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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)
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●龍の舞(3)

 長年戦場を駆け巡った葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)であっても、これは厳しい。
 巫女服を着て、
 神楽舞の知識も総動員しつつ、
 何時間も集中して舞うというのは!
 思えば、軍隊生活はよかった。とくに、特殊部隊は。
 破壊するのが自己表現だった。より巧妙なトラップを、より激しい戦果を上げればそれが直接評価につながった。ゲリラ戦で土中や土砂降りの状況下、昆虫だらけのジャングルにて息を潜めるのだって、その直後に強烈な破壊が待っているのだから平気だった。
 ところが舞というのは厳しい。
 なにせ、決まった動きを完璧にしなければならないのだ。しかもそれは破壊を生むためではなく龍の心を鎮めるためだという。
 吹雪にとってはかなり縁遠い世界である。そのはずである。
 ところが、この状況を吹雪は全力でこなした。
 ――これも挑戦。
 そう思っている。だから決して手を抜かない。アルセーネの厳しい指導にも耐えた。
 まず形から、と巫女装束で挑んだのも、いい意味で緊張感をかもすことになった。
 同じくセイレム・ホーネット(せいれむ・ほーねっと)も巫女服で参加している。といってもセイレムにとってこの衣装は普段着に近い。むしろリラックスできると言える。
「心は静かに水面の様に……」
 自分に暗示をかけるように、セイレムはこの言葉を繰り返した。
 人が足を踏み入れぬ暗い森の、針葉樹林で覆われた一帯、そのさらに奥にある小さな古井戸、その水面のような心境を作り出す。
「う、ううむ……こうか!? それともこうか!?」
 イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)は苦心惨憺している。蛸型火星人風の外見ということもあって、四肢を使う舞は大変に苦手なのだ。
 最初こそ頑張っていたしアルセーネも指導を惜しまなかったが、集中するほどにイングラハムの動きは妙なことになっていった。軽く茹でられたタコが、酒瓶片手の酩酊状態……といった風な面白ダンスになっていく。
 それが滑稽であることはイングラハム自身知っているところ。ゆえに彼はますますいっそう、
「こうか! こうか!?」
 ぐにゃぐにゃ奇天烈ダンスを繰り広げるのである。
「む、むぅ……」 
 イングラハム、いさぎのいい男だ。
 舞が完成に近づく者が多いこの状況、ここで声を荒げると人々の迷惑になると悟ったらしい。
「……お、お呼びでない?」
 彼は、うかがうように周囲をキョロキョロとした。
 はっきり「出てけ」という者はいないが、まあ、それに近い感情を持っている人もいるような気がする。そこで、
「おわー!」
 などと言いながらコロコロ自分で転がって、彼は体育館の外にまろび出たのである。
「なぜ我が排除されねばならんのだ!!」
 とか叫んでいるが、これは要するに自主退場である。
「……ふ、これでいいのだ!」
 火星人の目にも涙、というのか、イングラハムの目がちょっと光ったように見えた。
 さて吹雪の様子に戻ろう。
 龍の舞は好戦的な人には向かない、とアルセーネは言った。
 だが、心を平静に保つ技を知っているのであれば活かせる、とも彼女は言っている。実はそれこそ、吹雪にとっては得意中の得意なのだ。
 狙撃する時のように余計な思考を排除し、心を静かに演舞に集中する。
「今日は真面目にやってみるであります」
 といって挑んだのだ。有言実行は吹雪のモットーである。
 舞っている自分を意識するのではなく、舞の流れのなかに身を置く。
 何時間も、ただひたすらに吹雪はそれを実現しようとした。
 腕が上げられないほど痛み、足が棒のようになってなお、半刻、ついにそのときが訪れた。
 標的がスコープに入った瞬間のような、無心になれる一瞬が出現したのだ。
 ――来た。
 と思ったと同時に吹雪の意識は飛んでいた。
 狙撃だってそうなのだ。引き金を『引く』のは素人、吹雪のようなプロフェッショナルは『絞る』なぜなら無心であれば、それこそが自然な状態だから。
 今、吹雪は意識せず引き金を絞る心境にあった。
「お見事」
 アルセーネが手を叩くのが聞こえて、ようやく吹雪は現実の世界に帰った。
「……もしかして」
「そうです」
 アルセーネが頷くのが見えた。
「達成でありますか!?」
「ええ、免許皆伝ですとも」
 やがてセイレムも、吹雪の域に達することができた。

