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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

 八章 百鬼夜行と棺姫

 自由都市プレッシオ、最南端の区画。
 高級ホテルに似た建造物のコルッテロのアジト、五階の子供達が収容された倉庫の中。
 ニゲルの周りはプラズマで焼け焦げ、真っ二つに割れた銃弾の残骸が大量に落ちていた。

「ラルウァの刃は全てを断ち切る力。
 工夫次第でどうにかなるレベルじゃねぇよ。あきらめな」

 ニゲルは僅かに目を細め、よどみない声でそう言った。
 彼の視線の先には疲労により、荒い息を吐く二人の男――白竜と羅儀だ。

「こんな結末、分かりきっていただろうに……馬鹿だな、てめーらは」

 ニゲルはその言葉を最後に、床を蹴った。
 力強い蹴り上げは床にヒビを走らせ、間合いを一瞬で詰める。
 瞬間、彼の腰から光が迸った。
 白竜が辛うじて頭を引く。おでこに線状の傷が奔る。
 キン、という刀を納める金属音。
 至近距離の敵に、羅儀が《レゾナントアームズ》で殴りかかった。
 ニゲルの右手が一瞬、ブレて、消えた。
 下からかかる異常な力に《レゾナントアームズ》が跳ね上がる。
 キン、という刀を納める金属音。
 ニゲルは羅儀の頭をがっしりと鷲掴みにし、力ずくで壁へと押し付けた。倉庫内に、鈍い音が反響する。
 白竜が<二丁拳銃>を連射。
 ニゲルは羅儀から手を離すことなく、身体を逸らす。彼の頭を掴む手に力を更に込める。
 万力のようなその握力に、羅儀は苦しそうに呻いた。

「ふー……やっぱり、つまんねぇな。
 こんなところで殺しをするなんて、風流に欠けるぜ」

 ニゲルはそう言いながら、羅儀の頭を握り潰そうとし。
 ――真っ赤な鮮血が、ニゲルの首から噴き出した。
 再び、真っ赤な刃が自分を襲う。それは<ブラインドナイブズ>の一撃。
 ニゲルは羅儀から手を離し、後方に跳躍することで、その刃を回避した。

「……あっ?」

 ニゲルは首元に右手を当てる。
 切られていた。
 彼の鋼の如き筋肉でなければ、頚動脈を完全に切り裂かれ即死だっただろう。

「なんだ、てめーは……?」

 ニゲルは自分の首を斬った本人――通気口から出てきた乱世に目をやった。
 彼女の手には《クビキリカミソリ》。その刃には、べっとりとニゲルの血液が付着していた。
 乱世は目を鋭くさせ、ニゲルに言い放つ。

「子供にも、あたいの仲間にも、手を出すことは許さねぇ……テメェの臓物に塗れて死にやがれッ」

 乱世はそう吐き捨て、<隠形の術>で身を隠した。

「大きく出たなぁ……女」

 ニゲルはそう呟き、腰を深く落とした。
 彼の首からこぼれ落ちる大量の出血。普通なら、目眩や立ちくらみ等により動きが鈍るモノ。
 しかし、『普通』なら、だ。ただそれだけの話。ニゲルには出血など意味はない。幼少から戦場で死線を潜り抜けてきた彼にとって、この程度の出血など日常茶飯事の出来事。
 影から乱世の刃が伸びてくる。
 きぃん、と甲高い金属音が室内に反響。ニゲルの斬撃によって、《クビキリカミソリ》が空中に舞う。
 遅れて、キン、という刀を納める金属音。

「終ぇだよ、女」

 ニゲルの右手が一瞬、ブレて、消えた。
 ――瞬間、乱世を押し退け、グレアムがニゲルの目前に立った。
 ニゲルの腰から光が迸る。
 身体を断ち切ろうとする一閃を《サイコシールド》で防御。《サイコシールド》にヒビが走る。
 が、その盾に弾かれて、初めて《断罪者ギロチン》の刃を、その場に居た者は見ることとなった。

「俺の刃を抜かせたままにするなんて、大したもんだな。てめー」

 ニゲルは横薙ぎに振るう返しの刃で、グレアムに斬りかかった。<燕返し>の二撃目。
 ヒビの入った《サイコシールド》を捨て、グレアムはしゃがむ。
 頭上のスレスレを白銀の軌跡が通過した。
 キン、という刀を納める金属音。
 ニゲルは一閃を放とうと、柄を握る手に力を込めて――。

「うおっと!?」

 突然、ニゲルの顔に《吉兆の鷹》が飛びついてきた。
 ばたばたと羽を広げ、彼の視界を塞ぐ。
 そんな時。

「先に子供達をつれて逃げるといい」

 女性とも男性ともとれる中性的な声が、グレアムの耳に届いた。
 声の主は、<カモフラージュ>で身を潜めていた長尾 顕景(ながお・あきかげ)
 顕景は鷹を剥ぎ取ったニゲルに接近し、《ヤタガン》で<ヒロイックアサルト>を放った。
 <修羅の沈黙>。
 一度刀を持ち振るえば、あらゆる敵を斬り伏せ一掃させる奥義だ。
 ニゲルの本能がその攻撃の危険を警鐘し、鞘から刃を僅かに抜き、どうにか防ぐ。

