、戦闘を続けるのは不可能だろう。
「死亡確認ッ!!」
レンは叫んだ。
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続いて新たな挑戦者があらわれる。
警官たちを蹴散らし、風祭 隼人(かざまつり・はやと)がバンフーの前に登場した。
彼の姿を見るなり、隼人はわなわなと震えた……どうやら怒りに燃えているようだ。
「俺は警察の不祥事なんかにゃ興味ねぇ、けどなぁこのままだと指名手配犯になっちまうなら話は別だ!」
「ああ? そりゃ……我が身はかわいいからなぁ」
「そうじゃねぇ。念願叶ってルミーナさんと付き合うことになったのに、逃亡生活なんて悲しすぎるだろ!!」
「!?」
「と言うか、てめー俺とルミーナさんのラブラブな日々に嫉妬して邪魔してんじゃないだろうな!!」
「JISHIKIKAJYOW! DA! HO!」
「愛するルミーナさんのため、俺は前科者になるわけにはいかねぇんだ!!」
隼人は熱い想いを込めて、ググッと拳を握りしめ、バンフーに殴り掛かった。
「……言っておくが、てめぇのdisりなんざ、俺には通用しねぇよ」
「ああん?」
「何せ今はラブラブだ。恋人のいない男の戯れ言なんざ俺のハートにゃ刺さりゃしねぇ!」
「HA! そんなもんを拠り所にしてるようじゃ、お前のハートのサイズはたかがしれてるぜメーン!」
恋人のいない男? 誰のことだ、俺、M.C.バンフー!
たくさんいるぜ マイガール チヤホヤされて 心舞い上がる
けれど俺様BE COOL 女にゃそっけなくSO COOL
女のケツを追っかける男なんざTOO BAD!
追いかけりゃ 逃げるし 逃げりゃあ 追いかけてくる
駆け引き知らねぇ恋なんて 熱が冷めるの一瞬 うちに帰ると置き手紙
ごめんなさい 好きな人が出来たの
追いかけることしか知らねぇおまえの恋はThe END! FU!
バンフーの拳がリリックとともに隼人に突き刺さった。
何かを得た者は同時に何かを失う恐怖も得ることになる。それが本当に大切なものなら尚更である。
「そ、そんなルミーナさんに限ってそんな……。いやでもあんだけ可愛けりゃ、言い寄る野郎いるだろうし……」
心をへし折られた隼人はルミーナに電話をかけた。
「あ、ルミーナさん? その、ちょっと何してるかなーと思って……あのさ、俺のどこが好きなのかな……?」
ちょっとウザイ質問を始める隼人だった。
「死亡確認ッ!!」
二戦目もレンはきっちり見届けた。
と思いきやそこに扉を破って新たな拳士が乱入してきた。
「息子の受けた借りは父が返す!」
遅れて駆けつけたのは、前回病院に運ばれた風祭 天斗(かざまつり・てんと)だった。
バンフーに対峙するや、彼の所持するハイドシーカーがビービー唸り、危険な数値をバシバシ叩き出し始めた。
「なるほど。ふざけたナリをしてやがるが、とんでもねぇ実力を持ってるようだな。隼人が勝てねぇわけだ」
「それはおまえもTOO同じ!」
「俺を舐めるなよ、三流ラッパー」
ビシィと指先を突き付ける。
「ただ入院してたわけじゃねぇ、寝込んでる間もイメトレはばっちり。ちゃんと貝王様って親父から修行を受けてたんだ。夜になると突然修行が始まって、気が付くとベッドで寝てるんだ。あれは思い返してみても不思議な体験だった……」
「そりゃ不思議な体験つーか、夢だYO!」
「夢かどうかは技を見てから言え! 貝王様に伝授してもらった真・万勇拳奥義『ゲンキン玉』!!」
天斗くるんと仲間のほうに振り返った。
「皆、オラに現金を分けてくれ……ください」
天斗はペコペコと頭を下げてお金を集めると、今度はバンフーにペコペコしながら差し出した。
「すみません、これで勘弁して下さい」
「示談金貰ったYO!」
しかし頭を下げながらも彼は邪悪に笑った。
(馬鹿め。これを受けとったが最後賄賂を受け取った汚職署長として貴様は社会的に抹殺されるのだ!)
「……って発想が消極的すぎるわよ!」
「ぎゃん!」
アイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)は天斗を蹴り飛ばした。
「というか、そもそも最初っから汚職署長でしょうが! 今更余罪増やしてもなんにも効かないわよ!」
「だ、だめなのか……」
「それから隼人もなにうじうじしてんのよ! それならまだノロケてるほうがマシだったわよ!」
「なぁアイナ、やっぱり熱いだけの男じゃダメなのかな……。ルミーナさんに嫌われたらどうしよう……?」
「うざーーっ!!」