 神崎優の舞が完成に近づいている。
 そうか、と優は悟った気がする。
 焦燥感に駆られて、鎮めるための舞ができるはずはないのだ。心に不安を抱えながら舞って、それがどれほどのものを伝えられよう。
 だから優は、愛する者のことを考えることにした。彼の不安を取り除いてくれる人……妻である零のことを。
 やがて零の具体的な姿は思考から消えるが、想い……すなわち、暖かい気持ちだけは残った。
 零も同じだ。
 優の葛藤と想いを受け止め、彼の力になりたい、支えになりたいと願う気持ち、そして大切な人の為に一生懸命になれるという気持ちに包まれていく。
 優と零から良い影響がにじみ出たというのだろうか、神代聖夜もまた、自身の舞が完成に近づいているのを悟った。
 ――自分に習得は無理だ。
 そう考えていた聖夜なのである。しかし仲間たちのことを考え、気持ちを楽にしていくうちに、無理という気持ちがまずなくなった。
 やがて彼のぎこちないダンスも、美しい舞へと昇華していった。
 陰陽の書刹那は目を閉じた。だが心の目は開いていた。
 開いた心の目に、薄いオレンジ色のような暖かい光が流れ込んでくるのを感じた。
 やがて刹那も、舞の修得者となるだろう。
 東朱鷺の念もついに岩を穿った。
 すなわち、無我になって踊り続けたことで、ついに意識せずとも体が動き、記憶の中にあるのと同じ、いや、それ以上の舞が出るようになったのである。
 朱鷺の頭から、余計な思考は消えていた。
 ただ、二つの欲望だけは消えなかった。
 その二つとは、あくなき探究心と知識欲である。
 いずれも求める心といえよう。いずれも決して満たされることはない。だが、それゆえに生きるといっていい価値のあるものだ。
 ――知りたい。
 朱鷺がその存在意義に身を任せたとき、その舞も完成した。
 そうだ。
 彼女は龍の舞を会得したのだ。

 また一人、その奥義に到達した者があった。
 それはルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』だ。
 ――衛様、お待たせしました。
 踊りを終え、最初に妖蛆が考えたのはそれだった。
 知識への探求心に駆られ、舞の修得を志願した彼女だったが、そこに至る道は険しかった。最初はまるでものにならなかったくらいだ。動作も遅れがちだった。これまで身につけてきたダンスの知識が邪魔したのかもしれなかった。
 しかし諦めない決意と、強い精神力が彼女を短時間で飛躍的に成長させた。
 銃口を敵に当てる感覚で――と、慣れ親しんだ(彼女にとっては心地の良い)緊張感を四肢にみなぎらせ、ついに妖蛆は龍の舞手になったのである。
 バルコニーを見上げ、鵜飼衛とメイスン・ドットハックに向けた妖蛆の顔は、誇りと達成感で輝いていた。
「やったー!」
 と両手を合わせハイタッチしているのは奏輝優奈とウィア・エリルライトだ。
 二人ともほぼ同時に、舞を自分のものとしたのである。
 きっかけは、お互いに指摘し合った『動』と『静』の感覚を大切にしたことにあろう。
 自分であることから逃げない。むしろそれを大切にする……それが良かったのだろうか。
「あそこで、終わった人に栗きんとん用意してくれとる子がおんねん! 食べに行こ〜」
「優奈、さすがですね。私は気づきませんでした」
 と、和気あいあいとする二人を見て、やっぱりレン・リベルリアは羨ましそうな顔をしていたとか。
 そして、九条ジェライザ・ローズと斑目カンナも目標に達した。
「もうこれで、あたしのことをチキンなんて呼べないだろう?」
「そうね、今度からはビーフにしようかな?」
「BEEFはラップとかヒップホップの世界では『中傷合戦』って意味になるからやだ」
「じゃあ……ポーク?」
「食肉から離れられないのか!」
 ごめんごめんとローズは笑って、二人して壁際に向かった。