「俺に抜かせるたぁ、やるじゃねぇか」

 ニゲルは力の限り押し、《ヤタガン》を弾く。
 顕景は後ろに跳躍。
 ニゲルは腰を深く落とし、構えをとった。

「さぁ、こいよ。初太刀で殺してやる」

 少しばかりの高揚が含まれたその言葉を聞き、顕景は優雅に笑った。

「私は野蛮な戦いが嫌いでな。悪いが、これで逃げるとするよ」
「……はぁ?」

 顕景は自分の足元をタップする。
 と、同時。顕景が<トラッパー>で仕掛けた煙幕を噴き出す罠が起動。
 倉庫中に、不可視の煙が充満した。

「それではご機嫌よう」
「ちょ、ちょっと待てよ、てめー!!」

 そして、煙が晴れた頃。
 倉庫の中に残されていたのは、ニゲルただ一人だった。

「そりゃねーよ、まるでお預けじゃねぇか」

 彼は《断罪者ギロチン》の柄から手を離し、頭をボリボリと掻き、ため息を吐いた。

 ――――――――――

 顕景とウォーレンの《吉兆の鷹》が逃げるための道を切り開いていく中。
 白竜と羅儀と乱世とグレアムの背中には、囚われていた子供が一人ずつ背負われていた。
 彼らは四人の救出に成功したが、二人を連れ出すことには失敗した。
 それは彼らよりも先に、託が二人を攫って逃げたからだ。

「クソ。どうするよ、白竜」
「……決まっています」

 乱世の言葉に、白竜が答えた。

「私達の目的は人質である子供達全員の救出です。
 この子らを安全な場所まで避難させ、もう一度、子供達の救出に当たりましょう」

 ――――――――――

 アジトの、どこかの部屋。
 脇に子供の二人を抱えた託は、少年達を優しく降ろし、携帯電話を操作した。

(……ここからが、本番だ)

 数回のコール音の後に、相手は電話に出た。

『っひは。どうしたんだ、傭兵』

 電話の相手は、アウィス。
 託は欺くために口を開く。

「いや、少し提案をしたいと思いましてねぇ」
『っひは? 提案だと?』
「ええ。
 というのも、倉庫に収容されていた子供達が相手に奪還されてしまったんですよ。二人はどうにか確保できたのですが……」
『はぁ!? 【百鬼夜行】がいても奪還されたってのか!?』

 電話越しでアウィスの驚きの声が耳に届く。
 そして託は、今度は怒鳴られるんだろう、と思った。
 が、予想に反して、次に電話越しに聞こえてきたのは笑い声だった。

『ひひひ、っひは! そうかそうか。
 相手はそこまで強力な奴らなのかよ! あっひゃっひゃっひゃっひゃ!!』

 何故そんな風に笑っているのかは分からなかったが、好都合だと感じ、託はある提案をした。

「そこで提案なのですが……子供を狙うという違反したから見せしめに、子供一人を残してやるというのはどうでしょう?」
『っひは。子供一人を残してやる? どういうことだ?』
「つまり――」

 託は冷たい声で、続きを言った。

「片方に死んでもらうということですよ。人質は1人いれば効果はあるでしょうし」

 その言葉を聞いたアウィスから、心底楽しそうな笑い声が洩れた。

『あっひゃっひゃっひゃ! そりゃあいい! やれやれ! 一応、死体の映像をとって俺様に送れよ!』
「ええ、了解しました」

 託は通話を切り、成功したことで肩の荷が下りて、ほっと安堵の一息ついた。

(あのニゲル・ラルウァが同じく倉庫の防衛だって分かったときは、どうなることかと思ったけど……上手く事が運べて良かったねぇ)
 
 託は二人の子供に目をやった。
 一人は幼い少女で、もう一人はあの時自分の前に立ち塞がった黒髪の少年だ。
 電話の内容を聞いていたのだろう。二人は身を寄せ合い、怯えたような目をして、託を見ていた。

(そういえば、誤解を解いていなかったねぇ……)

 託はそう思うと、二人に近づいた。二人は小さな肩をビクッと震わせる。
 彼は両手を広げ、二人を優しく抱きしめ、優しい声色で言った。

「大丈夫。僕はなにもしないから、安心して」

 二人の少年と少女は目をぱちくりとさせ。
 優しくされたのが久しぶりだったのだろう。枯れた声で、泣き始めた。歳相応の子供のように、泣き始めた。




 しばらくして少年と少女が泣き止んだ後、託は二人に計画を説明した。
 その内容は、まず<ソートグラフィー>で子供の惨殺死体を作り、アウィスに転送。その子供には実際に隠れてもらう。
 残ってもらうもう一人には、<禁猟区>と《守護天使のクロス》で多少の事なら大丈夫なようにする、というもの。
 この作戦の問題は、どちらに一番危ない人質役をしてもらうかということだ。

(本当は二人共脱出させてあげたいけど……人質は、いたら有利に見えるけど、その分油断とか隙ができるからね。
 そのうえ、取り返されたらコルッテロには手がないわけだ。そうしたら、なにをしてくるかなんて、分からない)

 託がそう考えていると、黒髪の幼い少年が彼の袖を引っ張った。

「……お兄ちゃん」
「ん、どうしたの?」

 黒髪の幼い少年は服の裾を力一杯握り、口を開いた。

「ぼくが……ひとじち……するよ」
「……いいの?」
「うん」

 少年は頷き、腫れぼったい目で託を見上げた。
 託はそう言った少年の頭を優しく撫でながら、内心で感嘆を洩らした。どこまでも強い子だ、と託は思う。
 だからこそ。

「死なせないよ、不幸なままで終わらせない」

 幼い少年の決意に促がされたのだろう。
 託はより一層と決意を固め、そう言い切った。