 気持ちを静めるべくイメージしたのは海だった。
 波間を揺蕩うように。流れるように清泉北都は舞う。
 時に荒々しく、時に穏やかに。
 ――海は生命の源。
 ――母なる場所(水の中)で生まれる時を待っている。
 ――龍の命の根源はどこかは分からないけど、生まれる時は皆同じ感じなのかもしれない。
 北都は、舞を修得した。
 自分でそれと悟ったのである。だが気づいたとき、膝から崩れて倒れそうになった。
「危なかった」
 青いものが北都を救った。
 その青は、空の青。
 クナイ・アヤシの髪の色だ。彼が咄嗟に駆け寄って支えたのだった。
「間一髪、間に合いました。北都の舞に目を奪われて……一瞬、動作が遅れましたが」
 照れ隠しをするようにクナイは微笑した。
 自分の種族の名に守護が付いているのは、護る力がある事の象徴だとクナイは考えている。
 ――大切な人を、物を護れるように。
 それこそがクナイの願いであり信条だ。
 そのとき、リオン・ヴォルカンが舞を完成させた。瞬間ではあるが、抱き合うような姿勢の北都とクナイの姿がリオンの視界に入ったことがきっかけだった。この光景が彼に、最後のヒントを与えたのだ。
 なにか輝かしいような……とリオンは思った。
 輝かしい、その言葉が光のイメージを生み出した。
 敵を倒すのではなく祓うためには、攻撃性のある言葉や気持ちはマイナスの影響を及ぼすのだとリオンは信じている。だからこそ光が必要なのだ。
 光の波が優しく包み込み癒すように。
 ――悪いものを消すのではなく、清めるのです。
 リオンは満たされた気持ちで舞を終えた。
「二人とも、ものにしましたね。私も負けていられません」
 まもなくクナイも、龍の舞を修得したのだった。
 
 七枷陣の舞は、『難産』だった。
 恐れ……それが根底にあったからだ。
 仕方がないことかもしれない。陣には辛い前歴がある。
 魍魎島の最終決戦に参加できなかったという無念。その結果、家族ともいうべき存在、大黒美空を助けられなかったという悔しさ……今回、ローラの失踪などから、それが再現されないかという怖れが生み出される土壌が彼の心にはあった。
 がむしゃらに踊る。舞としての動作は完璧だ。しかしまだ、魂が感じられない。奥義に届かない。それゆえ陣は焦る。無駄に力が籠もる。
「陣くん……」
 先に舞を完成させたリーズが彼を見守っていた。
 しかし、彼に声をかけようとするリーズを磁楠が止めていた。
「やめておけ。あの状態からは、自分の力だけで脱さねばならない」
 やはり磁楠も舞を修得し終えていた。四人の中では最初に身についたのである。
 修得するにあたって磁楠はまず、心を水のように静かにした。かつて『七枷陣』だった身でありながら、あまりに多くの悲劇を経てどこか達観したような磁楠にとって、それは決して難しい作業ではなかった。
 そして磁楠が舞に込めた想いは、猛る心を鎮めることであったという。
 猛る龍に捧げるのみならず、陣を救いたいという気持ちもあった。
 ――救いを示したい。
 そう願ったことが、磁楠の心に活路を開いたのだ。
「ご主人様、もうあと少しです……」
 祈るように小尾田真奈は手を組む。
 真奈にとっても、舞を修得するには己と向き合うことが必要だった。
 ――何かを交わそうとしても、二の句や二の足が踏めない。そんな自分が歯痒い……。
 これまで真奈はどうしても、『控えめ』という自分の性質に逃げて、押しつけと言われようとも人を救いたいという気持ちを前面に出すことはできなかった。場違いと言われるのが怖かった。
 その殻を破りたい、ちゃんと私達を見てほしい――そう願った途端、舞は瞬く間に真奈のものとなったのだった。
 リーズの精神も、真奈と似た過程を通って結実した。
 ――怒らないで、ボク達に身を任せて……安心して良いんだよ。
 心で呼びかける。まるで目の前に龍がいるかのように。あるいは、ファイスがいるかのように。大黒澪や、美空がいるかのように……。
 それがリーズの修得につながった。
 陣を見守る三人は、黙って彼の結論を待つ。
 ――俺は、怖い。
 助けようとして誰も助けられないのが、怖い……。
 しかし、
 ――怖いって、そんな悪いことか?
 ふと、そんな言葉が聞こえた。
 怖かったら、怖くていい。それを否定しようとするからますます怖くなる。
 ――せやな、怖いのは当たり前や。こちとら全知全能じゃないんやから。
 そう考えると気が楽になった。
 不安なら不安でいいし、怖いなら怖いで構わない。
 それを認めた上で、不安や恐怖の源にどう手を打つか考えていくことが必要ではないのか。
 不安を直視せず逃げ出したり、怖いからといって何か強そうなものに頼ろうとしたりするのは、苦しみを増すだけだ。
 ――怖がって耳を貸さない者がいるなら、聞こえるように叫び訴えかけてやろう。怖いのは当たり前だ、って。
 これが究極の結論とは、陣は思わない。
 しかし認めることで、何か楽になったのは事実だ。
 彼の舞は、完結した。